にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

『キラー・メイズ』を見た!

『キラー・メイズ』を見た!

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(原題はDAVE MADE A MAZE)

やあ、みんな!デイブだよ!普段はちょっとした芸術家みたいなことをやってる30歳さ!とはいえ…あんまりちゃんと完成させたことはないんだけども…。でもやりたいことは沢山あるんだ!そりゃまず今やらなきゃいけないことは壊れたドアノブを直すことなんだけども…。でも!それよりも面白いアイデアがどんどん浮かんじゃうんだ!ってなわけで今は段ボールで迷路を作ったんだ!しかもアイデアが作ってるうちにどんどん浮かびに浮かんじゃって迷路もどんどん大きくなっちゃったんだ!でも…そのせいで、迷路の中で「迷子」になっちゃったんだ…えっ?出たらいいじゃないかって?待ってくれよ、迷路はどんどん大きくなっちゃったって言っただろ?もう出られないくらいに大きくなっちゃったんだよ!…え!?その声は彼女のアニーかい?やあ?アニー、あのリビングに見えるでかい段ボールの迷路があるだろ?そうさ、君が旅行に行ってる間に作ったんだけども…え?出たらいいじゃないかって?いや、迷子になっちゃって……よせよせ!アニー入ってきちゃだめだ!この迷路は見た目以上にとても大きいし、とても危険なんだよ!!


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保育園に行っていた頃、みんなで段ボールの迷路を作った。いつもの教室に段ボールの迷路を一日がかりで作って、最後にみんなでその迷路に入った。
段ボール迷路はいつもの教室にあるはずなのに、その迷路の中に入ると、とても中は大きくて広く感じた。
もちろんそれはあちらこちらに移動できたり、普段とは違う導線ゆえの錯覚だったんだけども、それでもあの段ボールの迷路に入ったときの広さへの感動は今でも覚えている。いつもの場所なのに、段ボールの迷路に入った瞬間にそこは全く違う場所になってしまったのだ。
映画の中に出てきた段ボールの迷路だと『アントマン&ワスプ』(2018)の冒頭、アントマンことスコット・ラングが自宅謹慎中に娘と遊ぶために家中に段ボールの迷路を作って遊ぶという楽しいシーンがあったことを思い出す。沢山お金がかかったシーンが出てくる『アントマン&ワスプ』だけども、一番妙にわくわくしたのはあの段ボールの迷路のシーンだった。
そんなわけで私は段ボール迷路が大好きだ。それは子供の時の思い出でもあるし、何よりどうやっても真面目になりようがない、どこか気の抜けたその存在感も愛おしく思えるからだ。
そんな段ボールの迷路だけで一本映画が作られたと聞いて、ずっと見たかった映画があった。それが『キラー・メイズ』(2018)だ。監督はビル・ワッターソン。この映画が初の監督作品だそうだ。

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さて、冒頭に書いたあらすじのように、この映画は芸術家のデイブが作った段ボールの迷路を探検するってのが主である。段ボールの迷路は家のリビングにあったから、デイブが中で「迷子」になってるって言われても、いやいやそんなわけないだろうって思うが、入ってみたらめちゃくちゃに中が広い。というか広すぎる。広すぎるし複雑すぎる。しかもどの部屋も凝りに凝っていて物凄い。すべてが段ボールでできている。思わずデイブめっちゃ作ってるじゃん。って思う。ただ、徐々におかしなことに気がつく。あれ、なんかあの折り紙の鶴、動いていない…?ってか生きてるじゃん!というか襲いかかってきたぞ!!どうなってんだよデイブ!!!その上、なんとトラップもあって、足元の罠を踏んだら斧がヒューンで、首がぽろり。その切り口からは大量の血が…と思ったら血の代わりに大量に吹き出すのは赤色の毛糸!!!どうなってんだよデイブ!!!
しかもその上、その迷路にはミノタウロスもいるのだ!襲いかかるミノタウロス!!だからどうなってんだよデイブ!!!

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この『キラー・メイズ』はとにかく全編通して出てくるこの段ボールの迷路がとにかく素敵なのだ。段ボールの迷路ってことで画面に出てくるものは本当に段ボールや紙で作っている。使った段ボールは30000平方フィートにも及ぶ…ってどれくらいの大きさ?ってことでまずは平方メートルに変換すると2787平方メートルになる。といってもさらにピンとこなくなったので畳の数で数えると1682.77畳になるとのこと。よくわかんないけども、私が住んでいた一人暮らしの家は6畳だったんだけども、あの家に段ボールを敷いていったらだいたい280軒必要ってことになる。超広すぎるよ!!!
めちゃくちゃ段ボールを使ってる段ボール超大作なんだけども、めちゃくちゃ使ってるだけあって、出てくる段ボールセットはどれもめちゃくちゃに素敵だ。とにかく一部屋一部屋物凄いアイデアと技術が詰め込まれている。この部屋を一つ一つ見るだけでもとても楽しい気持ちになれる。

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壁一面にトランプが貼られた部屋に。

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迷路の中に迷路がある部屋

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昔の遊園地によくあった、目の錯覚をつかった部屋に

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2001年宇宙の旅な部屋まである。

その上、この他にも大きいやつから細かいやつまでアイデアと技術がとにかく詰め放題の袋の如く詰め込まれている。
もうそんなに入れたらはちきれてしまうよ!と思うけども、実際うまく整理はされてない。でもとにかく詰め込むのだ。とうまく整えるよりもとにかく詰め込みまくっている姿勢は嫌いじゃないし、こういう造り手の姿勢ってそれこそ映画の魅力の一つではあるのよね…と最近思ったりしています。

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個人的に一番好きな部屋の、入ったらパペットになっちゃう部屋。しかもパペットになってしまったと自覚してしまう。登場人物が「このままパペットだったらどうしよう…」と悩むのが好き。あとこの部屋のオチも好き。

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スラムダンス映画祭で自身のキャラのパペットを操作しているミーラ・ロフィット・カンブハニさん。


しかも、これだけのセットを作り込んだのにも関わらず撮影のスタジオには2つのセットしか構築できる大きさが無かったそうで、一つのセットで撮影中、もう一つのセットを立てていたそう。というわけでセットの平均寿命は4時間だったそうな…儚い命…!!


しかし、ただ楽しいだけでは進まない。物語は少し切なさを帯びてくる。デイブと合流し、なんでこんな迷路を作ったんだ?という話になる。
デイブはいわゆるデスゲームがしたかったわけでも、この迷路で世界を見返したかったわけでもないのです。ただ作りたかったといいます。
デイブはもう30歳になってしまった。でも何も成し遂げていない。それどころか、親からも仕送りももらっている。まだ全然何もできていない。
だからただ作りたかったといいます。
しかしデイブの作った迷路はその作られていく過程で、デイブの自意識や無意識、そして想像力を飲み込んでしまい、なんど自己で拡大と成長を初めたのです。もうこのままではどうなってしまうかわからない。デイブの迷路を止めるしかない。
そのためにはデイブの迷路の中心にある心臓を壊すしか無い。と言います。
しかし、デイブは迷路の中心に心臓なんて作っていません。だって「壊すつもりがなかった」から。そしてもっと言えば「完成させる」ということを考えていなかったからです。
完成させてしまえば、全てが終わってしまう。
完成させたら、あとに待っているのは現実です。
使った道具は箱に戻して、ゴミを捨てて、何なら作ったものもしまい込まなければいけない。
作り続けているうちは楽しい時間が待っているのです。
でもそれは終わらない文化祭の前日を楽しみ続けるようなものです。
いつか作っているものは完成させなきゃいけないのです。
というわけでデイブは心臓を作り、中心に向かいます。中心にはどう向かうのか!なんと雑貨屋で買っていた刀を持ってきていたのだった!とことんぼんくらなデイブだけども、やっぱりどうしても嫌いになれないのは、私だってデイブ側の人間だからでした。

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デイブの想像力が爆発しすぎて、めちゃくちゃになっているこの迷路のように、映画の話運びも正直にスムーズかつ上手く行っているわけではありません。例えば、もう少し大人になりきれなかったデイブの成長譚として、確かなカタルシスをもたらすウェルメイドさがあれば人気のみんな大好きな映画になっていたかもしれません。
でも、過剰に詰め込みすぎてこの上手くいっていない感じがそれこそこのデイブの迷路のようでいいのではないかなとも思いました。
この出てくる迷路もウェス・アンダーソン的なドールハウスを覗き見るフェチ感で撮ってたりしたら、SNS上で人気な映画になってたかもだけども、そうじゃないのだと思います。これはやっぱり段ボールの迷路だし、そのフェチよりも迷路を一緒に四つん這いになって這いずり回るような泥臭さが似合っているような気もするからです。

デイブは心臓を作り、そして破壊することに成功します。その結果ついに迷路から脱出することに成功したのです。
でもこの迷路から脱出したあと、デイブたちは沢山ある段ボールの後片付けをし始めるのです。ここがとても良いなあと思いました。
長谷川町蔵さんと山崎まどかさんの名著『ヤングアダルトUSA』でアメリカは大人になりきれない国だからこそ、大人になるというテーマを何度も選ぶと書いてありました。これもまた大人になりきれない人々の物語でした。
あれやこれやと手を出すんじゃなく、ちゃんと一つのものを完成させる。そしてそれから後片付けをする。
大人になっていくことが良いことかはまだわかりません。私も30歳になろうとしているのに、悩んだりしています。でも、年は取り続けている。
いつまでも子供のままじゃいられないし、遊び場は下の世代に譲るべきなのです。


でも、大人になることは寂しいだけじゃない。後片付けをしたデイブたちの顔がどこか晴れやかだったように。
そしてゴミ箱に捨てた段ボールの山から、あの迷路の中にいたミノタウロスが這い出ます。
そして朝日が登る中、道を闊歩し、意気揚々と歩く姿はどこか爽快感があります。
迷路の中をさまよい歩いていたミノタウロスは、デイブが迷路を完成させることで、世界に飛び出すことができました。
段ボールで作られた世界じゃなく、陽の光が溢れた世界の下を。


室内のダンボール迷路、実は巨大殺人迷路だった…/映画『キラー・メイズ』予告編(シッチェス映画祭)