にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

『復讐 消えない傷痕』を見た!

『復讐 消えない傷痕』を見た!
f:id:gachahori:20200711000851j:plain

 安城の復讐は終わったかに見えた。でも、まだ終わっていない。安城の妻を直接殺した奴らはこの世から葬った。しかしそれを指示した「黒幕」を安城は探し続けていた。5年後。安城は名前を捨て、裏社会と近いところに身を寄せながら黒幕を調べ続けている。その生活の中で偶然命を救った小さな暴力団事務所の組長の吉岡は安城のことを気に入り、兄弟分にならねえかと誘い続けている。安城は断っているが、吉岡とつるむこともやめない。
 安城は調査を続けるうちに、黒幕の一人にたどり着く。その男の元に行ってみるが、その男はもう死にかけていて寝たきり状態だった…。


 黒沢清哀川翔は90年代にタッグを組んで10本のVシネマを撮った…というのはこの一つ前の記事でも書きましたが、その中で撮った『復讐』二部作の後編が今回見た『復讐 消えない傷痕』です。復讐二部作と書きましたが、復讐をテーマにした作品はその他にも『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』があって、それらはもともと、この『復讐』シリーズの続編として企画されていましたが、製作会社が変わったりで、別シリーズになったそうで。でも、その元々の出自から『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』これらも入れて復讐四部作と呼ぶこともあるそうです。
 しかし『復讐 運命の訪問者』と『復讐 消えない傷痕』で描かれている物語はその二部作で完結しているので、復讐四部作とは呼ばずに『復讐』二部作と読んで、そしてさらに『運命の訪問者』を前編、『消えない傷痕』を後編と呼びたいと思います。よろしくおねがいしますです。
 こんな風に補助線が必要になってしまうのも、当時の黒沢清哀川翔タッグの作品数の多さに拠るものが大きいですし、同時に当時のVシネマの豊かさに思いを馳せたりしてしまうのです。


 『復讐』をテーマにして製作された二部作。高橋洋が脚本を書いた前編『運命の訪問者』は陰惨で救いのないホラー映画のような禍々しさに満ちた映画でした。その前編のラスト、哀川翔演じる安城は復讐をついに果たします。自分の両親と姉を皆殺しにし、自分の妻も殺した奴らを。
 しかしその復讐はまだ終わっていなかったのです。
 どうやら大きな陰謀がそこにはあった…と突然の飛躍を見せるのが後編である「消えない傷痕」になります。
 突如「ヤミ資金」なる単語が出てきて、前作のあのクリーニング屋の殺し屋斡旋業者はどうやら国の偉いところとつながりのある存在だった…ということに。
 そしてそこに触れてしまったから安城の妻は殺されてしまった…というわけで安城はその黒幕である存在を殺すためにその「ヤミ資金」を追いかけます。
 映画が始まると、海の上に浮かぶ小さな船でご飯を食べている男たち。それを撮っているなーと思ったら、突如覆面(どうやらストッキングらしい)を被った人々がその男達を撃ち殺し始めます。その人々は船の人々を撃ち殺して、大きな箱を運び出すのでした。
 それらをすべて長回しで捉えたオープニングからあっけに取られます。しかもそこに被さるのが妙な音楽。前作の打楽器をメインに使った重苦しく緊張感のある音楽ではなく、今作は突然テクノっぽい音楽がメインになります。それは緊張感というより、どこか緊張感を外す役割を持っていて、同時に気は抜けつつも、妙な高揚感に満ちています。
 そんなシーンから始まるように、『復讐 消えない傷痕』はテイストをがらっと変えてきます。それと同時に物語構成も大きく変わっていきます。スリラーでありホラーであった前作が、一点に集約されていく物語だったとしたら、今作はとても無軌道に見えます。物語は集約に向かっていかず、カタルシスが生まれることも感じることもありません。
 今作では黒沢清が監督だけでなく脚本も書いています。設定は前作を踏まえているのに、全く違う作品を意図的に作り出しています。
 『アフター6ジャンクション』等のライムスター宇多丸さんのラジオでおなじみの三宅隆太監督は映画には大きく分けて二種類あると言っていました。
 それは"ハイ・コンセプト"と"ソフトストーリー"です。
 "ハイ・コンセプト"は単純に言ってしまえば2行でストーリーが言えて明確な売りがある娯楽映画で、ハリウッド大作やエンターテインメントはこちらに入ると言われています。
 それに対して"ソフトストーリー"というのは「あらすじ」として明確な売りがあるタイプではなく、心の機微や感情の流れを捉えた作品だ…ということを三宅隆太監督は説明していました。
 私はこの『復讐』二部作は"ハイ・コンセプト"な映画と"ソフトストーリー"な映画をその二部作の中で作った映画シリーズだと思いました。
 

 哀川翔演じる安城は妻殺しの黒幕に復讐するため、もはやそれだけのために生きている状態です。人間としての生活の喜びを感じることもなく、ただひたすらに復讐をするためだけに生きています。
 前編『運命の訪問者』では仕事終わって家に帰ってきたら、ビールを飲んでいたのに、今作では一人暮らしているアパートに帰ったあともミネラルウォーターを飲みながら黒幕に近づくための資料をひたすら読み込んでいるのです。
 復讐をする、いや復讐をしなきゃいけない。「しなきゃいけない」に安城は取り憑かれしまっているのです。
 ただ少しずつ変化は起きていきます。どうしたって生きていたら生活に変化は起きます。どれだけ時間がとまったような精神状態になっていても、周囲の時間は動き続けているからです。
 安城の周囲に三人の人間が現れます。小さな暴力団事務所の組長である吉岡、同じアパートの上階に住む服飾専門学校に通う女学生の美津子、そしてヤミ資金を追う刑事の西です。
 まだ刑事の西との関わり合いはわかりやすいです。ヤミ資金を独自に追う西はその中でかつて刑事だった安城の存在にたどり着き、安城が復讐をしていることを知ります。そして近づいて、協力を持ちかけるわけです。まだわかりやすい。こういう流れ見たことあるし。
 しかし残りの二人は変わってきます。まず女学生の美津子です。女学生の美津子が通っている服飾専門学校の創業にはどうやらそのヤミ資金が関わっていると睨んだ安城は美津子に服飾専門学校の資料を探して譲ってくれないか?と持ちかけます。美津子はしぶしぶ承諾し、その代わりに課題で作るスーツの採寸をさせてくれないかと安城に頼み込むのです。
 安城もまたしぶしぶ承諾します。
 そして復讐のためだけに生きていたのに、突如スーツの採寸をすることになるのです。美津子は安城に採寸を頼んだときに、安城は家に上がらせるのを拒みます。そこにはヤミ資金の資料が大量にあるからです。美津子の家はどうか?と聞くも父がいるから無理だと。そうなった二人は公園でスーツのための採寸をします。風が吹き、樹々が揺れる中、安城は採寸を受けます。少し長めに置かれたこのシーンは、笑っていいのか、どうなのかわからないまま進んでいきました。
 そして最後の一人、ヤクザの組長の吉岡です。
 吉岡は殺されかけたところを安城に救われ、それから安城のことが好きになり「盃を交わして兄弟分にならねえか」と誘いますが、安城は断り続けています。断っても、吉岡はそれでいいようです。安城も吉岡の事務所に行って、二人はよく将棋をしたり、安城も昼寝をしたりしています。
 これらの関係が前作にはなかったユーモアや風通しの良さを運んできます。
 吉岡が突然田舎の温泉街に組事務所を移転させるぞ!と言い出すところは躁うつ的な吉岡の面倒くささと勢いの良さが相まって、妙におかしいシーンです。
 でも、そんな日々もやっぱり終わってしまうのです。
 
 f:id:gachahori:20200711011733j:plain

 吉岡の組員である高木が組の本家である国士舘に見初められて、引き抜きに会うのです。あまりの出世譚に沸き立つ組員でしたが、吉岡はどこか寂しそうにしていました。
 そして高木の祝賀会の途中で吉岡は高木をそこらにあった物で殴り、そして撃ち殺してしまうのです。
 それは組長だなんて言っても小さな組事務所の組長止まりであること。そして組員の高木は本家に行ってしまうこと。それにふっと、何か去来してしまったのでしょう。
 吉岡が高木を殺してしまったあと、安城は吉岡の車に乗ります。
 吉岡は安城をドライブに誘います。そしてあの温泉街に行こうとなるのです。
 一晩、車を運転します。
 でも、たどり着けませんでした。
 二人はどこにもたどり着けず、どこかへ行くのを諦めてしまいます。
 同時にそれは彼らのこれからをも、決めるようでした。
 どこかに行きたいが、どこへも行けない。
 移動する車はあっても、地図がないからどこへもいけない。
 でも、もう行くのを諦めてしまってもいいかもしれない。
 
 f:id:gachahori:20200711012737j:plain


 美津子が安城の部屋に勝手に入ったことで安城は激怒してしまい、それから美津子とは疎遠になっていく。
 安城は黒幕の一人にたどり着くも、もう寝たきりになっている老人で、結局絞め殺すことができなかった。
 吉岡が高木を殺してしまったあと、組員は全員本家である国士舘に鞍替えしてしまった。
 吉岡の組にはもう誰も残っていない。
 人気がなくなった吉岡の事務所で、吉岡と安城は再会する。
 吉岡は安城に何も言わず拳銃を渡す。定期的に拳銃を渡しているが吉岡はそれを何に使うかは聞かない。
 二人はまた温泉街に行こうと言う。
 今度は地図もあるから大丈夫だと。
 吉岡はうなずく。
 
 その夜、吉岡は国士舘に拳銃を持って、殴り込みをかける。銃撃戦が起きる。吉岡は国士舘の敷地に姿を消す。国士舘の敷地からは銃声はいくつも鳴り響いていたが、しばらくするとその銃声も止んだ。

f:id:gachahori:20200711013339j:plain


安城は「しなければいけない」復讐をただやり遂げる。そこにカタルシスは当然無い。
安城の家には美津子が作ったスーツが入った袋がドアノブにかけられている。でも安城が取りに来ることはもうないだろう。
刑事の西は、ヤミ資金を追いかけすぎて、死体で見つかる。その闇は深すぎたのだ。
安城は車を走らせる。その車は吉岡のオープンカーだ。一度も洗車したことないような泥に塗れたそのオープンカーを走らせる。
どこに向かうのだろうか。
わからない。それでも、安城は走らせる。
ただ「復讐」は終わったのだ。いや終わったことにした。まだ黒幕なんて追いかければずっといる。でも、もう終わらせた。もうしなきゃいけない復讐はもう終わりにしたのだ。



『復讐』をテーマにしながらも、振り上げた拳を思いっきり叩きつけることはない。目的だった復讐もなんならうまくはいかない。
そもそも死んだように生きていた状態だった。しなきゃいけない復讐に取り憑かれていた。
でも、もうそうやって走っていくのもやめることにする。
次に何をするかなんて決めてない。何かしなきゃいけないわけじゃない。
一方では走っていくことをやめた男は破滅をすることを選んだ。
それもまた、それなのだ。
人はどこへも行けない。
たとえ車のような移動手段を持っていても地図がなければどこにもいけない。
道に迷うことだって沢山ある。それでいいとわかっていても、時にはそれに絶望する。
それでも走る。どこに行くかわからないが。それでも車を走らせる。



オープンニングから多用される長回しがとにかく印象的。特に吉岡が安城との馴れ初めをオープンカーに乗りながら語る移動長回しの迫力は凄まじいものがありました。走っているオープンカーの上で、自由に動き回る吉岡がまたものすごい。吉岡を演じているのは菅田俊
躁うつ的で面倒くささと衝動性と物悲しさを兼ね備えた複雑な人物像を見事に演じきっていてとてもたまらないです。
菅田俊は映画『殺し屋1』も最高でしたね。恫喝がめっちゃ怖くて恐ろしい兄貴だと思ったら、ヤクザになるしかなかった人だった…という、怖さと物悲しさという相反する要素を演じるのが上手い役者さんですね…。菅田俊の演技を他にも見てみたいと思いました。
アクションシーンで言うと、冒頭の「金属探知機」の使い方もたまらない。
両作品とも小道具や空間の使い方がとても豊かでした。
前作同様、エンドクレジットには哀川翔の歌が流れるけども、今回のほうがしっくりきている気がしました。というかしみじみしてしまった。
異様な迫力で迫ってくる前編『運命の訪問者』はもちろん大好きだったけども、そのあとの話として複雑な人間の感情を描いたこの後編『消えない傷痕』もとても大好きでした。
『復讐』をテーマにここまで話を展開させ、また『復讐』がテーマだからこそ描ける物語を描いた二作品でした。
二作品とも大好きです。