にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

短編小説『心霊ビデオ』

『心霊ビデオ』



 心霊ビデオってあるじゃないですか。ちゃんと見たことなくても夏の怖いテレビ番組で流れる映像とか、あと『ほんのろ』とか、あ、『ほんのろ』って『ほんとにあった!呪いのビデオ』の略のことなんですけども、あのタイトルで禍々しいジャケットでTSUTAYAやGEOの邦画ホラーのコーナーに並んでいるのを見たことはあると思います。多分、結構大勢いると思う。私も、結構昔は映画借りに行っては怖いな~って思ってましたし。
 今って、もうビデオも廃れましたしDVDもBlu-rayもそうでもない、いわゆる配信の時代じゃないですか。でもまだ「心霊ビデオ」って呼ばれてるんですよね。
 「ビデオ」じゃないじゃんって思うんですけども、あ、でも、アダルトビデオも同じっすよね。AVって略してるけどもVはビデオってことですし。
 なんで心霊DVDにもアダルトDVDにも言葉は置き換わらなかったんだろうね?やっぱビデオって響きかな。ビデオってなんか響きがやばいじゃん。禍々しいっていうか、アングラ感がある気がするんだよねえ。
 あ、別に私が言いたいのは「ビデオ」って言葉って強いね、ってことじゃないんすよ。「心霊ビデオ」っていうジャンルの話っていうか。そのものの話なんだけども。
 あ、「心霊ビデオ」ってそのままで凄いよね。心霊が写ってるビデオだから心霊ビデオ。そう思うと、「アダルトビデオ」よりちゃんとした名前だよね。
 だって別にアダルトって大人って意味だけども、大人のビデオって言っても大抵のビデオには大人って写ってるじゃん。映画でも音楽のでもあと風景だろうと、それこそ心霊ビデオだって、大人が写っているのが大半じゃないですか。だから、まあ、アダルトビデオっておかしいよねえ。
 あー、また変な話しちゃってる。私って思ったことをすぐに話しちゃうから話があちこちに言ってしまって。しんどいよね。だから全然友達とかできなくて。本当ごめんなさい。あ、全然ご飯食べていいですからね。私は大丈夫です。コーヒーだけで。話している時、ご飯食べれなくて。
 なんでしたっけ、そうです。心霊ビデオの話です。ジャンルの話。あの、心霊ビデオって今も毎月山のように作品が出てるんですよ。「ほんとにあった!呪いのビデオ」だけじゃなくて、色んなタイトルの色んな作品が追い切れないくらい出てるんですよ。でも、基本的には、フォーマットは同じ、ある映像があって、その映像の中には、どこかで必ず「心霊」が出てくる。そういえば「心霊」と「幽霊」の違いってなんだろうね。その2つの言葉の違いが私はわかってないんだよね。なんか違いあるのかな。まあいいや。とりあえず言いたいのは「この世じゃない存在」が映り込んだ映像、それが「心霊ビデオ」なんだと私とかは思ってる。
 でも、同時に「心霊ビデオ」は作り物だとも思ってるんだよね。不思議なんだけども。プロレス的な感じ?そういうとプロレスファンから怒られると思うけども、プロレスをそんな風に使うな!って。でも、そういうものってことにしてもらえたらいいんだけども、公然の秘密みたいになってて、監督もスタッフもいるし、なんならCG使ってますって映像も沢山あるし。ちゃんと人力で「心霊」が映り込んだビデオを作ってるんだよね。これって変な感じがするよね。作り物の心霊って不思議な言葉な気がする。
でも不思議なんだけども、リアルな気がする。リアルって上手く言えないんだけども、リアルだから、私たちは心霊ビデオを作り物だと思っていてもどこかでは「本当だ」と思っているっていうか、本物の気配を感じてたりする。というかたまに本物っぽいなって思う。どこかで「本当のこの世ならざるものが写っている気配」を感じてる。たまにだけど。
 あー何が言いたいねんって顔をしてる。もうご飯も食べ終わってしまったよって。あの、私が言いたいのは、本当に「心霊」が写ったビデオがあったらどうしますか?作り物の中に漂う「本物っぽい」とかじゃなくて、本当に心霊が写ったビデオ。
 というか私、見ちゃったんですよね。本当に「心霊」が写ったビデオを。あ、「心霊ビデオ」の中じゃないです、「アダルトビデオ」の中で。あと、ビデオでもDVDでもなくて、配信でなんですけども。だから心霊ビデオでもビデオじゃないんだけども、でも写ってました、幽霊、はっきりと。
 で、私が言いたいのはここからなんです。もし本当に幽霊が映ったビデオがあったとして、その心霊が私たちを驚かそうとするかなって。それは、まるでただそこにいる。当たり前のようにいる。そしてそのことに気がついていない。出演者もスタッフも。でも結果として映り込んでいる、みたいな。そんな風な、禍々しい映像になってる気がする、多分、見ちゃって、全部後悔するような。見なきゃよかったって思うような。




 そのアダルトビデオはある女優の引退作品だった。
 その作品はドラマやスタジオでの撮影ではなく、ドキュメンタリーの体裁がとられている。その女優が自らの地元に戻り、彼女の思い出の地で撮影するというものだった。
 その女優が、産まれ、育ち、高校卒業を機に離れることになった土地。
 その土地を女優は歩き回る。しかし女優は終始嫌な顔をしている。毒づいてもいる。
 彼女はその土地にあまりいい思い出を持っていないようだ。
 家族にも、友人関係にも、学校にも、バイト先にも、地元そのものにも。
 彼女は何度も何度も不快感をあらわにしている。彼女が主役のアダルトビデオとしては異様なほどに。
 でもその不快感こそが、カメラが写し取りたいものなのだろう。
 人気のない女優の引退作品。人気がないからこそある種の過激さをまとっている。
 精神的な陵辱。何一ついい思い出のない土地で、彼女の不幸にまみれた人生を思い出させ、そして行為に及ぶ。そのリアクションを切り取る作品。ニッチな性癖のために、その女優の人生と感受性が切り取られている。
 しかし更にその女優にとって悲惨なのは、彼女を傷つけているその地元、その場所のほとんどが薄くしかしはっきりとぼかしかモザイクがかけられている。それは女優の土地を明確には明かさないと言う配慮かもしれないし「アダルトビデオ」に公的な場所の映像を記録してはいけないという配慮かもしれない。どちらにせよ、私にはわからない。
 作品は女優の出身高校の裏手にある寂れたラブホテルでの撮影を終えて、監督と女優はその土地の寂れた商店街を歩き、駅前ロータリーに出て、その周辺をしばらく歩いた後に、誰もいない公園にたどり着く。
 女優はベンチに座り、監督が向けているカメラを見る。
 監督が問いかける「この公園には、さすがにいい思い出はある?」
 女優はポケットに手を突っ込んでいる。そして自嘲気味に笑って「―――ここも、無いですよ。全然。だから言ってるじゃないですか。どこにもないって。こんなところ、早く離れたって」
「でも1つくらいはあるでしょ?いい思い出、誰だって」と監督は言う。
 女優は不機嫌そうに下を向く。その顔にズームする。彼女が泣けば、儲けものだ、そんな声が聞こえてくる。
「あ」と女優は言う。そして、遠くを見る。
「―――昔、ここでやってた夏祭りに私、彼氏と来たんですよ」と女優は言う。
 監督は「それはいつ頃?」と尋ねる。
 女優は「中、、、二?うん、そうだ、中二。初めてできた彼氏。あっこらへんに出店があって」と指さす。
 その指を追うように、カメラが公園の何もない場所を映す。
 そこも薄くぼんやりとモザイクがかけられいてる。
 どこにでもあるような公園なのに。
 女優は言う。
金魚すくいの出店があって、そこで彼、かっこつけてくれて、たくさんすくうってやっきになって」
 この作品、初めての声色。いい思い出だったのだろう。
 カメラは相変わらず、公園の何もない場所をモザイク越しに写している。
 するとその中央に黒点のようなものが滲み始める。
 黒点の滲みが広がっていく。その滲みが形をおびていく。
 気がつけばその黒点はまるで人影のようになっている。
 カメラは知ってか知らずかその人影を中心に捉えている。
「何匹もすくって、そんなにポイって持つんだって笑っちゃって」と画面の外から女優の声が聞こえる。
「へえ~」と監督が言う。
 薄いモザイクの向こうに人影が立っている。
 すると、強い風が吹く。風を切るノイズが収録され、モザイク越しの木々が揺れる。
 そして人影も風に吹かれるように左右に揺れている。
 揺れている。
 人影は立っていない。足は地面についていない。
 人影はなにかに吊るされているように揺れている。
 そう認識した瞬間、その人影の首あたりが伸びていっているのがわかる。
 まるで首から下の身体の重たさに耐えきれなくなって皮膚が伸びていくように、風で揺れていくのに合わせて、首あたりの部分が伸びている。
 その人影の首が、薄いモザイクの向こうで、伸びていく。それは到底、首から下の胴体が支えきれなくなって、
 ちぎれる、そう私が思った瞬間。
「あ―――」と女優が言い、カメラはベンチに座る女優に向く。
「私、ここって嫌な思い出だけじゃなかったんだ」
 女優のその姿を撮るのに飽きたように、カメラはまた公園の何もないところに向く。
 薄いモザイクの向こうで、人影は見当たらない。
 また強い風が吹いて木々が揺れる。





 多分、これ幽霊だと思うんですよ。多分ですけど。何の霊かわかんないですけども。でもいるんじゃないですか。だって死んだ人ってこれまで山ほどいるんですから、何かの霊がたまたま映り込んでも、それはある話だと思うんですよ。
でも、誰も、気がついてないんですよ、これ。だってこれ、はっきり写ってないし、もしかしたら何か、木の陰かもしれないし、モザイク越しだし、それにアダルトビデオを見るときって、幽霊を見ようと思って見るわけじゃないですし。
 それにそもそもこの作品を誰も見ていないのかも。見ていたとしても、こんな退屈なシーン飛ばしますよね。
 多分、それが一番の理由なんですよ。
 ―――幽霊も出る場所を選んだらよかったのにって思いますよね。
 映り込むのに、どれくらいの労力がかかるのか、それとも映り込んじゃうものなのか、それはわからないですけども、でも、せっかく映り込むんだったら、もっと人気のある人の作品に出ればよかったのに。
 何で、この作品だったんでしょうね。
 あ、そうか、あの公園にいる、幽霊だったら、選べないか。
 嫌だなあ。
 私、地元のいい思い出って、あの公園のことだけだったのに。



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