にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『愛なき世界』

 私は私の地獄を生きている。という言葉を思いついてほえほえほえとなった私は、布団の中から動きたくなくて、布団というドリームホームから動きたくなくて、それでも朝はやってくるので動き出さなきゃいけない。
 目覚めた45分後には電車に乗っている。イヤホンを耳にぶっさして大音量でマイ・ブラッディ・バレンタインのラブレスを聞いている。があああああああとギターの音がまるで夢の続きのようで心地よい。つり革を持ちながらでももう一度眠れそうだ。がああああああああ。
 さらにその45分後には私は会社のデスクに座っていて、パソコンを開いている。頭の中ではまだマイ・ブラッディ・バレンタインのギターの音色ががあああああああって鳴っているけども、私はそんな顔を一つ見せずにメールチェック。
 おはようございます、だの、ありがとうございます、だのをうまく使いこなして、発注業務をいちにさんしと朝からこなす。
 もう3年もやっていれば、ちょいちょいちょいとできるのだ。頭の中でラブレスを流すことだってたやすい。お気に入りの曲はsometimesって曲。がああああああってギター。クローズマイアイズ。フィールミーナウ。がああああああああ。
 すると、隣の席の杉山さんがいつまで経ってもやってこない。
 私は私の仕事で夢中になっていたから、というかラブレスに夢中になっていたから気がつかなかったけども杉山さんがやってこない。 すると、突然、上司各位がざわつきはじめる。
 そして私の元に山野さんがやってきて「杉山さん、飛び降りたんだって」って連絡がはいる。ほえ。となって、さすがにラブレスを流すのをやめる。


 まさか自殺するなんて、とか、あんないい人が、とかおきまりの言葉をみんな並び立てる。
 山野さんも「なんで、杉山さんがなんで」と今にも泣き出しそうに私に言う。
 私にはわからない。
 私も杉山さんが死んで悲しい。
 しかしまさか自殺するなんて、なんてそんなのどうして言えるんだって思う。
 私はラブレスを頭の中でがあああああって流しているから耐えることが出来ているけども、ラブレスを聞いたこと無い人が、どうやってこの時間を耐えているのか私にはわからない。
 だから杉山さんが飛び降りたことに私は全く疑問を持たない。
 私は私の地獄を生きている。杉山さんも杉山さんの地獄を生きていたのだ。多分そうだろう。そうに違いない。


 私はいつも通り昼ご飯を食べている。
 でも山野さんは全く食べる気がしないという。「だって杉山さんが亡くなったんだよ」と言う。杉山さんの死と山野さんの食欲に何の相関関係もないはずだ。だから食べたらいいのにと思う。
 でも、山野さんは食べない。だって杉山さんが亡くなったから。
 みんなの顔も暗い。その顔を、杉山さんが生きているときに向けておけば良かったのにと思う。
 私は、杉山さんと隣の席だから喋るくらいで、仲がよかったわけではない。杉山さんが死んだのは悲しい。とても悲しい。
 でも杉山さんが死んだからって、自分の心の一部が死んだように振る舞うのはどうかしている。
 それはエゴだ。エゴダンス。エゴ踊り。えらやっちゃえらやっちゃよいよいよいよい。と私は私のエゴを踊る。

 その日、一日、社内は葬式みたいな空気が流れていて、電話の音はその空気を引き裂く。後は笑っちゃだめな空気が延々と流れている。
 息苦しい。
 私はトイレに入って、個室の中で、目一杯の笑顔を作る。
 不思議なもので、笑顔を作ると心が軽くなる。
 そのことにきがついたのは浪人生の頃で、私は意味も無く勉強中ずっと笑っていた。
 そうじゃないとやっていけなかったし、そうすることで心の負担を減らしていたし、あの予備校の空気に対抗するにはこうするしかなかった。
 そうだ、あのときの予備校の空気もこんな風だった。
 だから、私は目一杯笑う。杉山さん見てる?私、今目一杯笑ってるよー。


 定時がやってきて、それから30分ほど残業をして私は帰る。
 外に出るとちょうど夕日が沈みかけていた。
 私は今日も私の地獄を生きた。地獄を生き抜いた。
 杉山さんは自宅のマンションから飛び降りたそうだった。
 もう、耐えれなくなったとか。
 山野さん経由でいろいろ聞いた。どこから情報を仕入れてくるかわかんなかったけども、山野さんは杉山さんの死について興味があるようで、たくさんのことを私に話した。
 でも、そんなのはどうでもよかった。
 私は業務を終えて、外にでて、夕日を見ながら、今日も生き抜いた。
 イヤホンを耳にぶっさして、ラブレスを流す。
 再びやっとラブレスが頭の中で鳴り響く。
 がああああああああああ。
 杉山さんにはラブレスがなかったのだな。
 杉山さん、ラブレスを探そうよ。
 愛無き世界だとか言うけれども、同じ邦題がついた音楽はこんなにも美しい。
 「死ななくてもよかったのに」
 私は気がつけば呟いている。
 死ななくてもよかった。
 そう。何にも死ななくてもよかった。
 杉山さんは死ななくても良かったし、山野さんは杉山さんの死について興味を持つべきじゃ無かったし、みんなは悲しんでいる様子を過度に見せなくてもよかった。
 なんでも、やりすぎだ。
 深く、深く、のめりこみすぎた。
 私は、私の地獄を生きている。
 もし、ラブレスがなかったら、私も死んじゃうのだろうか。
 死ぬのは嫌だな。痛そうだし。でも痛みって一瞬なのかな。そしたら死ねるのかな。なんて考えている。


 朝が来る。また地獄が始まる。私は布団から抜け出したくないななんてまた考えている。マイスイートホーム。行きたくないななんて思って。ああ、この瞬間を杉山さんは耐えることができなかったんだなって思い当たる。
 それから私は45分後には、電車に乗るはずだけども、まだ布団の中にいる。
 それからさらに45分後には会社についているはずだけどもまだ布団の中にいる。
 それから、3時間後には山野さんと昼ご飯を食べているはずだけども、布団の中にいる。
 それから、それから、たくさんのそれからを過ぎ去っていって、私はずっとずっと布団の中にいた。
 私はその間ずっと頭の中でラブレスを流していて、私は私の地獄を生きていて、杉山さんずるいなあと思いながら、それからを通りすぎていって、私は会社に行けなくなって、私は休職することになって、私は死を何度か考えて、私はそれでも生きねばと決意したりして、それからそれからをずっと通り過ぎていく。


 私はずっと地獄を生きていることに気がついていたけども、ラブレスを流すことでなんとか耐え抜いてきたはずだった。
 でも、だめなようでした。布団の中でがああああああって鳴り続けていても何の効果もありませんでした。
 杉山さんのことでみんな騒ぎすぎだなんて言っていたけども、私が一番、一番ダメージを受けていたみたいだった。
 なんで、先に降りちゃったんだろう。
 杉山さんずるくないですか。
 それじゃ、ラブレスを頭の中で流しながら頑張ってる私が馬鹿みたいじゃないですか。
 そうだ馬鹿だ。私は馬鹿なんだ。
 馬鹿だから杉山さんが死んだ日も平然を装うふりをした。馬鹿だもの。
 馬鹿だから私は達観できていると勘違いしていた。馬鹿だもの。
 馬鹿だ。馬鹿。馬鹿。
 ということにやっと気がつけたのは布団の中で3ヶ月がすぎたくらいで、髪の毛はぼさぼさで、化け物みたいになっている。
 それからさらに三ヶ月はあっという間にすぎる。

 「杉山さんって同僚がいて、その人が飛び降りたんですよ」ってカウンセラーに話す。
 カウンセラーはうんうんとうなずく。
 そこで私はやっと涙がぽろぽろと溢れてきて止まらない。
 杉山さん、杉山さん、すぎやまさあああんと泣く。
 それほど仲良くなかったけども。
 それほど話していないけども。
 それほど好きじゃ無かったけども。
 それでも、死ぬことはなかったよ、杉山さん。
 私まで、地獄に耐えきれなくなったじゃないか、杉山さん。

 というわけでまだ、当分の間は布団の中で過ごしている。
 がああああああってラブレスを流している。
 ラブレスに収録されているsometimesという曲を口ずさむ。
 クローズマイアイズ。フィールミーナウ。
 瞳を閉じて、思いを巡らす。
 杉山さん、どうして地獄から降りちゃったの?
 何も死ぬことはなかったじゃない。
 杉山さん、私は今、凄く寂しい。
 仲良くなかったけども、寂しい。
 とても寂しい。
 なので、ずっとずっと、あなたのことを考えている。
 そんな人がいたっていいよね。
 そんな風に思ったっていいよね。
 クローズマイアイズ。フィールミーナウ。
 があああああああああああああああああああ。

 

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