にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

短編小説『私立探偵、パンダを見に行く』

 どこか遠くの動物園でパンダの子供が生まれる。そのパンダを多くの家族連れが見に行って「きゃーぱんだちゃーん」と手をふる。パンダはよろけながら歩き回って、笹を食べて、そして寝返りをうつ。それを見て楽しがる家族連れ。俺はそんなものにはならないと決めていた。俺は手を振るような大人には。

 なった。簡単になった。近くの動物園でパンダが見ることができると聞いた俺は、次の日行くことにする。なぜならパンダが見たいからだ。俺はパンダが見たい。このくそみたいな世を見つめることにつかれた俺はパンダが見たいと思う。俺か?俺はしがない私立探偵。今日も依頼は全くない。煙草を吹かしながら新聞を読んでいるのも飽きた俺はパンダを見に行く。パンダが見たい。浮気調査も、誘拐も、殺人も、そんな汚れたものには飽き飽きだ。俺はパンダを見に行く見に行くぞ。

 目の前でパンダがよろける。「きゃー!かわいい-!!!!」と俺は叫んでいる。俺はしがない私立探偵。年が腹にも来はじめている。汚いおじさんだ。しかしパンダの前では俺はただの人間。そう奴らには人間だ。パンダかそれ以外。その二分の中では俺はただの人間。その前ではしがない私立探偵であることも、警察時代に守れなかったあいつのことも、殺人事件に巻き込まれて泥沼の人間模様を浴びたことも、そんなこと関係ない。俺はただの1人間としてパンダを見る。手を振る。パンダが笹を食べる。きゃー!!!俺は叫んでいる。ただの人間として叫ぶ。そこに中年の品格も、大人として取るべき態度もない。ただパンダを愛でる。1人の人間がいるだけだ。パンダがころんと転ぶ。きゃー!!!俺はまた叫ぶ。腕の中で息絶えたあいつのことも、「なんで守れなかったんですか!」と俺を叱ったあいつの妻のことも、それに疲れ果てて警察を辞めたことも今は関係ない。俺はパンダと向き合っている。そうパンダとだ。この空間には大勢の人間がいる。しかし関係ない。パンダと向き合っている限り、俺はパンダと一対一のゾーンに入ることができる。

なあパンダ。聞こえるか。俺の叫びが。俺の悲しみが。俺の絶望が。パンダはそんなこと関係ないよの顔をして笹を食う。俺はまた叫ぶ。きゃーー!!!

 


 俺は散々パンダを堪能し、動物園を去る。近くの喫茶店に入って、コーヒーを頼み、そして煙草に火をつける。動物園じゃ吸えなかったもんな。パンダを見れるのは嬉しいが、煙草吸いながらだったらもっといいな。ってことを考えたりする。俺はゆっくり昇っていく煙を見ながら、いろんなことに思いをはせる。そろそろまじで依頼が入らないとまずいなってことや、かっこつけて堅めのベッドを買ったけどもまじで固すぎて中年にはキツいなとか、この先の人生どうしたもんかなとかそういうことを考える。

 コーヒーを堪能した俺はもう一度動物園の方向を見る。

 ここからはパンダの姿も、動物園も見えやしない。あるのは道路。そこを行き交う車たち。俺は車も持っておいた方がいいよな。都内だから持たないことにしたけども、遠方の依頼の時、しんどいよな~とかまた悩んだりしながら、ええいそんな悩みはいいだろう。パンダのことだけを思い出すのだと強く念じながら、また事務所に戻る。

 事務所に戻っても、何にも変化がなかったので、固いベッドに横になることにした。

 ああ、明日依頼が入らなかったら派遣のバイト探そう。

 辛い。辛い。

 目を閉じたとき、まぶたの裏に浮かぶパンダの姿に俺はにやりとしながら、少しの間眠ろうと思ったらがっつり寝てしまって、23時という微妙な時間に目が覚めてしまったのであった。俺は煙草に火をつける。こんな煙草もあのパンダに比べたらどうでもいい。

 俺はしがない私立探偵。依頼がないときはだいたいこんな風に過ごしている。

 何か困ったらいつでも俺のとこにこいよ。

 

f:id:gachahori:20190327233045j:image