にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『ハローワールド!!!』

1

 ひよこのひよここはひよこのこ~と歌いながら歩く。夕方で辺りはオレンジ色で、田んぼも暖色系に染まってる。地面からちゅどんと生えたような鉄塔と入院患者の腕のように刺さった送電線も暖色系。どこから「ふぁいっおー!ふぁいっおー!」とバレー部のかけ声が聞こえてくる。後ろを振り向いても、バレー部の姿は見えず、ちらほらと何人かの私と同じような帰宅部の姿が見えるだけ。多分、外周を走ってる奴らの声が風に乗って聞こえてきたのだ。元気だな~と思う。私は放課後走る気力なんて無いから帰宅部。「瑠璃子ちゃん帰ろ~」って言ってくれる友達も、私から「一緒に帰ろ~」という友達もいない私は今日も元気に1人で帰るという帰宅部としての職務を全う中である!なんて勢いつけて言ってみたけども、とぼとぼと歩いているだけだ。

 


 ひよこのひよここはひよこのこ~というメロディが頭から抜けないのは、帰宅後に見るニュース番組のCMに布亀の救急箱のが流れるからだった。いつまで経っても変わらない謎のあかちゃんと周りにひよこの群れのあのCM。「みんなお母さんから産まれてきたの~」という当たり前の歌詞の後に「明日笑顔にな~れ」とエールを送ってくるあの例のCM。あの例のCMの歌が頭から離れないのである。私の脳みそに居座り続けて歌い続けているのだ!なので私は口をぽかんと開ければスピーカーのように自動的に今は流れるようになっている。私は悪くない。あのメロディが悪い。私の口はただそのメロディを流しているだけなのである!

 


 と無駄に勢いをつけて思いながらとぼとぼと帰って行く。時折、石を見つけてしまうと蹴ってしまう。私は年頃16のうら若き乙女なんだけども、石を見つけると蹴ってしまう。これはまだ幼さが残っているということなのだろうか?というか自分で乙女とか言っておいて石を蹴るのはどうなのだろうかと自問自答する。しかし答えは出ない。答えは見つからんので、石を蹴り続ける。4回目のキックで、石は大きく軌道がずれてしまい、溝にちゃぽんと落ちてしまってゲームセットしてしまう。瑠璃子選手痛恨のミス!頭の中ではサッカー選手(イタリア人)がWHY?WHY?と手を広げ続けている。ごめんよ、イタリア人。私にはサッカーの才能がないのだ。というか運動の才能がないのだ!だから帰宅部なんだよなあ~。

 


 その瞬間、昔のことをふと思い出してしまう。私の脳は時折こういうことが起こる。ある瞬間が、過去のある瞬間に繋がる感じ。みんなもあるのだろうか。あるなら知りたいけども、私には友達が少ない。クラスにはいない。ずっと1人で過ごしている。同じ学校のは1人だけ。浦ちゃん。数少ない友達の浦ちゃんに聞いてみたいけども、浦ちゃんは別のクラスだし軽音部で忙しいので、あんまり私にかまってくれない。浦ちゃんに聞いてみたいなあ。こんなこと聞いたらまた引かれるだろうなあ。浦ちゃんが友達じゃなくなったら嫌だなあ。本当に1人になっちゃうなあ。

 


 そんなことはいいんだった。ふと思い出したことだ。昔のこと。まだ私が運動とかしていた頃だ。私は小学生の頃はまだ外で活発に走り回る子供だったのだ!私も忘れかけていた思い出だけども、でもまだ男子とかと一緒に遊んでいた頃は走り回る子供だったのだ!今の私からしたら意外な過去だ。にしても私は走るのが遅かった。どべどべどべって擬音が似合うような走り方しかできないから、鬼ごっこは弱かった。というか近くに住んでいる木村くんは私ばっかり狙ってきてとても嫌だったな。木村くんは私を執拗に追いかけるのだった。私は泣きながら逃げた。木村くんはどわーと追いかけてきた私をタッチ。私を鬼にしたら、ほとんどゲームは終わったも同然。私は私なりに頑張ってみんなを追いかけるんだけども、みんなはしゅたたたたたた!って逃げるのに私はどべどべどべ!だから追いつけなくて、だんだん日も暮れてきて、そのまま解散みたいになったり、酷いときはみんな勝手に帰ったりして、私は泣きながら家に帰るのだった。

 


 にしても沢山こけたなあ。私は運動神経がないからすぐ足がもつれるからすぐこける。どべどべどべすてーんのくりかえし。こけて泣いて帰って。でどうしたんだっけ。

 思えばあの頃から運動神経はなかった。で、体育の通信簿の評価も低くて嫌になったんだったな。あー。やなこと思い出してきたな。足は遅いし、球技はできないし、身体は傷ばかり。

 「ひよこのひよここはひよこのこ~」とまた歌う。するとぴきーんと思い出す。

 あっそうだ。私が泣いて帰るとおばあちゃんが「またこけて帰ってきたんかー」って言って、慰めてくれて、それで台所にある戸棚にしまってある救急箱を取り出してくれたのだ!あっ繋がったぞ!私の家にもあったのだ救急箱!なぜ忘れていたのだ!あー忘れていたなあ。私が怪我をして家に帰るとおばあちゃんによく手当してもらっていたんだった。消毒液をかけられて「いたいよー」って言うと「我慢しないと強い子になれへん!」って叱られたりしたなあ。で絆創膏を貼ってもらって、手術は成功するのであった。

 おばあちゃん。

 あの救急箱は「布亀の救急箱」だったんだろうか。私の生傷を沢山癒やしてくれた救急箱は。でもおばあちゃんには聞きようがない。

 おばあちゃんは去年亡くなってしまった。

 「ひよこのひよここはひよこのこ~」と私はもう一度歌ってみる。私は自分の歌声が嫌いだ。あんまり自信が持てないのだ。そんで私は中学校の頃に浦ちゃんとカラオケに行ったときのことを思い出してしまう。あーっとなる。

 


 私はそのとき、自分の大好きな曲を歌い上げたのであった。結構気持ちよく歌い上げたのだった。そしたら浦ちゃんは笑いながら以下のような感想。

 「瑠璃ちゃんの歌ってる声って、なんか壊れたキティちゃんのポップコーンマシンから聞こえてきそうなんだよね」

 わー!!!!!!

 私は半ば泣きそうになりながら「そんなに下手?」「下手じゃないけども、歌声が独特なんだよね」「えーどういうこと」「なんか凄いよ」「いやだー普通がいいー」「あはははは」と言ってる間に浦ちゃんの番。「練習だからあんま聞かないでね」といいながら浦ちゃんはめっちゃ上手い。なんかちゃんとしている。歌い上げなきゃいけない曲をちゃんと歌い上げれる。なんていうか魂が入ってまっせという歌になってるのだ。

 それに比べて私は壊れたキティちゃんのポップコーンマシンの歌声なのだ。うーん。なんということか。私はその生じた差にただならぬさみしさを感じてしまい「飲み物取ってくる~」と言って、ドリンクバーコーナーに行き、オレンジジュースを注ぐ。注ぎながら浦ちゃんみたいな歌声だったらよかったなあと思う。

 


 中学は部活に入らなきゃいけなかったから私はなくなく卓球部にはいった。そこでも全然だった。もう全然だめ。本当だめ。でも同じ卓球部だった浦ちゃんはエースで、漫画のピンポンに出てくるペコくらい凄くて、でも高校に入ったら卓球部なんて見向きもせずに軽音部に入って、それで持ち前の歌声を活かしてギターボーカルをやっている。あの歌声だから人気が出るだろうなって思ったら、先輩バンドから引き抜きにあったとかなんとかで、めっちゃ頑張ってるらしい。かたや私は運動もできないし、歌声も壊れたキティちゃんのポップコーンマシンで、結局帰宅部になってる。そして引っ込み思案が邪魔をして友達もできやしない。なんていうか・・・なんていうかだ!!

 


 私は頭の中ではおしゃべりなんだけども、それが全然普段のおしゃべりに活かされない。いつもずっと黙ってばかりだ。だからクラスでも無口な人という扱いになって、私もそれを否定する元気も技能もなくてずっと黙っている。そしたら友達もできなくて、もうすぐで1年生が終わろうとしている。はぁ・・・とため息を付くと、白い息になって一瞬漂う。もっと上手く生きることができたらな。せめて文化系の部活に入ったらよかったんだろうか。でも、絵も上手くないし、文章が書けるわけじゃない。うーん。私は高校に居場所がないのではないか。オーバルの眼鏡がずれてきた。くいっと中指で位置をあげる。一瞬ファックサインになるけども、本当ファックユーって感じなんだけども、誰にファックユーすればいいのかわからない。誰かに相談したいけども、誰に相談すればいいかもわからない。せめておばあちゃんが元気でいたらなあ。お母さんだと心配されすぎてしまう。お父さんも、うーんだし。

 


 おばあちゃん。おばあちゃんは最後3年くらいはずっと入院していた。私は中学の頃、時折お見舞いに行っていた。最初の方は「よく来てくれたね~」とか言ってくれていたんだけども、だんだん病状が悪くなっていって、最後の方は私のこともわかんなくなって。おばあちゃんは「私にもあなたくらいの小さな孫がいてね~瑠璃子ちゃんって言うんだけども、怪我ばっかりして帰ってくるのよ~」と言うのだった。「私が瑠璃子だよ」と言うと「あ~そう~瑠璃子ちゃんなのね~怪我はしてない?」と心配してくれる。「怪我してないよ」って言うと「そう~」と安心して微笑む。でも、次の瞬間には私が瑠璃子だってことは忘れている。おばあちゃんの中には概念としての瑠璃子ちゃんがいるんだけども、私がその瑠璃子ちゃんだってことは繋がらないままだった。おばあちゃん、瑠璃子だよ-。おばあちゃんは微笑むばかり。

 おばあちゃん。

 おばあちゃん。

 


 踏切が鳴っている。私はぼんやりと踏切が開くのを待っている。駅のホームをちらりと見る。あっと思う。木村くんが立っている。幼き日、私を鬼ごっこで追い回してきた木村くんだ。木村くんも同じ高校に通っている。まあ、話すことは全然ない。親は木村くんの親と仲がいいから、木村くんの近況はそっちから聞くレベルだ。母が晩ご飯の準備をしながら話しかけてきたことを思い出す。「しゅんちゃん(木村くんのあだ名だ)サッカー部やめたらしいよ」「へー」「話したりしないの?」「全然」「そう。昔は仲良かったのにねえ」「昔も昔よ。なんでやめたの?」「なんかやりたいことができたんだって」「やりたいことねえ」「あんたもやりたいことの1つくらい見つけなさいよ」「はーい」そういって私はみかんの皮向いて、ぺろりと平らげる。

 


 木村くんは学校帰りだと言うのに、パーカーを着込んでる。制服をジャケットみたいに羽織ったりして、学生にしかできない着崩し方をしている。で、そのまま街の方に向かう電車に乗って、その電車が私の前を通過する。そのとき、窓際に立っていた木村くんと一瞬目があったような気がする。私は一瞬で目を伏せて、伏せたときにずれた眼鏡の位置を戻している打ちに踏切が開く。

 何も目を伏せることはなかったんじゃないかって思うけども、木村くんにはあんまりいい思い出がないのもあるし、さっきの大人びた木村くんがちょっと怖かったのもあった。 噂では木村くんはよくない友達と付き合っているとか、年上の彼女がいるとかそういうことを聞いた。木村くん、不良になったのか。それでいいのか木村よ。お母さんが泣いておるぞ!と思う。まあ、関係ないことだ。私はとぼとぼと家に帰っていく。

 

2
 「ただいまー」と言っても、家には誰もいない。両親は仕事に行っている。私はこたつのスイッチを入れてテレビのスイッチを入れる。夕方のニュースが流れている。それをぼんやり見ながら、こたつの上に置いてあるみかんを手に取る。皮を丁寧にむく。白い毛を一本一本取る。丁寧ゆえではなく、退屈だからだ。退屈さは人を器用にさせる。私はみかんをきれいに仕上げていく。つるつるの、まるでグミのようなみかん。でもそうじゃないのだ。私はこれがしたくて早く家に帰ってるのではないのだ。「あー」と声を出してみる。なんとなく声を出す。多分この声も壊れたキティちゃんのポップコーンマシンのような声なのかなって思う。だとしたらとてもシリアスからはほど遠いたらありゃしない。私はとてもまじめなのだ。とてもまじめにこのことを考えているのだ。でも、壊れたキティちゃんのポップコーンマシンの私はシリアスになりえないのだ。仕方ないのでみかんを食べる。甘くて美味しい。するとテレビからあのメロディか聞こえ出す。ひよこのひょこここはひよこのこ~。

 


「こらっ」と頭をはたかれて目が覚める。わたしは気がついたらこたつで寝てしまっていて、それを見た母が頭をはたく。「痛い!」「こんなところでまた寝て」「いいじゃん別に」「風邪引くよ」「別に引かないって」「引いたら看病するの私なんだから」「だから引かないって」「今仕事忙しいんだから引かないでよ」「だから引かないって」

「も~」と言って母は荷物を置いて、ぱきぱきと晩ご飯の準備にかかる。「なんか手伝う?」と言いたいけども、なんとなくさっきの一件があるから言い出せない。なので、そのままテレビを見ることにする。と言ってもニュースばっかりで退屈だ。東京のデパ地下のグルメ紹介なんてどうだっていい。私には関係ないことだ。せめて東京に住んでいたらなんか変わったのかな。東京にいたら全然違ってたのかな。でも、多分東京に住むことなんてないんだろうな。私はこの街で一生暮らし続けるんだろうな。不満があるわけじゃないけども、でもでも。

「なんだかなー」

「何?」と台所から母が聞いてくる。

「なんでもない」

「あっそ」

「今日のご飯はー」

「肉じゃがとー」

「とー?」

「餃子」

「そう」

「嬉しくないの?」

「嬉しい嬉しい」

「そ」

そう言って母はまた調理を再開する。「手伝おうか」がなんとなく言えない。私はなんとなく手伝うってことができなくて、それも後悔している。多分母は私に手伝って欲しいんだと思ってるんだろうし、私も手伝った方がいいんだろうけども、でもなんとなくそれができない。

このままニュースを見続けるのもなんだし、私は宿題をやり始める。無口なキャラになっていて、友達もいないので授業は頑張ってついていかないといけない。なので頑張ってノートを取っているし、宿題もやってるけども、かと言って成績が特段いいわけではなくて、中くらい。成績でも目立つことがない。どうしたもんかなあと思いつつ、宿題をこつこつと解く。宿題をこつこつと解きながら鼻歌を歌う。「ひよこのひよここはひよこのこ~」そういえばだ。あれ、そういえば。

「ねえ、お母さん」

「なに?」

「うちってさ、救急箱ってあったっけ」

「えーないわよ」

「昔あったじゃん」

「昔はね。でも今はない」

「なんで」

「なんでって、あんたが大きくなったから」

うん?どういうこと?って思っていたら、ピンポーンとインターフォンが鳴って父が帰宅。父は「えっ、今日肉じゃがと餃子!やった!」と無邪気に喜んでいるうちに、私の疑問はうやむやになる。

 


ご飯を食べて、ぼんやりしたりして、お風呂にはいって、ぼんやりしたりして、宿題やって、ぼんやりしていたら母から「ちょっと外に出てゴミ捨ててきてくれない?」って要望を言われる。うら若き16の乙女をこんな夜に外に出すなんて!と思いつつ、逆らうとまためんどくさいことになるなーと思い「はーい」と言って外に中学ジャージの姿でゴミを片手に出て行く。家を出て、少ししたところにあるゴミ捨て場にゴミを捨ててはい終了~って帰ろうとしたら突然後ろから「黒川?」って私の名字を呼ばれる!びくっとして振り返るとそこにいたのは木村くんだった。

「あ、ども・・・」と私は早速どもってしまう。制服を上手く着崩している大人びた木村くんにすっかりびびってしまっている。

「久しぶり!元気?」木村くんは久しぶりという感じを全く見せずに話しかけてくる。こいつこんなにコミュニケーションが達者だったか。

「あ、ぼちぼちです・・・」

「ですってなんだよ」って笑う姿に、私は言葉尻を間違えたことを後悔する。しかし仕方ない。早く切り上げたい。

「ゴ、ゴミを捨てにきただけで」

「あ、そう?こんな夜遅くに危ないのにな」

「あ、うん。でもお母さんうるさいし」

「そっか、黒川のとこ相変わらずきびしいんだな」

「うん。うん?どうだろ、あ、まあ。へへへ・・・」

もう私の会話は限界だった。しんどい。辛い。はよ帰りたい。

「じゃあ・・・わたしはこれで・・・」

「あ、黒川!あのさあ」

「えっ、なに?」

「あのさ・・・歌ってくれない?」

「・・・え?うん?え?」

 

3
 ひよこのひょこここはひよこのこ~と歌いながら歩く。夕方で辺りはオレンジ色で、田んぼも暖色系に染まってる。地面からちゅどんと生えたような鉄塔と入院患者の腕のように刺さった送電線も暖色系。どこから「ふぁいっおー!ふぁいっおー!」とバレー部のかけ声が聞こえてくる。いつもと変わらぬ放課後の風景。しかし今日の私はちょっと違う。というかどきどきしている。全てはあいつ、昨晩の木村くんのせいである。

 


「歌ってくれない?」

「え?うん?え?」私は驚きすぎて、疑問系を3つ並べてしまう。

「あ、突然すぎたよね」

「突然も何も、え?どういうこと?」

「いやさ、えーと・・・うん、こんなところで立ち話もなんだし。あ、黒川いつ空いてる?」

「え、あ・・・基本的には放課後ならいつでも・・・」

「じゃあ、明日さ、俺んち来ない?」木村くんはどんどん話を前に進めようとする。というか、え?今私男の子の家に誘われている?

「えー?」

「空いてる?」

「空いてはいるけども・・・」

「じゃあ、来てくれない?頼むわ!」

 そういって木村くんは帰ってしまった。私は取り残されて、それから家に帰ってぼんやりとこのことを考えていて、今日の授業中もぼんやりこのことばっかり考えていて、で放課後の今にいたるわけです。歌ってくれとはどういうことだろうか。そして家に来てくれとはどういうことなんだろうか。木村くんは私に何をさせようとしているのか。というか何かしなきゃいけなくなったりするのだろうか。なんかそんなことになったら。

「嫌だなあ・・・」と気がついたら呟いていた。全くもって気分が乗らない!

 


 木村くんの家は私の家からすぐ近くにある。家が近いのもあって昔は一緒の子供会にいたことを思い出していた。しかしあの頃は一緒に遊んでいたけども、今は違う。全くもって遊ばないし、話すこともない。中学もクラスが別だったし、高校も同じだけども全く別のクラスだし。だから昨日が久しぶりだった。よく私のことを覚えていたなって思う。すっかり忘れられていたものと思っていた。昔は木村くんの家に来たことはあったけども、ティーンエイジャーになってからは初めてではなかろうか。というか1人でやってくるのが初めてだ。昔は誰か友達がいたもんな。それこそ浦ちゃんとか。

 私は木村くんの家の前に立っていて、インターフォンに指をかける。「はあ・・・」とため息を1つ付いてから押すと家の中からピンポーンと言う音が聞こえて、どたどたとした足音の後に扉ががちゃりと空いて、部屋着姿の木村くんが立っている。木村くんはどことなく顔色が悪い。

「あ、どうも」と私は会釈をする。

「来てくれたんだ」と木村くんは嬉しそうに言う。

「あ、そりゃ昨日言われたからね・・・」

「ありがとう!とりあえずあがってあがって」

「あ、おじゃまします」と私は木村くんの家にあがる。

「あ、こっちこっち」と私は木村くんの部屋に誘導される。

「あ、お母さんとかは」

「今、仕事で。今日は俺1人」

「えーそうなんだ」ますます嫌だ。

 


 木村くんの部屋に入ると素直に驚く。勉強机に本棚にベッドと昔来たときとほぼ同じ配置なんだけども、その勉強机の上にはパソコンが置いてあってその手前には小さなピアノのキーボードのようなもの、そしてケーブルが繋がれたゲームボーイが置いてある。

そして周りを見渡すと本棚にはレコードが何十枚も詰め込まれているし、ターンテーブルはあるし、あちこちにCDは転がっているし、なんかサンプラーっていうのだろうか?音楽を作るっぽい機材もちらほらある。

 木村くんちょっと前までサッカーやってたんじゃなかったっけ?あれ?えっ?と思っていると木村くんが口を開く。

「俺さ・・・今、音楽作ってて」

「え、あ、そうなんだ」

 なんとなく察しはつき始めていた。

「聞いてくれない?」

「あ、別に、いいけども・・・」と答える前に木村くんはパソコンに移動していて、何かをかちかちっとクリックすると、パソコンの隣に置いてある木製っぽいスピーカーから音が流れ出す。わっ!と驚く前に私はそれに聞き惚れてしまう。昔のゲームっぽい音で構成されていて、なんていうかめちゃくちゃかっこいい曲だ!上手く言えないんだけども壊れたゲームボーイから流れてくるすげえかっこいい曲って感じで私は素直に感動する。

「あのさ、今日黒川が来るからさ、学校サボってもう一回作り直してたんだけども・・・どうかな」

それで部屋着だったのか。私は何度もうなずいて、すごくかっこいいと思うと伝える。

すると木村くんはほっとしたのか大きな声で「よかった~!」と言いながら一旦しゃがみ込む。あっ、木村くんも緊張してたんだ。

「さっきも言ったけど俺、最近音楽作ってて」

「そ、そうみたいだね・・・」

「うん。で、音楽って言ってもこういう感じのチップチューンのなんだけども」

チップチューン?」

「えーとなんていうんだろう。ゲームボーイの内臓音源とかを使って、それで音楽やるんだよ。だから、なんていうか昔のゲーム音楽っぽいのが作れるっていうか、そういう音色で音楽を作ってる」

「なんか・・・凄いね」

「いやいや、凄くないよ!本当作り始めたばっかりだし」

「いつからやってるの?」

「中学2年の時からかな」

嘘、はや。中2って私がまだ嫌々卓球をやっていたときだったし、というか木村くんもサッカーをやってたんじゃなかったっけ?

「中2の時に親父が使ってたものを見つけて、それで音楽のまねごとし始めて、で、徐々になんていうかやりたいことがわかってきたっていうか」

「やりたいこと?」

「なんていうか、今のチップチューンとかそういうのなんだけども、まあ正直今はそんなに流行ってない音楽なんだけども、でも作ってみたくて」

「へえ」

「俺らが小学生の時くらいにこういうの一回流行ったんだ」

「そうだったんだ」知らなかった。私は音楽に疎い。というか文化面があんまりな気がする。

「自分で言うのもなんだけども、徐々にだけど、曲作れてきてて」

「うん」

「最近はちょこちょこライブとかさしてもらってて」まじかよ。それであっと思う。最近あちこち出歩いてるとか、悪い人と付き合ってるとかそういう噂話を思い出す。

「そうこうしてるうちに、部活もおろそかになったからやめちゃってさ。で、今はこうやって曲作ってる」

「凄いね・・・」

「いやいや、本当まじで凄くないんだって」

いや充分に凄いと思う。自分のやりたいこととか私全然見つかってないのに。木村くんはもう見つけていて、それに向かって走ってるのが凄い。でもそういうことを私は伝えられない。口がもごもごとしてしまってる。

「でさ・・・黒川にお願いってのがあって」

「あの、その・・・歌って欲しいっていうこと?」私は昨日からの疑問をぶつける。

 木村くんは恥ずかしそうにほほをかきながら「それなんだけども、まあ察しが付いてると思うけども、この曲の上に声をのっけてくれない?」

えー!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

「え・・・できないよ」

「いや、そこをなんとか!」

と木村くんは身体をべこり倒してお願いしてくる。いや、木村くんの提案が無理なのではないのだ。むしろこんな音楽に声をのせるなんてめちゃくちゃかっこいいことだとは思うのだ。それよりも自分自身の問題なのだ。

「私、歌下手だよ・・・だって」

「壊れたキティちゃんのポップコーンマシンみたいなんでしょ」

 私は顔が凍り付く。知ってるのだ。木村くんは知ってるのだ。

「浦口から聞いてさ」

「・・・じゃあ、なおさら嫌だよ」私は帰ろうとする。全て知っていた上で木村くんは提案してきたのだ。笑いものにしようとして!

「あ、ごめん!違うんだ!」木村くんは必死に引き留める。

「私は歌うの無理だって・・・だって壊れたキティちゃんのポップコーンマシンだし」

「その声が必要なんだって」

「声だったら浦ちゃんの方が上手いからそっち頼んだ方がいいって」浦ちゃんの方が上手いのだからそっちの方がいいに決まってる。

「だめなんだ。あいつのライブに行って聞いたけども。それじゃダメなんだ」聞いたんかい。

「何がだめなの」

「上手すぎるんだよ。あいつじゃ」なんだよそれ。

「・・・やっぱ嫌・・・」

「俺の曲に合う声は多分だけど黒川なんだよ」

「だって聞いたことないじゃん」

「聞いたことなくてもわかる」

「何がわかるの」

「だって・・・今だって・・・いい声してるから」

「・・・・・・」

 私は顔が真っ赤になってしまう。でも、やっぱり歌うのは嫌だ。帰ろう。

「ありがとう。音楽も凄くかっこよかったと思う。でも、歌うのは・・・ごめんなさい」

そう言って足早に木村くんの部屋から飛び出して、自分の家に一目散に帰る。

その間も顔の赤みは取れないままだった。

 


 家に帰っても妙な緊張はとれないままだ。私はとりあえず荷物を床に置いて、こたつに潜り込む。

 


「だって・・・今だって…いい声してるから」

 


うーん。恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!

なんだよ。そんなこと一度も言われたことなかったのに。

なんで突然言い出すのだ。木村の癖に。はあ。とため息付きながら、明日の分の宿題をやらなきゃということを思い出す。私は木村くんとは違って学校もサボってない。きっちり今日宿題が出ていることを覚えている。やらなきゃ。やらなきゃ。やらなきゃ!

 顔を叩いて、気持ちをいれかえて英文法の問題を解き始める。1ページ、2ページと開いていったり、ノートの方のページを行ったり来たりしていると突然親指がかゆくなっていることに気がつく。

 なんだろうと思うと、親指から血がにじみ出ている。痛たたたたた。うーん。どっかのタイミングで紙で指を切ってしまったみたいだ。はあ。なんかついてないなあ。

 私は救急箱を探す。「ひよこのひよここはひよこのこ~」と歌いながら探す。ついつい歌ってしまう。でもこの声も変な声なんだろう。でも、木村くんはこの声がいいっていっていたわけだし。でもあいつ、まだ私の歌声を聞いたことないくせに。聞いたらどうせ愕然とするんだ。というか浦ちゃん、木村くんにいうなよって感じだ。本当嫌い。まじで嫌い。もう絶対喋らない。ってか救急箱ないやんけ。

 というところで昨日母が言っていたことを思い出す。

 


「うちってさ、救急箱ってあったっけ」

「えーないわよ」

「昔あったじゃん」

「昔はね。でも今はない」

「なんで」

「なんでって、あんたが大きくなったから」

 


 なんで私が大きくなったから無くなったんだ。救急箱くらい常備しておいてよ。それこそ布亀の救急箱とかさあ。と思いながら棚を探るとふたの開いた絆創膏が棚の奥の奥から見つかるので、指を水道水で洗って、絆創膏を貼っていると、ピンポーンとインターフォンが鳴って、母が帰宅。

「あら、怪我したの?」と私が絆創膏貼っているのを見て、母が言う。

「うん。紙で切った」

「へえ。大丈夫?」

「まあ、大丈夫。ってかなんでうち、救急箱ないの?昔あったじゃん」

「そりゃあんたが大きくなったからだって」

「どういうこと?」

「救急箱はおばあちゃんが置いてたのよ」

「え、そうだっけ」

「そうよ。小さい時にあんたがよく怪我して帰ってくるから、怪我して帰ってきてもいいようにっておばあちゃんが布亀の救急箱を取り寄せてね」

 


 私は小さい時、何度もこけて帰ってきた。それこそ木村のせいだ。私はあいつに追いかけられる度にこけてそれで泣きながら帰ってきたのだ。

 その度におばあちゃんは救急箱を取り出して、私に治療をした。

「ほんま瑠璃子ちゃんはよくこけて帰ってくるね~」

「木村くんがおいかけてくるからぁあ~」

「木村くんはあんたのことが好きなんやねえ」

「ちがうよう」

「ふふふ。でもなんぼでもこけて帰ってきい。その度に痛いの、飛ばしたるからなあ」

 私はその言葉通り、なんぼでもこけて帰ってきた。こけることは痛くて嫌だったけども怖いことじゃなかった。

 でも、大きくなるにつれて、男の子と一緒に遊ぶこともなくなって、それでこけて帰ってくることはなくなった。

 


「瑠璃子が大きくなって、外で怪我しなくなったから、おばあちゃんが救急箱の契約を切ってね」

「そうだったんだ」

「それほどあんたはよく怪我してたわけよ」

「そんなに怪我してたっけ」

「そんなに」

「ええー」

「まあ、あの頃はよく外で遊んでたからねえ。今じゃ家に引きこもってばっかりだけども」

「まあそうだけども」

「何にも恐れない子になって欲しいって言って、布亀の救急箱と契約したんよ」

「おばあちゃんが」

「そう」

「何にも恐れない子かあ」

 


 転けて泣きながら帰ってきたあの頃の自分。その勇気はどこにあったんだろう?私はすっかりそんな勇気を失っていることに気がつく。怪我しても治療をすればいい。消毒液をかけて、絆創膏を貼ればいい。風邪をひいても風邪薬を飲んだらいい。何にも恐れない子供になれるようにおばあちゃんは布亀の救急箱を家に置いていた。

 それが今や、もう何もかもに恐れている。運動もできなくて、大した趣味もなくて、勉強もできなくて、友達もいなくて、私は何もかもができなくなってしまってる。

 


「だって・・・今だって…いい声してるから」

 


 木村くんの言葉を反芻する。また馬鹿にされるだけなんじゃないだろうか。私の声は「壊れたキティちゃんのポップコーンマシン」だ。いい声なんかじゃない。

 


「俺の曲に合う声は多分だけど黒川なんだよ」

 


私の声が役に立つことあるのだろうか。何にもない私が役立つことあるのだろうか。こんな私でも役に立つことが。

 


「ふふふ。でもなんぼでもこけて帰ってきい。その度に痛いの、飛ばしたるからなあ」

 


私は一度脱いでたコートをもう一度着込む。

「あら、どこか行くの?」

「ちょっと木村くんの家に行ってくる」

「えっ?」

「あ、お母さん。そういうことじゃないから。ちょっと用事を済ませてくるだけだから」

そう言って、家を出る。

 

 

4

木村くんの家のインターフォンを鳴らして、ガチャリと開くと、私はさっきとは違ってずかずかと入る。木村くんは驚いてる。

「え、黒川どうしたの。忘れ物?」

「あ、あのさ、さっきは帰ったけども、その歌だっけ・・・」

「うん、歌」

「あ、あの。帰って考えてなんだけども・・・あーもういいや。私に歌わせてほしいんだけど」

 木村くんの顔がみるみる明るくなる。えっ本当にいいの!?とか言ってくるので「わ、私の気が変わらないうちにやろう」と言うと、木村くんは部屋に駆け込んでどたどたとセッティングを始める。

 


「これがさ、俺の仮歌なんだけども」

と言ってさっきの音楽の上に、木村くんの歌っている声が乗っているのが流れ出す。

 それが笑ってしまうくらい下手で私は思わず笑ってしまう。

「笑うなよ」

「ご、ごめん」

「歌が下手なのは俺が一番知ってるんだから」

「き、曲作れても、歌うのは苦手だったりするんだね」

「そういうもんだよ。で、メロディわかる?」

「あ、あと、何回か聞いたら多分」

と言って、何回も聞き直す。

 その間に木村くんはマイクのセッティングを終える。なんかしっかりしたマイクが渡される。

「こ、こんなマイクどうしたの?」

「バイトして買った。ハードオフで」

「そうなんだ」

「自分では歌えないのになあ」

「わ、私、下手だよ。浦ちゃんが言ってたように、壊れたキティちゃんのポップコーンマシンみたいな歌声だよ」

「・・・中学の時、俺、浦口と同じクラスで、それを聞いたときに、あいつは笑ってたけども、俺はその声が乗った音楽を作りたいって思ったんだ」

「え」

「俺の作りたい音楽ってこういうのかもって思ったんだ。壊れたキティちゃんのポップコーンマシンみたいな声が乗った壊れたゲームボーイみたいな音楽・・・って変かな」

「変だと思う」

「そっか」

「で、でも、作れたら、凄いと思う」

「あ、うん」

「つ、作ってみようか」

 


 私は曲名と歌詞を渡される。曲名はともかく変な歌詞って思う。キューを出したら歌ってと言われて、私はヘッドフォンをつけて、合図を待つ。木村くんからキューが出る。私は歌う。頑張って歌う。時折、木村くんの顔を見る。木村くんはじっと真剣な顔をしている。ダメなのかな。やっぱダメなのかな。そうなってもいいや。怪我したらまた帰ればいいだけの話だ。私はやるだけのことをやるだけだ。

 ずぱぱぱぱぱぱとドラムの連打で曲が終わる。

「・・・どうだった」

そしたら木村くんは満面の笑みで「本当に壊れたキティちゃんのポップコーンマシンみたいな歌声だな!」って笑う。

あーダメだったか。と思ってると、かちかちっとクリック音がして、さっきの歌声が乗ったバージョンのあの音楽が流れ出す。

それはまさに壊れたゲームボーイの音楽の上に壊れたキティちゃんのポップコーンマシンみたいな声が乗った音楽になっている。というか、それ以上なことになっている。壊れているのの二乗で、世界が崩壊した後、壊れた遊園地のスピーカーから流れているめっちゃかっこいい曲のようになっている。私は素直に感動する。

「黒川!これだよ!これ!俺がずっと作りたかった音楽は!!!」と木村くんはめちゃくちゃはしゃぐ。

「あ、ありがとう」私はお辞儀をする。しておいた方がいい気がしたからだ。

すると「お礼を言うのは俺のほうだって!まじで最高。本当最高だよ!」って握手をしてくる。私は緊張して「あ、どうも」しか言えない。

 木村くんは凄くずっとはしゃいでいる。もう一回聞こう!聞こう!となって、クリック。そして木村くんは大笑いしながらも、めちゃくちゃ興奮しているのがわかる。

 私もこの曲が凄くかっこいいことがわかる。あんまり音楽に明るい方じゃ無いけども、これが変で、でもキャッチーでそしてかっこいいことがわかる。

 私も嬉しくなって「もう一回聞こう!」という、そしてその度に大笑いして、いいなーと思う。

 それから何度もこの曲を聴き直して、私たちはその度に大笑いして、笑いすぎて涙を流したりする。

「あのさ、黒川」

「なに」

「俺とバンド組まねえ?」

「えっ?」

「俺、曲作るから、歌ってよ。で、ライブ出よう!」と提案してくる。

 今までだったら「いやいや無理無理無理!」って言ってたけども、今は違う。この曲がある。この曲の前だったら、私は最強な気がする。

 だから「うん、やろう」と言う。そしたら木村くんは「え、まじで!」と言って凄く嬉しそうにして、やったー!という。

 それから、私たちはバンド名を何にしようという。色々あってというか笑いながら話し合ってたら「赤ちゃんポストモダン」になる。いい名前だと思う。

 

5
 私は、木村くんの家に入り浸るようになる。「赤ちゃんポストモダン」としての活動をどんどん強めていく。放課後は木村くんの家に行って、木村くんの作った音楽に声を乗っけていく。たまに歌詞とかも書くようになる。木村くんは私のセンスを褒めてくれる。私も調子にのって書いたりするようになる。私は何もないなーなんて悩むこともなくなっていく。それくらいこの「赤ちゃんポストモダン」の活動が楽しくなる。

 次第に持ち曲が増えていって、それをネットにあげたりして、反応を喜んだりしていると私たち「赤ちゃんポストモダン」の初ライブが決まる。私は木村くんと一緒に都会行きの電車に乗って、都会の真ん中にあるライブハウスに行く。煙草臭い空間だなとか思ったり、リハーサルの時間が短いことに驚いたり、色々あるうちに、もう次の出番が私たちだ。

 木村くんは死ぬほど緊張している。私もめちゃくちゃ緊張している。

「次は赤ちゃんポストモダンです」と声がして、私たちはステージに出る。

木村くんはノートパソコンをがちゃがちゃと設置している間、私はマイクを取る。

ステージから客席を見ると、客はちらほらしかいない。そんな中、浦ちゃんが最前列で見てくれている。

私は何か喋らなきゃいけないなと思う。木村くんは「もう少しかかる」と合図を出す。

「ええと、赤ちゃんポストモダンです」浦ちゃんがわーって言ってくれる。

「わ、私は、す、数ヶ月前までこんな場所に出てくるなんて思いませんでした。なにせ、ひ、引っ込み思案な人間だったもので。ええと・・・いろいろいいたいことはあるんですけども、今日はこのライブをおばあちゃんに捧げたいと思います」

酔っ払った客が「いいぞー!」と叫ぶ。

怖いなあと思って、木村くんを見たら、見たこと無い顔色になっている。でも、もう準備できたっていう合図を出してくる。

それを見て、私は息を吸う。

「やるぞーーー!!!!」と叫ぶ。

その瞬間、大音量で音楽が鳴り響く。1曲目は私たちが初めて作った曲。「ハローワールド!!!」だ。私はそれを聴きながらなんとなく怪我をしても大丈夫だと思う。だから大きな声で歌う。壊れたキティちゃんのポップコーンマシンみたいな声で歌う。それは私にしか出せない声で、この曲は木村くんにしか作れない曲で、私たちのこの音楽はこの瞬間だけは最強なんじゃないだろうかと思いながら歌う。それはとても気持ちいいから、この瞬間の私を、最強の私を、おばあちゃんに見せてあげたかったななんて思う。そしたらなんていうだろうか。なんていうかわかんないけども「もう転んでも泣かないんだね」とは言ってくれそうな気がする。

 

 

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