にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

どてらねこのまち子さん『Tesseract』

どてらねこのまち子さん

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"Tesseract"

 駅前のピンク色のビルの4階にあるリードボーカル養成所は気がついたら血まみれでした。隣で震えているのはどてらを着た二本足で歩き言葉を喋る猫のまち子さんです。

 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」

 まち子さんは想像を絶する光景に呆然としていました。

 勿論私も血と臓物で溢れた光景に仰天するしかなかったのですが。 血まみれの部屋の中央に立つのは4次元で構成された熊でした。

 4次元で構成された熊はぼんやりとゆらめきながら、時折私達に向かってソプラノボイスを響かせていました。

 どうしてこんなことになったのでしょうか。

 


 少しばかり話はさかのぼります。

 「岸本さん、岸本さん、このビラなんでしょうか」と私に一枚のチラシを見せました。「リードボーカルになりたいあなた!ぜひうちのスクールへ!」とワードで作られたチラシがそこにはありました。

 「リードボーカルってなんですか?」とまち子さんは頭をかしげながら聞きました。この問いに私は困ってしまいました。私も一介の人間でありますのでリードボーカルという存在は知っています。しかし説明するとなるとうまく伝えられないのでした。

 「うたうたいさんのことですか?」まち子さんは尋ねます。まち子さんはボーカルのことをうたうたいさんと言います。そこがかわいらしいところでした。

 「そうです。うたうたいさんのことです。リードボーカルとは、うたうたい集団の中でも、その集団をひっぱっていく存在のことです」

 「そうなんですね。なるほど。なるほど・・・」まち子さんはそういうとしばらく考え込むような表情をしていました。

 「どうしたんですか?」

 「岸本さん。私一度、このリードボーカル養成所ってところに行ってみたいです」まち子さんはきりっとした顔で私に言いました。

 「あ、そうなんですね。なんでまた行ってみたいんですか」

 「私、うたうたいになってみたかったのです。うたうたいになってうたをうたってみたいのです」

 「なるほど」

 「岸本さん。付いてきてくれませんか?無料体験があるみたいなので行ってみたいのです」ビラの下の方をまち子さんは指さしました。するとそこには無料体験毎日実施中!との文字が踊っていました。

 「今日ですか?」

 「あ、今日です」

 「いいですよ」と私は返しました。特に予定も無いですし、私もリードボーカル養成所というところがどういうところか興味あったのです。

 「ありがとうございます!」まち子さんは満面の笑みを私に向けました。いえいえと私は言いました。陽はちょうど沈みかけていました。街がだんだんと赤く染まっていきました。

 


 チラシの案内に従って駅前のピンク色のビルの4階に来ました。狭苦しいエレベーターの扉が開くとそこにはリードボーカル養成所という看板と「ふぁ~」という歌声がガラス製の扉の向こうから響いていました。

 まち子さんが先におりました。まち子さんがガラス製の扉を二回ノックします。「すいません~」

 がちゃりと扉が開いて中から部屋の空気が飛び出してきました。「はい~」とそこに立っていたのは黒ずくめの服装をした男でした。

 「あ、あの、リードボーカル養成所の、無料体験に来ました、まち子です」

 「あら猫さん。今日は不思議なお客さんが多いのね。大歓迎ですよ。ほらほら入って入って」

 と黒ずくめの男は私たちを案内しました。

 部屋の中に入ります。部屋は鏡張りで至る所に張り紙がしてありました。そしてその部屋には4~5人の男女と一匹の熊が立っていました。

 その熊の手にはチラシが握られていたのでこの熊も無料体験に来たのだと思いました。

 「今日は体験の方が沢山いらっしゃって嬉しいですわ」と黒ずくめの男は言いました。どうやら講師のようでした。

 4~5人の男女が拍手をしました。どうやら無料体験者は私たちと熊のようでした。

 「じゃあ、そちらの熊さんから自己紹介してもらっていいかしら?」

 「僕は4次元の熊です」

 「4次元の熊?」

 「4次元です。テッセラクトベアーです」

 「あらあら」

 「歌ってもいいですか?」

 黒ずくめの男は少し困惑したようでしたが、いいですよと言いました。

 4次元の熊が歌い始めました。とても心地のよいソプラノボイスでした。

 「おうたが上手ですね」とまち子さんは言いました。

 すると4次元の熊の口から立方体が出現しました。

 その立方体は熊の歌声に合わせてゆらゆらと飛び回っていました。

 その動きはまるで蝶のようでした。最初はみんなどきっとしたものの、次第にその動きに魅了されていきました。

 その立方体はゆらゆらと黒ずくめの講師に近づいていきます。

 黒ずくめの講師は目で立方体を追っていきました。そして、近づく立方体に指を近づけました。

 立方体に触れた瞬間でした。

 黒ずくめの講師の身体が一瞬で、裏返しになりました。裏返しになったせいで血と臓物が辺り一面に飛び散りました。

 「きゃあ!」と4~5人の男女が叫びました。

 すると立方体はその声に反応して、4~5人の男女を一気に通り抜けていきました。

 すると4~5人の男女の身体も裏返しになってしまい、教室は一瞬にして血の海になってしまったのでした。

 


 これが、ここまでの経緯です。今も4次元の熊は気持ちよさそうに歌っていました。

 そして、その4次元の熊の周りを立方体がゆらゆらと揺らめいていました。

 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」とまち子さんはすっかり困っています。何しろ歌を習いにきたのに、気がついたら血の海にいるので当然と言えば当然でした。

 4次元の熊はふと歌を止めました。そして周りを見渡して状況に気がつきました。いや、状況に気がついたというよりはそうなるであることをわかっていた顔をしていました。

 「私には過去も現在も未来も並列で見えてしまいます」4次元の熊は私たちに語りかけました。

 「並列に見えるとはどういうことですか?」まち子さんが返答します。

 「一枚絵のように私の目には映ります。私がここに来る前から、この人達がこうなることはわかっていました」

 「じゃあ、なんで来たのですか?」

 「過去も未来も私にはわかるけども、私もリードボーカルになりたかったのです」と4次元の熊は語りかけました。

 「うたうたいになりたかったのですか?」

 「はい。私も歌歌いになりたかった。みんなの心を打つ、歌を歌いたかった。でも、それは無理だ。私には無理なんだ。それもまたわかっていたことだったのに」

 そこまで4次元の熊が言い終えると、またソプラノボイスで歌い始めました。

 そして口からまた4次元立方体を出すと、その4次元立方体は熊の身体に触れました。

 その瞬間、熊の身体は裏返しになって、また血と臓物が辺りに飛び散りました。

 


 帰り道、私とまち子さんはコロッケを買いました。そして食べながら二人で歩きました。

 「あの熊さん。自分があそこで死ぬこともわかってたんでしょうか」

 「さあ、どうだろう」

 「あの熊さんが言うようにいまもむかしもみらいもわかっちゃうんだったら、熊さんは死ぬことをわかって、あの場所に来たってことですよね」

 「そうだね」

 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」

 まち子さんはわからないと言った顔をしました。

 私はコロッケをかじりました。とても美味しい味が口いっぱいに広がります。

 「岸本さん。私のうたを聞いてくれますか?」とまち子さんは言いました。

 「ええ、いいですよ」と私が返答するとまち子さんは歌い始めました。

 まち子さんの歌はどこか間延びしていて、お世辞にもうまいといえるものではありませんでした。

 でも、とてもまち子さんらしい歌だと思いました。

 電灯の灯りがぽつぽつと伸びていく道を歩きながらまち子さんは歌っていました。

 その灯りが無くなるまでまち子さんは歌っていました。

2018年5月25日の日記。

 カウンセリングに行ってきた。悩んでることを話そうと思うのに、カウンセリングの場に行くと、毎回とりとめもない話をしてしまう。 今日は私が本当はめちゃくちゃなことを言いたいというのを伝えた。

 「めちゃくちゃなことってなんですか?」

 「あの、言いづらいんですけども、0655って番組でよんきびう隊っていうのがいるのですが、よんきびう♪よんきびう♪って言いながら隊列を進めるのだけども、そんな風なトーンでお相撲さんの妙義龍♪妙義龍♪って名前を突然叫んだりしたいです」

 「いいじゃないですか。人をおとしめるものでもないですから。言っていきましょう」

 「いいんですか?」

 「もっとクレイジーに生きていいんですよ」

 そう言ってもらえてとても心地が良かった。これまで何かにつけて人の顔色を伺ってばかりだった。けども頭の中じゃいつもパーティータイムだったのだ。本当はめちゃくちゃなことだけを言っていたかったのだ。

 犬神家の一族のテーマソングを鼻歌で歌いながら仕事だとか、唐突にスキップしながら営業先に向かうとか、本当はそういうことがしたいのだ。

 それは誰にも迷惑がかからないことなのに、ずっとずっと自粛していた。でも、今日からは自粛しないぞ。

 頭の中のパーティータイムを外に出していくのだ。

 誰にも迷惑がかからないパーティーを延々とやっていたのだ。

 こんなことを口にして嫌がられるのなんて、どうだっていい。

 そんなことよりも妙義龍!妙義龍!と私は叫びたいのだ。

 

 

 最近の体調。

 とりあえず三日ほどは連続で外に出れるようになってきた。

 しかし、まだ激しいことがあったり、頭に負荷がかかることがあれば、その翌日はばたん!な日々が続いてる。

 ばたんとなった日はずっと寝続けている。

 あっという間に一日が過ぎていく。

 そんな日々を過ごしている。

 なかなか体調が回復しない。

 リワークプログラムのことも先生に話したけども、現状だときびしいとのこと。

 先生も「なぜ治りが遅いのか・・・」と頭を悩ませていた。私も、なぜここまで時間がかかるのかと思うけども、やっぱり一年くらいはかかるものなのだと思うしか無い。私だって好き好んでずっと休んでいるわけではないやい。

 とにかくもう少し体調が回復するのを待つしか無い。

 

 

 

 先日、ライブに行ってみたら、1時間で体力が切れてしまって、途中退室するはめになってしまった。全く体力が続かなかった現実に打ちのめされてしまった。

 爆音を延々と聞いていると頭が疲れる。めちゃくちゃ眠たくなってしまった。

 まだライブなんて早いんだなと汗だくの身体でめちゃくちゃへこんでしまった。

 

 

 最近は小説の新作が思うようにかけない。基本的には生きづらい人の話をベースに書こうと思っていたのだけども、それだけじゃ煮詰まってしまった。一回くらい自分から遠くの題材を書いてみようと思う。手癖に頼らない作品も必要な気がする。

 

 

 

 久しぶりに一人暮らしの家に戻ってきたら電気と水とガスの催促状がめちゃくちゃ届いていた。相変わらずぎりぎりで生きてんなって思った。

 


 

 矢部嵩の『少女庭国』を読み始めた。頭に文章がうまい具合に入ってこないけども、今のところとても面白い。文章がうまく入ってこないのはやっぱり調子が悪いからなのか。矢部嵩のせいなのか。しかし、基本的には集中力がないからだと思うことにする。

 

 

 

 母と電話をする。やっぱり治りが遅いなあという話になる。もっと早く治ると思っていたとなり、私もそう思っていたなと思う。

 一年もかかるとは思っていなかった。

 


 ceroがAppleMusicに入ったので最新アルバムを聞いたり、前のアルバムを聞いてサマソーとなったりしている。

フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだ!

フィリップ・K・ディック作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだ!

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 初フィリップ・K・ディック(以下PKD)である。27歳男性のタイミングでなぜ読もうと思ったかというと、好きなアイドルの西田藍さんのインタビューを読んだりしていたら西田藍さんの壮絶な過去のうおーとなり、なんかもやもやしているうちに西田藍さんの好きだというものをちゃんとふれなければとなり部屋の片隅で眠っていたPKDのこの本を読まなきゃとなったというとても気持ち悪い理由。

 だってさ!好きな人が激押ししてるものってめっちゃ気になるじゃん!というわけでそういうことです。はい。気持ち悪いっすね。

 というわけで読みました『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

 もう私が今更感想を書いても仕方ないというほどの本でございますが、このタイミングで読んで、この本を読んだ私という存在は単一なため感想書きます。

 あらすじ。

 めちゃくちゃ荒廃した未来で、アンドロイドが脱走したので、賞金稼ぎのリック・デッカードはアンドロイドを処分しにあちこち走り回るよ!

 


 この小説を原作にした映画といえば『ブレードランナー』。私は毎回見通そうとしても、開始から30分目のところで寝てしまうあの映画。

 しかし、あの未来映像はとても心をうつものでした。

 降りしきる酸性雨

 ネオンに満ちた街。

 多国籍かつ無国籍な町並み。

 変な料理を出す屋台・・・

 といったものは全部この小説に出てこなくてめちゃくちゃびっくりした。

 フォクト=ガンプ検査法やホバーカーは出てくるけども、それ以外は全く出てこない。

 そこの部分にびっくりしたよー。

 その代わり強調されているのが、動物の存在。

 最終戦争によって動物がほとんど死滅してしまっているので生きている動物を買うことが、ステータスになっている世界が舞台。

 デッカードは所有している電気羊の代わりに生きている動物を買うことを目標として脱走したアンドロイドを処分しようとするのだった。

 というわけで電気仕掛けの動物というのが沢山出てくる。

 本物そっくりだけども、電気仕掛けの動物。

 そうじゃなくて生きている動物をなんとか所有させてくれ~とあちこち駆け回るデッカード。脱走したアンドロイドを6体処分することはできるのだろうか。

 


 個人的に電気仕掛けの動物というのが気に入った。

 生きた動物に比べたら最悪ということだったけども、電気仕掛けの動物、なんて素敵なのだろうか。

 終盤には電気仕掛けのガマガエルというのが出てくる。

 そのえさとして、電気仕掛けの蠅が必要になるというディティールには唸ってしまった。

 電気仕掛けで飛ぶ蠅を飛ぶ、電気仕掛けのガマガエル。

 なんて素敵な荒廃した世界なのだろうか!

 

 本物の人間とそっくりに作られたアンドロイドと人間を見分けるのはフォクト=ガンプ法というテストである。

 それは感情移入のテストである。アンドロイドには人間と同じような感情移入ができないため、そこで判断するというものだ。

 感情移入こそが人間が人間であると見分けるものだという前提になりたったテストである。

 しかし、物語が進むうちにデッカードは悩む。

 俺は本当に人間なのか?

 アンドロイドなのではないか?

 人間とアンドロイドを分けるものはなんなのだろうか?

 


 地獄巡りの末にデッカードは一つの結論に達する。

 どんなものにも命があるという結論だ。

 殺してきたアンドロイドにも。それは砂漠で拾った電気仕掛けのガマガエルにも。勿論自分たちにも。

 そこには分けるものはない。

 そんな風に気がついたりする。

 

 アンドロイドの命というテーマは今後も繰り返し語られるテーマだ。

 それこそ最近でもドラマ『ウェストワールド』でも語られゲーム『ニーア・オートマタ』でも語られた。

 そんな後発作品の原点としても面白い一冊だった。

 にしても、電気仕掛けの動物店とか行ってみたい。

 電気仕掛けの猫とか見てみたい。

 

ねじまき27歳男性クロニクル。

 休職しはじめたのが去年の8月。2018年の5月をもって9か月休職していることになる。私は9ヶ月間も社会から離れた場所で生きている。

 前は一日外出ただけで体力は無に帰して、全く動けないみたいな日が何日もあった。

 一週間のうち、家に居るのが5日か6日みたいな日もあった。

 徐々に回復してきたのか3日出れるようにはなってきた。

 

 この前、いつものように睡眠薬を飲んで、布団に潜り込んだら、復職のことを考えてしまった。

 このまま体力が回復していったら、戻らなきゃいけないだろう。

 でも、その途端に怖いと思ってしまった。

 また、コミュニケーションに疲れ果ててしまうのではないかとか、いろいろミスをしてしまって、何にもしゃべれなくなってしまうのではないかと思うようになった。

 気がつけば、怖くて怖くて動けなくなってしまった。

 


 最近の自分は面白くない。

 昔に比べたら面白くない人間になってしまっている気がする。

 そんなことを友人に言ったら、そんなこともなかったでと言われた。

 昔の自分を神格化してしまっていた。

 昔の自分もそんなことなかったのだ。

 多分、今はきばっていたものが、するすると溶けて、素の自分に近づいているだけなのだ。

 素の自分ってのがどんなのかわかんないけども、本当はそれほど頑張りたくない自分が本当なのかもしれない。

 頑張りすぎていたのだ。

 27年間。

 とにかくついて行こう、負けないようにしようと頑張りすぎてしまっていたのが今の自分になってしまったのだ。

 

 


 時が止まったような日々を過ごしている。

 世間では夏が終わって秋になって冬になって春になって夏になりかけているけども、僕の時間だけはとまったようになってる。

 世間に戻るというのは未だに怖いと言う感覚が染みついている。

 自分を押し殺して、毎日を過ごしていくのがやっぱり怖い。

 だからこれからはその恐怖を払拭しないといけない。

 止まった時間を再び動かさないといけない。

 いつまでもこうしているわけにはいかない。

 


 

 実家に戻っている。

 今回は一ヶ月は戻ろうと思って、長めに時間を取った。

 危惧していた父親との軋轢もなかった。

 父親も前みたいに「首になる」とかそんなことは言わないようになった。

 「やめてもいいよ」と言うようになった。

 でもなんとなくまだやめたくないと思う。でも、戻るのは怖い。

 そんな風に身動きがとれない。

 

 


 実家ではなるべく家事をした。少しでも、自分が何かできると証明するように家事をした。

 そんなことでもいいから、自分は無価値ではないと思いたかった。

 価値のない人間に生まれた覚えはなくて、でも誰からも「できそこない」のレッテルを張られることが多い私は気がつけば自信を失い休職するはめになってしまった。

 そんなことはないと思いたい。

 自信過剰でいいから自分に価値はあると思いたい。

 何かを成し遂げるなんて大きなことは言わなくていい。

 ただの自分でいいから、認められたい。

 それが難しいことはわかってる。

 でも、なんとか、それを達成したい。

 

 

 

 この文章を難波のドトールで書いている。

 煙草を吸いながら。灰皿には吸い殻が三本。

 読書をしていたがいまいち乗り切れない。

 この本が面白くないのか、自分が乗り切れないだけなのか、それすらもわからない。

 家にいるのが嫌になって外に出てみたけども、結局はこうしてドトールにいくだけだ。

 こんな時間がいつか何かに変わるのだろうか。

 こんな何にもない時間がいつか何かに変わる瞬間はあるのだろうか。

 これまでも、変わってきたことはあった。

 瞬間瞬間で何も無いと思っていた時間が変わることはあった。

 だから信じるしか無い。

 今はねじ巻きの時間だ。

 巻かれたねじが解放されるのを待って、一日一日を過ごすしかない。 

 

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どてらねこのまち子さん『Eat you up』

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Eat you up

 

 

 私は家でアルコ&ピースのラジオを聞いていた。外はシルバーリングの黒さびのような暗さだった。雨がぱらついていて時折窓にぶつかりパーカッションのように部屋に響いていた。
 私はアルコ&ピースのラジオが好きだった。特に好きだったのはオ ールナイトニッポンの頃で、家では当時の録音を繰り返し聞いてい た。
 駅前で買ったベーグルを食べながらアルコ&ピースのまるで部室ではしゃいでいるような内容のラジオに時折笑いつつ聞いていた時、 家のチャイムが鳴った。
 誰だろうと思い扉を開けるとそこには黄色のレインコート身を包み 、赤色の長靴を履いたまち子さんが立っていた。

 まち子さんは猫で 、二本足で歩き普段はどてらに身を包んでいた。今日もどてらを着ていたが、雨が降っていているので黄色のレインコートをその上から着ていた。 黄色のレインコートには雨粒がいくつも張り付いていた。
 「岸本さん。夜遅くにすいません」とまち子さんは震えた声で私に 語りかけた。表情はおびえていた。
 「いえいえ。まち子さん、大丈夫ですよ。それよりも何かあったの ですか」
 「はい・・・」
 そういうとまち子さんは周囲をきょろきょろと見渡した。何かから逃げているように。かくれんぼの最中に鬼の気配を探すように。
 「ささ、まち子さん、立ち話もなんですからはいってください 
 何かを察した私はまち子さんを部屋の中に招き入れることにした。 

 「ありがとうございます」
 まち子さんは深々とお辞儀をして私の家の中に入った。
 私はまち子さんからレインコートを預かり、それをハンガーでかけた。まち子さんはいつも通りのどてら姿になっていた。
 それから私の部屋の真ん中に正座で、私の一連の行動を待っていた 。
 私はまち子さんのためにホットコーヒーを作ってあげた。ホットだ けども、一個だけ氷を入れて冷ました。まち子さんは猫舌だから冷めていないと飲むことができないのだ。
 私の分のホットコーヒーと、まち子さんの分のそれをテーブルに持って行った。まち子さんは改めてお礼をした。
 テーブルにコーヒーを持って行く頃には雨がさらに強くなっていて 、小さなパーカッション部隊が窓に張り付いているようだった。
 スピーカーからアルコ&ピースの平子さんの笑い声が響いた。リス ナーからのメールにツボに入ったのだろう。
 私はスピーカーの音量を少し下げた。
 コーヒーを少し飲んで、舌がひりつく感覚を味わった。
 まち子さんもコーヒーを少し飲んで、舌を少し痛めたらしく、顔を少しだけしかめた。
 「まち子さん、どうかしたのですか」
 私は本題を聞き出すことにした。
 まち子さんが私の家に、こんな夜分にやってくるのは初めてのこと だった。だからこそ何かがあるのだと思った。
 「・・・はい。さっきなんですけども、私、散歩していたんです」
 まち子さんは散歩が趣味だった。とにかくあちこち散歩するのが趣味だ。よく私も外にでかけると散歩しているまち子さんに遭遇した 。
 「雨の日でしたから、最近買ったきいろのレインコートとあかの長 靴で、散歩したいとおもいまして、それで私、墓地の方へ行ったんです」
 「なんで墓地に行ったんですか」
 「墓地好きなんです。きれいな石が沢山見ることができますので」
 まち子さんは恥ずかしそうに言った。自分の趣味を話すのはいつだって恥ずかしい。私もその感覚はわかったので、 私は微笑みながら「なるほど」と返答した。
 「墓石を見ながら歩いていたんです。雨にぬれた墓石を見たことあ りますか?」
 いや。と私は答えた。きらきらぴかぴかしていてかわいいんですと まち子さんは言った。それから一口コーヒーを飲んだ。 私も合わせてコーヒーを飲んだ。雨はどんどん強くなってきていた 。
 「すると変わった墓石が一つあったんです」
 「どんな風に変わってたんですか?」
 「新幹線を縦にしたみたいな形をしていました」
 「流線型ですか」
 「りゅうせんけい?」
 「多分、そのかたちのことです」
 「なるほど」
 「それで、私、その流線型、の墓石に少しばかり見とれちゃってたんです。あんまり見たことない形でしたので。雨がぱちぱち当たっ てはじいてて、それが素敵でした」
 「うん」
 「でも、突然、その墓石から音が鳴ったんです」
 「音?」
 「はい。まるで、家のチャイムみたいな」
 ぴんぽーん。
 そんな音が墓石から鳴ったのだろうか。
 最近の墓石は妙な仕掛けがされたものがあるという。
 聞いた話だと人が訪れると音楽が流れる墓石もあるのだという。
 私はその話をしてみた。
 するとまち子さんは「いえそういうものじゃないんです」と顔を強くして私に言った。
 私は話を折ってしまったことを少しばかり反省した。
 「その音は、下から流れてきたんです」
 「下?」
 「地面からです。で、なんだろうと思ってると、その地面がぱっかり開いて、そこから腕がにょきって出てきました」
 「腕が」
 映画キャリーのラストシーンみたいだと思った。
 あれも墓地で腕が突き出てくるんだった。
 「それで、おびえて逃げてしまったのです。家に帰るのも怖くて、 岸本さんの家に来てしまいました」
 「そうだったんですね」
 誰だって、墓地の地面から突然腕が出てきたら怖い。
 私はまち子さんに強く共感した。
 するとそのときだった。
 ぴんぽーんと私の家のチャイムが鳴った。まち子さんの身体がびくっと震えた。こんな時間に誰だろう。まち子さんの話が話だから妙 に怖かった。
 私はドアにチェーンをつけて少しだけ開けた。
 するとそこには朽ち果てた顔の人間が立っていた。
 私が思わず「うわっ」と叫んでしまった。
 すると「そう叫んでしまいますよね」と朽ち果てた顔の人間は淡々とした調子でそう言った。その調子はピアノの低音を思い出させた 。
 「あの、誰ですか」
 「誰ってわけではないですが、忘れ物を届けにきまして」
 「忘れ物?」
 「あ、これです」
 と朽ち果てた顔の人間はクリーム色のポシェットを差し出した。
 「あ、それ私のです」とまち子さんが言った。
 「僕の墓石の前に落ちていまして」
 「あー、さっき落としてしまったんですね」
 まち子さんは立ち上がって、ドアの前まで歩いてきた。
 まち子さんは深々とお辞儀をした。
 「ありがとうございます。持ってきて頂いて」
 「いえいえ。いいんですよ」
 「じゃあ、ドアを開けますね」と私は一度、ドアを閉めてチェーン を外して、開けた。
 朽ち果てた人間は「うがう。うがう」と唸っていた。
 「あ、どうかしましたか」と私が言うと「いやーやっぱり生きた人 間を見ると殺したくなってしまいまして」と朽ち果てた人間は言っ た。
 またまち子さんの身体がびくっとはねた。私も背筋にひんやりした ものを感じた。
 「え、殺すんですか?」とまち子さんは尋ねた。
 「いや、考え中です。とりあえず、ポシェットを返します」と朽ち 果てた人間はまち子さんにポシェットを返した。まち子さんはあり がとうございますと言いながらまた深々とお辞儀をした。
 「うがう。うがう」朽ち果てた人間はまた唸り続けている。
 「まだ考えはまとまらないですか?」と私は聞いた。あんまりのことだけども、殺されたくない。人はいつか死ぬものだけども、 なにも今日死ぬことはないのだ。特になにもこんな雨の日には。
 「いやーすっごい悩んでます。あの僕ってこの見た目からわかると 思うんですけども、いわゆるゾンビなんですよ。だからめちゃくち ゃ生きた人間を見ると食べたくなるんですよね」
 朽ち果てた人間は淡々とした調子で喋った。その声の調子は心地よ かったが、喋られている内容は居心地がとてもじゃないがいいもの ではなかった。
 「猫も食べたくなりますか?」とまち子さんが聞いた。
 「そうですね。食べたくなりますね」と朽ち果てた人間は答えた。

「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」まち子さんはすっかり悩んでしまった。まち子さんも今日食べられたくないのだ。
 「ポシェットのこと、本当ありがとうございます。でも、私達死にたくないんですよ」
 私は至極まっとうなことを言った。
 「そうですよね。だいたいの人はそう言うんですよ。だから僕も悩 むんですけども。本能なもんで」
 「本能」
 「はい。生きてた頃は僕だって同じ人間や猫を殺したいなんて思い ませんでしたよ。でも今はゾンビになってしまったので、本能とし て人や猫を食べたいと思うのは、それはそれは当たり前のことなん ですよね」
 「当たり前と言われましても」と私は反論する。
 「だって、生きてる人たちはご飯を食べるでしょう。それに意味は ないじゃないですか。本能じゃないですか。僕だって同じです。生 きてる人を食べたいと思うのは本能なんです」
 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」とまち子さんが悩んでいる。
 うーん、困ったことになってしまったぞ。
 「一旦、悩ませてください」と私は言った。朽ち果てた人間はどう ぞどうぞと言いながら手を差し出した。
 私はドアをしめた。
 「岸本さん、どうしましょう」
 「どうしましょうね」
 「私は食べられたくないです」
 「私もです」
 「でも、あの人は食べたいんですよね」
 「そうみたいですね」
 「うーん。ポシェットを拾ってもらえたのはありがたいのです。で も・・・でも・・・」
 「まち子さん、それはそうですよ」
 どこの世界にもポシェットを拾ってもらったからと言って命を差し出すことなんてないのだ。
 「そうですよね。そうですよね」
 まち子さんは合点が言ったような顔をした。
 私たちは一旦ドアから離れることにした。
 そしてテーブルの上に置きっ放しにしていたコーヒーを飲むことにした。コーヒーはすっかり冷めていた。まち子さんは冷めている方がやっぱり飲みやすかったらしく、するすると飲み干してしまった 。
 また扉を開けた。
 朽ち果てた人間は「うぐう。うぐう」と唸っていた。
 「まだ食べたいですか?」と私は聞いた。
 「そうですね。待たされてしまった分、余計に食べたくなったかも しれないです」
 「うにゃにゃにゃにゃ・・・」
 「私たちはあんまり食べられたくないんですよね」
 「皆さんそう言います」
 「やっぱりそうですか」
 「そうですね」
 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」
 すると、部屋の奥から笑い声が聞こえてきた。
 スピーカーからアルコ&ピースのラジオがまだ流れっぱなしになっ ていたのだった。
 すると朽ち果てた人間は嬉しそうな顔をした。
 「今のはアルコ&ピースですか?」
 「ええ、そうです」
 「僕、生前はとてもとても大好きだったんですよ」
 「そうだったんですね」
 「何の回を聞いてるんですか?」
 「ジーパン飯の回を聞いています」
 「デニ喰えば、鐘が鳴るなり、法隆寺」と朽ち果てた人間は諳んじ た。ジーパン飯の回で出てくるリスナーからのメールの文だった。 「いやーまさかアルピーのファンだったなんて」と朽ち果てた人間 は嬉しそうに語った。
 私はその時一つのことを思い出していた。昔読んだ村上春樹の短編小説のことだった。海亀がカップルを襲いに来るのだったが、カッ プルは流していた音楽のおかげで命拾いをするというものだった。

 私達も命拾いするかもしれない。アルコ&ピースのラジオのおかげ で。
 「あの、部屋に入ってラジオ聞きますか?」
 「え、いいんですか?」
 「はい。でもその代わり食べないでくれますか」
 「あー。そういう交換条件ですか」
 「はい」
 「それなら無理ですね。無理です。同じ部屋で好きなラジオを聞い てたらなおさら無理になりますよ」
 「そういうものですか」
 「好きなラジオ聞きながらローソンのからあげクンを食べたことあ るでしょう。それかポテトチップスか。そういう風なものです。好 きなものと好きなものの組み合わせは無限大なんです」
 と朽ち果てた人間は整然と答えた。私たちはなるほどと答えた。
 村上春樹作戦は失敗に終わってしまった。
 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」またもやまち子さんは困ってし まった。
 「少し待って貰っていいですか?」と私はまたも提案することにし た。やっぱり村上春樹作戦が失敗になったとはいえ、すぐに死ぬこ とを受け入れることができるわけではないのだ。
 「いえいえ。全然待てますよ。僕としても死にたくない人を食べた いわけでは無いですし」
 「あ、そういうものですか」
 「はい。恐怖心が勝っている人間を食べて味がよくなるというわけ ではありません」
 私は扉を閉めて、まち子さんと話し合うことにした。
 「さて、どうしましょうか」
 「どうしましょうね」
 「まち子さんは食べられたいですか」
 「絶対にやです」
 「私もやです」
 「でも、このままだと食べられますよね」
 「みたいですよね」
 「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」
 「もう少しばかり悩ませていただきましょう」
 「そうしましょう」
 「スープ飲みますか」
 「飲みます」
 私はコーンスープをまち子さんに作ってあげることにした。
 ケトルでお湯を沸かして、粉末状のコーンスープを入れて、スプー ンでかき混ぜた。それからまち子さんと一緒に飲めるようにスープ が幾分か冷めるまで待ってあげた。
 スープを二口ほど飲んだとき、外から「うぎゃお!」という叫び声 が聞こえた。
 私たちはスープを飲む手を止めた。美味しいコーンスープを飲むのを躊躇させるような異変が起きていることは明白だった。
 私がおそるおそるドアを開けると、そこには大きなワニがいた。
 ワニの口から朽ち果てた人間の腕が飛び出ていた。
 「あ、ニーナ」とまち子さんは言った。
 ニーナとはまち子さんの友達のワニだ。
 ニーナは朽ち果てた人間を咀嚼しながら「うぐるうう、うぐるうう 」と唸った。
 「えーと、私が逃げているのを見かけて、不穏に思って付いてきて 、ずっと機会を伺っていたらしいです」とまち子さんは翻訳してく れた。
 あまりに唐突なことであるが私の家にやってきた奇妙な来訪者の話はここで終わることになった。
 私はこれで学んだことが二つある。
 一つは持つべき者は友であること。
 そして小説はえてして現実の思い通りにならないことだ。
 私はこの後、久しぶりに村上春樹の短編を読み直して、こんなこと起きないよと思ったりしたのだった。