にゃんこのいけにえ

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短編小説『フランスパン同好会』

 フランスパン同好会

 


 私はフランスパン同好会の会長だった。といってもフランスパンのこと、めちゃくちゃ好きだったわけじゃない。フランスパンに詳しいわけじゃない。ただなんとなくフランスパンが好きだと言っていたらフランスパン同好会の会長になっていた。あるコミュニティではそれを好きだと言っているうちに何かになってしまうことが往々にしてあるものだけども、私の場合それがフランスパン同好会だった。

 フランスパン同好会のメンバーは私とその時の友人達、みよちゃんとたまちゃんの計3人だった。

 活動日は毎週水曜日の4限終わりから。場所は学食のいつもの角席。私たちは毎週欠かさず集まっては、フランスパン同好会としての活動を行っていた。

 フランスパン同好会の活動は、4限終わりの学食でフランスパンを食べること。ただそれだけだった。フランスパンについて研究したことも探求したこもなかった。フランスパンを食べながらああでもない、こうでもないといった話を私たちはした。ああでもないこうでもないと言った話題を提供するのはみよちゃんで、ああでもないこうでもない話題を膨らませるのはたまちゃんで、私はそれに乗っかったり乗っからなかったりした。私たちはずっと話し続けた。2時間ほど話し続けるとフランスパン同好会の活動は終了し、私たちは帰路についた。

 フランスパン同好会の活動はたまに変更になった。フランスパンを食べることに飽きたときはジャムパン同好会になったし、あんパン同好会になったし、クロワッサン同好会になったし、ツナマヨ同好会になったときもある。

 でも、水曜の4限終わりに学食に集まることだけは決して辞めなかった。

 私たちは毎週集まって、パンを、時にはおにぎりを食べながら、ああでもないこうでもないって話をしたのだった。

 ねえ、最近見たドラマの話なんだけども。ねえ、今度のテストのことなんだけども。ねえ、就活心配なんだけども。ねえ、夏だし花火でもやりたいんだけども。ねえ、ねえ。と私たちは飽きもせず毎週集まって話をした。

 それは卒業するまで続けられた。私は卒業するまでフランスパン同好会の会長だった。

 

 

 

 大学を卒業して就職して、フランスパン同好会の会長だった私はただの事務員になって、気がついたら同じ会社に3年勤めている。そして私は毎週のように会社の飲み会に参加させられている。毎週、水曜日、4限終わりという明確なルールの元に開催されていたフランスパン同好会の会合とは違い、何曜日に開催されるかも、何時に開催されるかもわからない会社の飲み会で私はまたもやああでもないこうでもないといった話を延々と聞かされる。

 私は笑顔を作り、笑顔でお酌をし、話に笑い、そしてありがとうございました。という言葉を最後に言い放って帰路につくのだった。

 終わるのも何時になるかわからない。フランスパン同好会は18時くらいには終わっていた。2時間も話せば十分だった。でも、会社の人たちは何時間でもああでもないこうでもないと言った話をするのだった。私は、帰り道、いつも同じ自販機で水を買って、飲む。少しでも酔いを覚ますために飲む。それでも酔いは引かず次の日に持ち越される。二日酔いか?とどやされる。私は笑顔を作って、ええまあと答える。お酒が弱いことを揶揄される。

 


 卒業後も、フランスパン同好会を続けようとした。「ねえ、またフランスパン同好会やろうよ」と私は二人に言った。いいね-!と返事が帰ってきた。でもわかっている。もうフランスパン同好会はどこにもないのだ。私たちは集まってもあの頃には戻れないことをわかっている。それでも集まりたかった。学食なんてもうどこにもないから場所は居酒屋になる。みよちゃんもたまちゃんも忙しい合間を縫って参加してくれる。とても嬉しかった。でも久しぶりの会合だというのに、私たちはフランスパンなんて一口もしなかった。ユッケやチーズや刺身やらを口に放り込み、そしてお酒を飲んで、愚痴を話し合った。あの頃のようなああでもないこうでもないと言った話は一切出なかった。私は会長として、ちゃんとフランスパン同好会を続けようとしたのだ。でも、できなかった。みよちゃんもたまちゃんも変わってしまった。そして何より変わっていたのは私だった。ああでもないこうでもないといった話がすっかりできなくなってしまっていた。

 何かが違う。何かが違う。何かが違う。

 私たちは集まってもあの頃のような気持ちでいれないことが妙に気持ち悪くなる。言葉にせずともわかる。そして、会わなくなっていく。忙しいから、予定があわないから、そんな理由も込みで会わなくなっていく。

 

 

 

 私はフランスパン同好会を続けたかった。私はいつまでも毎週水曜、4限後のあの学食でみよちゃんとたまちゃんとどうでもいい話がしたかった。フランスパンを食べながら、ジャムパンを食べながら、あんパンを食べながら、ツナマヨを食べながら、話したかったのだ。

 でも私はもうフランスパン同好会の会長なんかじゃない。ただの事務員だ。みよちゃんもたまちゃんもフランスパン同好会のメンバーじゃない。ただのみよちゃんとたまちゃんになってしまった。あの頃のフランスパン同好会はもう消えて無くなってしまった。

 ただ無性にフランスパンが食べたくなる時がある。そんなとき私は近くのパン屋に行ってフランスパンを食べる。そしてそのときは決まって涙が止まらなくなる。

 そんな私を誰かは笑うだろうか。ただただ学生時代を引きずっているよくある大人の1人だと笑うだろうか。笑うなら笑えばいいと思うようになる。誰に思っているのかわからないけども、そう思うようになる。

 私はそれでもたまに戻りたくなるのだ。

 あの学食に戻りたくなるのだ。

 

 

 

 だけども、全ては遠くなっていく。

 みよちゃんもたまちゃんも会わないうちにいつの間にか誰かと出会い、その人と結婚する。私はスピーチを頼まれる。なんでって聞くと会長だったからと言われる。私は会長として最後の仕事をする。私たちは学生時代フランスパン同好会でして、とスピーチで言うと毎回笑いが起きる。ふざけんなよと思う。私たちのフランスパン同好会を笑うんじゃねえよと思う。

 二人は結婚して、子どもを産んで、そして遠くへ行ってしまう。

 私も新卒で入った会社を辞める。転職をする。そこで西山さんと出会う。

 西山さんと付き合ってそして結婚する流れになる。

 でも、私は私がフランスパン同好会の会長だったことは言えないままでいる。

 多分、西山さんもフランスパン同好会の話を聞いたら笑うだろう。

 笑われたらその瞬間、私は西山さんの全てが嫌になると思う。

 だから、言わない。全てを穏便にすませるために、私は言わない。

 そして毎週水曜日にフランスパンを買うことはずっと続けている。

 西山さんにも、毎週買うんだねと言われるけども、ええまあと流す。

 

 

 

 私は私の人生のスピードが早くなっていくのを感じる。

 みよちゃんとたまちゃんが早く通りすぎていったように、私も凄い早さであの学食から遠く離れていく。西山さんと結婚が決まる。さらに時間が早くなる。

 遠く、遠く離れたその先の人生を私は今生きている。

 それでも、私はフランスパン同好会が好きだったのだ。

 ずっとずっと好きだったのだ。

 あの頃の時間が好きだったのだ。

 みよちゃんもたまちゃんも4限終わりの学食もフランスパンもジャムパンもあんパンもツナマヨも18時に終わる会合も全てが全て大好きだったのだ。

 でも遠く離れていく。

 そのスピードを緩めることはできない。

 私はもう戻れない。

 


 みよちゃん、たまちゃん、おぼえていますか。フランスパン同好会を覚えていますか。

 私はたまに忘れそうになります。

 あんなに戻りたかった時間を忘れそうになります。

 私はそれが悲しくて、とても辛いです。

 私はまだフランスパン同好会の会長だと名乗っていていいでしょうか。

 それは過去にすがりついているということなのでしょうか。

 私にはわかりません。

 もし、過去に戻れるならあの学食を選びます。ああでもないこうでもないと話していた時間を選びます。

 もっとましな過去にしなよと笑われるかもしれませんが、私にとって一番好きな時間はあの時間でした。

 みよちゃん、たまちゃん、私はたまに寂しくなります。

 もう戻れないことを。

 もう帰れないことを。

 私はそのことがたまらなく寂しくなります。

 

 

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