29歳になって最初の日の朝は、両親の怒号から始まった。
実家に帰省中の私は今、リビングで日々、雑魚寝をしている。部屋がないのだ。狭い団地の中で、四人の大人が寝るスペースはあまりない。
朝のリビングで始まった喧嘩に目を覚ました私は、その喧嘩の理由も自ずと知ることになる。
父は膵臓癌を理由に今働いている場所から退職するように言い渡された。9月には退職になるという。それに先立って父はハローワークに行き、退職時の雇用保険がどれくらいの期間貰えるのか?と聞いたそうだ。
しかし想定していた期間よりも短い期間しか貰えないと言ったのがどうやら喧嘩の始まりだったらしい。
「そう言われたのだから仕方ないだろ」と父は言う。
しかし、そうやすやすと引き下がってはいけないのだ。お金のことはきちんとしなきゃいけないのだ。
私は起きてすぐに「じゃあ調べちゃる」と調べることにした。
先日『ニューヨーク公共図書館』という映画を見たときに、自主的に調べ物をするニューヨーカーの姿が頭にこびりついていたのだ。そして調べること、それが何よりの力になるとあの映画から教えてもらった気がしたのだ。
わからないことがあったら調べる。それが立ち向かう術になるはず。
というわけで厚生労働省が出しているPDF資料をじっと眺めながら、雇用保険に関するあれこれを調べた。1時間ほど調べて、結論が出た。
父がハローワークで言われたことは大間違いだった。雇用保険は想定通りの長い日数貰える。
「これこれこうだから、ちゃんと言えば雇用保険はこういう条件になるから、期間はこれくらいになるはず」と答えた。父は納得したみたいだった。
それから父は仕事に出かけていった。それを見送った後、頭が重たくなった。オーバーヒートしたみたいだった。
トム・ヨークの新曲が発表された。MOTHERLESS BROOKLYNというエドワード・ノートンが監督・脚本・主演を務める映画に使われる音楽だそうだ。それを聴きながら、私は横になった。頭がとにかく熱くて、しんどかった。
調べ物をしたということを、Twitterに書いたら友人から「総務向いているのでは?」とリプライがきた。
熱くなった頭を抱えながら、総務になりたいなと思った。そういう仕事が向いているのだったら、やってみたいと心から思った。
でも、1時間の調べ物で頭がオーバーヒートするような現状はなんとかしないといけない。
私はトム・ヨークの消え入りそうな声を聴きながら横になった。
なかなか寝付くことができず、時間がかかった。
夢を見た。起きたときには忘れているような夢だったけども、嫌な夢だったらしくて少し気分が悪かった。
私の29歳はこうして始まったのだった。