にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

父を見舞う。

 父の手術は無事成功した。執刀医から父の切った部位を見せられた。銀のプレートにのった父の内臓はまるで生ホルモンのようで現実感がなかった。「ここがガンです」と親指の先ほどの白い部位。この1cmそこらのもののせいで父が死の淵に立たされていたと思うとより一層わけがわからなくなった。死に至る病は無事切除できた。しかし執刀医曰く「手術が成功しても、再発のリスクがある」とのことだった。ここからは抗がん剤治療になるそうだ。

 


 二日後、父のお見舞いに行った。父は弱り果てていた。本当は一日前にも来るつもりだったのに、僕は遊びほうけてその疲れで眠りほうけてしまい、結局行かなかった。父は弱り果てていた。申し訳ないことをしてしまったと思った。後悔ばかり。いつもそうだと思う。優先順位がわからなくなってしまうのだ。僕はそれを治さないといけない。どうしようもないことになる前に、なんとかしなきゃいけない。

 父の顔を拭いたり、父に水を差し出したりした。それすらもできなくなっている父の姿は痛々しく思えた。

 30分ほど話した後に父が疲れてきたようだったので、話すのを一旦止めて、僕と一緒に来ていた弟は一度デイルームの方に行くことにした。

 デイルームで飲み物を買ってぼんやりしていると、看護師さんに連れられて歩行器でなんとか歩く父がやってきた。

 父はリハビリのために、周囲を歩いているそうだったけども、今日は僕らがいるとのことで頑張ってデイルームまで来たそうだ。

 父と椅子に座って話をした。デイルームの窓から遠くの河川敷が見えた。河川敷には多くの消防車が止まっていた。何かの練習をしているのかもしれないって話をした。テレビでは大学ラグビーの試合が流れていた。振り向くのもしんどい父に代わって弟がどっちが勝ったかを教えてあげた。

 父が歩行器を使って病室まで戻るのに付いていった。少し歩くのもしんどそうだけども、「息子達がいるので」と言ってなんとか父は頑張ろうとしていた。

 


 父を病室まで見送った。父の病室の窓から遠くの方に遊園地の観覧車が見えた。その遊園地に子供の頃何度も連れて行ってもらった。父とは中学生の頃から徐々に仲が悪くなっていった。でも、小学生の頃のどこかへ連れて行ってもらった記憶が強く残っている。

 映画に連れて行ってもらったことや、いろんな街に連れて行ってもらったことや、旅行したことや、音楽を聞かせてもらったことが。

 酷いことを言われたこともあるし、めんどくさいことも沢山あった。その記憶も強く残っている。でも、目の前にいるのは父だ。いろんなことがない交ぜになった父だ。

 その父には強く生きて欲しいと願うしかない。

 やっぱり願うしかないのだと思う。これからも大変だけども、強く生きて欲しいと願う。そして僕にできるのは、今、身体の自由が効く僕にできるのはそんな父をできるだけサポートすることなんだと思う。

 そしてできれば早いこと自立をして父の心配を1つでも減らすことなんだろうなとも思う。

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