にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

書くという祈りについて。

 よく会っている後輩がいて、そいつと数時間くらい話していると毎回「書かなきゃいけないよね」って話になる。書かなきゃいけない。それはどんなことでもいいからとりあえずは書かなきゃいけない。

 書くことは祈りだ、なんてことを言ったのは誰か忘れてしまったけども、書くことは祈りという言葉だけは頭に残っていて、そして僕はそれを全肯定したいと思う。書くことは祈り。それは31文字でも140字でも1000字でも変わることない。通じているのはとにかく祈りだってことだ。

 どんな文章でもいいから頭の中から引っ張り出した方がいいと思っている。勿論、読んでくれるものを書いて、読んでもらえればなおさらだけども、それよりも、これは祈りのようなものだから、定期的に行うべきなのだ。

 宗教という物を信じていない僕がやる定期的な祈りの行為は文章を書くと言うことになる。信じたいものがあって、やるせないことや不幸があって、幸運や幸せがあって、それをはき出すのは文章を書くときということになる。定期的に祈るように、お経を唱えるように、文章をはき出す。それが祈りになっているのかもしれない。

 

 言葉と言葉をつないでいくと文章になる。その文章をつなげていけば長文になって、それっぽく見える。僕が書いているのはそれっぽく見えるものばかりだ。これは卑下ではなくてそういうもので、多分、というか絶対なんだけども、あまり何も考えていない状態で書き始めるからだと思う。

 そう思ったのは後輩の1人が「自分は何かを書こうと思ったら、何を書きたいかを書き出してからじゃないと書けない」と言っていたからだ。

 僕はその逆で何にもない状態からとりあえず書き始めて、つらつらと書いている途中にやっとこういうのが書きたかったのかなと思うような感じだ。

 石を削り出して、石像を作り出すような感じ。でも、石像を作り出す人たちだって、自分の一振りが、どのような形を切り出すかわかっているから、この例えは正しいわけではないと思う。

 どちらかといえば、粘土をこねてこねて気がついたらたまたま何かの形になっていて、それを僕は公開しているだけだ。つらつらと書き連ねた長文。書くことは祈りということであるならば、その祈りとしての言葉が繋がった文章。

 

 文章の書き方に正解はないのだと思う。勿論、公文書等の公の人に向けられた文章を書く際には正しく踏まなきゃいけない手順等はあるだろう。でも、こんな場末のブログでは書き方に正解はない。ガレージで演奏される音楽のごとく、正解も失敗もなくて、ただかき鳴らされるものがあるだけだ。

 だからとりあえず書かなきゃいけない。書いているうちにそれがたまたま名曲になるかもしれない。そんなこともないかもしれない。でも、名曲を産み出すためにはギターの鳴らし方を知っておかなきゃいけない。どんな音が出るのか、どんなメロディを産み出すことができるのか。コードに奏法。様々なこと。知っておかなきゃいけない。

 そんな風に、文章も書き続けなきゃいけないと思う。

 いつか何かを表現したいと思ったときのために。いつか誰かに届けたい思いがあるときのために。いつか自分の祈りを響かせるときのために。

 その日のために、書き続けなきゃいけないと思う。

 

  何か悩んでいる人にはとりあえず長文を書いてみたらとつい僕は言ってしまう。悩んでいるならば長文を書き出してみるのがいちばん良いと思う。それは自分自身が書くことで幾分か救われてきたこともあるからだ。宗教なんて信じてないし、世の疑似科学も信じられないけども、文章を書くことだけは信じられる。気持ち悪いくらいに信じられる。それだけは裏切らないとさえ思う。

 なので書いて欲しいのだ。最近、会う知人会う知人に長文を書いて欲しいと言っているのは要するに沼にはまってしまった人が引きずり込むのと同じで、マルチ商法にはまってしまった人が勧誘するのと同じで、宗教にはまってしまった人が目をキメて話しかけている状況と同じだ。

 そして困ったことに僕は誰かが書いた文章を読むのも好きなのだ。

 誰でもいい。とにかく誰かが書いた文章が好きだ。今やどこにでも言葉は溢れている。日々の雑記。地下アイドルの引退宣言。AVのレビュー。書評。映画の感想。罵詈雑言。育児日記。その全てが好きだ。 

 そのどれもが愛おしい。そのどれもが素晴らしい。そのどれもがその人にしか書けないものだ。その人にしか書けない祈りだ。

 

 書くことは祈りであるならば、あなたはどんな祈りを書くのだろうか。

 どんなことでもいい。書き始めたらいい。そのうちに何かになっていく。

 私たちは日々願う。小さなこと、大きなこと、叶ったこと、叶わなかったこと、辛かったこと、幸せだったこと。それらを言葉にかえてつなげて文章に変容させるうちにあなたにしか書けないものが生まれる。

 そうやって生まれた祈りのような文章を書きたいと思うし、そしてそれを読みたいとも思う。

 誰かの祈りはまた別の誰かに届くはずだと信じて。

 そして僕はそんな祈りが届くことを祈って、そして受け取れることも願って、書き続けたいし、読み続けたいのだ。

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