にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『黄身と海』

 冬の寒い朝、私がバス停でバスを待っていたところ、そこに現れたのは巨大な鯖であった。巨大な鯖が口を開けてあーんと私が乗り込むのを待っていたので、私は鯖の口の中に入ることにした。鯖の口の中はシルバニアファミリーの家のようであった。私はプラスチックでできた鯖の口の中で、ちょこんと置いてあったプラスチック製の椅子に腰掛けて、同じくプラスチックで出来たテーブルの上に置かれた紅茶を飲むことにした。鯖がバスの代わりにやってきたとするならば、この鯖は海に向かうであろう。私は海に行こうとしていたのであった。

 海に行きたいと思い立ったのは今朝のことであった。私は目玉焼きを作った。その目玉焼きの黄身を箸で潰した瞬間に、黄身がどろりと流れ出した瞬間に私は海に行こうと決意したのだった。どろりと流れた黄身はお皿いっぱいにひろがった。なぜ私がどろりと流れた黄身を見て海に行こうと思ったのかは全くわからないが、海と黄身は繋がっていると感じた。つながりがあるのだ。この世の全ては繋がっている。これもまたつながりなのだ。

 私は弁当を作り、バス停に向かい、そして鯖に乗り込んだ。鯖の中は薄暗く、当初はわからなかったが、私以外も何人か乗客がいることに気がついた。乗客達はひそひそと話し合っていた。その声はまるでお経のように聞こえた。一定トーンで一定のフロウでそれらの言葉はよどみなく流れていった。乗客達は同じくちょこんと一定間隔以上を開けられておかれた椅子に座っていた。そして、ぶつぶつと喋り続けていた。

 海に行ったところで何をするかは決めてはいなかった。ただ海に行こうと思ったのだった。海に行ったら何かしたいことが見つかるかもしれない。ただ、何をするかは全く未定だった。そんな風に行動するのは自分でも初めてだった。私は衝動的に動くことなんてほとんどない。しかし今日は、あの崩れた黄身を見たときから、衝動に突き動かされている。 ふと気がつくと私の右斜めの席に白い猫が寝転がっていた。白い猫はごろにゃんと寝転がっていた。私は猫に近づいた。どうしてかはわからない。ただ近づこうと思ったのだ。今日の私は衝動に突き動かされている。白い猫に私は話しかける。「やあ」と。すると白い猫は私の目を見て言った。

オルタナティブロックの定義ってなんだと思いますか?」

私は答えた「ディストーションの有無だと思うね」

「そうだとメタルもディストーションを使っているではありませんか」

「ああ、そうだとも。しかしメタルはメタルだ。カレーライスがどうやってもハヤシライスになれないようにね。同じような素材を使っていても、全く別物なんだ」

「なるほど」

猫は納得すると私の手に1つのものを渡した。

「これは」

AQUOSのリモコンです」

「テレビのAQUOSかい」

「ええそうです」

「なるほど」

私たちはそこで別れた。そこで別れることになったのは猫が弁当工場前で降りていったからだ。弁当工場前で鯖の口が開くと、外から鮭弁当の匂いがした。

 


 海に着いたのはそれから15分後のことだった。海にたどり着くと、磯の香りがした。冬だから、人は全くいなかった。ただ、海の家は開いていた。海の家を少し覗くことにした。海の家にはいかつい体つきをした男性が1人。その男性はおでんを煮込んでいた。

 身体に海風の冷たさが身に染みたので、私はおでんをもらうことにした。

 「大根をいただけますか」

 「すいません。うち、はんぺんとウィンナーしか置いてないんですよ」

 なるほどとなった。はんぺんとウィンナーをもらって、私は波打ち際まで行くことにした。

 私が波打ち際にたどり着くと、砂浜にポツダム宣言が書かれていた。達筆な字であった。ポツダム宣言をじっくり読んでいたが、一度強い波がやってきて、ポツダム宣言をきれいに洗い流してしまった。

 すると後ろから泣き声が聞こえた。緑のコートを着た女子高生が立っていた。

 彼女は「何度もお、何度も、書くんですけどもお。消えてしまうんですう」と泣きじゃくっていた。

 「仕方ないさ。砂浜に書いたものはいずれ消えてしまう」

 「どんな言葉も」

 「ああ」

 「じゃあ、私はどこにポツダム宣言を書けばいいんでしょうか?」

 そうだな。と私は悩んだ。しかしどんなものに書いても、いずれは消えてしまう。そう万物は流転する。オールシングスマストパス。

 「消えても、また書けばいいさ」私がそう答える前には、彼女はまた砂浜に文字を書き始めていた。

 消えてしまっても、いいから書けばいいのだ。そうだ。それだけのことなのだ。

 私が海を見ながらはんぺんとウィンナーを食べていると、先ほど渡されたAQUOSのリモコンのことが気になってしまった。私はポケットからリモコンを取り出して、太陽に向かって、電源ボタンを押した。

 すると太陽から「19時20分!19時20分!!」と叫び声が聞こえて、太陽は沈んで夜になった。もう一度電源ボタンを押すと、月が「10時20分!10時20分!!」と叫んで月が沈み朝に戻った。

 私はAQUOSのリモコンを海に放り投げた。あの猫には申し訳ないが、私が持つには大きすぎるパワーであると思った。

 海に来てみてはいいものの、おでんを食べて、ポツダム宣言が消えるのを見て、AQUOSのリモコンで朝と夜を入れ替えたくらいしかしていないことに気がついた。あの黄身を見て、海を連想したのは一体なんだったのだろうか。

 すると、海亀が産卵の準備をしていた。その後ろにはシェフ達が匍匐で列を作っていた。 海亀が産卵をすると、シェフ達が駆けだして、卵を盗み、近くのカセットコンロでオムレツを作り始めた。海亀は泣き叫んだ。その声はしゃがれたジャズシンガーのようであった。私は海亀の声をそこで初めて聞いた。ジャジーで素晴らしいと思ったので、私は海亀に「あなたはジャズシンガーになるべきだ」と伝えた。「それどころじゃない。何度産卵しても彼らに卵を取られるのです」と海亀は鳴きながら訴えた。

 遠くからオムレツの焼けるいい匂いがした。

 私が海に来たのはこういう理由だったのか。

 私は海亀の訴えを適当に流して、シェフにお金を払い、オムレツを頂くことにした。

 オムレツの中にはチーズが入っていてそれがいいアクセントになっていた。

 というわけで、海亀で作ったオムレツが美味しいので星5をつけさせて頂きます。

 土日しか空いていないそうです。また海亀の産卵の出来不出来によって、当日出せるメニューが変わるそうです。

 気になる方は一度お問い合わせを。

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