にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

虚構日記2020年9月14日(月曜日)"ジェイコブス・ラダー"

この夏は結局ユニクロのオーバーサイズエアリズムコットンTシャツしか着ていない。

4色くらい買って、それを延々と着回し続けていた。

なんせ着心地が良すぎるし、オーバーサイズのTシャツが好みな私には願ったり叶ったりな状態だった。

もう夏は終わるが、もう1着くらい持っててもいいだろう、特に一番気に入ってる黒をもう1着買おうと思い、ユニクロに行くことにした。

 

 

疫病が発生してからユニクロの入り口では検温が行われている。

体温が高いとユニクロに入ることはできない。

私も勿論受けた。

体温計を当てられる。

しかし何度やってもエラーが出る。

身体のどの部位に体温計を当ててもエラーが出る。

店員さんは戸惑い、そして何度も何度も体温計をかざした。それでもエラーばかり出た。

しばらくやっていると、ようやく体温が表示された。

低体温だった。

水風呂と熱湯の中間くらいの温度だったから、これくらいの温度のお風呂がある銭湯はいいところだ。そういう銭湯に行きたい。

 

 

オーバーサイズTシャツを買って、喫茶店に入った。

その喫茶店はみんなが忘れ去ったような時代から残っていた。

同様に店内も過ぎ去った時代に取り残されたような時間が流れていた。

店内でタバコが吸えた。

そして客は誰も電子タバコを吸っていなかった。

客は新聞を読みながら紙巻きタバコを吸い、その吸殻をガラスの灰皿に押しつぶした。

黒い制服を着たウェイトレスは退屈そうに壁を眺めている。

壁には小さなキリストの十字架がかけられていた。

私はアイスコーヒーを飲む。私は懐かしい気分になった。

しかし、この店に来たことはなかったのだ。

何が懐かしい気持ちにさせるのだろう。

私はないはずのノスタルジアを追いかけているのかもしれなかった。

重い鐘の音が鳴る。

柱時計が昼間と夜の間の時間を指している。

柱時計は重い鐘の音を叫び続けた。

その重い鐘の音は何度も何度も鳴った。そしてどんどん重くなっていった。

重くなった鐘の音は壁になり、空気を支配した。耳には絶えず音が聞こえているはずだが、絶えず聞こえていて何が聞こえているかわからなくなっていた。

壁にかけられた十字架に縛られたキリストの手足から血が滲み始めていた。滲み出た血は地面に滴り落ちた。

新聞を読んでいる客は紙巻きタバコの吸殻をガラスの灰皿に押しつぶした。その新聞の文字はまるでピントがあっていないように全て滲んでいた。

キリストから滴り落ちた血は、次第に床を染め上げていった。

黒い制服を着たウェイトレスはその血を拭こうとも、動こうとしなかった。

ウェイトレスの顔は髪の毛で隠れていた。

右目が髪の毛の隙間から見えた気がした。その目は陶器のようだった。

しかし私が見ていると、その陶器の目はこちらを見た。

私はとっさに立ち上がった。会計をすませてこの店をでなければならない。

私は出入り口向かった。

その出入り口から強い光が差し込んだ。

あまりに強い光で外の風景は白飛びして全く見えなかった。

 

その光で私はやっと気がついた。

ユニクロのエラーを起こした検温。

滲んだ新聞。

紙巻きタバコ。

血を流したキリスト。

ウェイトレスの黒い制服。

そして時がとまった"ような"喫茶店

ようなじゃなかった。

本当に私の時間は止まっていたのだ。

 

黒い制服を着たウェイトレスが扉を開ける。

私は白い光に包まれていき、光になり、その光も最後は消え、そのあとには白い光も喫茶店も時間も私も、なにもかも全て元々なにも無かったように残らなかった。

 

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