にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

短編小説『2147年のスーベニア』

荒廃した道後温泉に旅行から帰ってきたさとみさんが温泉まんじゅうを職場のみんなに配る。

「へー。まだ温泉まんじゅうは売ってるんですね」と私が言うと「人間色々考えるもんだよねー」とさとみさんは言う。
さとみさんが写真を見せてくれるがさとみさんは常にガスマスクを付けているし、道後温泉はすっかり荒れ果てているので「なんか、歴史の教科書っぽいですよね」と言ったらみんなひとしきり笑った。

 


気がついたときには世界がぼろぼろになっていた私たちの世代はダークツーリズムだどうのこうの言う前に選択肢がそれしかなくて、それでも旅行はしたいもんだから、荒れ果てた土地を巡るような旅行は意外と大流行り。
「中山も旅行行ったらー。意外と気分晴れるよー」とさとみさんは言う。
「まあ、行きたいですけどねー」と言うけども、本当はあんまりどこにも行きたくなくて、旅行よりは家にいたいなと思う。

 


地下5階にあるメリヤス工場での仕事がおわって、それから私は地下27階にある家まで1時間かけて帰る。
駅から細くて青白くなりすぎてもはや緑色に光るライトで照らされたトンネルを通ってひたひたと水が滴り落ちる中を駆け抜けていけば、私が住んでるアパートはある。

 


いつものように扉のハンドルを回せば、蒸気を噴出しながら開く扉。私は家に入ると先に蔵くんがご飯を食べている姿が目に入る。
「おかえりー」
「え、帰ってたんだったらご飯食べるの待っててよー」
「いやー、今日こんなの貰っちゃってね」
と蔵くんが私に見せるのはクローン松坂牛のふりかけだ。
「えー、どうしたのこれ」
「マーリーさんが旅行行ってきたんだって」
「高かったんじゃないの?」
「いや、前にマーリーさんには貸しがあったからそのお礼だって」
クローン松坂牛のふりかけのパッケージには同じ顔の牛がずらずらずらずらずらずらと並んでいる。
「美味いよ。凄く美味い」と蔵くんはふりかけがかかった合成米をむしゃむしゃと食べる。
「ちょっと私も食べるからー」
と私も晩御飯にとりかかる。クローン松坂牛のふりかけなんて食べないわけがない。



その日、布団に入りながら蔵くんと話す。
「どっか行きたい場所ある?」
「旅行ってことで?」
「そう」
「あー、旧奈良かなー」
「旧奈良?もう焼け野原になってるんじゃないの?」
「昔の大仏がちょっとは残ってるらしいよ」
「嘘だー」
「いや、焼け野原掘ったら出てきたんだって」
「へー」
「どう?今週末、行く?」
「あー」
「興味ない?」
「そうだなー」
私は答えが出てこない。やっぱりあんまり旅行には興味がない。

 


でも、次の日には蔵くんは旧奈良の情報収集にやっきになっている。
「昔の書物も今漁ってて、"るるぶ"って文献も見つけたから」と昔の人々が旅行するときに使っていた文献も見つけてきて、そのホログラムを私のデバイスに転送してくるから、これはまじで行きたいってことじゃんって思って、旅行に行くことにする。

 

 

地下一階の入地下管理局で「明日の夜には帰ってきます」と言って、パスポートにハンコを押されて、そのまま防護服も借りてエレベーターに乗ったら地上。
ちらちらと灰が降り続けている中、地上には防護服をきた結構大勢の人があちらこちらに移動している。
「みんな旅行行くのかな」
「そうみたいだねー」
「旧奈良行きはどれだろう」
「あれみたいだよ」
と指差した先に人工筋肉でできた羽をばざばさしている飛行機があって、乗り込む。

旧奈良はただただ真っ平らな焼け野原だった。そこを私と蔵くんは歩く。蔵くんはデバイス上に"るるぶ"を表示して、旧奈良の街並みと今の焼け野原を比較しているみたいだ。
「本当になんもないねー」と蔵くんは楽しそうに笑ってる。確かにこれほどまでに何にもなかったらただただおかしい。
しかし、何にもない空間の先に、人ではない、何かが蠢いている。
近づいてみると、何かの動物を模したロボットのようだった。
「多分、これが鹿だね」
「鹿かー」
鹿ロボットはあんまり手入れされていないみたいだった。動きがぎこちない。
蔵くんは鹿ロボットの足に何かが詰まっているのを見つけて、それを取り外してあげる。
鹿ロボットは「じゃぼららろららら」と壊れた音声出力でお礼を言う。
すると鹿ロボットは私たちの周りを何周かした後に、悠々と歩き始める。何歩か歩いた後に私たちを見て「ぽまらなじゃむむむ」と言う。
「あー付いて来いって言ってるんだよ。多分」って蔵くんが言ったので私たちは鹿ロボットについて行く。

 


10分くらい歩くと、鹿ロボットがたくさん集まっている場所にたどり着く。
がちゃがちゃきぃきぃと音がし続ける。
「手入れしてあげたらいいのにね」と言うと
「旧奈良は人気がないからお金が回らないんだろうね」と最もなことを言う。
私たちを先導した鹿ロボットは「かむやわわわ」と叫んで、どこかへ一目散に行く。
「なんだろうね」
「あ!ここ、大仏の場所だって」とるるぶを参照していた蔵くんが叫ぶ。
しかし見渡す限りいるのは鹿ロボットだけだ。
「大仏いないね」
「やっぱ消失しちゃったかー」
と嘆いているとさっきの鹿ロボットが走って戻ってくる。
口には垂れ下がるなにかを持っている。
蔵くんがデバイスでスキャンすると大仏の小指のかけらだってことがわかって「鹿ロボットやるなー」と言ったら「ぎゃのぼぼ」と言ってくるくる回って鹿ロボットかわいいなと思う。

 


「ってわけで大仏の小指です」と旅行から帰ってきた私は職場でさとみさんに見せる。
さとみさんはひとしきり笑って「初めて見たわー」と言う。
「どうだった、旧奈良旅行」
「楽しかったですよー。あんまり旅行興味なかったですけども行ってみたら楽しいですね」
「旅行ってそういうもんだよねー」
「あ、写真撮ったんですよ。見ますか」
と言って私はさとみさんに写真を見せる。
何にもない背景に防護服を着た私と蔵くんと鹿ロボットが写ってる写真。
それを見てさとみさんはまた笑って、旧奈良行ってみようかなーと呟いた。

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