にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

27歳男性、おててのしわを見てもらって一喜一憂

 昨日掲げていた目標のうち会社への書類提出を無事終えた私はそれだけで意気揚々としていた。なにせ数ヶ月ぶりに社会的なことができたのだ。この社会的な行動を行うまでにかなりの紆余曲折(書類を見失いふて寝をしてしまい1日潰す)があったが、社会的な行動を久し振りに行えたこと、それは褒めていこうではないか。ビバ私。ビバ社会的行動。

 

 

そんな社会的27歳男性が歩いていると偶然手相占いを見つけたので、普段なら素通りするがなんとなく今日に限っては気になったので見てもらうことにした。

 

「あららら!あなたの手相すごいですよ。あら1000人に一人ですよ」

とすごい手相を持っているらしく「強運ですよ。ほんと。凄い」

「これまでもいろんな事故を回避している」

「30歳からどんどん運気がよくなっていく」

とべた褒めでそれはもうふふふーんといい気になっていたのですが、「今年いい年じゃなかったですか?」と聞かれて、いや100%いい年ではなかっただろってと思い「いや、よくなくて、今、実は休職してまして…」と言ったらその後「もうね、いろんなところ受けた方がいい」「ピンときたところ、どこでも行った方がいい」「とにかく行動あるのみだから」とどうやら「休職」ではなく「求職」だと思われていたらしく、めちゃくちゃ転職指南をされてしまった。

ただ、クリエイティブなことが向いているとか後々あなたは独り立ちをするとか、普通のところにいるとしんどいかも…と言われて「およよ…」となってしまった。

転職なのか…。と言っても全く見えないし…。

その前に復職だし…。と迷いは尽きない。

 

あと29歳までに結婚した方がいいとのことです。もうすこしでもモテキが来るとのこと。まじか。夜明けのBEATをかける準備はできてるから、みんなで俺を担いで10年に一度のモテキ神輿やるぞ!今度は俺が誰かのモテキになるんだ!

 

 

 

「直感を信じて色々行動的になるのですよー」と言われたので、とりあえずやりたいことをやっていこう。

俺は自分に都合のいいオカルトは信じていく方なんだ。「おててのしわを見ただけで何がわかるというんですか?」な上岡龍太郎さんのようにオカルト嫌いにはなれないよ…。わしのような弱弱はおててのしわに頼るしかねえんじゃ。おててのしわが「よっしゃ!動いていけ!人生回していこうな!」っていうんならそれに頼らざるを得ない弱弱なんじゃ…。

 

 

とりあえず、やりたいことということで気になっていた文学フリマに一度行ってみようと思います。人生のレンジを広げていくぞ!うぉら!まだ見ぬ未来に進むぞ!

 

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ふて寝する27歳男性は未来に目を向けている。

「褒められたかったんじゃないですか?」とカウンセラーに言われてハッとしてしまった。それから今感じてる悩みが全部そこに起因しているのだと気がついてそのあっさりさと馬鹿馬鹿しさに嫌になってしまった。

 

 

 先日、1回目のカウンセリングがあった。少しでもこれからの人生をよくしていきたい27歳男性としてはなにかを掴むために、そして自分というのを捉え直すためにカウンセリングに行ったのであった。

 

 しかし、カウンセリングが始まると私はどんどん思いもよらぬことを言ってしまって、もうぐちゃぐちゃの内面がどんどん出てしまった。

 そうしているうちに冒頭の発言になるのだ。

 涙が溢れそうになったがぐっとこらえて「そうですね」としか言えなかった。

 

 

 褒められてこなかったわけではないのに、なんでこんな気持ちが強いのだろうか。

 何をそんなに渇望しているんだろうか。って思ったけども渇望してるってことは乾ききっているんだろうよ。そこは否定しなくてもいいところだよ私よ。

 

 

 たまに作ったもの等を褒められたりするんだけども、それはなぜか自分のことのように思えなくて。なんか分離しているような気がする。

 色々な成功体験があったはずなのに、それも自分のことのように思えなくて、やっぱり分離している。

 

 この分離感は一体なんなのだろうかと思う。

 

 

 自己肯定感を司る部分が機能不全に陥っていて、その代わりの自己否定をする機能はガンガン動作しまくってるような。

 なんつうか、なんつうかだよなー。

 

 

 なんとなく虚無感がほにゃらかと漂っていて、それが無くなったらいいなと思うけども、当分はそんなこともないのかな。

 とりあえず人生を回せ回せ回せー!と自分に言い聞かせてみる。回せるかわかんないけども、言い聞かせるのはいいことだろう。多分。

 

 

 会社に出す書類を6畳の部屋で無くしてしまって泣きそうになった。

 いつもそうだ。大事なものを無くしてしまう。そういう病気でございと言われたらそうなんだけども、それでもどうすればいいかわけがわからなくなってふて寝をしてしまった。

 今回のふて寝をする27歳男性、はっきりいって惨敗。

 と選挙の後の麻原彰晃のコメントを引用したところで結局書類は見つかってないし、ただただ無力感が溜まる一方でございます。

 

 

 タマフルを聴いていたら日常の中に気持ち良さを作っていくことが大事って話が上がっていたのでこれは実践していきたいってことで明日したいこと。

 ・会社に提出する書類の作成と発送

 ・メンタルクリニックに提出する書類の作成と発送

 ・HHhHの続きを読む。

 

 というようなto doリストだ。

こういう風に可視化をすれば出来る出来てないがわかってよいのではなかろうか。えっへん。と人類が遙か前に気がついていることに今更気がついた私はそのことには目も向けず、遙か先の未来を見通す。

全ては日常のために。

日常こそが全て。生活こそが全て。

 

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離脱症状あばばばば

火曜日にメンタルクリニックに行く予定だったのが体まったく動かなくて、あーこれは無理だ無理だ無理ってなって「すいません予約を変更でお願いします」って頼んだら、木曜に変更になって「あ、はい、ありがとうございます」ってまた寝転んでから気がついたけども、抗うつ剤がその日で切れてしまっていたのだ。

木曜日の夕方までは抗うつ剤から無い状態で過ごしていたわけだけども、水曜の昼あたりからひどいことになっていた。
そもそも、ベース体がだるい上に、薬が切れた症状が体に襲いかかってきたのだ。
これを離脱症状っていうらしいんだけども、僕は離脱症状であばばばばばってなっていた。
具体的には手足のしびれたり、耳なりがきぃーんとしたり、体に力が入らなかったり、要するにやばい。
一番近い体の状態は高熱出た時のやつ。だから高熱出たと思って体温計ではかってみたけども平熱よりもちょっと低いくらいでなんだこれおいとなってしまった。

そして木曜日、メンタルクリニックに向かうために電車に1時間揺られていたのですが、地獄かと思った。辛すぎて目つきがやばくなっていたと思う。辛すぎて目つきがやばい小太り27歳男性、はっきりいって地獄。ヘルボーイ


というわけで薬を無事に処方して貰った僕はそのままぐいっと飲んで、5時間くらいしたらやっと収まってきて、なんとかなりました。
離脱症状めちゃくちゃ怖いので、薬は切らしちゃいけないなって。本当、うん、まじで。

 

 

 

そんな離脱症状に苦しんでる最中、相変わらず正常な反応ができないので図書館に行きました。
そこで2時間近くユリイカ大根仁特集号を読み込みました。
00年代の好きなドラマ三本がすいかと木更津キャッツアイそして大根仁監督のアキハバラ@DEEPなのです。
そのほかにもフジテレビの伝説的な深夜番組の「演技者。」やテレ東深夜の「湯けむりスナイパー」そしてテレ東ですら放送できなかった伝説のバラエティ番組「美しい男性!」と00年代はとにかく大根仁ワークスを追っかけていた気がします。
(といいつつも、多大な評価を受けている30ミニッツシリーズは見てなかったりなので、熱心とは言えませんが・・・)

 

美しい男性応援歌 #01 - YouTube

↑2009年の美しい男性より。

最高の映像がここにある。

 

 


そして2010年のモテキに「わぁーっ!」となって、2011年の映画モテキで心にぐさぐさきまくってほっぺたの内側を噛みすぎて血を出してしまったことも記憶に新しい。
愛の渦は先日閉館した京都の立成シネマの座椅子な座席でぐへーおもしれーとなりながら見たり、2015年は仕事始めたてで辛かった時期にバクマン。を見て心励まされたり。
あと二回ほど大根仁さんのイベント「テレビマンズ」にも行きました。
大学を卒業間近の時に大阪でやったテレビマンズでは相方の岡宗さんが急病で欠席したため、急遽大根仁ワークスを振り返る回になって、そこで爆音の中見た演技者。の「激情」最終回に圧倒されたりしたのでした。

 

なによりもここ何年もずっとずっと停滞しているような気になっているんだけども、その度に見返したのがドラマ『モテキ』の最終回の自転車のシーンだったのでした。

 

フジくんがイースタンユースの男子畢生危機一髪を聴きながら自転車を走らせて「今度は俺が誰かのモテキになるんだ!」と叫ぶ姿は自意識でぐるぐるしていた自分にも深く突き刺さって、俺もぐるぐるしてる場合じゃねえ!と何度も俺も自転車を漕いだわけです。

 

eastern youth - 男子畢生危機一髪 - YouTube

 

まだ停滞しているし、自意識もぐるぐるしっぱなしだけどもモテキのあれがなかったらもっとひどかった気がする。

「今度は俺が誰かのモテキになるんだー!」と叫ぶフジくんが俺の中で自転車をこぎながら叫んでくれるお陰でなんとかやれている気がします。

 

 

ユリイカを読んでいたらそんなことを沢山思い出してしまいました。
大根仁監督のブログも読みあさっていたなー。
世の中に溢れる面白いことを沢山知ったのは大根仁さん経由でした。
というわけで、なんつうか初心に戻ったような気分で、今は体力が落ちてるけども、あの頃みたいに夢中であれこれ摂取したい衝動が高まったのでした。
やってやるぞー。

 

と誓った次の日は金曜。
一日、体がだるくて寝てつぶしてしまう。
治ってほしいな。本当。まじで。

 

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「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」を見た!

 

「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」を見た!

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オークションで偶然競り落とした写真のネガを現像してみたら、どれもこれも傑作ばかりでおいおいこれを撮ったのは誰だよって調べたらヴィヴィアン・マイヤーというもう亡くなった元乳母の女性だった・・・!なぜこの女性は生前15万枚もの作品の撮りながらも一枚も世間に発表しなかったのか!そもそもこのヴィヴィアン・マイヤーという女性は一体どんな女性だったのか・・・!

 

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ヒップホップ用語でフックアップというものがありますが、いわゆる「お前のライブまじ最高、本当最高だからさ、今度俺の前座やってよ」みたいな先輩が後輩の引き抜いたり立てたりして後輩は感謝~としちゃうやつですが、この監督は偶然見つけた写真があまりに最高すぎたので「これを俺1人のものにしておくわけにはいかねえ!美術界!フックアップしろ!!」と頼むのですが美術界は「え~このヴィヴィアン・マイヤーってやつしらねえから無視っすわ」と拒否ったので「じゃあもう知らねえぞ!!」と監督は自身のブログに「偶然見つけた写真が大傑作だった件wwwwww」なんてタイトルでヴィヴィアン・マイヤーの写真を紹介したら世間は「やっべやっべ、なあ、展示会してくれや、一生一緒にいてくれや」って感じにニーズが高まって、展示会開いたら「過去最高に人が来ちゃいました~」と盛り上がるマイヤー熱。
というわけでブログのタイトルあたりに完全嘘を盛り込みつつも、この監督さんはヴィヴィアン・マイヤーのフックアップを見事にしちゃうわけです。


しかし、ここで強烈な不在となるのが、当の本人ヴィヴィアン・マイヤー。
ヴィヴィアン・マイヤーはいずこへ・・・?
と引っ張るまでもないことなので書きますが、ヴィヴィアン・マイヤーは既に亡くなっていたわけです。
というわけでここから監督は調べます。生前のヴィヴィアン・マイヤーってどんな人だったの?


どちゃくそ写真の才能があったヴィヴィアン・マイヤーは乳母であった!
というわけでかつてのお世話になっていた家族の元に行く。
口々に語るのは変な人であったというのだ。
自分の部屋は新聞紙でいっぱいにするわ、歩き方も変だわ、1人だけ30年前の格好をしているわ、髪型は変だわ。
そしてヴィヴィアン・マイヤーという女性はフランス人であると言いながら、実は生粋のニューヨーク生まれニューヨーク育ちであったことも判明する。
なんなのだこの人は!一体どうなってるんだ!

 

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そして映画が進むにつれて、彼女の生い立ちがさらに明らかになる。
なぜフランス人と名乗っていたか、そしてなぜ写真を発表しなかったのかも。
ここで、映画は感動的な盛り上がり方をする。
ヴィヴィアン・マイヤーは祖母がフランス人の女性であって、フランスにも二度訪れていたことがわかる。
そしてその現地の現像屋に写真の印刷を頼んでいたこともわかる。
そこで彼女は言っていた(ヴィヴィアン・マイヤーはかなりの収集癖があった女性であったため、メモ、レシート、新聞の切り抜きとため込んでいたがその中には自分の声の録音も残っていた)
「いい作品もあるので現像してほしい。つや消しでお願いしたいと」
ヴィヴィアンは闇雲に撮っていたわけではなく、彼女自身は自分の作品の価値をわかっていた。そして世間に作品として仕上げた上で発表しようと考えていたことがわかるのだ!
つまり監督がやっていることはヴィヴィアン・マイヤーの写真を現像し発表しているこの現状こそ生前ヴィヴィアン・マイヤーが望んでいたことだったのだ!!


アンビリバボーならば、ここで感動のBGMじゃーん!涙目の剛力彩芽どぉーん!設楽さんが「いやーこんなことってあるんだね~」で日村さん「そうだねー」でコンビ愛どーん!で盛り上がるわけですけども、ここから映画は思わぬ方向に向かう。

 

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それはヴィヴィアン・マイヤーの心の闇に迫っていくのだ。
かつて世話を受けた子供たちがヴィヴィアン・マイヤーから受けたひどいことが語られていく。
その中でヴィヴィアン・マイヤーが男性恐怖症を煩っていたこと、それから推測するにヴィヴィアン・マイヤーはかつて男性になにかひどいことをされたのではないかとも。

そして監督は晩年ヴィヴィアン・マイヤーが過ごしていた地域に行く。
晩年のヴィヴィアン・マイヤーはゴミを漁って生きていたと、道行く人に暴言を放っていたとも。

そしてかつて乳母に行っていた家族と偶然遭遇したときのことだった。
その家族は用事があったのでヴィヴィアンとすぐに離れようとした。そのときにヴィヴィアンは言うのだ。
「行かないで」と。

 

ヴィヴィアン・マイヤーとはどんな女性だったのだろうか。
彼女はあまりに強すぎる感受性を持った女性であったことがわかる。
そして病的な強迫性に支配されていたことも。
どこか壊れていたことも。
とても難しい女性だったことも。


僕はヴィヴィアン・マイヤーを人ごとのように思えない。
彼女のことを「変な人」と切り捨てることはできない。
それは自分のことを高く見積もっているのではなく、誰しもがヴィヴィアン・マイヤーのような人間であると思うからだ。
誰しもが「何か」輝ける才能を持っているとする。
その才能は人の心を打つことができる。
でも、それは日々の生活の中で、摩耗していきアピールをすることはできない。
もしその才能に自覚しながらも、世の中に出すことができないというのはどういった精神状態になるのだろうか。
ゆっくり肉をそぎ落とすという拷問があるけども、そんな気分だったんじゃないだろうか。
その一方で人は強すぎる感受性を摩耗していき削り落とすことでこの世界になんとか順応できるかもしれない。
生活や仕事に対応できるのかもしれない。
でも、それを削ることができず、といって世界と手を取り合ってはしゃぐこともできなかったら?
ヴィヴィアン・マイヤーは知性的な人間であると言われていた。
多分わかりすぎたのだろう。世界が見えすぎたのだろう。
自分の感受性じゃこの世は地獄だったのかもしれない。


晩年の孤独になった姿が叫び出したくなるほど胸をかきむしられるのは、誰しもがたどる終わりかもしれないからだ。
the pillowsのストレンジカメレオンの「僕と君の過ごしたページは破り去られ」て、誰も自分のことなんてわかってくれない。
「行かないで」と言ったのは言葉通りでもあり、私たちがそれぞれ思う「この世から1人にしないで」と強く願う強い気持ちなのだ。


映画は彼女撮った写真が今や全世界を回り続け、もう名も無い女性ではなくヴィヴィアン・マイヤーが写真家として確立した状況を映す。
ヴィヴィアンが訪れたフランスの小さな村でも展示会が開かれることになり、そこに訪れた人々はかつての自分の姿を見つけて喜ぶ。
写真集も発売されて、人々はヴィヴィアン・マイヤーの写真を見ることがいつでもできるようになった。
先日見たロロの「父母姉僕弟君」でいうところ、ヴィヴィアン・マイヤーがこの世に残したものは漂い続けて誰かの心をたたいたのだ。
だからヴィヴィアン・マイヤーがやったことなんて絶対に無駄なんていいたくない。
ヴィヴィアン・マイヤーの強すぎる感受性やその人生は撮った写真に刻まれて今なお誰かの心をノックし続けている。
それは強く感動的だ。

でも、やっぱり生きている時にヴィヴィアン・マイヤーは評価されたらと思う。
彼女のとげの中を進むしかなかったような人生を知った後では、彼女の人生がもっと幸せだったらとあったかもしれないもしもを考えてしまう。
でも、それはかなうことない。
そして多くの人々がとげに満ちた人生の果てに誰にも見つからず死んでしまうことを思うと、見つかったヴィヴィアン・マイヤーはとても幸せだったと思う。
でもやっぱり、生きているときにしか人間は幸せになれないんじゃないだろうか。

 

 

だから、僕にできることは何か素晴らしいものを見つけたときはそれを自分のできる限りのフックアップをすることなのかもしれない。
自分には「俺のステージに立てよ」なんて言えない、そもそもステージなんて持ってない。
でも、自分の声は誰かに届くかもしれないのでちょっとだけ大きな声で叫んでみる。
そういう風にして、少しでもつたなくともフックアップできればと思う。
生前少しの賞賛も得ることができなかったヴィヴィアン・マイヤーのことを考えたら、少しでも生きているうちに賞賛をあげていきたい。
死後評価して喜べるのは当の本人ではないのだ。

 

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短編小説『The victim』

部屋で私はただただ横になり続けていた。ぼんやりと床を見つめている。ほこりが床の数センチ上で舞う。少しの空気の流れに乗ってほこりがただよう。私がほこりに息を吹きかけてやるとほこりは舞い上がって、窓から差し込む陽の光に照らされて光ったが、陽の光に目を細めた瞬間どこに行ったかわからなくなって、また床を見つめることにした。
腕に埋め込まれているLEDディスプレイは「充電率27%」と青い文字で知らせる。
へそに挿した充電コードを指で弾きながら、こんなことならもっと長い充電コードでも買っておけばよかったと考えていた。
病院から貰った充電コードじゃ短すぎて、充電中は何もできやしない。
私は寝転がりながら、充電が溜まるのを待っている。今、27%ってことはあと3時間くらいかかるな。
あくびをする。今の時間で寝ていようかな。
せっかく三時間あるわけだし、映画でも見ようかな。いや、本でも読んだり、もしくは音楽聞いたり、勉強でもいいな。
やりたいことはやまほどあるけども、充電中はあんまり動かないでくださいねと言われてるのもあって、気持ちと行動の釣り合いが取れない。
そのうち、どうでもよくなって目を瞑った。

 


長い病名を告げられたのは今年の夏のことだった。
「なんか、むかしのスペインの将軍みたいな病名ですね」と私は冗談を言ったけども、医者は真面目な顔を崩さなかった。
風邪だと思っていた症状はあれよあれよとあちこちの科を移動させられた。
そして最終的に名医でございな顔をした医者とその医者がコーディネートしたんだろうなってのがわかる白色で統一した器具が揃っているのに妙にごてごてした印象を受ける大げさな雰囲気の科に回された。
そこで私は自分の病気が風邪ではなく、また別の病気であることを知った。

身体の機能を動かし続けるために毎日充電をし続けなければいけない奇妙な病気は世界中で徐々に広がっていて、テレビのドキュメンタリーでも何度か特集されていた。

そしてその病気にどうやら私はなったみたいだった。

かぶとまちさん、すぐに対処が必要です」と
その日のうちに手術が始まり、麻酔から目が覚めた私は腕にLEDディスプレイがつけられ、へそに充電ポートが加えられていた。

 


「とにかく、かぶとまちさんに覚えていて欲しいのはこれから充電を絶対に忘れないこと。充電さえしておけば、普通の生活は必ず送ることができるから」
いつまで、充電はし続けないといけないんですか?
「それはわからない。ただ、かぶとまちさんの頑張り次第になってきます。一緒に頑張りましょうね」

頑張り続けないといけないんですか?

「ええ。頑張るって言っても充電を切らさないようにするだけですよ。そのほかは今までと同じようにしててください」



先生が言うように私の病気は日常生活に充電が入るだけだ。
家に帰って、寝る前に充電コードをへそに挿して充電しながら寝て、外で充電が切れそうになったらモバイルバッテリーを使用して充電をすればいい。
「要はスマホにやってあげていることを自分の身体にしてあげるだけです」
医者が説明していたように、私はスマホを扱うように自分の身体も扱った。誰も電池が50%以下の状態でスマホを持ち歩きたくないのと同じで、私も電池が50%以下で外に出たくない。

 


充電はうまくいっていた。毎日欠かさず充電をして寝るし、モバイルバッテリーも持ち歩いていた。携帯を持ち歩くようになって充電をすることを日常的に意識するようになったように、私も日常的に自分の身体に充電を行うことを意識するようになっただけだ。

全ては万全だった。ただし充電という意味だけ。

 


その日は全てが上手くいかなかった。なにもかも上手くいかなかった。朝からミスばかりしていたし、その日は消費電力がなぜが多く充電のゲージもみるみる減っていき、私は何度か席を外して充電しなければいけなかった。
「ちょっといい?」と仕事が終わってから私は上司に捕まった。
あなたのことで話があるの、あなたを思ってのことなの。

 


二時間にも及ぶ上司からのお話会から解放された時、LEDディスプレイには25%の数字が光っていた。
これまで通りだったら家に帰るまでは持つはずだった。
でも、その日はどうしようもなかった。

 

"あなたが大変な状況ってはわかってるけども、それに対してあなたは感謝の気持ちって持ってるの?"

"あなたはそういう状況なんだからこそ人一倍頑張らなきゃいけないんじゃないの?"

"このままじゃあなた、本当にダメになるよ"

 

頭の中でリフレインする言葉をかき消すように駅の売店でお酒を買った。なるべく早く消えるようにアルコールの強いやつ。

「あの、この病気は身体の動作とリンクするからね。だからなるべくお酒は飲まないようにしてね」
医者が言っていた言葉が少し頭を漂ったけども、私はお酒を煽った。その瞬間、電車が通過していく。通過する電車の窓ガラスに映る私のLEDディスプレイの数字が24%に減った。

 


最寄りの駅にたどり着いた時には7%になっていた。でももうこのまま0%になってしまったらいいと思っていた。
私が今死んでしまったら、あの人はその後取り除けないような重荷を背負ってくれたりするのだろうか。
もう何を食べても味がしないような人生を送ってくれるのだろうか。
そう思うと死んでしまってもいいと思った。
でも、道を歩いていると途端に地面が沼に変わってしまったような気になった。
足は重たくて、視界は平行を保てない。
腕の数字は5%を切っていた。
LEDディスプレイから金切り音のような警報が聞こえ省電力モードに切り替えますと表示が出る。
その瞬間、視界がモノクロに変わる。
音も遠のく。私の鼓動だけが大きく聞こえた。
足が思うように動かなくなって、その場にへたり込んだ。
私は鞄の中から、モバイルバッテリーを出そうとする。
でも、突然面倒になって私は探すのをやめる。そして、うなだれる。
音も色もない世界なので少し心地がいい。

 


目が醒めると病院で、あまりのありふれた状況に泣きそうになってしまう。
名医は私に言う
「道端で倒れていたのを助けてもらったんですよ」
「充電が切れると本当死んでしまいますから、本当注意してくださいね」
「もっと自分を大事にして。ね、死んじゃだめですよ」
はい、わかりました。と言って病院を追い出される。
私が眠っている間にLEDディスプレイ関係がアップデートされていて、緊急通報モードが入っていることを知らされる。今まで入ってなかったのかよと思うけども、なにせあちら側もさぐりさぐりみたいだった。
でも私は使わないだろうなと思う。

 


会社から「数日間、休むように」と連絡があった私は床に寝転んでいる。
目を覚ましたとき、LEDディスプレイの表示は57%に変わっている。
喉が妙に乾くので水を飲もうと思い、動こうとするが充電ケーブルが短くて動けない。
だから、充電ケーブルを抜いて、水を飲みに行った。
水を飲みながら、ぼんやりしていた。
LEDディスプレイの表示は56%に切り替わっている。さっきの57%は低い方の57%だったか。呆れた気分が胸に広がる。
部屋に戻った私は充電ケーブルをへそに挿そうとするが、寸前でやめる。
その充電ケーブルを放り投げて、それから床に横になる。
ただ眠るだけ。刺さなくても死にはしないよ。
そう思ってるどこかで、このまま死んでしまってもいいのかと思っている。
でも、それはやっぱり嫌だとどこかで思いながらも、私は充電ケーブルを挿し直すことなくまた目を瞑った。

そうしてすぐに眠りに落ちた。

 

 

音が次第に遠くなっていく。

でも、それが夢のことなのか現実のことなのかわからない。

同じリズムで刻む心拍音が徐々に大きく聞こえ、その音に耳を傾ける。

その音が心地よくて、私は目を開けようとはしない。

 

 

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