にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

短編小説『影を追う』

 懐中電灯をニューヨーク市警のように顔の前で持ったことある奴全員友達。ってことで、俺は今、懐中電灯を顔の前で持って、地下道にある湿った階段を進んでいる。なんで地下道にある湿った階段を進んでいるかといえば、自分の影が盗まれたからで、なんで自分の影を盗まれたかといえば駅前の喫煙所で煙草を吸っていたら自分の影がすーっと動いて、そのまま地下道に入っていったから、慌てて追いかけてって、これは「なんで?」の説明にはなっていない。なんで盗まれたのかは俺にもわからない。というかそもそも自分の影がすーっと自分から離れていくという体験が初めてのエクスペリエンスすぎて、俺は未だに困惑している。

 俺は急いで追いかけた。追いかける前に、煙草を一吸いしたけども、それでも急いで追いかけた。地下道に入っていった影は、地下道をすーっと歩いて行って、途中にある赤い扉をガチャリと開けて、その中を入っていって、俺も慌ててその赤い扉を開けたらめっちゃ真っ暗。

 俺はリュックサックの中から黒いLED懐中電灯を取り出す。俺はリュックサックの中に何があってもいいようにといくつかのサバイバルグッズを入れる癖があった。それが役に立った。サバイバルグッズを入れているせいでめちゃくちゃリュックサックは重たくなっているけども、今の状況じゃこの重たさこそ、信頼がおける。

 俺は懐中電灯を顔の前で持って、スイッチオン。最近のLED懐中電灯の明るさと言ったら!ルーメン数が高い奴を買っておいてよかった。光りが照らすのはさらに地下へ進む階段で、それは湿っていてやべえなって思うけども、影がすーっと降りていったのだったら、追いかけるしかない。俺は足下に注意しながら、一歩一歩進んでいく。すると、徐々に徐々にだけども、どんどんどんどんって4つ打ちのビートが俺の腹を揺らす。音楽に疎い俺でもわかる。ダンスミュージックだ。ダンスミュージックがこの先では鳴り響いているのだ。なんで、影を追いかけた先にダンスミュージックがあるのかわからない。しかし、追いかけるしかない。

 影を失った俺が俺でいれるかどうかわからない。俺は冷静でいようと勤めているけども、影を失った俺は既に俺ではないのかもしれない。俺はもう既に自分自身が切り離されていて、俺は俺でなくなっているのかもしれない。というかそもそも影が離れていったということは影が自由意志を持っているわけで、それを感じ取れなかったということは、影は俺ではないというわけで、えーっとわけがわかんなくなってきた。俺は、難しいことには頭が回らない。だからこそサバイバルグッズをリュックサックに入れているわけで、それらのグッズがあるということは俺に未知の出来事が起こっても救われるかもしれない確立をあげることになるからで、ということを考えているうちに、俺は黒い扉の前に立つ。

 大きな黒い扉だ。正面にはクッションが入っていそうなふかふかとしたものが入った黒い扉。階段の先には黒い扉しかない。ということは影もここに入ったということだ。黒い扉の先からは4つ打ちが大きく聞こえる。どんどんどんどんどんどんどん!開けるしかない。俺は勢いよく扉を開ける。そしたらそこはクラブで、影達が踊り狂っているのが見える。俺は一旦閉める。訳がわかんないってことに気がついて、うわーやべえなーって思うも、あの影の中に俺の影がいる確信が持てたので、俺はまた勢いよく扉を開けて、中にずんずんと入る。

 すると影達が俺の姿を見て何かをささやきあっている。しかし声は聞こえない。音しか聞こえない。音は「ずうめるしょつうろう」みたいな意味不明な音だ。多分影の言葉だろう。音しかわからなくとも、その音の語気は強めなので、歓迎されていないのがわかる。ああわかる。しかし俺は自分の影を取り戻さなきゃいけない。だからずんずんと進む。しかし影が多すぎて、どれが自分の影なのかわからない。影たちはゆらゆら動いている。音に合わせてゆらゆらと動いている。どれが俺の影なんだろうかと周りを慌ただしく見ていると、あっと思う奴が1人。いや、特に周りの影と違いがあるわけではないけども、この影は俺だと直感的にわかる。こいつだろうなと思う。なんでかといえばそれはずっと俺にへばりついていた影だからで、ある意味では俺自身だからだ。俺が鏡で俺を見て「俺だ」とわかるように影を見ても俺だとわかる。しかし問題は俺の影は、他の影に向かってどうやらナンパをしているところだった。

 俺は俺の影に近づく。俺の影はぎょっとする。と言っても顔なんてないから、動きでなんとなくわかる。「帰るぞ」と俺は言う。影は嫌だと首を横に振る。俺は影の手を引っ張ろうとする。しかし影だからすっと通りぬけてしまう。おいおいどうしたらいいんだって思う。「なあ、頼むよ、一緒に帰ってくれよ」影は嫌だと言わんばかりに首を振り続ける。俺は続ける。「確かに俺はクラブもいったことないし、ナンパもしたことない。俺の影だから俺自身だと思うけども、俺自身がそうしたいと思うことにも目をむけてこなかった。だからこれは俺のせいだ。すまなかったと思う。でもよ、まずは実態の俺にチャンスをくれないか。俺に戻ってくれたら俺は頑張るから、お前が満足できるように俺の人生を送るから」とたたみかける。すると俺の影は何か諦めたようなモーションを取り、俺の身体に入ってくる。影が戻ってきたのだ。

 気がつけば、周囲には影の人だかりが、出来ていて、俺は「すまなかった。場を荒らして、俺は帰るから」といって、急いで走って黒い扉を開けてぬるぬるする階段を上がっていって、地下道に戻る。

 地下道の白い蛍光灯が俺の身体を照らす。すると俺の後ろには俺の影がいて、俺はほっと一安心。俺の影は俺にへばりついてくれている。なんとか安心をする。すると、俺の思考も徐々にというか、だんだんまた変わってきてというか、うまくは言えないんだけども、影の思考が入ってくる。

 影はどうやら俺よりはパリピよりな考えみたいだから、俺に「クラブにいこうぜ」とか「ナンパしようぜ」と言ってくる。本当なら俺は嫌なんだけども、俺はまたいつ影が離れるかわからないし、離れて影たちのクラブにいくのが嫌だし、とりあえずあの冒険をするのが嫌なので、俺は影の言うとおりにする。

 というわけで渋谷のクラブに来たのだけども、ロッカーがなぜか封鎖されているから、俺はサバイバルグッズが入ったばかでかいリュックを抱えたまま、フロアで立ちすくむ羽目になって、周りからもあいつなんだよって目をされるから最悪だなって思うし、バーカウンターで出会った女の子を影が「いった方がいい」っていうから、一杯おごってみるものの、全く俺と話をしたくないみたいで、俺はうんざりする。

 でも、まあ全てが嫌だったかというとそうじゃないから、俺は月に一度くらいは影のやりたいことをやらせてあげるようにする。それは本来の俺に比べたらパリピよりの思考だから少しばかり抵抗はあるんだけども、俺はそれでも楽しいと徐々に思えるようになる。

 山登りとか俺はしだす。サバイバルグッズがそこで役に立つ。生き死ににかかわるようなことはないけども、サバイバルグッズをうまく使って山頂でコーヒーを飲むような人間になる。山頂でコーヒーを飲んだりしていたら、そこで出会った女の子と俺はたまたま意気投合して、なんだかんだで付き合うことになって数年経って結婚する。「な、よかっただろ」と俺の脳内に影が語りかける。うるせえと思うが、俺は俺自身のおかげで人生を進めることが出来たんだと思う。その俺は普段見ていない部分の俺で、俺は普段見ていない部分の俺に身を任せたおかげで何か変わることが出来たんだと思う。だから俺は影に感謝をするが、脳内にありがとうといったところで、俺は俺だから返事が帰ってくることはない。そうこうしているうちに結婚式が始まる。俺は嫁さんと腕を組む。後ろをちらっと見ると、影も、嫁さんの影と腕を組んでる。それは俺よりも強く腕を組んでいるように見えたから、負けじと俺も嫁さんの腕を組んで嫁さんは「なにもう」と小声で言うから、まあ俺は今ちょうど幸せなんだろうと思う。

 

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