時は2019年。両目洞窟人間(私、29歳男性)とその実家は恐るべき困難に立ち向かうことになった。私の退職、弱っていく祖父母、そして父の病気である。皆、弱り果てた。困り果てた。どうしたものかと頭を悩ませた。
そんな頃、Netflixで一本のストップモーションアニメが配信になった。
『リラックマとカオルさん』である。
その恐るべき可愛さの暴力に、瞬く間に我が家はリラックマの虜になった。
本物のクマではなく、着ぐるみのクマである存在。
一日中、部屋でゴロゴロする存在。
涙もろい一面を見せる存在。
我々はリラックマのようになりたいと願い、そしてリラックマの姿に傷ついた心を癒していった。
そしてその心、魂はリラックマを映像だけでなく、実体を望んだ。
ぬいぐるみ等のグッズを買い漁るタイミングが来たのである。
我々は梅田に向かった。向かう場所はそう、リラックマショップである。
リラックマショップで我々は実体を持ったリラックマ(ぬいぐるみ)やリラックマ(グッズ)にときめきを、精神の回復を、生きている意味を得たのだった。
↑リラックマに心を救われている両目洞窟人間氏
しかし、一つ問題点があった。
たしかに実体のリラックマは可愛かった。確かに可愛かった。
ただ、どうも買うという行為までは衝動が突き動かされなかった。
可愛いのに、惜しいのだ。
実体は確かに可愛いのだが、まだ財布の紐は緩まなかった。なのでその日はただ、目で愛でるだけだったのだ。SAN-Xへ少しばかりの勝手な失望を抱きつつ、帰路に着いたことを忘れはしない。
数ヶ月経った。
生活は更に混迷を極めた。
減りゆく預金残高。慌ただしい日々。そして父の退職。
それらはまたもや、リラックマを求めた。映像は何度も再生された。特にハワイアンリラックマの回は皆のお気に入りだった。
しかしそれでは満足できなかった。そうまたもや実体を求めたのだ。そうリラックマの実体を。
↑ハワイアンなリラックマ達。
我々はある情報を手に入れていた。
梅田のリラックマショップではなく、あべのにあるリラックマショップがいいらしいと。
我々は日を調整した。
そして、行ける日を見つけ、向かうことにした。
いざ、リラックマショップへーーー
その日、我々はハローワークで父の退職について、相談をし、シビアな現実に打ちのめされた。
通常ならばへこんだまま、帰路につくところだ。しかし、心の中では微かな光が灯っていたのである。そうリラックマである。
我々はハロワを出ると、天王寺へ移動をした。1時間近くかかったが、全く苦ではなかった。何故ならばリラックマが待っているからだ。
そうリラックマが。
話は突然だが変わる。
私は帽子が似合わない。頭がでかいからだ。そのでかさゆえになかなか入る帽子がなかった。そして、入る帽子があっても全く似合うことはなく、新進気鋭の変態のような雰囲気を漂わすことがほとんどであった。
私は帽子には見放されていたと思っていた。
しかしある日聴いたアルコ&ピース D.C.GARGAEで、アルコ&ピースがこう語っていたのを覚えている。
「どんな人でも必ず似合うニューエラのキャップはあるからね」
私はその言葉を覚えていた。そしてニューエラのキャップの部分を帽子と変換し、心の中に漂わせていた。
いつか似合う帽子に出会うことがあるだろう。
そんな日が来るだろう。
リラックマショップの店頭に、黒いキャップが飾ってあった。
リラックマっぽくない、スケーターファッションな雰囲気を漂わせたキャップ。
vision street wearとロゴが入っている。そのロゴから半身を見せるリラックマの姿。どうやら、このブランドとリラックマがコラボしているようだ。
私はなんとなく被ってみた。そして鏡をみた。
似合っている。
そう、似合っていたのだ。
あの帽子が似合わなかった私が。
どんな帽子を被っても新進気鋭の変態にしかならなかった私が。
似合っていたのだ。
私は一旦落ち着くことにした。
店を出た。
それからぐるりと回った。
別の帽子屋にもはいった。
帽子を被ってみた。
似合わなかった。
やはり、帽子が似合うようになったわけではなかった。あの帽子が似合っただけだったのだ。
リラックマの実体を私は求めた。しかし、それでも財布の紐が緩むものには出会うことはなかった。
似合う帽子を私は求めた。しかし似合う帽子に出会うことはなかった。
それがどうだ。
実体のリラックマでありつつ、似合う帽子なのだ。
こんな偶然あるものか。
こんな偶然あるものなのか。
気がつけば私はレジへ向かっていたーーー。
出会い。それはいつ訪れるかわからないものである。
しかし、何より必要なことがある。
それは出会った瞬間に、出会ったと知覚することだ。
リラックマの帽子と出会った瞬間、私は戸惑ってしまった。店からも出た。別の帽子屋にも入った。
出会えたことに気がついてなかったのだ。
しかし、本当は出会っていた。
そう、出会っていたのだ。
いきなり出会いは訪れる。ずっと似合う帽子を探していた。ずっとリラックマの実体を探していた。
まさか同時にやってくるなんてーーー。
私はレジでタグと厚紙を帽子から外してもらい、その場で被り、店を出た。
リラックマの実体を得て、似合う帽子を手に入れた私は、この時の感情をあえてこう記そうと思う。
最強であったと。
気がつけば日は落ちていた。
涼しい風が吹いていた。
もうすぐ秋がやってくる。
日々は過ぎていく。
人生は混迷を極めていく。
それでも、探していれば、いつか出会いは訪れる。
私は秋風の気配の中、リラックマの帽子を被り、街を歩いた。その顔は希望に満ち、足取りは未来へ向かっていた。
それは希望。
似合う帽子。
それは自信。
リラックマの似合う帽子。
それは、そう、それはーーー。