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『Qアノンの正体/Q:INTO THE STORM』を見た!

『Qアノンの正体/Q:INTO THE STORM』を見た!HBO制作ドキュメンタリー。全6話。監督はカレン・ホーバック。エグゼクティブプロデューサーは『マネー・ショート』や『バイス』のアダム・マッケイ。

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あらすじ

陰謀論ネット掲示板で発信し続ける「Q」とその信奉者を追いかけるうちに、世界がとんでもないことになります。


"Qアノン"って言葉を聞いたことはありますでしょうか。どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。Qアノンという言葉は知らなくても今年1月に起こった合衆国議会議事堂に人々が襲撃した事件は知っているかもしれません。私の祖母はQアノンって言葉は知らなくても、その事件は知っていました。
でもなぜ、あんな事件が起きてしまったのでしょう?そしてその事件を起こした人々とされる「Qアノン」って一体どういう人達なのでしょう?
どうやら陰謀論にハマっている人たちみたいですが、なぜ陰謀論にハマっているというだけで、合衆国議会議事堂を襲撃するような事件を起こしたのでしょうか?

ドキュメンタリーシリーズ「Qアノンの正体/Q:INTO THE STORM」の取材が始まるのは2018年頃からと、事件が起きる3年前からです。
まだあんな事件が起きることも誰も知りません。それどころかまだ「Qアノン」は知る人ぞ知る…というか、ネット上にはたしかに存在しているけども、まだそれほど巨大な勢力ではありませんでした。
日本で言ってしまえば数年前におけるネトウヨ的な立ち位置と思っていただけるといいかもしれません。
ネトウヨも当初は2ちゃんねるの片隅から現れ始めました。
それと同じように「Qアノン」もアメリカのネット掲示板の片隅から現れました。
彼らは「Q」と呼ばれる投稿者からの投稿の信奉者でした。
「Q」は以下のような投稿を繰り返します。内容はリベラル層が人身売買に加担しているとか、トランプ大統領はそれに対抗するために出てきたヒーローだとか、そしてときが来れば、本当の悪は全員逮捕される、その日に備えるのだと言うのです。
それを意味深に書いてみたり、自身を政界の内通者のように振る舞ったり、もしくは挑発的だったり、暗号的であったり。
また「Q」ネット掲示板にそれを投稿をしていたわけですが、Qの投稿をまとめる、いわゆるまとめサイトが出てきたり、Qの投稿を解読するyoutuberが現れたりします。
着実に「Q」は力を増していきます。しかし正体はわからない。皆は推測します。誰が「Q」なのかと。
一人のyoutuberは「トランプ大統領がQだと思っている。いつか自分がQだと言う日を待っている」と。

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さて誰が「Q」なのか?それはドキュメンタリーを見ていただくのが一番だと思いますので、ここではその正体は伏せておきます。
「Q」の信奉者は「Q」はヒーローだとか、世界に真実を伝える人物だとか、そういう「素晴らしい人物」を想像していたわけですが、そんなことはないことだけをここに書いておきます。
現実的な着地は大抵どうしようもないのです。どうしようもなくて、しょうもないのです。
しかしどうしようもなくてしょうもない現実はやはり直視するのが辛いものです。
自分の人生は一生いいことなんて起きない、なんてことを直視すること、それはまた辛いものです。
そんなときに「こんな辛い世界なのは、悪いことをしている黒幕がいるからだ」と言った情報が目に飛び込んでくる。
それは一見どうしようもなく突拍子もない内容です。
でも、弱っているとき、頭が回っていないとき、そのどうしようもなく突拍子もない内容は、それゆえに強く入ってくるのです。
「あなたの人生がこんなことになっているのは、悪い奴らがいるからだ」と。


「Q」の正体、そして「Qアノン」の正体というものを期待して見始めると、思った以上に時間が割かれて戸惑うのが、海外の掲示板8chanの創始者と運営者への密着だったり、8chanがいかに発展したか?という話だったり、一見「Q」とは直接的には関係なく見える部分です。勿論、その掲示板に「Q」が書き込みをしているからですが、それでも直接的ではないように思えます。
でも、全てはつながっていくのです。(なんていい方も陰謀論的かもしれませんが)
それは何かといえば、勿論「Q」や「Qアノン」の正体にもですが、なぜトランプ大統領はあそこまで支持されたのか?その支持層になった人々とは?
ゲーマーズゲートと呼ばれる事件やインセルと呼ばれる人々。
それらが徐々に徐々につながっていき、オルタナ右翼、そしてQアノンへと流れていく。
ここらへんのよくわかるネット暗黒歴史講座は、私の大好きな木澤佐登志の『ダークウェブアンダーグラウンド』でも書かれていたことでした。あの本を読んだ方にはこのドキュメンタリーはおすすめですし、このドキュメンタリーが好きだった人にはこの本をおすすめです。


通底するのは現状対して満足をいっていない人々。もしくは「誰か」や「ある思想」に対して嫌悪を持っている人々は、ネットの中で自らの暗黒面を拡大していくことになっていく。もしくは「それが自らの正義」として、他者や他人種を平気で非難をしたり、ひどいときには実際の暴力に発展もしていくことになります。
ドキュメンタリー内でも「銃乱射事件」がネットで生配信されたことが取り上げられます。
そしてその犯人に対する賞賛の声が次々と書き込まれたことも。


8chanという掲示板が誕生するきっかけには、あの「ひろゆき」も関係があるということがわかります。
直接的ではないですが、まるでバタフライ効果のように間接的ですが。それでも「Q」が投稿をする場所に選んだネット掲示板の源流をたどればひろゆきがいたのです。
ネットは広く、でも狭い。
その狭さは更にアルゴリズムによってましていきます。
アルゴリズムで趣味趣向が分析された結果、ふとしたきっかけで大量のその情報が流れ込むことがある。
これは誰しも経験あるでしょう。あなたのyoutubeのトップには何が表示されていますか?
私は眠れない時によく見るヘッドスパマッサージ動画とアルコ&ピースや有吉さんのラジオの切り抜き、そしてRTA動画にlofi hiphopが大量に出てきます。ここから世界が広がるとは到底思えないようなラインナップですね。
でも、それを、アルゴリズムによる結果を、世界の真実だと思ってしまうこともある。
ドキュメンタリーで何度も聞く言葉にはこのようなものがありました。
「大手メディアは真実を隠している」
その結果、見るのが普通の人がカメラの前でなんの精査も調査もしていない偏見や憎悪に満ちた情報を垂れ流しにしている動画ってのはどうなのでしょう?

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「Qアノン」はトランプ大統領支持者だったわけですが、これは遠いアメリカだけの話ではありません。すでに影響はこの日本でも起きています。
2021年7月28日(水)放送『荻上チキ Session』でノンフィクションライターの渡辺一史さんは「津久井やまゆり園事件」を起こした植松死刑囚がいわゆる「Qアノン」的な陰謀論を信じていたこと、そしてトランプ大統領が自分に向けてメッセージを送ったということを本気で信じていたということが話されています。

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この特集では植松死刑囚が信じた「陰謀論」はもはや特別ではなくなっていることも伝えます。
新型コロナウィルス拡大で「陰謀論」を信じる人は大量に増加したのです。
ドキュメンタリーの第6話では、新型コロナウィルスで外に出られなくなった人々が普段よりも多くの時間をインターネットに費やすようになったこと、そして恐怖の答えを検索によって求めようとしたこと、そしてそれにより「陰謀論」に出会ったことを描きます。
こんな恐ろしいことが起きるなんて、何か理由があるんじゃないか?と思う人はコロナウィルスが生物兵器だという陰謀論に出会い、ああそうか!となったでしょう。
「マスク」をつけるのが嫌だと思っていた人は「マスクをつけなくていい理由」が書かれた「陰謀論」に出会い「やっぱり!」となったでしょう。
そのさなか、トランプ大統領は「Qアノン」が信じている陰謀論を平然と会見で述べるようになっていきました。ヘイトスピーチや科学的根拠のないこと。「Qアノン」はその会見を見て「やっぱり!」と信じていきます。トランプ大統領は支持を得ます。
新型コロナウィルスの感染拡大は「Qアノン」にとっても追い風となりました。
その最中にあったのが大統領選挙でした。
「私が敗北したとしたら、それは不正行為によってだ」
選挙の前にトランプ大統領はそう叫びます。その周囲で賛同の意を示す人々はQと書かれたTシャツを着ています。
陰謀論者たちは大きな力を持っていました。ネットの片隅から始まったそれは大きな大きなムーブメントになっていたのです。


勿論このドキュメンタリーの取材を始めた時にはこんなことになるなんて思わなかったでしょう。
陰謀論を信じる人々がこれほど増加し、国や世界を揺るがすことになるなんて思いもしなかったはずです。
しかし、同時にその中心をも長期の取材によって明らかにすることができたのです。
大いなる熱狂の中心。それがいかに空虚であるかを長期の取材は形作ることに成功するのです。
ある種の冷笑的な思想の人物に対し、明らかな怒りを抱いています。
そう思い通りにはさせないぞと、ラストカットには強いヒューマニズム的な怒りが込められているように思えます。


ヒューマニズムといえば、第5話では驚くような逃走劇もあります。
ドキュメンタリーとしてならば、取材対象者への過度な肩入れというのは避けるべきなのかもしれません。
しかし、それはそうだとしても、やれるのは自分だけだとなってからの、逃走劇には胸を打たれますし、作品として「超面白い場面」です。(ドキュメンタリー内で逃走劇を手伝うことになる、という点でNetflixドキュメンタリー『イカロス』も思い出しました。)
監督自らもリスクがあるその行動を取ったのはなぜでしょう。勿論、作品としてという理由もあるでしょう。でも、作品内で語っているように、そこにはヒューマニズム的な考えもあったはずです。「そこまでひどい目に合うのは見過ごせない」それは確かに人を救う理由になるのです。


同時に「陰謀論」にハマってしまった人たちも、多くはこの世界をよくするためだ。と正義であったり、良きこととして、それを信じ選択していたように思います。
陰謀論を信じていた人たちはむしろヒューマニズムにあふれていたと言っていいでしょう。
だから監督も陰謀論者も、それから私もあなたも、みんな近しい人間なのです。
誰かのために良きことをする。それは素晴らしい行為です。
でも、それが本当に良きことなのか。その行為をしていいのか。その良きことだと信じているものは本当に良きことなのか。
真偽を見極める目があればいいですけども、そんな目を持つのは正直難しい。
また絶対的な自信を自分に持つのもまた危険なことだと思うのです。
どうしたらいいだろう?と考えていた時に、思い出したのは大林宣彦監督がRHYMESTER宇多丸のウィークエンド・シャッフルに出演されていた際の「正義よりも正気を保て」という発言。
そしてその番組のパーソナリティでもあった宇多丸が所属するヒップホップクルーRHYMESTERの『The Choice Is Yours』でした。


www.youtube.com


先行きは不透明で不安なことは数多くあります。何が正しいかもわからない。そもそも白黒はっきりつけられるようなことじゃない。
続く上手くいかない人生に嫌になるときもあります。この先、いいことなんてないのかもって思うことも。
でも、というかだからこそ、正気を保ち続けたい。考え続けたい。わからないことはわからないとちゃんと思いたい。
その緊張感を持って、誰かのせいにするようなことも避けて、頑張り続けなきゃいけない。
それは辛い道のりだろうけども、その結果、悪い考えがエスカレートして、回り回って誰かを傷つけることになるのはもっと最悪で、それはヒューマニズムや信じていた良きことからは最も離れたことなんじゃないだろうかと私は思うのです。



60分×6話のドキュメンタリーでしたが、とにかく面白くて一気に見てしまいました。特に最後の2話は凄かった。それから日本語吹き替えがあったのがとても嬉しいかったですね。丁寧な吹き替えで、のめり込んで見れました。ドキュメンタリーは言葉数が多いので、吹き替えで言葉数を字幕よりもカバーできているのも強みだなーと見ながら思ったりしました。配信と丁寧な翻訳仕事をしたU-NEXTさんありがとうございます~ってことは伝えておきたい。なんせドキュメンタリーで吹き替えがつくなんて、それはめっちゃ嬉しいのよ。