『レジェンド・オブ・カリー・ブレッド~カレーパンの伝説~』
カレーパンの伝説を知っているだろうか?私は知らない。しかしタケルが言うのだ。「カレーパンの伝説って知ってる?」って。
いや知らないよ。なんて言うと「あっそ」と返してきて、それっきり。
なんだよカレーパンの伝説って。教えてくれよ。と思うけども、当時タケルとはうまく行ってなかったから、会話もままならなくて、そのまま会話はゲームセット。
となるとネットに頼るわけだけど、カレーパンの伝説なんかでヒットするのは「名店!伝説のカレーパン!!」みたいな記事くらい。
タケルはこれのことを言ってるのだろうか?なんてことを思うけども、違うような気もする。しかし何が正解なのかわからない。タケルから聞き出せればいいけども、もう一度になるが当時タケルとはうまくいっていなかったから、聞き出すことはできない。
どうしたものかね。と思いつつ、ヒットした「名店!!伝説のカレーパン!!」の店を調べる。すると6駅ほど離れたところに伝説のカレーパンを出している店があると知る。その日、休日だった私はさっそく向かうことにする。何しろタケルとはうまくいっていないのだ。家にいても沈黙の対立が続くだけである。なんだよ沈黙の対立って、セガール映画かよ、ぷぷぷ、と思いながら私は服を着替えメイクを決めて、鏡の前に立ってるところでタケルが近づいてきて「どっかいくの?」って聞くから「まあ、適当に」と答える。
ふーん。とやっぱり興味なさそう。タケルは私にずいぶん前から興味をなくしている。私はタケルへの興味はまだあったんだけども、興味をなくした相手へ興味を持ち続けるのはそこそこ辛いのだ。
というわけで私は出かける。いざ出陣~。ぷぱおー!ぷぱおー!!と頭の中でホラ貝を鳴らしながら、6駅先にしゅたっ。到着。
それからグーグルマップを片手にうろうろしていたら、ありましたパン屋さん。
パン屋の名前は「暁光」。しぶすぎるネーミングに戸惑う私。いやもっとなんかあるじゃん「わくわくパン屋さん」とか。なんでこんな渋い名前なんだ。スナックじゃないんだし。と思って、自動ドアの前に立つ。扉が開いて、わかる。「暁光」じゃんと。
なんだか店内の照明が薄紫なのだ。薄紫というか、本当明け方の空の色というか。何色なのか上手く説明できない。あのグラデーションのような照明。
正直にいうと、パンが旨そうに見えない照明をしているのだ。
というわけで店内は誰もいない。ネットに載ってるのに?と思いつつ、トングとお盆は手に取る。この辺のシステムは同じなのかとも思う。
レジの向こうがパンの焼き場になっているのも見える。しかし全てはこの照明だ。なんでこの照明なんだろうか。あまり霊感はない、というか皆無だけども、少し嫌な雰囲気を感じる。早く出たいな・・・と思っていたらクロワッサンとフランスパンに挟まれてカレーパンが置いてあるのを見つける。
私はそれを1つ掴んで、レジに向かう。
すると店員さんがやってくる。女性の店員さんで、色白な分、目の下のくまがえぐいくらいはっきりと目立っている。
「カレーパン一個ですねえ」
カレーパンの値段は230円。普通の値段すぎてびびる。伝説っていうくらいだからもっと高いのかと思ってた。
というわけで気になる私は聞いてみる。
「これって伝説のカレーパンっすよね」
「あ、はい?」
「あ、これっす」
「あー。なんかそうらしいですね」
「そうらしい?」
「あの、私、最近バイトで入ったばっかなんですよ」
ああ。そういうことかいね。というわけで聞き取り調査は無駄に終わってしまった。店長を呼びますか?なんて言われるけども、ノーサンキュー。いやそこまでの事態になるのはなんとなく避けたい。なんていったって私はそこそこに人見知りなのだ。もう店員さんに語りかけるところでMPはだいぶ削っているのだ。
というわけで、あざっした~と言って店を出る。
店を出ると陽光に包まれて、あっ昼じゃん、と違和感を感じる。
さっきまでの照明があまりに明け方だったから軽いタイムスリップをしたような気になる。
実際は5分少々の出来事だったのに。本当なんだったんだあの店は。
それから私は公園に移動してベンチに座って、小石を啄む鳩を見たり、遊具を想定外の使い方している子供を見ながら、さっき買ったカレーパンを食べ始める。
あむあむあむ。うん。あむあむあむ。うん。
伝説・・・ってなんぞや。
いや普通に美味しいんだけども、これが伝説かと聞かれたらわからない。確かに他のカレーパンに比べたら・・・といっても比べる対象がサンマルクカフェのカレーパンになっちゃうんだけども、それに比べたらカレーがしっかりしているような気がする・・・。というかしっかりしたカレーって何?何がしっかりしてるの?足腰?いやいやルーとかなんだろうけども、でも、まあそうなんだろうなって思うし、正直このカレーパンを食べた感想としては。
「米が欲しいなあ・・・」
だったのだ。
米が欲しくなるパンはパンとして成立していないのではないだろうか。
ねえ、どうなのよ。パンはパンで立脚してなきゃ駄目なんじゃないの?ねえ!ねえってば!!
と、どこぞの誰かに語りかける。届くならば全日本パン連合の人に届いて欲しいけども、そもそも全日本パン連合があるのか私は知らない。
というわけで、カレーパンを半分ほど食べたところで強烈に米が食べたくなり、これ以上は危険だと脳が察したので、細かくちぎって鳩にぽいっ。ぽいっ。ぽいっ。
そしたら鳩はばくばく食べ始めて「わーヒッチコックの鳥みたい~」と思うけども、私は鳥どころかヒッチコックの映画を1つも見ていなくて、完全にイメージで語っている。
というわけでカレーパンの伝説というのは全くわからなかった。私はとぼとぼと家に帰る。家に帰ると、まだタケルはいる。まだいるんかいと思う。
「おかえり」と言われるので「うん」と答える。部屋に戻ろうとする前にやっぱり聞いておく。
「あのさ。カレーパンの伝説って」
「うん」
「なに」
「あー。旧日本軍の化学兵器のこと」
はあ?
全てが全て全くわけがわからなくなった時、人はどのような行動を取るか知っているだろうか。今日一日の点が全て、ただの点で、そして全てが未解決事件のような気持ち悪さを持っている場合人はどのような態度をとるか知っているだろうか。
そう。寝るのだ。
私は「あ、へえ~」と答えて、それから寝室に行って倒れるように寝た。
カレーパンも、暁光も、旧日本軍の化学兵器も、そしてそんな話をしようとしたタケルのことも忘れて私は昼間から寝続けた。
そして私は朝焼けの戦場をカレーパンを片手に走り回る兵士達の夢を見た。
馬鹿だなあ。カレーパンが銃に勝てるわけないのに。
それから数ヶ月後、私とタケルの生活はきちんと破綻を迎え、そして私は遠い場所に引っ越してしまった。
暁光という名のパン屋に行くことは二度となかったし、カレーパンの伝説という化学兵器の詳細を探ることもなかったし、タケルが何故あんな話を私にしようとしたかも結局わからなかった。
ただ、たまにパン屋に行ってカレーパンを見かけるとそんなことを思い出す。
あの街に住んでいたこと。
タケルと暮らしていた日々のこと。
終わっていく数ヶ月のこと。
あの生活の全てを思い出してしまうのだ。
それから私はたまにカレーパンを買う。
そして公園で食べる。
暁光のカレーパンに比べるとカレーはしっかりしていないが、カレーパンにはこの程度のカレーでいいのだとやっぱり納得する。
そのカレーパンは鳩にあげずに全部食べきって、それからベンチを離れる。
やっぱり米が欲しくなるカレーパンはカレーパンとして成立していないと思うのだ。