にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『私じゃ、魔女になれない』

電車が走る度に揺れる喫茶店の中で、私はアイスコーヒーを飲んでいた。身体を冷やすのはよくないと言っていたのは誰だっけな、私の母か、それとも佐藤江梨子か。多分、佐藤江梨子だな。多分、そう。佐藤江梨子がなんかそんなことを言っていた気がする。

私の母ならこう言う。

「アイスコーヒー?身体が冷える?なにそれ?そんなことより飲むと寝れなくなっちゃうわよ」

多分こうだ。

そして佐藤江梨子に多大なる信頼を抱いているわけではないので、私はアイスコーヒーを飲んでいる。身体をめちゃくちゃに冷やしまくっている。疲れた身体にはアイスコーヒーが一番いい。と言ってもアイスコーヒーが好きなわけじゃ無い。ガムシロップの味が好きなのだ。私はコーヒーに混ぜ合わせて下の方にたまるガムシロップが好きなのだ。

そんな話はどうだっていい。私の話はどうでもいい。私の目の前には魔法のステッキがあって、私はそれをどうするか悩んでいる。

茶店に入る、15分前、道端で拾った魔法のステッキ。

魔法のステッキだと一目見てわかったのは、子供番組にでてきそうな星が先端についた白っぽいステッキだったからだ。私はうわー懐かしーと思って、大人げなくそれを拾って、誰も見ていないのを確認して振ってみたら、私の服が一気にゴスロリに変化して、うわ、魔女になってしまったやんか。と思ってしまった。

営業の外回りの途中なのに、魔女に私はなってしまった。

スーツに戻らない限りは外回りも継続できないので、喫茶店に入っている。私の服は依然としてゴスロリのままだ。

27歳女性が今、ゴスロリの格好で、喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいる。目の前には魔法のステッキ。ああ、なんてことだ。こんなのを見たら母はどういうだろうか。

「あ、なんか、イメチェン?それはそれとして、今日の晩ご飯はコロッケよ」

多分、これくらいだ。私の母は、こういう感じだったことを思い出していた。

佐藤江梨子だったら私のこと心配してくれるだろうか。いや、佐藤江梨子は私のことなんて知らない。私が佐藤江梨子のことを一方的に知っているだけだし、佐藤江梨子に挨拶しても、グラビア界の後輩が挨拶に来ただけだと思われるし、というかゴスロリで挨拶ってなんだよ、キャラが濃いとか影で言われるんだ多分。私はどちらにせよ、詰んでいる。

こんなことならば、ステッキなんて拾うんじゃなかった。そして振るんじゃ無かった。

外回りの途中で、ステッキなんて見つけるんじゃ無かった。服がゴスロリに変わるなんて。ゴスロリだ。黒のゴスロリ服だ。ゴシックロリータだ。せめてもの救いはロリータ服じゃなかったことだけだ。でも、それも小さな差異だ。月曜日の15時に、ゴスロリになろうが、ロリータになろうが、それはどちらでもいいことだ。差異なのだ。問題はいつスーツに戻れるかなのだ。後、2件回らなければいけないのに、私はどうすればいいのだろうか。

とりあえず、会社に電話をすべきか、いや、いつ服が元に戻るかわからない。しかし、戻る気配は今のところ0だ。というか会社に電話って何を伝えたらいいんだ。

「すいません。ステッキを振ったらゴスロリになっちゃったんですけども」

「はあ?もう二度と会社に来なくていいよ」

OK、余裕。何にも伝えることができない。

まあ、順当に行って会社への説明は「高熱が突如出た」になるだろう。それだ。それで乗り越えよう。というか今、会社がどうのこうのなんて、関係ない。ステッキを振ったら私の服がスーツからゴスロリに替わってしまったという方がやばい。人生を揺るがしかねない事態に今巻き込まれていることをもっと自覚した方がいい。

からんと音をたてて、氷が溶ける。わかりやすい時間経過。時間は経てども経てども未だにゴスロリのまま。

しかしゴスロリを着てみたら、なんていうか息苦しいし暑い。そして、何より周りの目線が怖い。こんな服初めて着たのだ。こんな服これまで着たこと無かった。着ようという選択肢がなかった。しかし、今日は着ている。ステッキを振ったからね。

どうしよう。私、この先もずっとゴスロリなのかな。ここでえーんと泣けば、魔法は溶けるのだろうか。

というか、この服は脱げるのだろうか。魔法で着せられた服は着脱可能なのだろうか。

私は、お手洗いに行く。がたんがたんと電車が通る音。喫茶店が揺れる。

お手洗いの中で、少しだけゴスロリ服が脱げるか、試してみるけども、服と皮膚がくっついていることを確認して、ははーん、魔法やなこれはとなって、席に戻って、私はえーんと泣く。

えーん、えーんと泣いていたら、店員さんがやってきて、紙ナプキンを一枚置いてくれた。ありがとう店員さん。

端から見れば、ゴスロリ女が泣いている状況。これはただのメンヘラだぜ。どうしたもんだぜ。

くっそ。ステッキさえ振らなければ。しかしあのときは、どうかしていたのだった。仕事のストレスが私を一時の童心に帰らせたのだった。ステッキ振ってえい。しゅばばばーんと服がゴスロリに。返してよ、私のスーツ。

しかし、どうしたものか。どうしたものか。どうしたらいいのか。私にはわからない。

とりあえず、iPhoneのインカメラで自分の姿を確認してみる。

着慣れていない感が凄まじい。

はあとため息をついて、またえーんえーんと泣いてみる。また店員がやってきて、紙ナプキンを一枚。そして、これはサービスですとコーヒーのお代わりをついでくれた。

ありがとう店員さん。この喫茶店をひいきにするよ。

しかしまあ、どうしようと思っていると、私の持っていた鞄ががさがさと揺れるのを確認。この展開は、あれだなと思う。魔法のステッキを振って、こうなったってことは、そういうことだろうなと思う。

そう思って、鞄を開けると、そこには猫のぬいぐるみが入っている。入れたはずのない猫のぬいぐるみが入っている。

そして猫のぬいぐるみが喋りだす。

「選ばれし魔法少女よ!世界を救うのだ」

あーきたきた。そういう展開ね。あー。もうばちくそにめんどくさい展開やんけ。

私はとりあえず鞄を閉める。

鞄ががさごそ動くけども、気にしない。もう私は、これ以上めんどくさいことにまきこまれたくないのだ。

大変だった就活を経て、入った会社で慣れない営業を延々とやってきて、彼氏にはフラれ、最近はなんで生きてるの私ってなってたよ。確かになっていたよ。

でも、さあ、現状が嫌だってのはずっと言っていたけども、魔女になりたいってわけじゃないじゃん。現状否定して次の一手が魔女なわけないじゃん。

鞄は相変わらずがさがさ動くので、鞄に蹴りを入れる。

私はため息をついて、コーヒーを飲む。ガムシロップを入れ忘れたので、ただ苦いだけであって、後悔をする。

すると頭の中に声が響き始めた。

<聞こえますか・・・私の声が聞こえますか・・・>

聞こえません。

私はイヤホンをする。音楽でも聞こう。システム・オブ・ア・ダウンくらいラウドってたら、大丈夫だろ。

音楽を再生。

<あっ、ちょっと、うるさいですね・・・あの・・・本当・・・大事なことなので・・・静かにしてもらえたら・・・>

システム・オブ・ア・ダウンをさらに大音量で流す。私の耳VS頭の中に鳴り響く声。

<あの・・・本当・・・聞いて・・・まじで・・・頼みます・・・>

頑張れシステム・オブ・ア・ダウン。私はこれ以上やっかい事を引き受けたくないのだ。

<あの・・・まずいことになったのです・・・世界が・・・このままでは・・・壊れてしまうのです・・・>

しるか。世界なんて壊れてしまえばいい。

勝手に人にゴスロリ服を着せて、何が選定だ馬鹿野郎。

と、システム・オブ・ア・ダウンを聴きながら、アイスコーヒーを飲む。

<あの!!!聞いてください!!!あの!!!佐藤江梨子が!!!佐藤江梨子が!!!>えっ、佐藤江梨子がなんだって?

私は思わず、頭の中で聞き返してしまった。

佐藤江梨子が悪の魔法使いにそそのかされてしまって、巨大化してこの世界を壊そうとしています!!>

はぁ?なんだそれと思ったのも束の間、喫茶店がずずーんという地響きの音ともに今までに感じたこと無い揺れを感じる。

その瞬間、鞄の中から、猫のぬいぐるみが飛び出してくる。

佐藤江梨子の攻撃が始まったにゃ!!」

そして、ステッキが私の手に吸い付く。はぁ?と思っているうちに、気がついたら足は喫茶店の外へ向かっている。走り出している。

人々がわーきゃー言いながら逃げ出している。その方向とは真逆に、走って行くと、巨大化した佐藤江梨子がビルとビルの隙間から見える。

佐藤江梨子はビルに向かって、張り手を繰り出す。何度も何度も繰り出す。ビルの中から叫び声が聞こえる。

気がついたら猫のぬいぐるみが私の周りをふわふわ浮いている。

「・・・・・・・・・・・・・・にゃ!・・・・・・・・・・・・にゃ!・・・・・・・・・・・・・・・・・にゃ!」

「えっなんて?」

猫の声が群衆の叫び声にかき消される。

「ステッキを拾ったのは偶然じゃないにゃ!魔法使いになる運命だったのにゃ!そのためにあそこに仕込んでおいたのにゃ!」

耳元で猫がでっかい声で言う。

あ、そうですか。

「で、どうするの?私、戦うの?」

「戦うにゃ!」

「無理でしょ。だって、巨大化した佐藤江梨子だよ。自衛隊に任せようよ」

「大丈夫にゃ!ステッキを佐藤江梨子にかざして、魔法の言葉を叫べば攻撃できるにゃ!」

「魔法の言葉?」

「ぱぴぷぺぷるるん、ぺるるん、ぽろろん。きるえむおーる。肉片になっちゃえにゃ!」「ぱぴぷぺ・・・?えっ?」

「最悪、肉片になっちゃえ-!だけでいいにゃ!」

「あ、わかりました」

私はステッキを巨大化した佐藤江梨子に向ける。

「えーと、肉片になっちゃえー」と気のない感じで言うと、ステッキの先の星が急速回転。ぐるるうるるるるる。ばびゅーんとビームが発射。

あららと思っているうちに、ビームは佐藤江梨子の右肩に着弾。右腕がその衝撃で、もげて、右腕が地上に落下。それと同時に、地上にあった車がぺっしゃんこ。ぴぃーぴぃーぴぃーと車の防犯ブザーが衝撃と共に鳴り響く。

右肩から血が噴き出した佐藤江梨子は「いってえええええ!」と叫ぶ。血が、あらゆる場所にまき散らされる。

当然、私のいる場所にも降りかかる。私は佐藤江梨子の血で血まみれゴスロリ27歳女性。

「あの、死んでないんだけども」

「そりゃそうにゃ!気もちが入ってないからにゃ!」

「気持ち?」

「そう!絶対殺すという意思にゃ!!」

「絶対殺すという意思?」

巨大化した佐藤江梨子を絶対に殺すという意思を持たないといけないみたいだった。

しかし、私にはそんなことできない。だって、佐藤江梨子は私に冷たいものを飲んじゃいけないって教えてくれた。そのほか、なんだろう、あ、キューティーハニーの実写版は評判悪いけども、私には面白かったとか、海老蔵の件はやっぱかわいそうだよねとか、いいからだしてまんなとか、そういうことが頭を過ぎる。

「あいつは、もう悪の魔法使いに乗っ取られた佐藤江梨子なのにゃ!昔のことは忘れて、改めてステッキをふるにゃ!」

猫がうるさい。

ふと、佐藤江梨子を見る。血を吹き出して、ビルにもたれかかる佐藤江梨子

そして、佐藤江梨子は体勢を直す。

そして私たちを絶対殺すという顔でこちらに向かってこようとしていた。

このままでは私は佐藤江梨子に殺される。

その瞬間、私の中に、覚悟が決まった。佐藤江梨子さん。ごめんなさい。でも、私はやるしかないんです。帰ったらまたキューティーハニーを見直すから!

「肉片になっちゃえーー!!」私は思いの丈を全て乗せて叫びながらステッキを振る。

その瞬間、きらっとステッキの先の星が光る。星が回転して、青空一杯に星座が広がる。

その星座はまたステッキの先の星に集約されて、そしてそこから放たれる真っ白なビーム。そのビームは佐藤江梨子の土手っ腹を打ち抜いて、後ろのビルに直撃。

佐藤江梨子は「わぁっ?わぁ?わぁあ?」と起こった出来事を理解できないようであった。その直後、佐藤江梨子の身体がぼこぼことふくれあがって、そして爆発した。

肉片と血液があたり周辺に飛び散る。

肉片と血液の雨の中、猫が私に語りかける。

「やったにゃ・・・でも、これは始まりにすぎないにゃ・・・奴らはまた世界を滅ぼそうとしてくるにゃ・・・」

猫はこれがはじまりだと言いたげであったけども、私の意識はもう別に移っている。私は佐藤江梨子の肉片と血液を浴びながら猫のぬいぐるみに聞く。

「ねえ、血まみれで最悪だから、このゴスロリ服を脱ぎたいんだけども、いつになったら脱げるの?」

「それは使命を果たした時にゃ」

くそかよ。

私は、猫に向かって、ステッキを振りかざす。

「肉片になっちゃえー」

星が回転して、空に星座が浮かび上がる。

そして光ってるあれがデネブアルタイルベガ。

光っている星々をつなげると星座が浮かび上がる。私はその星座を見ながらきれいだなと思ったのでした。

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