にゃんこのいけにえ

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数多くの狂乱と混乱、そして一瞬の幸福/『一流シェフのファミリーレストラン』を見た!

『一流シェフのファミリーレストラン』を見ました。ディズニープラスで配信されているアメリカの放送局FX制作によるドラマ。原題は『THE BEAR』。

 

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最初から私の話で申し訳ないのだけども、ドラマを一気見するのが苦手です。

世はまさにビンジウォッチング時代!

だけども、私はどちらかと言えば一話が終わる毎に休憩を入れたくなるタイプ。

余韻をかみしめたり、感想をまとめたり、Tunefindで使われている音楽を探したり。

そういうことをしなきゃ、見た話を消化できない。

ただこの『一流シェフのファミリーレストラン』は自分には珍しいくらいほぼ一気見状態で見た。

半分くらいは一週間に一話のペースで見ていたんだけども、折り返しからは一晩で見切ってしまった。

その上で、二週目に突入している。

今まで、同じドラマを繰り返す見るってことは全然したことない。

するとしても、好きなシーンだけを見返すってくらいだ。

 

そういうわけで、最初から結論を言ってしまうと私はこのドラマが大好きだ。

年間ベスト級!と言ってもいいかもしれない。

久しぶりに、何から何まで好きなドラマに出会えたかもしれない。

それは描いている物語であったり、その世界であったり、使われている音楽だったり、カメラの動きだったり、編集のテンポだったり、会話の掛け合いだったり、とにかく何から何まで。

でも『一流シェフのファミリーレストラン』の何がここまで私を夢中にさせるのだろう?

 

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『一流シェフのファミリーレストラン』の第1話を見たとき、真っ先に思い浮かんだのはアンソニー・ボーディンの『キッチン・コンフィデンシャル』の世界じゃないか!ということでした。

 

 

 

アンソニー・ボーディンは当時ニューヨークの二つ星レストランのシェフで、同時に文筆家や漫画原作者の顔を持っていた(日本食のシェフが殺し屋だった!というコミック『ゲット・ジロー』が邦訳されており、それで知っている人もいるかもしれない)。

『キッチン・コンフィデンシャル』は一見煌びやかに見えるレストラン業界の内幕が、いかに「ヤバい」かをこれでもかと描いた、要するに外食産業の暴露本だ。

ただ、この本がただの暴露本で終わらないのは、アンソニー・ボーディンがどのように料理の世界やレストランという世界、もっといえば、厨房という戦場にのめり込むようになったかが、本当に魅力的に描かれている部分だ。

この本で描かれる厨房の世界は、ギャングのような無法者達が我が物顔で闊歩し、銃弾の代わりに怒号が飛び交う戦場だ。

こんなところでは私みたいなもんは絶対に働けないなって思う一方で、いきいきとした筆致で書かれるくそみたいな厨房はとてもエキサイティングだった。

『一流シェフのファミリーレストラン』とアンソニー・ボーディンの『キッチン・コンフィデンシャル』は何の関係もないんだけども、あの本を読んだときに脳裏に浮かんでいたイメージがそのまま映像化したような、つまりは厨房には荒くれ者たちが闊歩しているし、汚い言葉が飛び交っているし、一秒ごとに状況が変化していく場であるし、銃弾の代わりに油と食材と刃物が交差する戦場、それが見事に目の前にあったのだ。

(余談だが『キッチン・コンフィデンシャル』は2001年にデヴィッド・フィンチャー監督とブラット・ピット主演で映画化するはずで、衣装合わせまで進んでいたそうですが、その折に同時多発テロが起きてしまい映画化が流れてしまったという経緯がある)

 

 

 

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第1話から物語はまるで途中から始まり、観客は状況を理解するよりもまず荒れ狂うキッチンと対峙しないといけない。

飛び交う罵声と刃物が食材に落ちる音。スープは煮え立ち、容赦なく進む時計の秒針を気にしながら、肉を切り刻み、サンドウィッチを作る。

お世辞にも綺麗とは言えない世界、勿論衛生的にもだけども、そんな世界の中で、とても美しい料理が完成されていく。

強烈なアクションとサスペンスとホラーとラブロマンスが同時進行するようなそんな世界。私は強烈な高揚感を覚え、そしてそれは最後まで続いていく。

 

クリエイターはクリストファー・ストーラー。現在41歳のクリストファー・ストアラーはシカゴ郊外のパーク・リッジで育ち、過去20年間ロサンゼルスで生活をし、映画『エイス・グレード』のプロデューサーやテレビドラマ『ラミー』や『ディキンソン』の数エピソードを監督。そしてNetflixで『ハサン・ミンハジのホームカミングキング』とスタンドアップコメディの監督を勤めている。

またエグゼクティブ・プロデューサーには『アトランタ』や同じくチャイルディッシュ・ガンビーノのMV『This is America』を監督したヒロ・ムライも参加している。

 


クリエイターのクリストファー・ストーラーによれば混沌かつ狂乱状態のキッチンに観客をたたき込むのは「100%意図的」で、それは「レストランがどのように機能するかを説明する唯一の方法」とも語っている。

シェフ達には調理だけでなく、様々な混沌と狂乱が襲いかかる。

給与計算、税金、事務処理、衛生、配管、皿洗い、汚れた床。

第二話では衛生検査がテーマになり、些細なことで衛生レベルが判定され、それによって従業員の仲が悪くなるというシーンから始まる。(同じくレストランを描いた映画『ボイリング・ポイント/沸騰』のオープニングも衛生評価から始まる。衛生評価がいかにレストランの従業員に緊張をもたらしているかを示している)

多くの料理人を描いた作品にありがちな、ただ美味しい料理を作って終わりということはない。

美味しい料理が全てを解決することもない。

どれだけ美味しい料理を作っていようが、突然、爆発したトイレの処理に追われる。

店の前で暴れる客の対応もしなきゃしけない。

人間関係も問題の1つだ。

ストーラーは語る。

「料理?それは、場所を運営するために必要な100のスキルのうちの1つです」

 

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このドラマでは終始ありとあらゆるタイプのストレスに料理人達がさらされていることを描写する。

一分一秒を争う事態。危険な労働環境。繁忙時間帯の殺人的な忙しさ。

その中で、登場人物の大半が抗うつ剤や安定剤を常用している。

いわゆる「アメリカ的」な「マッチョ」な登場人物までもが精神安定剤を常用していることに衝撃を覚える。

そして彼らはお菓子のタブレットのように飲み込み、仕事に向かう様子が何度も出てきます。

怒号と絶え間ない緊張は、実際に起きていることで、外食産業の労働環境やハラスメントは実際問題になっていることだ。(前述したアンソニー・ボーディンも鬱を告白しており、そしてとても残念なことに彼は自死を選択している)

一秒、一秒を争うレストランの世界で、料理人達は精神をすり減らし、追い詰められていく。

ストーラーはEsquireのインタビューでこのように語っている

 

「私が多くのシェフに共通して見つけたものの1つのことは、レストランが彼らからどれだけの時間を奪うかということでしうた。何人の料理人が私に言うかわかりません。“外の世界で何が起こっているのか私にはわからなかった。そして自分の私生活は混乱していた。でもレストランにいたときは、時間に執着していました”それが『一流シェフのファミリーレストラン』のテーマになりました。全ての料理人は外に出た途端に自分が失った人生を思い出すことさえ難しいほどに、常にプレッシャーにさらされているのです」

 

‘The Bear’ Creator Christopher Storer on Capturing Restaurant Culture and Trauma

 

 

過酷なレストランでの労働環境。それに加えて、主人公のカーミーやマネージャーのリッチーは、店の前のオーナーかつカーミーの兄、そしてリッチーの親友だったマイケルの自死を未だに受け入れられないでいる。

愛する人が突然、何の説明もなく死んでしまったことに腹立ちさえしている。

その中で、カーミーはマイケルが遺した店をなんとか立て直そうとします。

舞台になっているレストランはシカゴでサンドウィッチを販売している店。(日本でいう街の定食屋みたいなものと考えていいかもしれない)。

そこにカーミーは自分が以前働いていた一流店のシステムを持ち込もうとするのです。

分業制を持ち込み、互いをシェフと呼び、リスペクトを持って働こうとする。

少しでも店を良い方向に持って行きたいと願う。

しかし一流店のシステムを持ち込もうとすることは反発もくらう。

「今までやってきたシステムでいいよ」って。それは一種当たり前のことだ。

今までうまく行っていたんだったらいいじゃないか。人は何よりも変化を嫌うものだ。

ただ、その中で自らの可能性に気がつく物もいる。

今までよりも仕事に対して楽しみを見いだすものをいる。

同時に変更に拒否反応を示して、対立するものも出てくる。

またシステムの変更を指示する人間は、その立場に疲れ果ててもいきます。

何かを変えていくことの困難さも描かれています。

ただ、ドラマはそれでも、1つずつ変えることができること、もしくは硬直していると思っている中でも変化があることを描きます。

リスペクトを持って、お互いと接していき、新たなシステムを構築して、よりよい環境を作ろうと心がける。

それにより人はポジティブな反応を得ることができることを示していく。

(それによりリッチーは自分自身が時代遅れの人間になっていることを痛感させられたりもする。変化は残酷な現実も浮かび上がらせる)

1つ1つの変化がポジティブな反応を引き起こしているようにも見える。

じゃあ良かった、良かった。とならないのが、このドラマの恐ろしいところだ。

 

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積み上げてきた物が一瞬にして崩れ去る瞬間。

それは「忙殺」された時だ。

第7話は20分長回しで、厨房に地獄が訪れた瞬間を描き出す。

そしてその「忙殺」の引き金になるのは「新しいシステム」だ。

キッチンには今まで以上に暴言が飛び交い、混乱が訪れ、突発的な事故が起き、人間関係が崩壊していく。

あまりの忙しさに今まで築き上げてきたものが全て崩れる瞬間を描くこの回はこのドラマの白眉と言えるだろう。

キッチンで長回し地獄ものと言えば『ボイリング・ポイント/沸騰』もだが、あちらが90分に対して、こちらは20分に凝縮されている分、全てのギアの加速度が凄まじい。

(『ボイリング・ポイント/沸騰』は90分逃げ場のない、延々と続く地獄がまた味わいであることも伝えておかなければならない)

ドラマでワンシーンワンカットは難しいから、疑似ワンカットなのかと思っていたが、実際にワンカットで撮っているとのことだ。凄まじい・・・!

また音楽による緊張感の高め方も素晴らしく、Wilcoの『Spiders(Kidsmoke)』のライブ音源と状況が連動していく様は恐ろしくも気持ちがいい。

 


音楽の話が出てきたので、どうしても伝えたいのが、音楽の演出も素晴らしい。

このドラマではいわゆる劇伴は一切作られておらず、音楽は既存の楽曲が使われている。

音楽の切れ味の良さは第1話の冒頭のRefused『New Noise』のギターリフが鳴り響く瞬間からだ。

このような切れ味のいい音楽の使い方が全編通してなされているのも素晴らしい。

(シカゴが舞台ということでシカゴ出身の音楽も多様されているようだけども、そこまでの音楽の知識がなくて、全ての解説はさすがにできない・・・)

 

 

 

混乱に満ちたレストランを体現するキャスト陣の演技アンサンブルは賞賛の一言につきる。

特に主人公カーミーを演じたジェレミー・アレン・ホワイトの内側に不安定さを抱えながら、レストランの新たな船頭として舵を取ろうともがく姿。また最終話で見せる本音の姿(7分ノーカット!)は凄まじいとしか言いようがありません。

有害な男性性の体現者であるようなリッチーを演じるエボン・モス=バクラックの素晴らしさも。大人になりきれていない子供のようであり、有害な男性性を振りまく厄介な人であり、同時に心に傷を負った男という複雑な人間を演じきっています。

新人のスーシェフシドニー」を演じるアイオウ・エディバリーも勿論。

彼女にとっての成長物語としてもこのドラマを見ることもできる。

配属された職場で右往左往する様は、全ての人に職場に馴染めなかった1日目を思い出させてくれるだろう。

自殺した兄マイケルを演じる俳優にも注目したい。ある程度映画やドラマを見ていたら見覚えある人がカメオ的に出ている。

不在の兄を一手に引き受け「なるほどこれは魅力的な人だ」と思わせる力が素晴らしいです。

 

 

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第7話で徹底的に破壊された後、最終話は一転して落ち着いたトーンで物語が進む。

狂乱と静けさ、そのトーンの使い分けもとても効果的。

観客をジェットコースターに強制的に乗せる場面と、今の衝撃は何だったんだと考えさせる時間が両方あるのは良い物語の語りだと思う。

最終話、それぞれの人間がちょっとだけ自らを顧みていく。

マイケルの死、自分という人間について、レストランのこと。

その静かな変化の中で、ある奇跡が起きます。

その中であるバンドの有名曲が流れる。その中で束の間かもしれないが、ほんの少しだけ誰もが笑う瞬間が訪れる。

 

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改めて私にとってこのドラマはなんだったのだろうか。

何故こんなに気に入ったのか。

レストラン業界の内幕を描いたものであり、狂乱と混乱に飲み込まれていく人間を描いたものであり、珠玉のお仕事ドラマであり、美味しそうな料理が何度も写り素敵な音楽が流れるドラマであり、恐ろしい長回しを見ることができ、一瞬の奇跡に感動する、そんなドラマだった。

数多くの狂乱と混乱、そして一瞬の幸福。

これはこう言い換えることもできる。

上手くいかない多くの時間と、たった一瞬のすべてが上手くいく瞬間。

それは人生そのものかもしれない。

人生を垣間見たから、このドラマが好きだと、大風呂敷を広げるのも恥ずかしいけども、優れたドラマはそこに人生が通っている。

『一流シェフのファミリーレストラン』はちゃんと人生が通っているドラマだ。

 

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