ヴァージニア・ウルフはコートを石でぱんぱんにして川に身を投げて自殺したらしい。私は思う、一体何個目の石でこれならいけると思ったのだろうかと。石の大きさにこだわったのだろうかと。石を拾っている時にふいに今なら引き返せるという気持ちは湧いたのだろうかと。
自殺とは意思の勝利だ。我に帰らずに自分を死に追いやることが出来た者のみが死を勝ち取ることができる。
意思の勝利と石の勝利。私は偶然の韻にぷぷぷ〜と半笑いになりながら、河原で石を見つめている。
河原には山ほど、というか宇宙クラスに石があって、そんな気が遠くなって自分で宗教開けちゃうよ〜な量の石からひとつだけ拾う。
その石は表面は研磨しているようにつるりとしていて、楕円型。すりすりすりすり。あひゃひゃ。気持ちいい触りごごちでございますなあ。
私はそれをコートの右ポケットにいれる。石ひとつ分の重みを感じる。でもこれじゃ死ねないと思う。
左ポケットに入っている携帯が振動して画面を見るとLINEの通知で友人のかなちゃんから"土曜日飲まない?"ってきたので、私は"のむのむ〜"って返信する。
それから、ポケットに入っている石を取り出して、川に向かって投げる。
石は川面を三回バウンドしてじゃぼんと沈む。
かなちゃんとは赤茶色の照明で昭和感を演出している大衆居酒屋で飲んだ。「最近は元気?」「いやーぼちぼち。でもこうやって外に出ることができる日もあるしー」「そうー」「うん、そー」
私とかなちゃんはそれから3時間近くいろんな話をする。あほな話に真面目な話、そんであほな話。全ての話が笑い声で包まれていて、内容は覚えてないけども多幸感だけは残っているやつだ。
かなちゃんと駅前で別れる。「またねー」「またねー」
そして一人になって、感情の持って行き方がわからなくなる。
あれだけ、楽しかったのになーと思いながら、徐々に虚無がセイハローして私はあっという間に虚無に包まれていく。
あれだけ楽しかったのになーと思う。過ぎ去った時間が身体に残ってくれないのはどうしてなんだろう。
私は寝続ける。1時間寝て、2時間寝て、3時間寝て、以下省略して、17時間寝る。
起きて立ち上がろうとすると足に力が入らなくなって床に倒れこむ。
まるで上手く操縦できないロボットみたいだなと思いながら、私は冷たい床の上でぼんやりする。
たまに、私は虚無である私を演じている気がする。本当はとても元気で、とても明るくて、なんでもできる人な気がする。
冷たい床を這いずり回り、今度は立ち上がる。
お茶を飲む。冷たくて美味しい。
「元気ですかーー!!」とアントニオ猪木のモノマネ芸人がテレビの中で叫んでいる。
私は元気なのだろうか?
私は本当は辛くないんじゃないだろうか。
私はただ辛いふりをしているだけなんじゃないだろうか。
「元気があれば、なんでもできる。いくぞー!」
とアントニオ猪木のモノマネ芸人がテレビの中で叫ぶ。
元気があればなんでもできたのなら、私はなぜ元気だったころ、あんなに何もできなかったんだろう。
何にもできなかったし、何にもできない人の烙印を焼きごてのように押された私はあの時、本当は元気じゃなかったんだ。
ひゃひゃひゃと笑ってみる。そんな思考に至った私を引き戻すように笑ってみる。虚しくて仕方ない。
夢のなかで私は割れたスマホをいじっていた。割れたスマホを何時間もいじっていた。割れたかけらが私の指に突き刺さった。血がドバドバ溢れ出たし痛かったし悲しかったけどもスマホでしか世界を知ることが出来なかったから触り続けた。
目がさめるとスマホは割れていなかった。
そのスマホで延々とツイッターを見た。
自殺予防のための「命の電話」の職員が死にたくなった時は内線をかけるんだろうか。
ヴァージニア・ウルフは石を詰める前に、遺書を書く前に、誰かに伝えたのだろうか。
自殺だ自殺だと言ったけども、私はまだ死にたいわけじゃない。これは本当。本当だから。
でも、この虚無がなくなったらまた戻らなきゃいけない。働かなきゃいけない。またへらへらしなきゃいけない。どんなことを言われても耐えなきゃいけない。
いつまで?私はいつまで耐えなきゃいけないんだ?
「40代になったら幸せになるよ」と言われた。
高校に入れば、大学に入れば、就職をすれば。苦しい先にはいいことがあるよ、なんて言ってたけども、そんなことなかったじゃない。今度は40代ですか。次は何、老後?
そんな風に先が楽になると思わないとやってられないよね。
私の心はもうぼろぼろでございますよ。
ぼろぼろにしたのは………お前だー!と安い怪談の落ちのように叫びたくなる。
でも、そんなお前も目の前にはいない。いるとすれば生きている目の前の世界だけなんだけども、その底で私はぱくぱくと息をする。
帰りたい。もしくはどこかに逃げ出したい。
こんな私をどこかで迎えてくれる場所があるはずだ。
「よく耐えてきたね!ここでゆっくりしていきなよ!」なんて言ってくれるような。
でもそんな都合のいい場所なんてあるはずがない。
誰かにとって都合のいい場所はあるだろう。でも私にとって都合のいい場所はここにはない。
「死にたいわけじゃないんだよねー」とまたつぶやいて、私は寝続ける。
かなちゃんは「またねー」と言ってくれた。なので、その「また」を叶えるのを当面の目標にする。
それまでは暗闇の中を走り続けよう。
暗闇の中を走り続ける意思があればかなちゃんとの「また」を実現できるだろう。
私はそのことだけを考える。それ以外のことは考えたくない。