にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

手放すな、諦めるな、今の自分にはこれしかないんだ。

 書かなきゃいけない。書かなきゃ生きている意味がない。と思いながらもここ何日、何週間、何ヶ月も書くことができていない。

 少し前までなら、ポメラを開けば言葉があふれ出た。でも、今は全くだ。言葉を打ち込むことすらままならない。こんなエッセイめいたものですら打ち込むことが困難になっている。苦しい。苦しい。と思いつつも、書かなきゃいけないと何度も思う。

 書かなきゃいけないと思うのは生きている意味が感じられないからで、書かなきゃいけないと思うのは、自分の人生が書かないと何にもないことに気がついてしまうからだ。

 自分の人生には何にもない。それを見てしまうのが嫌で、自分は何かを作り出せる人間だと思い込みたいから書く。書く。書く。

 でも、書けない。何にも書けやしない。

 


 

 イヤホンで音楽聴きながら実家を歩いていたら、イヤホンのコードが扇風機に絡まってしまって、そのせいで扇風機が壊れてしまった。そのせいで、僕はひどく怒られて、それで母は「お前はいつもぼんやりしている」とののしった。

 僕はぼんやりしている。いつもぼんやりしているから、会社でも怒られて、女性にも怒られて、家族にも怒られる。

 だから書かないといけない。書く場所だけが逃げられる場所だ。ぼんやりしている自分が生きていける場所だ。でも、書けない。何にも書けやしない。

 

 トマス・ピンチョンLAヴァイスを見たので、映画版の『インヒアレント・ヴァイス』を借りたのだけども、結局見通すことができず、それどころか二日も延滞してしまった。

 それを返しにTSUTAYAに自転車で行って、店の前に自転車を止めた瞬間に、おじさんに「ここは停めちゃいけない場所だから!」と怒鳴られた。

 僕は怒鳴られるようなことをしたのだろうか?

 そのルールを守らなかったこと、知らなかったことは怒鳴られることに値するのだろうか?

 僕は「よくないよくないよくないよくない」と何度も呟いて、怒りでおかしくなるのをなんとかしようとした。もう何にもうまくいかなすぎて、自分の心がおかしくなりそうだった。

 


 だから書かないといけなくて、なんとかして書かなきゃいけなくて、物語を作らなきゃいけなくて、そして、それを誰かに届けなくちゃいけない。でも、何にも思い浮かばない。文章が、物語が、単語が、シーンが、タイトルが、何も浮かばない。

 僕は出がらしになってしまった。出がらしの人間だ。

 


 フラれてしまった。「君の気持ち悪いストーリーに私を巻き込まないで欲しい」と僕は言われた。僕は気持ち悪い人間だ。見た目もよくないし、太っているし、対人関係もうまく作ることができない。

 だから、書くんだ。嫌なことを忘れるために書くんだ。なんとか全ての嫌な感情を消化するために、昇華するために書くんだと思う。でも、書けやしない。物語なんて、思い浮かばない。それどころか、フィクションを受け止める心の余裕がなくて、あれだけ楽しかったフィクションの居場所に今の私はいない。

 


 書こうとした。

 書いた。

 出がらしの人間が九十九里浜に集まる。砂浜の上に巨大な風車が立っていて轟音をたてて回っている。その周りで人々が輪になっている。夕暮れになる。人々は散り散りになる。自死を選ぶ人間もいる。主人公は砂浜に座ってビールを飲みながらそれを見ている。

 それだけの物語。

 何にもない。それだけの物語だ。私はここまで書いて、書くのをやめてしまった。面白くもなんにもない。心象風景でも、詩でも、小説でもない。何かだ。形作られなかった何かだ。

 もう、書けなくなってしまったのか。絶望するのはまだ早いと思いつつも、もう書けなくなってしまったらどうしたらいいんだろうと思う。

 でも、自転車のペダルを漕ぐように、足を一歩一歩前に進ませるように、それでも、それでも、文章を打ち込み、刻み込まなきゃいけない。

 何かしか生み出せなくてもいいから、形作れなかった何かしか生み出せなくてもいいから、それでも、それでも書かなきゃいけない。

 そこにしか居場所がない。自分を表現する場所はそこしかない。気を遣わず、好き勝手できる場所はそこしかない。そこしかないんだ。

 手放すな。

 諦めるな。

 書くんだ。

 今、この文章を書くように、書き続けるんだ。

 

 ぼんやりしてようと、怒鳴られようと、気持ち悪がられようと、発達障害と言われようと、一年休職してようと、毎朝抗うつ剤飲んでいようと、眠れなくて睡眠薬を飲んでいようと、文章の世界じゃ許されるんだ。

 だから、書く。一文字打つのに、苦しんでも書く。誰が読んでいるかわかんなくても書く。言葉を打つ。全ての経験を無に帰さない。何でも産み出してやる。形作られなくてもいい。それでもいいから書く。書いてやる。

 


 僕は今、喫茶店ポメラを開いてこの文章を書いている。読んでいた本を閉じて書いている。正確には本を読むことができなくなって書いている。どうしても書きたくなったから書いている。本も頭に入ってこなくなったから書いている。頼んだアイスコーヒーを8割方飲んで書いている。怒鳴られた後に書いている。扇風機を壊した1日後に書いている。フラれた3日後に書いている。休職して1年後に書いている。生まれてから27年後に書いている。

 物語も、エッセイめいたものも、書けないけども、こんな文章だけは書くことができる。こんなもの、シャドーボクシングだ。誰に向かって打ち込む物でもない文章だ。それでもやるしかないんだ。書くしか無いんだ。全部を使って書くしかないんだ。

 今の自分にはこれしかないんだ。

 

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