にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

どてらねこのまち子さん 第5話

どてらねこのまち子さん

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第5話

 "Halcyon and On and On."

 

 どてらねこのまち子さんはコロッケが好きなので、よく商店街の肉屋のコロッケを買うのです。
 「すいません。コロッケを3つください」とまち子さんが肉屋の主人に声をかけると肉屋の主人は人食いコロッケに襲われている最中でした。
 「痛いっ!痛いっ!!たすけっ!!たすけええええ!!」と肉屋の主人が叫びます。その声にはごぽごぽと言う音が聞こえます。気管に血液が逆流しているのです。
 店の奥から肉屋の主人が助けを請うように走ってきました。肉屋の主人の下あごは人食いコロッケに食いちぎられていて、穴ぼこになっていて、それは缶ジュースのプルトップのようでした。
 血液が目に入って視界が遮られていた肉屋の主人はディスプレイに突撃しました。ディスプレイが肉屋の主人の血で染まります。
 ころころころも。ころころころも。
 妙な鳴き声をまち子さんは耳にしました。
 まち子さんが鳴き声のする方に目をやると、ディスプレイの上に人食いコロッケが立っているではありませんか。
 ころころころも。ころころころも。
 人食いコロッケの確かな殺気を感じ取ったまち子さんは一歩、二歩と下がります。
 肉屋の主人はもはや叫び声を発することもできず、身体の部位が食いちぎられる度に「べっ、べっ、べっ、べっ」と息を漏らすことしかできなくなっていました。
 まち子さんは覚悟を決めて逃げようとしました。
 すると背後から「うぎゃああああ!」と叫び声がしました。
 振り向くと、後ろの24時間営業の中華料理店の店員がのたうち回っているではありませんか。
 そうです。人食い麻婆豆腐です。
 人食い麻婆豆腐が店員に襲いかかっていたのです。
 人食い麻婆豆腐はその粘りを活かして、店員の首と胴体を見事に分離させてしまいました。
 しせしせしせん。しせしせしせん。と呟きながら人食い麻婆豆腐は中華料理店の客に襲いかかりました。
 中華料理店の床は一気に血で染まりました。ただでさえ滑りやすい床が、もっと滑りやすくなってしまいました。
 「ひぃぃ!こいつは整体じゃねえ!脊髄引き抜きマンだ!!」
 肉屋の隣の整体から叫び声が聞こえて、その直後窓ガラスを首の無い人間の身体が突き破りました。
 その直後、ぴろりろりーんと音が鳴って整体の自動ドアが開きました。長い脊髄がぺろんとついた生首を持った脊髄引き抜きマンが出てきました。
 人食いコロッケに人食い麻婆豆腐に脊髄引き抜きマン。
 その3人が商店街の同時多発したのでした。
 これは世界的に見てもまれなことです。
 まち子さんはその3人にじりじりとおいつめられていました。
 ころころころも。ころころころも。
 しせしせしせん。しせしせしせん。
 脊髄引き抜きまーす。脊髄引き抜きまーす。
 3人の鳴き声がまち子さんを追い詰めます。
 肉屋、中華料理店、そして整体。
 それぞれをつなぎ合わせると三角形になる中、その中点にまち子さんは追い詰められて行ったのです。
 そのときでした。
 まち子さんの身体がぶわっと浮きました。
 そうです。3人の異常殺人者の殺気により、空気が圧縮され、一瞬のうちにはじけ飛んだのでした。
 そのパワーは皆様も知っての通り1人の異常殺人者が持つあの圧縮能力の三倍・・・ではありませんでした。三乗でした。
 まち子さんの身体は天高く高く高く飛ばされて行きました。
 「うわー」
 まち子さんの身体が上下逆さまになります。
 持っていた買い物かごも逆さまになってしまい、買った物が落ちていきます。
 「あっ、なすびが」
 買ったばかりのなすびも落ちていきます。紫色の皮が日光に照らされています。
 まち子さんの身体は空高く飛ばされていきました。
 でも、いつまでも飛び続けることはありません。
 そうです。地球には重力があるので、落ちてしまうのです。
 まち子さんは重力を感じ始めました。
 「うわー」
 まち子さんの身体が落ち始めました。
 しかし、安心してください。
 3人の殺人者が集まったせいで、まち子さんは成層圏ぎりぎりまで飛ばされていたのです。
 なので、すぐには落ちることはありません。
 まち子さんにとってこれが初めてのスカイダイビングになっていました。
 気持ちいい。まち子さんはそう感じたそうです。
 しかし、このままでは確実に落ちてしまいます。
 このままでは死んでしまう!
 その時でした。小粋なベースラインを奏でながら一機の戦闘機がまち子さんに近づいていました。
 戦闘機を操縦するのは、そうです、米軍随一のパイロットと言われたホークスでした。しかし、引退していた彼がなぜ・・・!
 ホークスは後のインタビューでこう答えています。
 「乗らなきゃいけないって感じたんだ。俺はそのとき、基地で若いガキどもの相手をしていたわけだけど。咄嗟にコクピットに乗り込んで、それからは一気に空に飛んだよ。ああ。勿論、許可なんか下りてない。でも、今は飛ばなきゃいけない。そう思ったんだ」
 ホークスはコクピットの上部開口を開けて叫びました。
 「まち子!ここに飛び込むんだ!」
 まち子さんは身体をうまく使って、コクピットに向かいました。
 そのときの様子をホークスはこう言っています。
 「まるで、アイアンマンのようだったよ。彼女は誰よりも鉄の心を持ってる。ああ。俺が保証するよ」
 まち子さんは見事に戦闘機のコクピットに入ることに成功しました。
 「ホークスさんありがとうございます」
 「いいってことよ!まち子!それよりもあれを見てみな!」
 とホークスが地上を指さしました。
 するとそこには富士山が今まさにラジオ体操第二を踊っている最中ではありませんか!
 その光景の美しいこと。なんてこと。
 富士山がラジオ体操第二を踊るのは江戸時代以来だと言われています。
 まち子さんもそんな風景を見ることができるなんて思ってもみませんでした。
 「ホークスさん。ありがとうございます」
 「いいってことよ。それよりもまち子。新年おめでとう」
 「ホークスさんこそ、あけましておめでとうございます」
 「あいかわらず堅え女だぜ!」
 ホークスの操縦する戦闘機が富士山の周りを旋回します。
 その戦闘機から出る飛行機雲はいつしかHappy new yearという字になっていました。

 

 「って夢を見たんだけども、これって1富士、2鷹、3なすびってことになるのかな」とまち子さんは私に聞きます。
 私は「うーん・・・」と答えるのを迷ってしまった。
 「そもそも、もう初夢じゃないからねえ・・・」と私はそう答えてコーヒーを啜った。喫茶店に飾られたカレンダーは1月15日の文字
 「そうだよねえ・・・」とまち子さんも嘆いて、ココアを啜った。
 「あちちち」とまち子さんは悲鳴をあげた。
 まち子さんは猫舌なのだ。

トリミング。

 金曜日に東京に戻ってきて、その足でカウンセリング受けて、過去を振り返って、終わって家に帰った途端に気持ちが一気にロウに入って、そのままずっと寝続けることしか出来なくなった。
 金曜日の夜から、日曜の夕方までほとんど寝ていた。起きていても、ぼんやりしているだけで、何の生産性のあることもできなくて、したくもなかった。
 多分、実家に戻っていたことの疲れがどっと出てしまったのと、過去を振り返ったことのダメージが一気に来て、何にもできなくなってしまったのだと思う。

 

 

 ただただ寝続けた。変な夢ばかり見た。
 僕が「不夜城」に出演している夢だった。あの昔の。金城武が出ていた映画だ。

でも夢の中の「不夜城」は似ても似つかなかった。

なぜなら僕が新宿のデリヘルの元締めの役だった。

でも、変な金に手を付けてしまって、暗殺者役のチューヤンに追いかけられるのだった。チューヤンめっちゃ怖かった。ナイフ捌きが超すげえの。

あのチューヤンを現実でも見てみたいと思うが、かなうことはない。
 早く文明よ、進化して。

 夢を映像化できる技術が生まれたらいいのにな。
 沢山ある映画よりも面白い映像がそこからは生まれる気がする。
 強引なストーリー展開とはっと驚くようなイメージの羅列。
 僕が書く物はまだ自分の夢にも勝っていない。まずは夢に勝ちたい。どんな風に勝ち負けをつけるのかわかんないけども。

 


 今回のカウンセリングでは中学生の頃までを振り返った。
 といってもどこまでが本当にあった過去なのかわからない。
 もう過去は僕の頭の中で都合よく生まれ変わっているのかもしれない。
 それでも、はき出した過去はどれもろくでもなくて、辛かった。
 辛い過去を背負っている人は山ほど居る。その人たちはどんな風に乗り越えれたのだろうか。
 過去をチャラにできるものを今に見つけたのだろうか。それを見つけなければ過去からは逃げることが出来なかったりするのだろうか。

 


 一番最初の記憶は2歳か3歳の頃に海遊館に行った記憶だ。
 その階段を降りている最中の記憶。
 僕は父親の背中におんぶされている。
 階段の踊り場にちょうどいる。暗い。
 登りの階段の奥の方に青く光る水槽が見える。
 それが最初に記憶だ。

 


 保育園で一番最初に思い出すことは自転車でドアに突っ込んでしまってドアのガラスを割ってしまった記憶だ。
 自転車の練習中だったのだ。まだコマを付けて自転車の練習をしていた。
 僕は叫んで逃げたけども、外に出ようとしたところで、だめだと思って引き返した。

 


 保育園の頃に人はいつか死ぬってことを知った記憶がある。
 そのとき僕は泣いて「死ぬのは嫌や、嫌や」と言った。
 母は「まだ死なないから大丈夫や」と言ったと思う。
 あれから20数年経つけどもまだ死んでいない。

 


 小学校の頃、女子にめちゃくちゃ嫌われていた。
 僕が移動したら女子が机ごと離れたこともあった。
 バスで隣の席になった女子が「うわー私の隣こいつやで~」と言っていた。
 過去になんでも原因を求めるのは良くないけども、基本的な女性怖いはこの辺で作られたのかもしれない。

 


 いじめられてもいた。よくちょっかいを受けていた。
 今となっては当時のことをうまく思い出せない。
 でも、最終的には怒って椅子を投げた。
 椅子は人に当たらなかった。それで良かったと思う。

 


 他にも父親の実家の酒屋が倒産したのを聞かされた父親が号泣した夏休みの日のこととか、ピンポンダッシュに間違えられて知らないおじさんにめちゃくちゃ怒られかけた日のこととか。
 そんなことを思い出す。

 


 いろんな習い事をした。全部うまくいかなかった。
 水泳、習字、剣道。どれもうまくいかなかった。
 水泳は早く泳ぐことができなかった。
 習字は所謂太い筆の時はうまく書けるんだけども、それ以外は最悪だった。
 剣道は僕の状況を見かねた母が強制的に近くの道場にぶち込んだ。 全く向いていなくて、全然うまくならなかった。
 行くのが本当に嫌だった。

 

 

 過去に原因を求めるのはよくない。みんな過去を乗り越えているのだ。
 それでも、改めて思い返すと過去がぎっしり心に染みついている。 辛かったことも沢山染みついていて、でも、その辛かったから出来上がった自分もいる。
 27歳になって改めて見つめた大人になる前の子どもの自分の姿はあまりに不格好で、直視に堪えない。
 思い出した日は辛くて仕方なかった。けども、あれがあったからつかみ取れたものもあったはずで。
 全てを否定してはだめだ。
 だから、染みついている心の癖だけ洗い流せたらいい。

 


 辛かったことばっかり人生で思い出してしまうけども、本当はそうじゃない。
 辛かったことばっかりじゃない。
 楽しかったことも沢山、あったはずだ。多分。
 それがあったからここまでやってこれたはずだ。
 そんなことを思い出していきたいし、それが自分を作ったはずなんだ。
 だから染みついたものは全て消し去って、自分を作った楽しい思い出だけを振り返って生きていけたらと思う。

 


 楽しい思い出を一緒に作ってくれた友達の皆さん、今はどうしていますか。
 僕はサニーデイサービスの青春狂想曲でいうところの「こっちはこうさどうにもならんよ」って感じですけども。
 多分みんなも「こっちはこうさどうにもならんよ」ってかもしれないけども、それでもまた会えたらいいなと思う。
 今まであったみんなとピクニックができたらいいのにと思う。
 公園に集まってご飯を食べて、お酒を飲んで、フリスビーを飛ばしたりして、僕はみんなに感謝を言う。
 でも、そんなことは叶わないから、なるべくみんなと、それぞれに会いに行かないといけない。
 そんなときに、ちゃんとした顔で会いに行けるようにも、俺は頑張らなきゃいけない。

 できる範囲でいいから毎日を生き続けなきゃいけない。

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『牯嶺街少年殺人事件』を見た!

「クーリンチェ少年殺人事件」を見た。

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 クーリンチェ少年殺人事件である。とにかくあのクーリンチェ少年殺人事件である。
 映画本をある程度読んだりしていると、必ず「名画」として紹介されるあのクーリンチェ少年殺人事件。
 でも長らく権利関係によりディスク化されておらず見るには市場になぜか出回っているBSで放送された録画版を見るしか、海外版を買うしかなかったなかったあの映画。
 しかし、ついに1年前、あの名画がリバイバル上映されるようになった。しかもマーティン・スコセッシ監督主導による4Kデジタルリマスター版で。
 私は当然のように「見たい!見たい!見たい!」と唸ったが、当時はあまりにも忙しすぎた。4時間の映画を見る余裕が当時の生活には無かった。
 そうしているうちに上映は終わった・・・ように思えた。
 しかし結構ありとあらゆる映画館でやっているようなのだ。
 そしてそのたびに「うわー見に行きたい!」となりつつも、2017年の私は体調不良のために見に行けなかった。(体調不良の話が多くてすいません。どうしても今の私と体調不良は不可分なもので・・・)
 2018年始まり、実家に戻っていると京都に新しく出来た出町座という映画館で「クーリンチェ少年殺人事件」がかかるというではないか。
 私はクーリンチェ少年殺人事件を見るため、じっくりと睡眠を取り、外出をせず、とにかくこの4時間の映画に備えたのだった。
 で、やっと見た。クーリンチェ少年殺人事件。
 見終わった瞬間は登山を終えた時のような気分になった。
 なにせ4時間である。
 とにかく見終わって数日は4時間の映画を咀嚼するので精一杯だった。
 面白い、面白くないという映画の原始的な感想は元よりも、とにかく遂に見てしまったという気持ちが先だったのだった。
 数日経って、自分の中でクーリンチェ少年殺人事件というのはこういう映画だったのではないかというのがおぼろげであるけども見えてきた。

 

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 この映画は61年に台北で実際に起きた事件に着想を得ているとのこと。
 14歳の少年がガールフレンドを殺してしまったというその事件。
 その事件が起きた場所が「クーリンチェ」である。
 言うてしまえば少年が大好きだった彼女をふとしたきっかけで殺してしまったという今でもたまに見かける愛憎系事件である。
 しかしエドワード・ヤン監督はこの3面記事的な事件(といっても台湾で始めて起きた未成年による殺人事件なので、当時としてはとても衝撃的だったものなのは想像がつく)を「4時間」かけて描く。

 物語は主人公の小四(シャオスー)が中学受験を失敗し、夜間部に入学が決まるところから始まる。
 そして小四が映画スタジオに忍び込んで、突発的に「懐中電灯」を盗むところを描く。ボーイ・ミーツ・ガールはまだ先だ。
 その後、小四の周囲の不良グループの小競り合いが描かれる。
 常に充満している暴力の気配。
 賭けビリヤード。レンガで殴られる子ども。カンニングをさせろとせがむ同級生。ボーイ・ミーツ・ガールはまだ先。
 時間を取って小四とその周囲の環境が描かれる。
 冒頭に表示される字幕には当時の台湾の状況が書かれる。
 中国から渡ってきた外省人と呼ばれる人々と台湾に元々いた内省人との対立。時代に翻弄される大人たちの不穏な空気は子どもたちに伝播していったことも。

 小四が小明(シャオミン)に出会うころには小四の暮らす世界の息苦しさをすっかり私たちは堪能している。生きづらい。誠に生きづらい。(個人的には男子学生のきりきりとした争いに中学~高校を思い出した。生きづらかった~!)
 小四は小明と出会うのは保健室だ。2人はひょんなことから授業をさぼって出歩く。まるでデートのようでほほえましい。
 でも、その瞬間にも遠くの方で軍隊の演習は行われているし、小四は別の不良グループから小明に手を出したと絡まれる。

 小明を巡って二つのグループが争いになったことがわかる。小明は遠くへ消えた不良グループのボスのハニーのことをまだ思い続けている。小四はそのことに気がついていてとても心苦しい。

 学校には転校生がやってくる。別の学校でほかの子どもを切りつけたと噂になっているやつだ。
 そいつと仲良くなる。そいつは言う「日本刀は家の屋根裏から見つけたんだ。お前の家の屋根裏にもあるかもしれないぜ」
 こういった武器は日本統治下の名残だ。


 不良グループの争いの末にある悲劇が起こる。
 小四は小明に言う。「僕が君を救ってあげる。僕はずっと君の友達だ」
 小明は「世界は変わらない」と言って離れる。

 

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 4時間かけて描かれるのは小四と小明が出会い、そしてその関係が次第に変化し、そして殺害に至るまでの物語だ。
 その殺人事件は概要だけ取り出せばただの男女の痴情のもつれと処理される物だ。
 でも、この映画はそうじゃないってことを伝える。
 この殺人事件はそう簡単に処理していいものなんかじゃないと伝える。
 殺人事件が起こるまでには小四と小明の関係があって、その周囲には子どもたちの関係があって、そのさらに周囲には大人たちがいて、その周囲には国家があって、そして世界がある。
 殺人事件が起こるまでにマクロがミクロに影響していくのを4時間かけて描いた物語なのだ。


 エドワード・ヤン監督は1961年の台北に観客をたたき落とす。
 あの時代の台北を映像だけでなく皮膚感覚で伝えてくる。
 といっても映像はいわゆるドキュメンタリータッチなんかではない。いわゆる手持ちカメラで撮られたようなシーンはほぼない。
 どのシーンもまるで絵画のような構図と、極端に明暗が表現された光設計で描かれる。
 説明的な台詞はほぼなく、我々は膨大な数の人間関係も状況も全て目の前の映像からくみ取るしかない。
 その一方で物語を語る際、省略が多様される。
 説明もされず、省略も多様されるので一瞬も気を抜けない。
 私たちは必死に映像から情報を取りだそうとしなければいけない。
 その結果であるけども、私は1961年の台湾にいたような気分になった。あの世界に4時間いたような、もしくは1年間いたようなそんな気分になった。
 でも、ただいただけだ。手出しはできない。

 人々の姿は極端な引きで描かれる。
 小四と小明がとてもパーソナルな話をしているときでさえ、残酷なまでに周囲にいる人々の動きも描く。
 帰宅の準備をする購買のお姉さん。移動する生徒たち。木々の動き。風の流れ。それがとてもパーソナルな会話をする彼らの周囲で蠢いている。
 それを私たちは見るしかできない。
 どこへ行っても二人きりになんかなれない彼らの姿を見ることしか出来ない。
 いつだって世界がずっとそばにいる。

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 後半明らかになるのは小明ファムファタールっぷりだ。
 いかに彼女が周囲の人々を惑わせてきたかの姿が徐々に明らかになる。
 彼女の依存体質も、彼女の真の姿も。
 いや、ずっと小明はそのままの、本来の彼女の姿でいたのだ。
 でも、誰もかも、向き合おうとはしなかった。
 いや向き合えなかった。
 本当の意味で、彼女を救えるものはいなかったのだ。


 彼らを取り巻く世界はまるで劇中に出てくる暗闇のようだ。
 1961年の台湾は誰も彼もが疲れ切っている。
 大人たちは暗闇の中でもがき、暗闇からなんとか這い出ようとするが、暗闇は色濃くて抜け出すことができない。
 大人たちは子どもたちに暗闇を切り開くことを託す。
 大人たちでも切り開けなかった暗闇なのに。
 子どもたちははその暗闇を懐中電灯のわずかな光だけで進んでいく。
 でも、小四は文字通りのその光を手放して、武器を持つ。
 その武器はあの戦争の名残だ。


 小四は小明に言う。
 「君のことを全部知っているよ。でもいいんだ、僕だけが君を救うことができる。君には僕だけだ」
 悲痛な小四の言葉に小明にこう返す。

 「あなたも他の人と同じ。優しくするのは私の愛が欲しいからね。でも、私はこの世界と同じ。変わることはないわ」

 

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 もしあのとき、懐中電灯を手放さなかったら?
 小四はそれでも光を照らすことを諦めなかったら?
 もしくは、あの日に世界を変えることを諦めて姉の勧めを受けて救いを「宗教」に求めていたら?


 でもそんなこと誰にだってわからない。
 この世界の全てがまるでこの殺人事件のお膳立てをしていたように事件は起きる。
 あの戦争の名残りの刃物で小四は小明を刺す。
 その殺人事件は突然起こったように見える。
 でも、そうじゃないのだ。
 4時間かけて私たちは見てしまった。
 全てを。世界を。1961年の台湾を。内省人外省人の軋轢を。不良グループのいざこざを。子どもたちの争いを。友情を。家庭を。小明を。小四を。

 

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 劇中流れるエルビス・プレスリーの「Are You Lonesome Tonight?」の歌詞を引用したい。
 「君がそんなにつらいのなら 戻ってあげようか? だから言ってくれ 今夜は僕が恋しいと」
 映画を見た後では小四の悲痛な叫びに聞こえる。


 一つの殺人事件からその周囲の全て、そう文字通り全てはこの四時間の映画に刻み込まれた。
 全てのシーンがうっとりするほど美しくて、嫌になるほど悲痛で、もう二度と戻れない望郷の香りに包まれている。
 スクリーンに映し出された光と闇を一生忘れることはないだろう。

 映画が終わって、この日が2018年の1月であることを思い出したのは手に握った分厚いコートを見たからだ。あの4時間はあの明るい夏の日にいたのだ。

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最近思ったこと

 働けるようになるには5日間連続で動けるくらいには元気にならなきゃいけないわけだけども、今の現状の私は一日ちょっと外に出ただけで次の日は「苦しい、苦しい……」とのたうちまわる体調の悪さを見せていて、とてもじゃないけども5日間連続で働ける気がしない。

 

 

 先日、休職が長引いていることにメンタルがやられてしまって、いろんな休職を探そうと思って「休職 ブログ」で検索したら、出てくる出てくる沢山の休職体験談が。

 しかし「休職中は毎日ジムに通っていた」とか「休職中に求職をして新天地に行きました」とか、今の自分にはしっくりこないものばかりだった。

 そして、人には人それぞれの休職があって、人には人それぞれの人生があるんだなって当たり前の結論に至ってしまった。

 

 

 先日、疲れ果てすぎて怒りが抑えられなくなって駅のホームで読んでた本にスマホをがんがん叩きつけて、はっと我に返って読書を続けたけども、隣の人がずっとその後の僕をガン見。

 多分「隣にとんでもねえサイコパスいるやんけ…」となったんだと思う。申し訳ないことをしたと思う。

 

 

 二日間、家で横になり続けてる。苦しい、苦しいと唸り続けている。家族のためにご飯を作らなきゃいけなくて、でもずっと立っていられなかったから椅子を持ち込んで座りながらご飯を作った。

 作ったのはビーフストロガノフ。疲れ果てながら作った割には美味しかった。

 

 

 疲れ果てすぎるとなんにもできなくなる。映画も本も音楽も何もかもがしんどい。

 Huluで駅伝を見る事が出来ると知って、駅伝を再生した。でも映像は一切見ていない。

 アナウンサーが誰かが走っていることを実況していて、時々沿道からの歓声が聞こえる。

 

 27歳だけども駅伝をちゃんと見たことない。いろんなことを僕は知らない。相変わらず何にも知らない。色々知りたいと思う。知らないと生きていけない。

 

 

 年を跨いでから心細くなった。どんどん心細くなる。『勝手にふるえてろ』を見たら人と近づきたいけども怖くて近づけないってシーンがあって僕はわかるとなった。 

 他人は怖い。他人に嫌われるのが怖い。自分の心や願望をさらけ出して嫌われるのが本当に怖い。

 

 

 毎年言っているけども変わりたいと思って生きている。本当は変わりたい。自分の世界なんてインセプションの1シーンみたいにバキバキと変化していいと思ってる。

 もっと知らない自分になってみたいと思う。遠くの方まで自分を飛ばしてみて、思ってもみなかったような自分になって帰ってきたい。

 

 

 小説を褒められて嬉しかった。特に自分を切り売りしていない話で褒められたのが本当に嬉しい。

 自分の書くものも、自分からもっと遠くのことを書きたい。そのためにはやっぱり色々知ることや、想像力を遠くに飛ばす力が必要だ。

 筋肉をつけなければいけない。肉体的にも知力でも想像力でも。

 

 

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戌年のねこです。

 

 

 

少し怖い話『天井の人』

 私の家には天井に住んでいる人がいる。といっても私の家のいわゆる屋根裏に住んでいるとかそういう意味ではなく、実際に天井に住んでいるのだ。
 私がそれに気がついたのはこのワンルームに引っ越してから3ヶ月目のことで、仕事から帰ってきて疲れ果てベッドに寝転びながら、ふと天井を眺めていたら、半透明の逆さまの人影がゆらゆらと天井をさまよっていた。
 引っ越したワンルームの天井は結構高めで、その高さゆえの開放感が私は好きだったのだけども、まさか妙な人影が歩き回るとは思わなかった。
 その人影は天井をまるで「床」のようにして、天井をいったりきたりしていた。
 私はその異様な光景にぎょっとして、おびえもしたが、その人影が何をするでもなく、ゆらゆらしているだけであったので、しばらくはそれをじっと見ていた。
 するとその人影は電灯を切ったように、ばちんと消えていなくなった。
 しばらく天井を見ていたがその日は人影は現れなかった。


 それから人影は不定期に現れるようになった。
 突然現れては何をするでもなくゆらゆらと天井を歩くのだ。
 ぎょっとしていた私も、奇妙な同居人が出来たような気持ちにだんだんなって、人影が現れた時はちょっとほっとした気分にもなったものだ。
 人影は天井をゆらゆらと歩き回るのはたいてい1時間にも満たなかった。
 現れて、しばらく歩いて、ばちんと消える。
 その繰り返しだった。
 私に危害を加えるわけでもない。ただ歩くだけ。


 人影が現れてから半年が経った。その日、また突然人影が天井に現れた。私は仕事から帰ってきて、ご飯を食べている最中だった。
 現れても「またか」と思って、特に気にはとめていなかった。
 しかし、ふとその人影を見ているとあることに気がついた。
 足が天井から浮いていた。
 前は天井に足をぴったりつけて、うろうろしていたのに。
 その日も人影は天井をゆらゆらとしていた。ただ、足は天井につけずに。


 それから徐々に人影は天井から離れ続けている。徐々に徐々に。
 不思議な言い方になるが、人影は天井から浮いて本来の「床」に向かっている。徐々に近づいている。
 天井からはすっかり浮いてしまって、空の部分を逆さまの人影がゆらゆらとさまよっている。
 そして私はもう少しすると逆さまの人影の「顔」と向き合うことになるだろう。
 人影が天井にいるときは気がつかなかったんだけども、どうやらあの人影は口をぱくぱくさせているようだった。
 まるで苦しそうに。
 私はあの人影と正面から見合わせる前に、この部屋から引っ越そうかと思っている。
 駅からも近いし、コンビニも近いし、本当に便利だけども。
 何かあってからはまずいのだ。

 

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