トナカイをハーレーに改造して国道を駆け抜ける。
エンジンは悲鳴を挙げている。俺の臀部に熱を感じる。
冷たい空気がスピードを経て鋭い刃物のように俺の顔をなでる。
でもアクセルの手は緩めない。
マフラーから排気ガスが吹き出る。この町の風景のように。石油を燃やして吹き出るあの風景のように。
俺はこの町で育ってきた。
石油が出て、おかしくなった故郷の町。
貧乏人が貧乏人を殴り、その貧乏人がさらに貧乏人を殴る。
溢れた石油にまみれた金は全て金持ちの胃袋の中だ。
物心ついたときには全てが狂ってるとおもったが、俺には逃げる術もなくて、この町で生きるしかない。
石油の炎がいつだって見えた。俺に逃げ場所はなかった。
俺はセンチメンタルを吹き飛ばすために、今に意識する。
信号は赤。気にしねえ。突っ切るだけだ。
俺は元は角だったアクセルをぐいっと握って回す。
悲鳴のようなエンジンの音。加速するハーレー。風景が線になり、飛んでいく。
視界の端に目的の看板が見える。
トイザらス。
俺はハンドルを切る。
歩道の縁石にタイヤが接触し、ハーレーは宙に浮く。
恐怖におののく家族連れが見える。
「どけ!!」
トイザらスの屋外駐車場に突入するハーレー。叫ぶ家族連れ。ハーレーはショッピングカートに衝突し、ショッピングカートがひしゃげて空中に舞う。アクセルは緩めない。
「こんな町、捨ててさ。私と住もうよ」って言ってたあいつは卒業前に交通事故で死んだ。スクールバスに霊柩車がぶつかった。同じ時期に親父も死んだ。石油採掘中の事故だった。
この世には笑えないジョークもあるって知った。俺はまだ若かった。俺は世界に、この町に、たった一人で取り残された。
入り口が見える。ガラス製の自動ドア。知ったことか。ハーレーは自動ドアに突入する。ガラスが一瞬で粉々に砕け散る。その一枚一枚に赤い服を来た俺の姿が写る。
この町で俺がつける仕事は二つしか無かった。この町で死ぬまで石油を掘り続けるか。それかーーー。
トイザらスに突っ込む俺のハーレーはレゴのコーナーを破壊する。巻き飛ぶレゴ。店員が必死に作ったスターウォーズのレゴはブロックにまた戻った。
「子どもたちに夢を与えるって言っても、所詮おれなんてただの宅配ドライバーだ」
俺はバーで知り合った女に愚痴を言った。
「俺が夢を与えられたいよ」
「あんた疲れてるみたいだね」
「この町で疲れていないやつがどこに居る?」
「そうね、みんな疲れているわ」
俺はこの女と寝た。女のトレーラーハウスで。
俺は生まれてこの方いい子だったためしなんてない。
朝、女が早めに出て行くのが見える。
「もう行くのか?」
「ええ、娘を幼稚園に預けないといけないのよ」
「そうか」
「じゃあ、またね。サンタさん」
「その名前で呼ぶんじゃねえよ」
ぬいぐるみコーナーの表示。ブレーキをかける。バイクがスライドしていく。逃げ惑う子どもたち。店員。吹き飛ぶ知育玩具。ルービックキューブ。どけ。邪魔だ。視界があれを捉える。
バイクが止まる。俺は急いでそいつを掴む。
与えられた少ない給料で、生活をやっていく。残ったわずかな金でトナカイをチューンナップする。トナカイをハーレーに仕立て上げるのが趣味の無い俺の唯一の楽しみだった。
同期はみんな辞めた。名ばかりのやりがいとキツすぎるノルマ。
狂った奴も、自殺した奴もいた。
それでも俺はしがみついていた。この仕事に。
鏡の中の俺がこう言っている。
「俺は誰のために仕事をしている?」
鏡の中の俺は答えてくれない。
「君、今年の配達が終わったら、もうやめてもらうから」
人件費削減の名目で、俺はお払い箱。学校を卒業してから、馬鹿みたいにしがみついていたこの仕事も切られる時は一瞬だ。
俺は何も考えることができずに、気がついたらバーで出会ったあの女の家に行っていた。雨がぱらついている。
「どうしたの酷い顔をして」
「ああ、俺はこの世にいらないみたいだ」
「そんなことないわよ」
「うるせえよ」
「どうしたの。お酒沢山飲んだんじゃ無いの?」
「今日飲まなくていつ飲むんだよ」
「もう、そんなに追い詰められることなんてないわよ」
「お前に何がわかるんだよ。何がわかるんだよ!」と叫んだ。女の肩を掴んで壁に叩きつける。古いトレーラーハウス。車体が衝撃で揺れる。
奥の部屋のドアがゆっくり開く。
小さな女の子が俺を見ていた。
女の子はおびえきった顔をしていた。今にも泣き出しそうだ。
手にはミッフィーのぬいぐるみ。
俺は「すまなかった」と言って、逃げ出した。
最後の配達の日。宅配リストを見る。あの女の家がないことを知った。理由が書かれている。あの小さな女の子は友人の家からおもちゃを取った。あの家を見ればそんなことをした理由もわかる。貧乏人の家。
・ほしかったもの―ミッフィーのぬいぐるみ。
配達―×
知ったことか。
俺にはもう関係のないことだ
配達をする。
これが終われば、俺はサンタクロースを辞めなきゃいけない。
これが終われば、ただの男に。金も友人もいない、ただのくそな男になるだけだ。
配達をする。
石油の金が町に潤いを持たせている。回る家はどれも保険のCMに出てくるみたいにきれいで、嘘っぱちだ。
暖炉も煙突もただの演出にしかすぎない。
この町に本当なんて何にもない。
あの女の子ども。ミッフィーのぬいぐるみを握っていたあの女の子ども。
俺の頭から離れないのはあの女の子ども。
それを振り払おうと配達を続ける。
最後の家を周り終える。その頃にはもう朝になっている。
あとはこの赤い制服とトナカイを返すだけだ。
でも、俺は事務所には戻れない。いや、戻る気が無くなっている。
そして気がつけばこの町を見下ろす山の頂上に来ていた。
嫌いだった町。貧乏人が貧乏人を殴る町。溢れた石油で得た金を胃袋に詰める金持ちの町。
俺が今日やったのはなんだ?夢が有り余る金持ちの子どもに遊び道具を渡してやっただけじゃねえか。
俺は胸ポケットからたばこを取り出す。
アメリカンスピリッツ。
全ての者に夢を得られるのがこの国のいいところだって聞いたな。
俺は胸一杯にアメリカンスピリッツを吸い込んだ。
それから、たばこを地面にたたきつけて、ブーツで消す。
元トナカイのハーレーにまたがってアクセルを噴かす。
「止まれ!」声が聞こえる。警備員が俺に銃を向けている。
俺は無視する。俺はミッフィーのぬいぐるみを持って、ハーレーにまたがる。
「止めたきゃ止めてみろよ」
俺はアクセルを一気に噴かす。煙がはき出る。この町のあちこちの風景のように。
警備員が慌てる。発砲音。叫ぶ家族連れ。加速するハーレー。
粉々になる自動ドア。まったく、こまったあわてんぼうのサンタクロースだ。
夜の仕事から帰ってきて、眠りこけていた女を小さな娘が揺さぶる。
「ねえ、ママ、起きて」
「・・・どうしたの?」
「サンタさんだよ!!」
女は戸惑う。
「何を言ってるの?」
「家の前にこれがあったの」
と娘が見せたのは大きな大きなミッフィーのぬいぐるみだった。
「サンタさんが来てくれたんだよ!!」
と娘が嬉しそうに笑っている。
女はその姿がとてもいとおしく思えて娘を抱きしめる。
あれからずっと走り続けた。
あのくそみたいな町から少しでも離れるために。
でも州の境で、俺の前にはバリケードと銃を構える警官隊。
俺はアメリカンスピリッツに火をつけて吸い込む。
すると腹の傷口に響いて、俺は咳き込む。
さっきの銃弾が俺の体を割れたトマトケチャップの瓶にしている。
どちらにせよ、今日で俺の人生は終わりだ。
俺は元トナカイの角を握る。
どうせなら、最後は最高速度を出してやる。
俺は目一杯ハンドルを回す。
エンジンの悲鳴が聞こえる。
それはトナカイのいななきのよう。
そのいななきは空に広がる。
その空から雨が降る。
雨は次第に勢いを増す。
そしてその雨はーーー
女は娘に朝ご飯を作ってやる。
スクランブルエッグとベーコンとホットケーキ。
皿をテーブルに運んで、女は娘の頭を撫でて、メリークリスマスと言う。
娘は満面の笑みで女に向かってメリークリスマスと言って、隣の席に座らせているミッフィーにもメリークリスマスと言った。
女が窓の外を見ると雪がちらついているのが見える。
「雪!」と娘が叫ぶ。
「あとで、散歩でもしようね」と女はいう。
ミッフィーも連れて行っていい?と娘が聞くから女はもちろんと答える。
雪が降り続く中、トレーラーハウスから女と、その娘が出てくる。その娘の手には大きな大きなミッフィーのぬいぐるみが握られている。
雪はその日、ずっと降り続ける。
ずっと。ずっと。