にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『世界を鉄の藻屑にかえてやる』

 塚本晋也監督の『鉄男』を見た私は感動のあまり椅子から立ち上がれなくなってしまった。椅子と言っても、 映画館の椅子なんかじゃなくて、勉強机を買ったときに付いてくる 固い椅子。私はまだ実家の子ども部屋にいる。

 というか引きこもっている。会社にいけなくなってしまった私はほとんど引きこもっている。
 ゴミためのように沢山の思い出に囲まれた自室に私は引きこもっている。
 教科書、テスト用紙、プリント、漫画、CD、雑誌、服、よくわからないもの、それに囲まれて私は引きこもっている。
 で、引きこもっている最中にNetflixでたまたま見た鉄男に強く感動してしまった。「俺たちの愛でこの地球を鉄の藻屑にして やろうじゃないか。やりまくるぞー!!」 と叫ぶラストに私の気持ちは高ぶり、私も「やりまくるぞー!!」 と思う。
 この世界を鉄の藻屑にしてやる!!
 しかし、とはいえ私は鉄でも男でもないので、どうしようかと思う 。鉄男ならば、この世界を宇宙の藻屑ってやつにできるのかもしれ ないけども、ただの人間である私にはどうすることもできない。
 そもそも引きこもっている私はNetflixで鉄男も見ているだ けのただのパンピー。破壊衝動から一番遠い場所に生きている。
 では、どうするべきか。と思った私はとりあえず外に出ることにした。

 

 5日ぶりの外だった。外はすっかり春めいていて寒いのか暖かいのか全くわからない。
 昼の1時に高校生の頃のジャージに身を包んで、この時間に外をぶ らついている私はどう考えても不審者で、それだけで嫌になるが、 家に居ても世界を鉄の藻屑にすることはできない。
 そうだ。世界を鉄の藻屑にするためには外に出なきゃいけないのだ 。
 そう外に出てみてはいいものの、どこか行く場所もない。
 というかどこにも行けないから私は引きこもっているわけで、どこにも行けないのはある意味正しい。
 私は一つ一つに納得と失望をしながら、家の近くの公園までやってきた。
 そこには壊れたビニール傘が落ちていた。骨がばきばきに折れているビニール傘。
 私はそれをつかみ取って、引きこもり先の家に持って帰る。
 家のリビングでは母がいて「あら、外に出ていたの?」と聞いてくる。
 「うん。今は調子良くて」
 「そう。そんな日が増えたらいいね」
 「うん」
 となんとも優しい言葉。世界を鉄の藻屑に変えると言うことは母も鉄の藻屑にしなければいけないのか。こんな引きこもっている娘に優しい言葉を投げかける母も鉄の藻屑にしなければいけないのか。 

 それは嫌だなと思う。
 しかし、手に持った折れたビニール傘を見て、気持ちを改める。
 世界を鉄の藻屑に変える。そのためにはこのビニール傘が必要なのだ。
 「その汚いビニール傘なに?」
 「これ?拾った」
 「あ、そう」
 「うん。じゃあ、部屋に戻るね」
 と母の追求もうまくすり抜けて、部屋に戻って、子どもの頃から使っている勉強机に折れたビニール傘を置く。
 私はこれを使って身体を鉄に変容させて、それで世界を鉄の藻屑に変える。
 というわけで、きたないビニールを剥がして、骨組みだけにして、その折れた骨を一本一本採取する。
 その一本の骨を私はセロテープで身体にくくりつけて完成。
 『鉄男』では鉄のボトルを足に埋め込んでいたけども、私も同じことをしている。ビニール傘の骨を身体に埋め込んだ私は鉄に一歩近づいたはずだ。
 うぃーん。うぃーん。と腕を動かす度に、自分の声で唸らせてみる 。

 なにやってるんだろう。

 これが、世界を鉄の藻屑にするということにつながるのだろうか。

 つながるわけがない。
 私は、セロテープを引きはがして、骨をまた勉強机に置いて、それからリビングへ行く。
 「あ、さちこ」
 と母に呼ばれる。
 「何?」
 「今度、産業医さんと話す日っていつだっけ」
 「今週の金曜日だよ」
 「明後日ね」
 「なんで」
 「なんとなく気になってね」
 「うん」
 「今日、カレー作るから手伝って」
 「わかった」
 そうして会話は止まって、私と母はテレビを見た。テレビでは相撲中継が流れている。肉でぶよぶよの人々がぶつかり合っては人々が歓声をあげていた。


 「さちこさん。最近の調子はどうですか?」と会社の近くの喫茶店 で私は産業医さんと面談。
 「調子ですか。相変わらず悪いです」
 「そうですか」
 「・・・長いですよね」
 私が会社に行けなくなってからそろそろ一年が経とうとしていた。

 「いえいえ。大丈夫ですよ。焦らずです」
 「はい」
 「さちこさん。最近は何か目標みたいなものはできましたか?」
 世界を鉄の藻屑に変えることです。なんてことはいえない。
 「週五で外に出ることです」
 「素晴らしい」
 「でも、全然外にでることができなくて、引きこもってばかりです 」
 「大丈夫ですよ。最初に比べたら良くなってますから頑張りましょうね」
 「はい」


 そつがなく面談は終わって、産業医さんと別れて、私はどうすることもまたできなくなる時間が訪れる。とりあえず私は会社を遠くか ら眺めることにした。
 世界を鉄の藻屑にするならばここを中心点にすべきだと思ったのだ 。なぜなら会社=世界であったわけなので世界を鉄の藻屑に変える ならばここが中心点だと思ったからだ。
 しかし、私は特に会社に対して恨みがあるわけではなかった。
 会社に行けなくなったのも、引きこもりになったのも、トリガーは この場所だけども、だからといってあそこに居た人を全員鉄の藻屑にするのは何か違う気がする。
 私は、私で悩む。
 あれ、私が恨んでいるのは世界だけども、人を恨んでいないとすると、私が恨んでいるのは何になるんだ?
 漠然とした世界というものを恨んでいるが、具体的に恨んでいるものがあまりにもないことに気がついてしまって、私は困惑する。
 すると「あ、さちこさん」と同期の鈴山くんに出会ってしまって、 私は動悸がとまらなくなってしまって、逃げる。
 「逃げないでさちこさん」
 「私は今、休職中なので、鈴山くんに合わせる顔がないのです」と 一気にまくし立てると鈴山くんは笑って近づく。
 「大丈夫です。僕も今サボっている最中なのでー」
 「大丈夫?」
 「うん。もうちょっとサボらせてよー」
 と、鈴山くんとさっきまで産業医さんと面談に使っていた喫茶店に また入って喋ることにする。

 「さちこさん。なんで会社の近くにいたの?」
 「今日、ここで産業医さんと面談があって」
 「ここで?」
 「うん」
 「あーじゃあ、ごめんねー」
 「いいよいいよいいよいいよ」と短時間にいいよを繰り返していい ってことを私は強調する。
 「他の同期は元気にしてる?」私は聞く。
 「軸谷さんはやめたよ。太宰府さんもやめたし」
 「あら」
 「今残ってるのはさちこさんと僕だけだよ」
 「でも、私も今は引きこもってるし」
 「だからもう辛いよー」と鈴山くんはのんきに話す。
 その姿を見て、鈴山くんを鉄の藻屑に変えるのはやめておいたほう がいい気がする。鉄の藻屑に変えるには惜しい人材だ。こんな人間 を鉄の藻屑にするとバチが当たる気がする。
 「さちこさんは最近は何しているの」
 「私は、何もしてないです。ずっと家に引きこもってる」
 「そうなんだ。なんかやりたいこととかあるの?」
 「えーと」
 世界の鉄の藻屑に変えてやりたい。
 なんてことはやっぱり言えない。
 でも言ったらわかってくれるかな。
 わかってほしいな。
 でも、馬鹿にされるだろうな。
 「・・・」
 「まあ、おいおい見つかるよー」鈴山くんはのんきにそう言ってくれる。いや、あるのだ。本当はあるのだ。でも、言うと馬鹿にされるから嫌なのだ。鈴山くんもろとも鉄の藻屑に変 えてやりたいなんてそんなこと言えない。 キチガイだって思われてしまう。
 そもそも、もう私はキチガイなのか?そんなことを考えている時点で、だめなのかもしれない。でも、思ってしまったんだから仕方ないんだ。
 「・・・ありがとう」と形式的に答える。
 「僕は最近、つらくてねー」
 「そうなんだ」
 「なんか、生きづらくてしかたないよー」
 間が生まれてしまった。
 でも、鈴山くんも生きづらいのかと思った。あののんきそうな鈴山 くんでも生きづらいのか。私はすこし感動している。少し、だけ世 界が広がった気持ちがした。だから言う。 
 「・・・鉄男」
 「うん?」
 「鉄男って映画があって、それを見たらいいと思う。昔の映画だけども、なんか今の鈴山くんにはぴったりだと思う。変な映画だけど も、でも生きづらい人にはとてもおすすめ」
 「鉄男?鉄に男?」
 「うん」
 「そっかー。見てみよかなー」
 「うん」
 「さちこさんって映画好きだったんだね。知らなかったー」
 「うん」
 私はそういえば、同期であるということくらいしか鈴山くんに自分 のことを解放していなかった。初めて鈴山くんに自分を少しさらけ出した瞬間だった。


 鈴山くんとの会話も終わって、私たちは別れて、それから私は駅に 向かわず、駅の近くに流れる川を延々と見ている。
 鈴山くんが鉄男を見たらあのラストシーンで感動してくれるかな。

 「さちこさん。僕もこの世界を鉄の藻屑に変えてやりたいと思った よー」って言ってくれるだろうか。
 そんなことはないだろう。
 他人とはわかり合えないものだ。私はこれまでの人生でそれを痛いほどわかっているはずじゃないか。
 でも、それでも、同じ感情をもし持ってくれたら。
 鉄男のラストのように、鉄男の二人が合体して、この世界を鉄の藻 屑に変えてやると宣言するシーンのように、私と鈴山くんでこの世 界を鉄の藻屑に変えてやるのだ。
 私と鈴山くんで?
 鈴山くんと二人っきりで?いやいや、それはない。変なことを考え てしまった。
 しばらく父と母と産業医しか喋ってなかったせいで、変な感情が生まれてしまった。よくない。これはよくないことだ。
 私は川を見つめながら思う。流れゆくこの川も鉄さびに変える能力 があれば、うまくやれたのかなと思う。
 私は自尊心がなくて、私はうまくやれることができなくて、私は何の能力もなくて、私は好きな物があんまりなくて、私は人の顔色ば かりを見ていて、私はどうしようもないから、私は私になってしま った。
 だから、何か一つでも秀でたものがあれば、うまくやれたのかもと思う。
 鉄さびに変える能力があるんだと思っていたら、私は力強くなれていたのかな。
 わからない。
 私はポケットから煙草を取り出して、吸うことにした。
 川沿いは風が強くてなかなか火が付かなかった。


 家に帰って自室に戻ると、あのビニール傘の骨がそのままになって いた。
 私はもう一度腕に取り付けてみる。うぃーん。うぃーん。喉を唸らせる。それで思う。この部屋をまず鉄さびに変わる瞬間を。
 勉強机が鉄さびに変わる。置きっ放しの教科書が鉄さびに変わる。 卒業アルバムが鉄さびに変わる。私の嫌な思い出が全部鉄さびに変 わる。
 全てを鉄の藻屑にする。
 この世界を鉄の藻屑にするならばまずは私の部屋からだ。
 中心点は会社じゃない。
 世界=会社じゃない。
 中心点はあくまでここだ。この部屋だ。
 私の世界の中心点はここだ。
 世界=私の部屋だ。
 ここを変えなきゃいけない。
 だから、私は捨て始める。
 ゴミ袋を母に貰って、自室のいらないものを捨て始める。
 10年以上前の教科書を捨てる。テスト用紙を捨てる。ノートを捨 てる。いらないCDを捨てる。いらない漫画を捨てる。いらない雑 誌をすてる。いらない服を捨てる。よくわからないものを捨てる。 捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。
 ビニール傘を捨てる。
 捨てることで、この物達を鉄さびに変えてやる。
 私には世界を鉄の藻屑に変える能力なんてない。
 でも、捨てることで鉄さびに、藻屑にかえることはできる。
 だから、捨てる。捨てる。捨てる。捨てる。


 部屋の半分を捨てきったところで、私は涙が止まらなくなる。うぉんうぉんうぉんと涙が止まらない。うーわーと涙が止まらなくなる 。私は思い出を捨てるということに耐えられなくなってしまった。 鉄さびに変えるのだ。なんとか世界を変えるのだ。
 と思って、なんとか進めようとするけども、無理だ。
 私は手が動かなくなって、涙がとまらない。
 なので涙が止まらないまま、リビングに行く。
 母が、相撲中継を見ていた。
 「あら、泣いてるの」
 「うん」
 「なんで」
 「鉄さびに変えてたらなんか涙が止まらなくなった」
 「何言ってるの」
 「何言ってるんだろう」
 「とりあえず、ロールケーキ買ったけども食べる」
 「食べる」
 鉄さびに変えるのはやめてロールケーキを食べることにした。ロー ルケーキはとても甘かった。
 テレビでは今日も相撲中継が流れていた肉と肉がぶつかり合って人 々が歓声をあげている。


 世界を鉄の藻屑に変えるのは難しい。
 鉄男には「本気で世界を鉄の藻屑に変えてやろう」という気持ちが 封じ込められているけども、それは物語の中でだ。
 これは30年も前の映画だけども、それから世界が鉄の藻屑になったわけではない。
 現実には簡単には変えれない。現実には簡単に敵わない。
 だから、世界の中心点をまず自力で変えることが必要だ。
 私はそれから鉄男を何度も見返す。
 そして、そのたびに「世界を鉄の藻屑に変えてやろう」と思う。
 でも、そんなことは絶対にできない。
 だから中心点である私の部屋をまずは捨てさる。
 沢山の物を捨てる。
 私は私の能力で沢山の物を捨てることに成功する。
 泣きながら沢山の物を捨てる。
 世界を鉄の藻屑に変えていく。


 数日後、鈴山くんからLINEが飛んでくる。
 「鉄男を見たよ」
 「どうだった」
 「変な映画だねー。わけわかんなかった」
 「ああー」
 「でも、最後の世界を鉄の藻屑に変えてやるってところ、感動した 」
 「本当!?」
 「うん。僕も世界を鉄の藻屑に変えてやりたいなーって思っちゃっ たよー」

 世界を鉄の藻屑に変えてやりたいと思ったのは私1人じゃなかった。そもそもは塚本晋也監督がこの世界を鉄の藻屑に変えてやりた いと思って作ったわけで、そして、その映画を流れ流れて私が見て「世界を鉄の藻屑に変えてやりたい 」と思って、私に勧められて見た鈴山くんも同じことを思った。
 世界は変えられる。
 鉄の藻屑に変えられる。
 そのためには思うことが必要で、一緒に思ってくれる人が必要で、 そして出来る範囲から鉄の藻屑に変えていかなきゃいけない。
 そうすれば、世界は必ず変えられるはずだ。
 絶対にできるはずだ。


 でも私はまた涙がとまらなくなって、リビングに行く。
 リビングでは母が掃除をしていた。
 なんでと聞くと、「さちこが掃除をしていたから、私もしようと思って」と帰ってきた。
 徐々に変わりつつある。
 行動をすれば、何かが変わる。
 それが「この世界を鉄の藻屑に変える」ということなのだ。
 でもそれは私1人じゃ無理だ。
 多くの人の協力が必要だ。
 世界を変えるには1人でも多くの人の協力が必要だ。
 私のことをわかって貰う人の力が必要だ。
 そのためには私は私であることをもっと外に出すべきなのだ。
 好きな物を人に伝えることが必要なのだ。
 私が何を考えているかを伝えるのが必要なのだ。
 「お母さん」
 「何?」
 「世界を鉄の藻屑に変えてやりたいって思ったことある?」
 「無いに決まってるじゃない」
 「そうだよね」
 そうなのだ。そりゃそうだ。みんながみんな思ってるわけじゃ無い 。
 でも、それでも捨て去っている。世界を変え始めている。
 だから、100%私に同意できなくてもいい。
 世界が変わるならそれでいい。
 「私も掃除手伝う」
 「あら、ありがとう。じゃあ、そっちの本の整理手伝って」
 私は手伝いながら、テレビをちらちら見る。
 テレビでは相撲中継が流れていた。
 私はもしこの人達の身体が鉄になって、鉄力士になって、ぶつかり あったらもっと面白いのになあと思った。
 鉄の藻屑になった場所で鉄力士が戦い合う。そんな日がやってくる のを夢見て、私は私の世界をちょっとずつでも変えていく。
 その夢を今度鈴山くんに言ってみようと思う。
 多分、なんでって言われるかもだけども、それでも、言わないよりはましだ。
 世界を徐々に変えていくことが鉄の藻屑に変えることの最大の近道なのだ。

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