後輩から誕生日プレゼントにウクレレを貰った。ウクレレである。ハワイアン楽器こと、ウクレレである。弦が4弦しかないウクレレである。なによりも今年の最重要作品の一つである(個人的)『リラックマとカオルさん』のハワイ回でリラックマが演奏していた楽器ことウクレレである。
私はすっかりテンションが上がってしまった。そりゃもう『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のビョークが歌っていたように心臓の高鳴りはエンパイアステートビルを超えてしまったのだ。
私はその場で早速ウクレレの練習に取り掛かった。大学時代のサークルの同窓会だったにも関わらずである。久しぶりに会う友人、先輩、後輩がいたのにも関わらず、次々とご飯が運ばれてくるのにも関わらずウクレレを弾き続けたのであった。
ウクレレはギターとは違う。当たり前だけども違う。なので最初はその勝手の違いに戸惑っていたが、コードを確認しながら弾き始めると、その音の可愛らしさにすっかり夢中になり練習を続けた。黙々と練習を続けた。声が遠くなっていった。ウクレレと私しかその場にはいなかった。そう、つまりはゾーン。ゾーンに私は突入したのであった。
気がつけば1時間経っていた。先輩がもう時間なので帰ると言い、しまったと思った。ウクレレに夢中になりすぎて会話を、交流を、人間関係を私は疎かにしてしまったのだった。
開放弦を鳴らすと音がぽろんとウクレレから鳴った。可愛らしい音だった。
一晩遊んだ翌日、帰路につこうと思い京都の祇園四条駅に向かっていた時、鴨川が見えた。
私は鴨川でウクレレを練習したい欲に襲われた。いや、場所はどこでもよかった。ウクレレをとにかく練習したかったのだ。ウクレレを弾きたい。少しでも長くウクレレを弾きたいと思ったのだ。
川の流れの音が響く橋の下で、私はウクレレを弾き始めた。今の時代、ネットを調べると色々な曲のコードを見ることができる。それを調べては弾いていった。
ミッシェル・ガン・エレファント、フジファブリック、くるり、ゆらゆら帝国、レディオヘッド、クイーン。色々と弾いてみる。時代を感じるアーティストの選択である。それでも弾いてみる。まだ下手なので上手くは弾けないが、それでもかろうじて曲の形になった時はたまらなく嬉しい気持ちになった。
時間が刻々と経っていった。私はそれを無視した。
鳩が集まり始めた。私はそれを無視した。
ステディカムを持った外人が私を遠くから撮っているようだった。私はそれを無視した。
またもや私はゾーンに突入したのだった。ウクレレと私だけのゾーンに。そう、ゾーンに。
the pillowsのfunny bunnyを弾くことにした。サビのコード展開が細かくてなかなか弾けずに、繰り返し何度もそこを練習した。
気がつけば昼の12時になっていた。お腹も空き始めた。それでも弾いていた。何故ならばゾーンに突入しているからである。そうゾーンに。ゾーンに突入すると、なによりも目の前のことが優先されるのだ。この場合の優先されるべき事柄はもちろんウクレレだった。
funny bunnyのサビの練習し続ける。
『君の夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ。』
そう、誰かのおかげでもなく、自分の手でこの曲を弾けるようになるためにも何度も練習をした。
隣に女性二人組が座った。
声が聞こえた。
「あの人、川辺でウクレレ弾いてはるなあ〜」
その瞬間、ゾーンが途切れ、妙に恥ずかしい気持ちになった。鳩にたかれても、外人にステディカムで撮られても消えなかったゾーンがその瞬間消失した。
それでも気にせず弾いてみる。しかし一度戻った自意識は過剰になっていくばかりであった。
「俺は関西のつじあやのになるんや!」と私はウクレレを貰った瞬間に叫んだ。
しかし、つじあやのは関西出身だったし、練習を鴨川でしていたようだ。
私はつじあやのになれなかった。ちょっとした言葉に、はんなりした言葉に、心が揺れてしまうような人間であったのだ。
funny bunnyのサビの終盤の歌詞が目に飛び込む。
『風の強い日を選んで走ってきた』
私は荷物をそそくさとまとめて電車に飛び乗った。
風が、少々強い気がした。