にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『とうめいな、たましい』

 むかし、というか、いつだったか忘れてしまったが正しいのだけども、多分ネットで私はある言葉を唐突に読んでしまった。

 「透明な魂が救われることはない」

 それを読んだ時は「透明な魂ってなんだよ。中2っぺえ~」と思って流した。でも、なんとなくその言葉は心に引っかかっていて・・・というか記憶の奥底に保存されてしまっていて、たまに、ふとした瞬間に思い出すのだった。

 透明な魂。

 そもそも魂というものがあるのかどうかさえ不確定なのに、それが透明だなんて。てか魂に色の概念あったのかよ。

 透明な魂って一体どういうものなんだろう?

 言葉を思い出す度にふとそんなことを考える。でも日常は考えなきゃいけないことでいっぱいだ。だから私は忘れてしまう。あっという間に忘れて、そして、またたまに思い出すのだった。

 「透明な魂が救われることはない」

 


 魂といえば、人は死んだら21g体重が減る、それは魂の重さなのだ・・・みたいなことも読んだことがある。魂って重さあるんだ-と思っていたけども、あとあと「それ、嘘らしいよ」という記事も読んだことがある。結局どっちなのかわからないけども、私としては多分嘘なんだろうなと思っている。特に理由はないけども、なんか「魂」ってものがあんまり信じれないってのが大きい。

 魂ねえ。と思う。本当に魂ってものがあるとしたら、人の身体ってのはその乗り物にしか過ぎないってことになって、なんかそれはロボットみたいだと思う。それよりは脳が~臓器が~血が~という風に構成されてるだけの生き物である・・・と考える方が私の中では理にかなっている気がした。といっても全然身体の構成もわかってないけども。

 


 というわけで魂否定論者だった私も気がついたら社会人。新卒で入った会社には同期が何人かいて、その1人がゆめちゃんだった。入社初日、がちがちに緊張していた私に初めに話しかけてくれたのがゆめちゃん。笑うと矯正器具が見える女の子だった。同い年だったけども、ゆめちゃんはどこか幼く見えた。外人がゆめちゃんを見たらティーンエイジャーだと勘違いしたと思う。というか日本人でもそうらしくて、あるとき「私、未だに年齢確認されるんだー」と少し自嘲気味に笑いながらゆめちゃんは言っていた。

 ゆめちゃんと私は営業だったけども、部署が違うから普段はあんまり顔を合わすことはなかった。でも会社でばったり会ったら喋ったり、時間があったらお昼を食べたり、たまには同期飲み会なんかもあったりして、そこでは私はゆめちゃんの隣に座り喋ったりしたのだった。要するには私とゆめちゃんは同期の中でも一番仲がよかった。

 しかし仲がよいと言っても、友達にならないのが社会人たるところで、休日遊びに行くことはなかったし、喋ると言ってもプライベートのことをお互いそこまで喋っていたわけではなかった。

 ゆめちゃんと私は冷たい言い方をすれば体のいい話相手だったのだ。

 


 ゆめちゃんはまじめだった。いつも手にはメモ帳。どんな話にもうなずいて、わからないことがあったら質問をして。凄かった。全力で社会人をやっていた。

 私は不真面目な根っこを持っていたようで、そこまでは社会人できなかった。私はよく怒られていた。

 「木村(言ってなかったけどもゆめちゃんの名字)を見習え!」とよく言われた。へいへーいと頭を下げながら、確かになあと思ったのだった。

 ゆめちゃんはいつも真面目だった。いつも全力だった。いつも笑顔だった。

 いつも。いつも。

 


 ゆめちゃんは自分で自分の命を絶った。

 高いところから飛び降りて、ぐしゃぐしゃになった。

 


 その日もいつも通りだったそうだ。

 会社に来て、今日はどこどこに行きますとホワイトボードに書いて、「いってきます」と外回りに出かけた。

 でも帰ってこなかった。

 会社で「遅いなあ」とかのんきにみんなが言ってる頃、ゆめちゃんはぐちゃぐちゃになっていたのだ。

 というわけで、ゆめちゃんは二度と帰ってこなかった。

 私たちはゆめちゃんにさようならも言えなかった。

 


 ゆめちゃんは遺書の1つも用意してなかったから、結局何で死んだのかわからなかった。仕事が嫌で~みたいな話も聞いたし、プライベートが実はうまくいってなかったらしい~みたいな話も聞いたし、なんかの呪いだ~みたいな話さえ出てきたりした。

 でも結局はわからなかった。ゆめちゃんがなんで死んだのかなんて。

 まあ、この後、色々と会社はゆめちゃんの遺族と大変なことになったらしいけども、それについては私は知らない。

 ゆめちゃんが死んだと聞いて、私の心もぽっきり折れてしまった。ある日、会社に行く気がなくなって、ベタに会社と反対方向の電車に乗って、ベタに海なんて見に行っちゃったりして、ベタに海見てもつまんねえなとか思ったりして、それからはベタに無断欠勤の嵐。ある日、携帯電話に上司の怒号と解雇通達が留守電で残ってたけども、私はその頃もう実家に戻っていた。

 親にもめちゃくちゃ怒られた。でもそれすらもどうでもよくなっていて、私は日々の不真面目に過ごした。一日中毛布にくるまって寝たり、起きてもベランダで煙草を吸ったり、高校ジャージ姿で近所のコンビニに行って煙草を買ったり、歩き煙草をしながら家に戻ったりした。

 


 で、ここからだけども、よくこういう話だと死んだ人が枕元に立ったりする。生前言い残したことを伝えに来たり、なんなら呪いにきたり。でもそんなことはなかった。少なくとも私の所にはゆめちゃんは来なかった。

 私はすやすやと眠れた。びっくりするくらいすやすや眠れた。

 まあ、ゆめちゃんが幽霊になったとしても私のところには来ないだろう。

 だって、幽霊にもなって体のいい話し相手くらいだった人にわざわざ会いに来ることなんてないだろうし。

 それに来たかったとしても私の実家は知らないだろう。私たちはプライベートの話をそれほどしなかったし。

 

 

 

 でも、ゆめちゃんの夢は見た。

 夢の中で、私とゆめちゃんは会社員じゃなくて、高校の同級生だった。

 それで文化祭の準備をしていた。出店の看板を一緒に作っていた。出店はたこ焼き屋さんだった。

 夕方の教室だった。夕日が窓から差し込んでいた。教室には私とゆめちゃんしかいなかった。沢山の空っぽの机を移動させて、ブルーシートをしいて私たちは看板を作っていたのだった。と言っても、作業はほとんどゆめちゃんばっかりやっていた。私はほとんどあぐらをかいていただけだった。

 ゆめちゃんは絵を描くのが凄くうまかった。ちゃっちゃっちゃとどんどん看板に絵を描いていった。私はそれをあぐらをかいてずっと眺めていた。

 「ゆめちゃん。絵上手いね。芸大行けるって」と私が適当に言うと、ゆめちゃんはこちらを振り向いて笑った。矯正器具が光っていた。

 


 起きてまず思ったのは「ゆめちゃんの夢って!」という韻の踏みっぷりに笑ったりしたんだけども、でも本当はちょっとだけ泣いてた。ゆめちゃんが絵が上手かったかなんてしらない。ゆめちゃんがどんな大学に行っていたかもしらない。でも、なんとなくその夢は妙に立体的だった。そんな過去が一瞬あったと思うような手触りだった。少なくとも私の夢の中のゆめちゃんは絵が上手くて、多分芸大に行って、それで・・・どうなったんだろう。夢の中のゆめちゃんは死を選んだんだろうか。ゆめちゃんにとって死は避けられないものだったのだろうか。ゆめちゃんは絶対高いところから飛び降りなきゃいけなかったのだろうか。ゆめちゃんはぐちゃぐちゃにならなきゃいけなかったのだろうか。

 結局、わからなくて、私は財布を持ってコンビニまで行く。高校ジャージを着た20代女性という社会性なんてない姿で煙草を買いに行く。

 


 買った煙草を歩きながら吸っていたらあの言葉を唐突に思い出す。

「透明な魂が救われることはない」

 透明な魂。

 ゆめちゃんはもしかしたら透明な魂の持ち主だったのかもしれない。

 馬鹿みたいな連想をしてしまう。でも、その考えはどんどん深度を増す。

 透明な魂を持っていたゆめちゃん。透明な魂ってのがどんなのかわかんないけども、魂があるならば、そしてその魂に色があるならば、ゆめちゃんは確実に私の魂よりは透明なはずだ。

 それも半透明なんかじゃなくて、凄く綺麗なビー玉みたいに透明。

 多分、そんな魂をゆめちゃんは持っていたのだ。

 煙草の煙を吐く。

 でも、そうだとしたら、最悪だ。

 「透明な魂が救われることはない」としたら、そんなことってあるかよと思う。

 透明な魂を持っていたが故に救われることなくて、結局死を選んだとしたら、ゆめちゃんはとても馬鹿だ。

 大馬鹿野郎だ。

 魂なんて濁らせばよかったのだ。

 どぶにつけて、ペンキにつけて、あとなんだろう、なんでもいい、カレーの鍋でもタールでもなんでもいい。とにかく汚せばよかったのだ。汚してしまえば良かったんだ。

 高いところから飛び降りることなんてなかった。

 ぐちゃぐちゃになることなんてなかった。

 死ぬことなんてなかった。

 ゆめちゃん。

 私の同期で、がちがちに緊張していた私に話しかけてくれて、私の体のいい話相手になってくれて、私より真面目で、幼く見えて、笑うと矯正器具が光っていて、それで、それで。

 何があったかなんてわからない。

 透明な魂がどうのこうのも、寝起きの私の頭が結びつけたただの戯れ言かもしれない。

 それでもね、死ぬことはなかったと思うんだよ私は、ねえゆめちゃんってば。

 あー。と煙草の煙を吐く。煙は少し漂って消えていく。

 

 

 

 それから一度だけ、だいぶ後になって私はもう一度ゆめちゃんの夢を見た。

 私とゆめちゃんはやっぱり高校生だった。

 お昼休み。

 何故か解放されている屋上で一緒にお弁当を食べていた。

 ゆめちゃんは私に言う。

 「今度ね、芸大を受けようと思うんだ」

 ゆめちゃん、受けなよ、絶対受かるって。と私が言うとゆめちゃんは笑う。

 そしたら矯正器具が光っていて、それを見ながら私はゆめちゃんが芸大に受かることを信じている。

 

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