にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

Thank you for playing!! /映画『レディ・プレイヤー1』を見た!

レディ・プレイヤー1』を見た!

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 ゲームをやったことがある人なら「Thank You For Playing!」という文字面を見たことを見たことがあるかもしれない。

 ゲームだけでなく映画、音楽、小説、アクセサリー、とにかく世の中の創作物は実際に見てくれる、触れてくれる、そんなあなたがいてなりたつものだ。

 そして世の中の創作物は0から生まれることは無い。

 多くの創作物の影響から生まれる。

 誰かが作った物をあなたが受け取って、それをまた誰か別のあなたに届く。

 それが世の創作物というものかもしれない。

 


 アーネスト・クラインが書いた原作『ゲームウォーズ』はおびただしい量のサブカルチャーの引用で描かれた原作だった。

 ハリデーという男がOASISというVR空間に残したイースターエッグを見つけるために様々なサブカルチャー(主に80’s)を調べ尽くして発見していくという内容だった。

 巨匠スピルバーグ監督はどう料理したか。

 映画化に際して『レディ・プレイヤー1』おびただしい量の、本当におびただしい量のサブカルチャーの引用を入れ込んだ。

 映画、音楽、ゲーム、小説。

 初見でそれを網羅することは不可能なほどの引用。

 しかし、それはあくまでもイースターエッグと言う扱いにしている。

 気がついた人だけがより楽しめればいいという風に。

 冒頭のカーチェイスだけでも網羅不可能なほど情報が詰め込まれている。

 クライマックスの大乱戦なんて、なんどここを見れば全ての情報がわかるのだろうというほど詰め込まれている。

 でも、それはBlu-rayで繰り返し見てくれと言わんばかりに通りすぎていく。

 一つ一つを、まるでコレクションを見せびらかすようには見せない。

 一つ一つ、権利を許諾してもらっているにも関わらずだ。

 秒単位で過ぎ去っていく引用元。

 それ以上に、1本の映画として見終わった時に心に刺さるメッセージは二つだ。

 それは大きなメッセージである『現実を大事にしよう』というもの。

 そして3つ目のキーになる『イースターエッグ』探しである。

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 3つ目のキーになるイースターエッグはアタリのゲーム「アドベンチャー」のイースターエッグを見つけることだった。

 そのイースターエッグは世界で初めて仕込まれたイースターエッグ

 画面上の見えないドットを見つけることで制作者の名前が現れるというものだった。

 それを見つけ出した主人公はOASISイースターエッグを仕込んだ張本人であるハリデーにこう言われる。

 「私のゲームを遊んでくれてありがとう」と。

 


 隅々まで探さなければ見つからないイースターエッグ

 それはすなわちそのゲームを隅々まで遊び尽くすことである。

 そうして初めて現れるメッセージ。

 それが「私のゲームを遊んでくれてありがとう」だということを考えると、不意にこの映画の制作者達が込めたメッセージが浮かび上がってくる気がする。

 ゲームをプレイしてくれてありがとう。

 小説を読んでくれてありがとう。

 音楽を聞いてくれてありがとう。

 映画を見てくれてありがとう。

 そんなメッセージが立ち上がってくる気がするのだ。

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 多くの引用で作られたこの作品はまるでこれまでのサブカルチャーの祝祭でもようであり、そしてサブカルチャーたちからの感謝の念のようでもある。

 冒頭から終わりまでそれがつきることはない。

 作品は0から生まれることはない。

 だからこそ引用というわかりやすい形で見せるのは多くの作品によって救われてきた人々の姿と、制作者の姿だ。

 VR世界を支配しようとする者を止めようとするのはおびただしい量のサブカルチャー達だ。

 そのサブカルチャー達にも制作者がいて、それに救われたものがいて、そしてそれが一同に介する。

 一同に介するのはサブカルチャーを支配しようとする人々の陰謀を止める時だなんて素敵じゃないか。

 

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 創作物が真に命を与えられる瞬間は、誰かがそれを受け取った瞬間だ。

 それまでは死んでいるに等しい。でも、誰かが受け止め続ける限り生き続ける。

 誰かが遊び続ける限り生きている。

 誰かが聞き続けている限り生きている。

 誰かが見続けている限り生きている。

 だからこその『Thank You For Playing』なのだと思う。

 命を与えてくれてありがとうと。

 

 長年映画界で作品を作り続けたスピルバーグ監督からの『Thank You For Playing』が詰まった1本の映画。

 もう二度とこんな映画が作られることはないかもしれない。

 こんな祝祭は二度と開かれるかもしれない。

 でも、それでも大丈夫。

 そんなときはまたこの映画を見ればいい。

 おびただしい量のサブカルチャーの先に、祝祭の先に、またスピルバーグ監督は待っているはずだから。

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