にゃんこのいけにえ

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舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』を読んだ!

 舞城王太郎ディスコ探偵水曜日
 ついに読み切った。1000ページ越えの大作をついに読み切った。
 買ってから「9年」もの本棚で「読んで・・・」と訴えていたかの本をやっと読むことができた。いや、1000ページ越えっすよ。なんどかチャレンジしたのですが、そのたびに挫折していたのですが、今回はなぜかするすると読むことができた。
 多分、今回がそういう時だったんだと思う。
 というわけで、早速だけども、本は読まなきゃいけない時があって、そんなときはするすると読めてしまうものなのではないのかという仮説を立てておく。

 そんな俺のトンデモ理論はどうでもよくて『ディスコ探偵水曜日』だ。変なタイトル。ディスコで探偵で水曜日だ。
 今とここを組み合わせた言葉がどこでも無い場所という意味になる国に生まれた俺はディスコ探偵水曜日。なんてドライブ感ある文章から始まるこの物語は、そのドライブ感そのままに最後までつっきっていく。1000ページを走りきる。
 とても奇妙な物語だ。こんな奇妙な物語は読んだことがない。
 何しろ、物語の始まりが6歳の女の子の身体に17歳のその子がはいってしゅるるるるると大きくなるところからスタートするのだ。
 なぜそんなことが起きているのか?が物語のスタートだ。
 それから物語はドライブする。
 物語は一気に場所を変えて、ある密室殺人事件に移る。
 その密室殺人事件を解決しようと探偵達の推理合戦がどんどん行われる。
 ここで俺は前回挫折した。だから読もうとしている人、ここは辛い。でも、読み進めろ。全てはつながる。その解決編だという顔をしているそのページは、実のところは「伏線」だ。
 いや、伏線というのも変だけども、全てはつながっていく。
 全ては意味がある。
 単行本で言うところの下巻では一気にハードSFになる。
 全てがつながっていく。
 あの密室殺人事件がなにがなにやら世界の中心へと形を変えていき、壮大な未来VS俺になるのだ。
 もうわけがわかんねえついていけねえってなってはだめだ。とにかく読み進めろ。
 踊り続けるように読み進めろ。リズムは聞こえているはずだ。
 その言葉のリズムを常に耳をすませろ。目を動かせ。読み続けろ。 そうしているうちにこの物語が1000ページものかけて描きたかったことがわかる。
 これは希望の物語だ。
 この世界はどうしようもなくくそで、そしてどうしようもない悪もいる。
 それでも、希望は捨ててはいけなくて、そして愛というのは誰かに注がれるべきだということがわかる。
 己の中にある愛と希望と勇気の物語。
 アンパンマンだ。
 しかしそのアンパンマン的な帰結が胸を熱くするのはそこまでの旅路を知っているからだ。
 この本を読んだ後は「自分の気持ち」というものですら、命があることに気がつく。
 全ては踊り狂っている。
 だから、愛は誰かに注がれなきゃいけないし、悪には勇気を振り絞って立ち向かわなきゃいけないし、そして希望は捨ててはいけないのだ。
 「私は光の道を歩まねばならない」というのは、舞城王太郎の『淵の王』の印象的な台詞だ。
 この作品もまさしく「光の道」を歩むことを決意した者達の物語だったことがわかる。
 舞城王太郎が書く物語が好きなのは本気で愛と勇気と希望と物語を信じている人の書く物語だからだ。
 本気で信じている。
 言葉を、愛を、勇気を、希望を、物語を。
 本気で信じている。
 だから、俺は読み終わったあと勇気がもらえる。
 その勇気によって俺を、そして他者を、そしてなにより世界を揺らすことができれば、舞城王太郎の意のままってやつだろう。
 でもいい、踊らないよりは、怖がってステップを踏まないよりは。
 どんなステップでも踏むべきなのだ。
 そこで音楽がなって、リズムが生まれたならば。
 1000ページを踊るように読ませる、前代未聞の奇書。
 踊るように読んで、踊るように生きろ。
 まるで複雑な打ち込みによるハイテンポな楽曲のように思えるけども、そこにはリズムがある。一歩だけでも踏み出せばOK、余裕。後は踊り続けるから。
 そして最後に胸に残るその暖かさを持って、フロアを後にしよう。

 舞城王太郎、渾身の一作。踊り続けるには体力がいるけども、大変面白い作品でした。おすすめ。

 

 

ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)

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ディスコ探偵水曜日〈中〉 (新潮文庫)

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ディスコ探偵水曜日〈下〉 (新潮文庫)

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