にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

ゴアは人を救う『シャドー・オブ・ナイト』

 先日、大学時代の友人が東京にやってきたので、久しぶりにご飯を食べた。新宿の西部という喫茶店で食べた。オムライスを食べた。西部のオムライスはとても美味しいのだ。

 

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 で、久しぶりにあったのだ。どれくらい久しぶりなのか、前にあったのは『グリーン・インフェルノ』が公開したときにオールナイト上映を見に行ったぶりくらいで、そのときは『デビルスピーク』と『溶解人間』との三本立てだった。場所は京都のみなみ会館。凄く懐かしいなあ。高橋ヨシキさんと中原昌也さんのトークショーつきだった。僕はうとうとしながら三本見たのだった。そして朝方のマクドで延々とあの映画が見たい~とかそんな話をしたりしたのだった。それ以来、めっちゃ懐かしい。

 で、久しぶりに会って何を話したかと言うと、近況報告もそこそこに野蛮な映画についてだった。血がぶっしゃー!臓物どーん!な映画がいかに素晴らしいかについて延々と話した。それがめちゃくちゃ楽しかった。何年も会ってなかったのにいざ会うと趣味の話が延々とできるのが本当楽しかった。最近は野蛮な映画あんまり見れてなかったけども、友人と話していると野蛮な映画がどんどん見たくなった。

 友人がGEOで借りたDVD10本リストを見せてくれたのだけども、どれも本当に野蛮でもう心から素晴らしいと思った。趣味を貫徹しているのかっこええなあと思ってしまった。

 そんな友人がやってるブログがある。

 「ホラー映画罪人録」って言うんだけども、めっちゃ素晴らしいので、ぜひ一読して欲しい。ホラー映画で死んだ人の人数、どういった殺され方をしたか、そしてその「罪人」をランク付けするという映画ブログの中でも屈指の見方をしていて素晴らしいのだ。ぜひ一読して欲しい。

ホラー映画罪人録

 

 というわけで野蛮な映画を見ようということになりNetflixで配信中の映画『シャドー・オブ・ナイト』を見た。監督はイコ・ウワイス主演のアクション映画『ヘッドショット』を撮ったモー・ブラザーズの片割れティモ・ジャヤント。

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 あらすじは組織の掟を破り、ある少女を救った殺し屋が、組織に命を狙われるというもの。

 あらすじこそ聞いたことあるものであるけども、映像は見たことないというか、近年ここまで過剰なアクション映画はなかなかねえぞ!ってクラスのものだった。

 何がどう過剰かと言うと、もうそりゃゴア描写です。

 ゴア描写がとくにかく凄まじい。血が吹き出るのは当たり前。手首は切断され、足はショットガンで吹き飛び、頭は潰れ、牛骨で胸は突き刺され、誤射で蜂の巣になったりetc・・・と書き切れないほどゴア描写の量!

 血糊はおそらくプール一杯分くらい使っているのではないかというほどで、登場人物はとにかく血を吹き出す。登場人物の中で無傷だった人、ほとんどいないんじゃないだろうか。みんな何かしらどこか吹き出してるか、切断されてる!

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 作られたのがインドネシアで、出演がザ・レイドにも出ていたイコ・ウワイス、ジョー・タスリム、ジュリー・エステルということなので、ザ・レイドを想起してしまうのですが、ティモ・ジャヤント監督はザ・レイドを超えるものを見せてやろうという気概がもの凄いことになってる。

 凝ったカメラワークに必要以上のゴア描写からその気概はめちゃくちゃ伝わってきます。 ただアクションシーンはカットを基本的に長く取っているのもあって、ザ・レイドのようなテンポの良さはそこまで感じず。そういう部分での力量の差みたいなものは感じました。しかし、そんなことは大したことありません。とにかくゴア!ゴア!!ゴア!!!

 ゴアの一点突破で突っ切るアクション映画が今Netflixで全世界に配信されているということがもの凄いわけですよ。

 印象的なのは、血をもの凄い量吹き出し続けていても戦い続ける人々の姿。インドネシア人、タフすぎるだろってくらいまあ血を吹き出しても吹き出しても戦い続ける。

 前半の白眉、主人公の友人達が襲われる下りではそれがもの凄いことになってる。

 「あっこれ死んだな」って思ってからもまだ戦い続ける!血がどばどば吹き出しても戦い続ける。すっごいすっごいすっごいよこれ!

 とにかくこのタフさだけでも、見る価値ありです。ジョン・ウーの『男たちの挽歌』のタフさを思い出しましたもの。登場人物が全員HP制なの?ってくらいタフ。クリティカルダメージを負わない限りは生き続けてるくらいタフ。

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 あとイコ・ウワイスが敵なのも良かったですね。イコ・ウワイスが敵って!個人的にはジャッキーチェンが敵で出てくるくらい絶望感ありますよ!今作もあまりに強すぎて良かった~。

 クライマックスバトルの嫌な痛み表現の数々も見所満載!鉄柱を蹴ってしまうや、画鋲であれしちゃったり、木片であれしちゃうとか正視に耐えられないシーンの連続!

 というわけでR-18は確実なゴア表現が見ることができる『シャドー・オブ・ナイト』。ゴアが苦手という人にはおすすめできませんが、ゴアが大好きな人にはたまんない一作になってます。良かった~。

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 久しぶりに野蛮な映画を見たらちょっと気持ちがすっきりした。ゴアってなぜか気持ちがすっきりする。嫌なゴアも勿論あるのだけども、祭り感があるゴアはやっぱ大好物だなと思った次第。これからも嫌なこと、大変なことあるけども、祭り感のあるゴアを適度に摂取して生きていきたいなと思いました。ゴアは人を救う!

歩みを止めないためにはどうすればいいのだろう?

 歩みを止めないためにはどうすればいいのだろうか。こんな風に文章を書くことも歩みを止めないということになるのだろうか?そんなことを自問自答している。自分の書いているものが少しばかり意味のあるものになればいいと思って毎回書いているけども、果たしてそれが叶っているかどうかわからない。チラシの裏に書いていればいいことをネットに放流しているだけかもしれない。そうなると私のやっていることは全くの無意味ということになる。

 しかしだ。私はこの文章を書くということがどうしても止めることができない。自意識を見せびらかしているだけかもしれないこの行為がどうしても止めることができない。とにかく文章が書きたくて仕方ない。意味のない文章だろうが、それでも文章というものを書いてみたいと思うのだ。

 何度も書いていることだけども、現実の自分の歩みは止まったままだ。休職からの退職。1年と3ヶ月経っても未だに社会復帰できる見込みもない。それでも歩みを止めたくない。歩みを止めたら本当に死んでしまいそうになる。本当に狂ってしまいそうになる。もう半ば狂っているのかもしれない。メンタルクリニック通いだ。半ば狂っているのも同然だ。

 現実世界では歩みは止まったままだけども、ことブログの記事は増えていく。今週の私と称して、あちらこちらに行った話や、最近の悩みを書いたり、短編小説を書いたりしている。これは歩んでいることになるのだろうか?ただ足踏みをしているだけなのだろうか。

 でも、ただの足踏みだとしても、しないよりはましだ。何でもそうだ、しないよりはましだ。もう現実世界の自分は生きているのか死んでいるのかわからないような生活をしている。たまに息継ぎのように幸せが訪れて、後は死んだような生活だ。その幸せをこぼさないように書き記している。そうすることで何かが変わったなんてことない。ブログを書いて人生が変わったなんてことはない。でも、書くしかない。書くしかないのだ。

 

 歩みを止めないためにはどうすればいいのだろう?これまで通り文章を書き散らしていたらいいのだろうか。あいにく情報性の高いものなんて自分には書けない。自分の書いている文章は極私的な世界のものしか書けない。そんな私でも文章を書いていていいのだろうか。

 


 ロロという劇団の『父母姉僕弟君』という舞台を見て、1年になる。もう1年が経ってしまったのかと驚くばかりだけども、凄くいい舞台だったことは頭に残り続けている。

 その中で、台詞があった。ちゃんとは覚えていない。「感じたことを10しかない語彙力で残し続ける。そうすれば世界に感じたことが漂い続けるはずだ」みたいなことだったと思う。自分の記憶力のなさが嫌だ。でも、このことは自分の矜持のようなものになっている。自分の感じたことを10しかない、いやもっと少ないかもしれない、語彙力で、残すのだ。体温を、音を、匂いを、見た物を、感じた物を全て残し続けるのだ。そうしたら、世界にそれは漂い続ける。それは生き続けるということだ。その感情が生き続けるということだ。

 


 歩みを止めないためにはどうすればいいのだろう?もう答えは出ているじゃないか。とにかく書き続けるのだ。感じたことを、体温を、音を、匂いを見た物を、5感で感じたことを書き続けるのだ。それが今の自分の歩みになるはずなのだ。

 


 現実世界での歩みはまだ止まったままだ。でも、書いているこの時間、この空間、そして私は現実の私だ。歩みの止まった状態の現実の私が、なんとか書こうとしている。なんとか書くという行為ではあるけども歩もうとしている。

 書いていたらいつか幸せになるなんて、そんなことはないと思う。でも、私は書くと思う。感じたことを。とにかく1つでも洩らさないように、書こうと思う。

 いつの日か、逗子海岸に行ったことがある。白っぽい景色だった。遠くの方で、波が立っていた。夕日が沈みかけていた。私はそんな風景を見たことがある。そしてそれを感じたことがある。

 昼行バスの休憩で降りたサービスエリアの近くにあった湖に反射するブロックノイズのような陽光の反射を見たことがある。私はそれを感じた。そしてこれをいつか書こうと思ったのだった。

 書くだけじゃなくてもいい。写真でもいい。言葉でもいい。とにかく残したい。自分の感情を残したい。世界に漂わせたい。

 歩みを止めないためには5感をフル回転させて日々を生き抜くことなのだ。そしてそこで感じた物を書き記すことなのだ。そうしたら、歩みは止まらないはず。

 世界に漂わせた私の感情はいつの日か、現実世界の自分の歩みに繋がることを信じて、今は書き続けるしかない。いつの日か、繋がることを信じて。

 とにかく書き続けるしかないのだ。

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バッティングセンターとジョン・レグイザモ

 バッティングセンターに行ってきた。生まれて初めてのバッティングセンターだ!とか言っていたのですが、よくよく思い出すと、高校時代に一度行ったことがあった。でもそのときは一切打てなかったことも思い出した。それ以来なので10年ぶりのバッティングセンターということになる。10年だ。あっという間と言うにはあっという間ではなかったけども、10年なんてものは風が吹くように過ぎていくものなのだと改めて思った。

 というわけでバッティングセンターに行った。場所は歌舞伎町のホテル街を抜けたところにあるやつで、以前から気になっていたところだった。龍が如くにも出てくるのが個人的には印象深い。中学生の頃、ゲームで訪れた場所に大人になってから生身で訪れるのは少々変な感じがした。

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 10年ぶりのバッティングセンター。球速は勿論、一番遅いやつ。金属バットを持って、球が来た瞬間に振ってみる。当たる。しかし球は近くに落ちてバウンドしてどこかへころころ。難しい。

 前日、友人にバッティングセンターに行くからとバットの振り方を教えてもらった。足の動かし方、手の位置、その他諸々。しかし習った通りの動きを今の自分が出来ているかどうかの確証が全く湧かない。

 一緒に来た友人達から「いい感じだよー!」と声がかかる。2球目、3球目と振ってみる。からぶったり、当たっても遠くへは飛ばなかったり。

 球が飛んでくる。バットを振る。かきーんといい音がした。一度だけ球が遠くへ飛んだ。気持ちいい。ボールを遠くへ飛ばすとこんな気持ちよかったんだと思った。

 僕の番は20球で終了。後は友人がバットを振るのを見ていた。

 髪を短くして染めた友人がバットを持つとまるでヤンキーみたいだなと思った。

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 みんな各20球ずつやり終えると、満足してしまったので、それから新大久保まで歩いて行って、サムギョプサルを食べた。その後、喫茶店でだらだらと会話をして解散。

 凄く普通なことしか起こっていないけどもめちゃくちゃいい日だった。

 

 

 

 引っ越しを今現在している。引っ越しと言っても、一階下の部屋に物を運ぶだけなのでひたすら気が向いた時に物を動かしている。初日は本棚を4つ運び、骨がすっかりおれてしまった。あとは服やら、書類やらをとにかく動かしまくっている。

 めんどくさい。しかし引っ越しを決めたのは自分なのでめんどくさいとも言ってられない。やることをやるだけと心に決めながら、物を少し運んでは煙草を吸ってと、休憩時間が相変わらず長い。やる気があるのかないのかわからない引っ越しをひたすらしている。しかし大物はほぼ運んだ。あと残る大物はテレビと机だ。月末までに運び終えればいいと言っていたけども、もう少しでなんとかなりそうだ。そのもう少しをやるのも自分なので、なんとかしなきゃいけないんだろうけども。

 


ジョン・レグイザモサルでもわかる中南米の歴史』を見た。

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Netflixで配信されているジョン・レグイザモの一人芝居だ。当初はオフ・ブロードウェイで上演され、次の年にはオン・ブロードウェイで上演されるようになったという作品であり、トニー賞にもノミネートされたようだ。とはいえ情報の少ない中で調べられたのはこれくらいである。

 内容はいじめっ子にいじめられた我が子のために、中南米の歴史を調べることになった父ジョン・レグイザモの姿を通して、中南米の歴史とそして不器用な父と息子の成長が描かれるというものである。

 ジョン・レグイザモといえば映画ファンなら一度は目にしたことがある役者であることは間違いないと思うのだけども、ジョン・レグイザモってこんなに芸達者な人だったのか!と驚かされる。一人芝居というのもあるけどもジョン・レグイザモ無双だ。とにかくジョン・レグイザモがあれをやってこれをやって歌って踊って父になって子供になる。凄まじい芸達者ぶりだ。

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 そうして語られる中南米の歴史も凄まじい。つまりのところは中南米には様々な物があった。文化があった。歴史があった。しかしそれらは根こそぎ取られてしまった。誰に?海外から来た来訪者によってだ。そして歴史はその来訪者の目線によって書き換えられている。それどころか今、現在も中南米にルーツを持つ人々はアメリカにとっては「他者」扱いされていることをあぶり出すのだ。ジョン・レグイザモはそれに怒る。憤る。

 そして数々の英雄達の名をあげていく。息子に伝えるために。息子に自分のルーツを誇ってもらうために。しかしそれはなかなかうまく行かない。父と息子の対話はなかなかうまくいかない。

 しかしだ。息子も悩むし、父も悩む。その一方で、息子も成長するし父も成長する。

 互いの対話によって、父と息子は成長をするのだ。その姿に僕は泣いてしまった。

 ラスト、真の英雄とは何か?を問いかける。その姿に胸をうたれた。あの壇上であのように宣言できたあの子の姿こそ真の英雄であろうと。

 とてもいい舞台だった。ジョン・レグイザモファンは必見であるし、ジョン・レグイザモを知らない人も一気にファンになってしまうほどだと思う。とにかくチャームが満載なのだ。ジョン・レグイザモ無双を是非とも味わって欲しい。

 にしてもNetflixはこんな作品をぽーんと落としていくから凄まじいと思う。改めて、衣食Netflix住と言っていいほど、素晴らしいコンテンツを持っている配信サービスだと思い知らされた。

 


 近々、やらなきゃいけないことをここに列挙すると、国保への切り替え、ハローワークへ相談、電気ガス水道の手続きや開栓、郵便局へ行って新居に書類が届くように手続き、月曜日は病院、おおっと意外とやらなきゃいけないこと沢山あるな。

 とりあえず日々を頑張っていこうとやっぱり思います。

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引っ越しすることになった。

 引っ越しすることになった。といっても同じアパートの一階下の階にだけども。

 というのも、今まで住んでいた場所は借り上げ社宅で、退職後も病院に通うためにそのまま住み続けたかったのですが、それをすると初期費用ということで30万ほどかかるとなって、どっひゃーとなっていたのですが、その話を聞きに不動産屋に行ったら、同じ場所だと「それくらいかかってしまうのですが、新たに契約し直すということでアパートの下の階に住むということでしたら、色々諸々の特典で15万くらいに抑えられます」となり、即決。

 というわけで引っ越しすることになった。といってもアパートの下の階なので、業者は頼まず、そんで今住んでいる場所も今月末までは住めるので、ゆったりと引っ越しをしていこうと思う。というわけで相変わらず、いろんなことが起こり続けている。休職からの退職に加えて、引っ越しということで、日々疲れ果ててしまって最近はまたよく眠り続ける日々が復活。今日も夕方くらいまで寝てしまっていた。今、慌てて起きて一駅先のドトールにてこの文章を書いている。ドトールにいすぎて、どの街に行ってもドトールを探すようになってしまった。

 


 保険も切り替えないといけない。今入っている社保から、国保に切り替えようと思っているのだけども、そうすると傷病手当金が受けられないとなって、慌てて社保の方に相談したら、そんなことはないということがわかって安心した。1年以上社保に入っていたら傷病手当金を受けることができるとのことであった。ひとまず安心したが、本当にもらえるのかどうか未だに不安である。しかし社保の人が、国保に切り替えても大丈夫ですよと言ったのだ。それに乗っかるしかない。社保と国保だと払う額が月々1万ちょいも違うのだ。これは無職には辛い。なるべく国保に切り替えさせて欲しい。そんなことを考えていたらまた気持ちがもやもやしてくる。最近は気持ちがもやもやしっぱなしだ。あんまり休まる時がなくて困っている。

 


 小説を久しぶりに書いた。ここのところ、自分の苦悩をなんとか小説に落とし込もうとしては失敗ばかりしていたんだけども、一度そういうことから離れて、思いっきりくだらないものを書こうと思って書いてみたら、書けた。1つ前の記事の「私じゃ、魔女になれない」という作品である。タイトルはスカートの『静かな夜がいい』という歌に出てくる「僕じゃ魔女になれない」ってところから引用した。この曲を聴きながら書いていた。魔女ものだと矢部嵩先生の『魔女の子供はやってこない』がベスト級に好きで、読み直したらそういうニュアンスも入っていた。後はカードキャプターさくら的なものもやっぱり入っていた。ナンセンスとグロが大好きなのですが、そういうのが詰まった小説になったと思う。自分ではめちゃくちゃ好みです。

 


 最近は小説もなかなか読めない。なんていうか、疲れてしまって読めない。というわけで、自分で読める小説を自分で生産している節がある。自家生産スタイルなので、そんなものを面白いと言ってくれる人がいるのは嬉しいことだと思う。書いている時は楽しいという感情しかなくて、まあたまにめんどくさくて仕方ないという瞬間もあるけども、でもおおむね楽しいという感情で書いていて、それは自分の喜びのものだから、そんなものが世界のどこかの人を少しでも楽しませているってのはなんか奇跡に近いものを感じてしまう。まあ、素人物書きが何を言っているんだという話だけども、これは書いておきたいと思った。

 


 友人が家にやってきて、一晩話したりした。友人の人生の話を聞いて「人生のままならさ」を感じたり、そしてそのドラマチックさに圧倒されたりした。人にはそれぞれの人生があって、それはままならなくとも、それぞれにドラマチックなのかもしれないと思った。そんな風にして圧倒されたりしていた。いろんな人に会ってきたつもりだけども、それぞれにそれほどの人生があるとしたらとてもそれは凄いことで、たまにそのことに圧倒されそうになる。人生の濃度ってやつに頭がくらくらする。生きているといろんなことがある。何もないと思っている人生も語り直すと凄くドラマチックなのかもしれない。そしてドラマチックじゃなくても、それはそれで素晴らしい人生なのかもしれない。

 


 もやもやして早めに眠ろうと思った日、mogwaiを聴きながら寝たら凄く心地よかった。mogwaiは素晴らしいバンドだなと改めて思った。高校生の頃くらいにポストロックがめっちゃ流行ったのもあって、相変わらずポストロック大好きなのですが、ポストロックの祖みたいなmogwaiはやっぱよいなあと思ったのでした。

 

 

 

 障害者手帳をもらえるかもしれない。というか相談に行ったら、ぽんと申請用紙をもらってしまった。使える物はなんでも使って生き延びたろうという気持ちでいる。しかし、あまりに簡単に物事が進むかもしれないことに対して、やっぱりいささかの恐怖は抱いている。障害者手帳をもらえるということは健常ではないですよということであって、自分はやっぱりそうなんだと認識するのは辛い。しかし、働けなくなって1年。もうそろそろ認める時期になってるのかもしれない。働くというのが健常だってわけじゃないけども、それが難しかった自分はそんな風なハンデを持っていると言うことが今後の人生において楽なのかもしれない。自分もままならない人生を送っている。だからこそままならなさを認めるのが楽になる一歩なのかもしれない。

 友人が「お前がおかしいと思ったことは一度もない」と前に言ってくれた。それが嬉しかった。おかしいとおかしくないの境界線は一体どこにあるのだろう?そして一体自分はどこに立っているのだろう。わからない。自分がどこに立っているのかも。

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短編小説『私じゃ、魔女になれない』

電車が走る度に揺れる喫茶店の中で、私はアイスコーヒーを飲んでいた。身体を冷やすのはよくないと言っていたのは誰だっけな、私の母か、それとも佐藤江梨子か。多分、佐藤江梨子だな。多分、そう。佐藤江梨子がなんかそんなことを言っていた気がする。

私の母ならこう言う。

「アイスコーヒー?身体が冷える?なにそれ?そんなことより飲むと寝れなくなっちゃうわよ」

多分こうだ。

そして佐藤江梨子に多大なる信頼を抱いているわけではないので、私はアイスコーヒーを飲んでいる。身体をめちゃくちゃに冷やしまくっている。疲れた身体にはアイスコーヒーが一番いい。と言ってもアイスコーヒーが好きなわけじゃ無い。ガムシロップの味が好きなのだ。私はコーヒーに混ぜ合わせて下の方にたまるガムシロップが好きなのだ。

そんな話はどうだっていい。私の話はどうでもいい。私の目の前には魔法のステッキがあって、私はそれをどうするか悩んでいる。

茶店に入る、15分前、道端で拾った魔法のステッキ。

魔法のステッキだと一目見てわかったのは、子供番組にでてきそうな星が先端についた白っぽいステッキだったからだ。私はうわー懐かしーと思って、大人げなくそれを拾って、誰も見ていないのを確認して振ってみたら、私の服が一気にゴスロリに変化して、うわ、魔女になってしまったやんか。と思ってしまった。

営業の外回りの途中なのに、魔女に私はなってしまった。

スーツに戻らない限りは外回りも継続できないので、喫茶店に入っている。私の服は依然としてゴスロリのままだ。

27歳女性が今、ゴスロリの格好で、喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいる。目の前には魔法のステッキ。ああ、なんてことだ。こんなのを見たら母はどういうだろうか。

「あ、なんか、イメチェン?それはそれとして、今日の晩ご飯はコロッケよ」

多分、これくらいだ。私の母は、こういう感じだったことを思い出していた。

佐藤江梨子だったら私のこと心配してくれるだろうか。いや、佐藤江梨子は私のことなんて知らない。私が佐藤江梨子のことを一方的に知っているだけだし、佐藤江梨子に挨拶しても、グラビア界の後輩が挨拶に来ただけだと思われるし、というかゴスロリで挨拶ってなんだよ、キャラが濃いとか影で言われるんだ多分。私はどちらにせよ、詰んでいる。

こんなことならば、ステッキなんて拾うんじゃなかった。そして振るんじゃ無かった。

外回りの途中で、ステッキなんて見つけるんじゃ無かった。服がゴスロリに変わるなんて。ゴスロリだ。黒のゴスロリ服だ。ゴシックロリータだ。せめてもの救いはロリータ服じゃなかったことだけだ。でも、それも小さな差異だ。月曜日の15時に、ゴスロリになろうが、ロリータになろうが、それはどちらでもいいことだ。差異なのだ。問題はいつスーツに戻れるかなのだ。後、2件回らなければいけないのに、私はどうすればいいのだろうか。

とりあえず、会社に電話をすべきか、いや、いつ服が元に戻るかわからない。しかし、戻る気配は今のところ0だ。というか会社に電話って何を伝えたらいいんだ。

「すいません。ステッキを振ったらゴスロリになっちゃったんですけども」

「はあ?もう二度と会社に来なくていいよ」

OK、余裕。何にも伝えることができない。

まあ、順当に行って会社への説明は「高熱が突如出た」になるだろう。それだ。それで乗り越えよう。というか今、会社がどうのこうのなんて、関係ない。ステッキを振ったら私の服がスーツからゴスロリに替わってしまったという方がやばい。人生を揺るがしかねない事態に今巻き込まれていることをもっと自覚した方がいい。

からんと音をたてて、氷が溶ける。わかりやすい時間経過。時間は経てども経てども未だにゴスロリのまま。

しかしゴスロリを着てみたら、なんていうか息苦しいし暑い。そして、何より周りの目線が怖い。こんな服初めて着たのだ。こんな服これまで着たこと無かった。着ようという選択肢がなかった。しかし、今日は着ている。ステッキを振ったからね。

どうしよう。私、この先もずっとゴスロリなのかな。ここでえーんと泣けば、魔法は溶けるのだろうか。

というか、この服は脱げるのだろうか。魔法で着せられた服は着脱可能なのだろうか。

私は、お手洗いに行く。がたんがたんと電車が通る音。喫茶店が揺れる。

お手洗いの中で、少しだけゴスロリ服が脱げるか、試してみるけども、服と皮膚がくっついていることを確認して、ははーん、魔法やなこれはとなって、席に戻って、私はえーんと泣く。

えーん、えーんと泣いていたら、店員さんがやってきて、紙ナプキンを一枚置いてくれた。ありがとう店員さん。

端から見れば、ゴスロリ女が泣いている状況。これはただのメンヘラだぜ。どうしたもんだぜ。

くっそ。ステッキさえ振らなければ。しかしあのときは、どうかしていたのだった。仕事のストレスが私を一時の童心に帰らせたのだった。ステッキ振ってえい。しゅばばばーんと服がゴスロリに。返してよ、私のスーツ。

しかし、どうしたものか。どうしたものか。どうしたらいいのか。私にはわからない。

とりあえず、iPhoneのインカメラで自分の姿を確認してみる。

着慣れていない感が凄まじい。

はあとため息をついて、またえーんえーんと泣いてみる。また店員がやってきて、紙ナプキンを一枚。そして、これはサービスですとコーヒーのお代わりをついでくれた。

ありがとう店員さん。この喫茶店をひいきにするよ。

しかしまあ、どうしようと思っていると、私の持っていた鞄ががさがさと揺れるのを確認。この展開は、あれだなと思う。魔法のステッキを振って、こうなったってことは、そういうことだろうなと思う。

そう思って、鞄を開けると、そこには猫のぬいぐるみが入っている。入れたはずのない猫のぬいぐるみが入っている。

そして猫のぬいぐるみが喋りだす。

「選ばれし魔法少女よ!世界を救うのだ」

あーきたきた。そういう展開ね。あー。もうばちくそにめんどくさい展開やんけ。

私はとりあえず鞄を閉める。

鞄ががさごそ動くけども、気にしない。もう私は、これ以上めんどくさいことにまきこまれたくないのだ。

大変だった就活を経て、入った会社で慣れない営業を延々とやってきて、彼氏にはフラれ、最近はなんで生きてるの私ってなってたよ。確かになっていたよ。

でも、さあ、現状が嫌だってのはずっと言っていたけども、魔女になりたいってわけじゃないじゃん。現状否定して次の一手が魔女なわけないじゃん。

鞄は相変わらずがさがさ動くので、鞄に蹴りを入れる。

私はため息をついて、コーヒーを飲む。ガムシロップを入れ忘れたので、ただ苦いだけであって、後悔をする。

すると頭の中に声が響き始めた。

<聞こえますか・・・私の声が聞こえますか・・・>

聞こえません。

私はイヤホンをする。音楽でも聞こう。システム・オブ・ア・ダウンくらいラウドってたら、大丈夫だろ。

音楽を再生。

<あっ、ちょっと、うるさいですね・・・あの・・・本当・・・大事なことなので・・・静かにしてもらえたら・・・>

システム・オブ・ア・ダウンをさらに大音量で流す。私の耳VS頭の中に鳴り響く声。

<あの・・・本当・・・聞いて・・・まじで・・・頼みます・・・>

頑張れシステム・オブ・ア・ダウン。私はこれ以上やっかい事を引き受けたくないのだ。

<あの・・・まずいことになったのです・・・世界が・・・このままでは・・・壊れてしまうのです・・・>

しるか。世界なんて壊れてしまえばいい。

勝手に人にゴスロリ服を着せて、何が選定だ馬鹿野郎。

と、システム・オブ・ア・ダウンを聴きながら、アイスコーヒーを飲む。

<あの!!!聞いてください!!!あの!!!佐藤江梨子が!!!佐藤江梨子が!!!>えっ、佐藤江梨子がなんだって?

私は思わず、頭の中で聞き返してしまった。

佐藤江梨子が悪の魔法使いにそそのかされてしまって、巨大化してこの世界を壊そうとしています!!>

はぁ?なんだそれと思ったのも束の間、喫茶店がずずーんという地響きの音ともに今までに感じたこと無い揺れを感じる。

その瞬間、鞄の中から、猫のぬいぐるみが飛び出してくる。

佐藤江梨子の攻撃が始まったにゃ!!」

そして、ステッキが私の手に吸い付く。はぁ?と思っているうちに、気がついたら足は喫茶店の外へ向かっている。走り出している。

人々がわーきゃー言いながら逃げ出している。その方向とは真逆に、走って行くと、巨大化した佐藤江梨子がビルとビルの隙間から見える。

佐藤江梨子はビルに向かって、張り手を繰り出す。何度も何度も繰り出す。ビルの中から叫び声が聞こえる。

気がついたら猫のぬいぐるみが私の周りをふわふわ浮いている。

「・・・・・・・・・・・・・・にゃ!・・・・・・・・・・・・にゃ!・・・・・・・・・・・・・・・・・にゃ!」

「えっなんて?」

猫の声が群衆の叫び声にかき消される。

「ステッキを拾ったのは偶然じゃないにゃ!魔法使いになる運命だったのにゃ!そのためにあそこに仕込んでおいたのにゃ!」

耳元で猫がでっかい声で言う。

あ、そうですか。

「で、どうするの?私、戦うの?」

「戦うにゃ!」

「無理でしょ。だって、巨大化した佐藤江梨子だよ。自衛隊に任せようよ」

「大丈夫にゃ!ステッキを佐藤江梨子にかざして、魔法の言葉を叫べば攻撃できるにゃ!」

「魔法の言葉?」

「ぱぴぷぺぷるるん、ぺるるん、ぽろろん。きるえむおーる。肉片になっちゃえにゃ!」「ぱぴぷぺ・・・?えっ?」

「最悪、肉片になっちゃえ-!だけでいいにゃ!」

「あ、わかりました」

私はステッキを巨大化した佐藤江梨子に向ける。

「えーと、肉片になっちゃえー」と気のない感じで言うと、ステッキの先の星が急速回転。ぐるるうるるるるる。ばびゅーんとビームが発射。

あららと思っているうちに、ビームは佐藤江梨子の右肩に着弾。右腕がその衝撃で、もげて、右腕が地上に落下。それと同時に、地上にあった車がぺっしゃんこ。ぴぃーぴぃーぴぃーと車の防犯ブザーが衝撃と共に鳴り響く。

右肩から血が噴き出した佐藤江梨子は「いってえええええ!」と叫ぶ。血が、あらゆる場所にまき散らされる。

当然、私のいる場所にも降りかかる。私は佐藤江梨子の血で血まみれゴスロリ27歳女性。

「あの、死んでないんだけども」

「そりゃそうにゃ!気もちが入ってないからにゃ!」

「気持ち?」

「そう!絶対殺すという意思にゃ!!」

「絶対殺すという意思?」

巨大化した佐藤江梨子を絶対に殺すという意思を持たないといけないみたいだった。

しかし、私にはそんなことできない。だって、佐藤江梨子は私に冷たいものを飲んじゃいけないって教えてくれた。そのほか、なんだろう、あ、キューティーハニーの実写版は評判悪いけども、私には面白かったとか、海老蔵の件はやっぱかわいそうだよねとか、いいからだしてまんなとか、そういうことが頭を過ぎる。

「あいつは、もう悪の魔法使いに乗っ取られた佐藤江梨子なのにゃ!昔のことは忘れて、改めてステッキをふるにゃ!」

猫がうるさい。

ふと、佐藤江梨子を見る。血を吹き出して、ビルにもたれかかる佐藤江梨子

そして、佐藤江梨子は体勢を直す。

そして私たちを絶対殺すという顔でこちらに向かってこようとしていた。

このままでは私は佐藤江梨子に殺される。

その瞬間、私の中に、覚悟が決まった。佐藤江梨子さん。ごめんなさい。でも、私はやるしかないんです。帰ったらまたキューティーハニーを見直すから!

「肉片になっちゃえーー!!」私は思いの丈を全て乗せて叫びながらステッキを振る。

その瞬間、きらっとステッキの先の星が光る。星が回転して、青空一杯に星座が広がる。

その星座はまたステッキの先の星に集約されて、そしてそこから放たれる真っ白なビーム。そのビームは佐藤江梨子の土手っ腹を打ち抜いて、後ろのビルに直撃。

佐藤江梨子は「わぁっ?わぁ?わぁあ?」と起こった出来事を理解できないようであった。その直後、佐藤江梨子の身体がぼこぼことふくれあがって、そして爆発した。

肉片と血液があたり周辺に飛び散る。

肉片と血液の雨の中、猫が私に語りかける。

「やったにゃ・・・でも、これは始まりにすぎないにゃ・・・奴らはまた世界を滅ぼそうとしてくるにゃ・・・」

猫はこれがはじまりだと言いたげであったけども、私の意識はもう別に移っている。私は佐藤江梨子の肉片と血液を浴びながら猫のぬいぐるみに聞く。

「ねえ、血まみれで最悪だから、このゴスロリ服を脱ぎたいんだけども、いつになったら脱げるの?」

「それは使命を果たした時にゃ」

くそかよ。

私は、猫に向かって、ステッキを振りかざす。

「肉片になっちゃえー」

星が回転して、空に星座が浮かび上がる。

そして光ってるあれがデネブアルタイルベガ。

光っている星々をつなげると星座が浮かび上がる。私はその星座を見ながらきれいだなと思ったのでした。

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