にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

ゲトったリズムで日常を刻んでいきたい。

最近、またもや睡眠のリズムが壊れてしまい、夜に起きて、朝にやっと寝るって生活になっている。
私は基本的には夜型人間であると思うけども、これは困ってしまって、なんせ世界は当たり前だけども朝型であるため、夜に起きたところでなんにもないのだ。
夜にはなんにもない。
今やインターネットがあるので、ある程度の享楽は手に入ることはあれど、やっぱり人間は外にでなきゃいけないと思うのだ。
少なくともこの2023年に生きている私は外に出てある程度、社会と接点を持ったり、人と喋ったり、映画を見たり、散歩をしたりしなきゃいけないと思う。
しかし、夜に生きる生活ではそれができることはない。
夜に起きてたって、なんにも得るものはない。
ちゃんと睡眠リズムを整えなければと思う。同時にめっちゃ寝すぎる状態もなんとかしたい。
医者に伝えると「父の死」のあれこれが体に来ているのかもね。と言われたりしたんだけども、にしても体への余波がすごい。
そんなにダメージ負っていたの?って思う。
そんなに疲れてたの?そんなにしんどかったの?そんなにまだ寝ちゃうの?となってしまう。
2023はさすがに社会復帰していきたい。もしくは社会復帰への階段を登っていきたい。静かなる日々の階段を登っていきたい。
そう思っているので、睡眠っていう人間の三大欲求かつ、人間の根幹を直していきたいと思うのです。
とはいえ、そう簡単に治らない。睡眠薬も処方をやめてしまい、手元にない。
というか寝ちゃうときはやまほどねてしまうし、夜に寝れないってのが大変なだけだから。
夜に寝る。朝に生きる。
その当たり前のリズム、手に入れていきたい。
ゲトったリズムで日常を刻んでいきたい。



最近、全然小説書けてないなって思う。
一応、ちょっとした文章というか、物語の断片みたいなものはその都度書いているんだけども、手応えが全然ないのだ。
「駄作を出す勇気」という言葉もありますが、やっぱり回避できるなら回避したい。
ちゃんと読み応えあるものを書きたい…と思う。だからハードルが高くなってかけていないというのもある。
駄目じゃんんか。
ハードル下げていきなさいよ。と一方の私は語りかけている。その通りだ。
漠然と大きな「小説を書きたい」って気持ちだけが日々大きくなっていて、実際作品にしようとすると、0から1、無から有を生み出すのが「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」とうなるほど難しいのであった。
毎回、どうやって生み出していたのだろうか。
毎回、それを忘れてしまうので、毎回辛い気持ちになってしまう。
小説を書けない!と座っていても仕方ないので、色々な作品を見たり聞いたり読んだりしている。
インプット大事やもんねえ。ってやっているんだけども、肝心のアウトプットが全然できない。
というか、何が書きたいのかもさっぱりだ。
「小説を書きたい」っていう初期衝動だけが何故かある。
ギターだったら、大きな音でがぎゃーんと鳴らしたいって気持ちだけはあるって感じ。
そういう作品を書いてみてもいいのかな。
そういう作品ってどんなのかわからないけども。


以前書いていた日記を再開したい気持ちもある。
ちょうど父が亡くなったあたりで止まってしまっていた。
ただ、自分は日記を書きすぎる傾向がある。
見た映画、ラジオ、ドラマ、音楽、ゲームの感想を細かく書く。
一方で、何を思ったかは希薄だ。
日々、なんにも思っていないのかもしれない。
何かを接種したときの反応だけを書いているのかもしれないと思ってしまい、ちょっとぞっとしてしまった。
私は中身のない人間…。
いや、中身のない人間じゃないだろう。でも中身っていうほどの中身が詰まっていないのかもしれない。
ジャム、いちごジャムが詰まっている程度。
32歳だからそんな卑下もしなくていいのではと思う。
いつだって身体を4つに引き裂かれるような、そんな心理状態で生きている気がする。


働いている友人がちゃんと仕事で辛いって話を見聞きするたびに、私がそんな状況から離れていることに申し訳無さを感じてしまう。
そんなこと感じなくていいはずなんだけども、どこかで自分だけ楽をしている、逃げ出してしまったと思う。
なんだかんだで働いていない期間もめっちゃ長くなってきた。
やべえと思う。
バイトとか見ちゃう。
無数の選択肢に、わけわかんなくなってしまう。
先日、友人に公的機関に相談するってのを教えてもらったけども、まだいけていない。
寝込みすぎて全然いけていない。
それでまた「うおーうわー」と凹み倒してしまっていた。
ちゃんとしていきてえ。もうちゃんとしていきてえのよ。


後輩から「自分をテーマにした小説を書いたらどうですか?」と言われた。
自分をテーマにした小説。
避けてきたものであったし、書いてもいい気持ちにならないだろうし、読み手もつかれるだろうし…と思ったので避けてきたけども、どうんなんだろう。面白いものになるんだろうか。
舞台の脚本は私小説的なものであったけども、それは舞台って空間に対しての対抗できる重さがある物語が自分の話だったからって話で、小説で自分の話を書くのはどうしたらいいかわからない。
でも、やってみたい気持ちもある。
なんていうか、面白くなってほしい。でも、気持ち悪いものにもなりそう。
そうなったらボツにします。
どうせボツにするかもしれないんだったら、書いてみるのもいいかもしれない。
なんにせよ私は、ずっとなにかをやってみたいと思っているのです。