にゃんこのいけにえ

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『スパイの妻』を見た!

『スパイの妻』を見た!

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2020年の黒沢清監督による映画。
めちゃくちゃ面白かったです!


「知りすぎてしまったこと」によって恐ろしい目に合うというサスペンスは多くあります。
というかサスペンスは知ってしまったことで、ほぼひどい目に合うジャンルとも言えます。
主人公は「知りすぎてしまう」ことで日常が奪われるわけですが、今作の知りすぎてしまう状況はあるフィルムを見てしまうことに端を発します。
凄くホラー的にこの映画を言ってしまうと「見ると死んでしまうフィルム」を見てしまったがために恐ろしい目に合う話とも言えますし、黒沢清監督の作品で言えば『CURE』のあのフィルムを思い出します。
CUREのあの世界を救済する邪悪なフィルム。
CUREのあのシーンを初めて見た時、私はこのまま見ていたら本当に「知ってしまうのでは?」と怯えました。
あの瞬間が、今まで見た映画で一番怖かったシーンだと言ってもいいです。
しかしこの『スパイの妻』のそのフィルムのシーンはある意味もっと怖いものでした。
その映像を見ても、誰かを殺すことができる催眠を植え付けられることもありません。呪いをかけられるわけでも、おばけが写っているわけでも、死ぬわけでもありません。
しかしそこに記録された映像は、この世で最もおぞましい映像です。
あの戦争の中で、人が人に対して行った恐ろしくて残酷な行為の記録です。
大まかなあらすじしか知らなかったので、そのフィルムを見るシーンでこの話が太平洋戦争の中でも「あの恐ろしく残酷なこと」の話だとわかりとても驚きました。
(昨年くらいにそれについてのNHKスペシャルをたまたま見ていたのが、いい副読本になりました)
それゆえ、あの邪悪な映像を見ることが本当に恐ろしかったです。
そしてなによりも恐ろしいのはそのフィルムはこの世に本当に実在することです。
主人公と私たち観客が見るのはその当時に実際に撮られた映像なのです。
つまりはあの場所で、あの行為をしながら、「笑顔」でカメラに向き合った人々がいたということが何よりもおぞましく見えました。

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さて蒼井優が物凄くキュートに主人公を演じてるのが楽しい。喋り方も昔の映画っぽい~と楽しいですし、あの自主映画のシーンはなんだか妙におかしい。
そんな自主映画でやっていた戯画的なスパイから、本当にスパイになっていくのを見ているうちに、それこそ夫の計画に加担する気持ちに連動するように主人公もそして私たちも楽しい。なんせバレるバレないな緊張感やこの計画は本当にうまくいくのだろうかといったハラハラドキドキ、そして何よりこの主人公夫婦の愛の行方というメロドラマも素敵に見える。
ある種の極限状況の中で、夫婦の愛というか、夫婦って他人やねって思ったり、夫婦って一番近い人だものねって、色々な気持ちが出てきては消えていく。
からないから不安になるし、不安になるからわかりたいと思う。

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そういえばびっくりしたけども『スパイの妻』ってタイトルだけども、本当にスパイ映画的な鑑賞感を得られるとは思わなかった。
というわけでそのシーンは、劇中の言葉で言えば「お見事!」と言いたくなりました。
トリックの部分というよりは、そんなにエンタメしてくれると思わなかったので嬉しくなったのです。
スパイの妻という映画のタイトルは伊達ではないな~、なんて楽しんでいたら全てに対し冷水がぶっかけられます。



ワクワクするようなスパイの冒険は終わり、主人公は精神病棟に閉じ込められ、爆弾が降り注ぎ、街は火の海になります。
主人公の聡子は火に包まれる街を見つめ、数多の絶叫を聞くことになる。
あの火を放ったのは自分かもしれない。少なくともその手伝いはしたかもしれない。

大義や公儀のため、といった言葉が出てきて、主人公は自らが信じる大義のために行動をする。対立する幼馴染の憲兵もまた信じる大義のために行動する。
一緒に山で遊んだという2人は、大義の中で大きく変わっていきます。
主人公は嘘を付き、亡命を図ろうとし、幼馴染の憲兵は拷問をしても顔色一つ変えません。
それは全て自らが信じる大義があるからできることです。
その大義大義のぶつかり合いは戦争の縮図です。そしてその結果犠牲になるのが、あの火に包まれる街であり、絶叫で死に絶える人々であり、あのフィルムに記録された全てです。

主人公は被害者ではなく、加害者といえるかもしれません。
彼女の取った行動が、誰かを殺す手伝いをしたのかもしれないのだから。でもそれを責めることはできるでしょうか。
あの事実はやはり諸外国に伝えるべきだと、2021年に生きる私は軽く思ったりします。
でもそれこそが大義です。
そしてその大義の結果、犠牲がでるのは仕方がないと言っていたのは主人公そのものです。
しかし、その結果に人の心は耐えられるものではありません。
大きな信条だとか、愛だとか、生活だとか、そういうものを踏みにじり、そして自らも手を汚し、無垢ではいられなくなるものが戦争なのだと、あの海岸で泣き叫ぶ主人公を見ながらやり場のない気持ちになるしかなかったのでした。

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黒沢清監督はある場所を別の場所に見立てるのが上手いなあって思ったりするのですが、今回だと憲兵の部屋凄かったですね。
多分、階段の踊り場かホール的な部分なんだろうと思うけども、そこに机を持ち込んだり、物を増やしたりして、取り調べをする部屋っぽく見せて、後半ではその部屋のまま皆でフィルムを見るというホール的な使い方をする…。
違和感がありそうなことなのに、むしろ同じ部屋で進むからこそのテンポの良さもあって凄くいいなって思った。
一つの空間で多くのことをするのそういう舞台的な見立て演出をこういう現実的な演出が求められる作品で取り入れるその胆力がかっけえ~!って思っちゃった。
黒沢清監督のロケハンについていきたい。
この場所はこう使えるな~って思う瞬間に立ち会いたい。