にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

連載小説『シュガーカヴァードリアリティ』 第4話

連載小説『シュガーカヴァードリアリティ』

第4話

 

 6.困惑の再生

 私は案の定、ずっと混乱している。
 目の奥はずっとずっと痛いままだ。でも、それでも、目隠しした女は話を続ける。
 「あの子を見つけるためには、このビデオを見て貰う必要があるの」と、ぐちゃぐちゃの文字が書かれたラベルが張られたVHSテープを渡しに渡す。その文字は読めないし、理解ができない。
 「あそこにテレビがあるわ」
 と指さした先に、さっきまでなかったはずのテレビとビデオ再生機がある。目が痛くなる。それでも、再生すべきなんだろう。ビデオテープなんて再生するのいつぶりなんだろうか。
 私はとにかく、ビデオを挿入する。がちゃうぃーん。
 再生。
 トラッキングノイズ。
 画面がゆがんで、ワンルームが映る。
 ワンルームの部屋では相撲の力士がオルゴールを回していた。
 ねじをぎりぎりぎりと回して、音が流れ出す。
 オルゴールは数音を小さな鉄の音をならした後に、テノールボイスで叫び始めた。
 世界3大テノール歌手のようなテノールボイス。
 その音に、力士は「うおおおうおおおうおおお」と頭を押さえ悶え苦しみのたうちまわる。
 そして、次の瞬間、ばこーんと力士の土手っ腹が爆発した。
 飛び散る肉片。
 まき散らされる大量の血液と内蔵。
 次のカットではちぎれた下半身に向かって、まだ生きていた力士が「どすこい!どすこい!」と渇を入れている。張り手でどすこいどすこーい。
 そこに白地で「ストップ!力士爆発!!」とテロップが出て、どうやらこれが公共広告だったことがわかる。
 なんだ力士爆発って。と思っているうちにこのCMが終わって、次は朽ち果てたコンビニエンスストアが映る。
 コンビニには絶えず人が出入りするけども、人の顔には全てブロックノイズが被さっているので、認識はできない。そもそも朽ち果てたコンビニにここまで人が入るってなんだろう?
 そのコンビニエンスストアの正面にはちぎれた腕が六つほどロープで釣り下げられていて、風に煽られてゆらゆら揺れている。
 右から二本目のちぎれた腕の指が徐々に伸びていく。徐々に徐々に。アハ体験の映像みたいだなと思っていると「頭、いかれていませんか?」とテロップが入った。
 「指が伸びてきたら、ロボトミー手術」とテロップが出て、これまた公共広告だったんだなってことがわかる。
 映像が切り替わると、下あごを小銭入れにしている老婆が、原付に乗った力士に下あごをひったくられる映像になった。
 下あごを取られた老婆が力士に向かって叫ぶ。
 下あごがないから言葉にはならない。すると、力士が爆発した。
 「ストップ!力士爆発!!」とテロップ。
 「ごめんなさい。そのテープ、CMカットしていなくて」と目隠しした女が私に話しかける。
 「あ、CMだったんですね」「そう。本当に見て貰いたいのは、この後だから」
 「このCMって何?」
 「念写をすると必ず映るの」
 「念写?」
 「そう、私の力」
 「カットできないんだ」
 「そう、絶対に入る。彼らの力が強いから」って目隠しした女は答える。「そろそろだから」と言うと、切り替わった映像にはペンギンたちがぞろぞろ蠢いているのが見える。
 ペンギンたちは一斉にバイクにのり、あちこちへ散らばっていく。そのうちの一台の後ろをはりつくような映像。
 その張り付かれたバイクはしばらく走った後に巨大な耳の形をしたトンネルに入っていく。
 「耳のトンネル」と目隠しした女が言った。
 「そこに行くの。あなたは今から」
 「耳のトンネル?」
 「そう、耳のトンネルにあなたは今から行く。行かなきゃいけない」

 

7.飽食の唸り

 耳のトンネルとやらに私は向かわねばならないらしい。
 といったものの、なぜこんなことが?や、なぜわたしが?や、この女はなにもの?といった疑問が渦巻いている。
 このピンクい照明で照らされた部屋で、謎めいたビデオテープを見たぺたんと座った私に、目隠しした女は身体を、そして顔をずずずずっと近づいてくる。
 目隠ししているのに、確実に私に顔を寄せる。
 「もうすぐ、団地は止まる。止まったらすぐにこの部屋を出て、B棟の503号室に向かって」
 「あ、はい」
 「そこが出口だから」
 と目隠しした女はささやく。だからそれに従う。
 今は従う他ない。私は頭の中に疑問が渦巻いている。
 でも、その疑問を追いかけていたら、疑問を追いかけるだけで終わってしまうだろう。
 だから、疑問を追いかけない。
 とにかくやるべきはあの女の子を救い出す。それだけだ。
 だから、私は全ての疑問を遠くへやる。
 そのとき、ビデオテープが再び動き始める。
 トラッキングノイズの後、流れ始めるのは昔見たあの戦隊物の1シーンだ。
 雨の中、赤色のヒーローが叫ぶあのシーンがノイズ混じりで流れる。
 「俺は、俺の正義を信じるぜ」
 と叫ぶ。
 「あなたの心の支柱でしょ?」と目隠しした女はささやく。
 「はい。」私は正義の人になりたかった
 「なれる。なれるから」目隠しした女は私の心を読んだようにささやく。女のその声はビデオテープに収録された雨音にかき消されそうだった。
 念写が出来るくらいなら、心を読むことも余裕なのかもしれない。OK、余裕。ってやつなのかもしれない。
 テープは巻き戻される。トラッキングノイズ。
 「俺は、俺の正義を信じるぜ」
 私は私の正義を信じる。
 女が私の手にパンプスを渡す。それは私のパンプスで、散々ペンギンの頭を殴ったあのパンプス。
 「これが、必要でしょ」
 と語りかけるので、私はうなずく。
 そのとき、部屋全体が揺れる。「団地が止まった。急いで」
 とぷしゅーと油圧が抜ける音がして、白い煙を吐き出して、壁の一部分が四角に開く。
 「ここを抜けて、さあ」
 と、目隠しした女は私の身体をその四角に押し込む。わっわっわっちょっとちょっとと思っているうちに、私の身体は押し込まれて。ぷしゅーと音が再び聞こえた時には、団地の廊下に立っている。

 団地の廊下だとわかったのは、延々と続くドアの群れが見えるからで、それは私の記憶を揺さぶる風景。
 団地に住んでいた私は過去にこの風景を見た。団地の廊下で鬼ごっこをしたことを思い出すが、今はそれには関係ない。とにかく急ぐほかはない。
 団地の廊下には窓がない。外に抜ける空間もない。閉鎖された空間。廊下の天井は蛍光灯が、定期的に並んでいて、それ以外はパイプが敷き詰められている。パイプはどれも脈打っていて、鼓動の音が聞こえた。
 ここはA棟の405の前。名前は読めない。私たちの知っている言葉では書かれていない。だから、読み飛ばす。関係ない。
 歩く。歩く。歩く。
 私はとにかく歩く。B棟の503号室に向かわないといけない。でも、A棟からB棟へどうやっていくかなんてわからない。とにかく出口を探さなきゃいけない。
 「げるぐぐうぐ。げるぐぐうぐ」と声が聞こえる。うなり声。
 私はこの声の正体をしらない。
 遠くからうなり声が聞こえる。
 その声のする方に近づく。近づいてはいけない気がするが近づく。 声は低く、そして空気を震わしている。
 ぴりりり、ぴりりりと空気が震えて、私の腕のそのたびにちりちりと痛む。
 そっと、近づいた先に、階段の踊り場があって、その踊り場にはクマの着ぐるみがしゃがんでいる。クマの着ぐるみだと気がついたのは茶色の背中にファスナーが見えたからと、首と背中の隙間に熊ではない肌色の皮膚が見えたからだ。
 しゃがんでいるクマの着ぐるみは「げうるううるう。ぐげるるるるう」と唸りながら、ぺんぎんをむさぼり食っていた。
 「やめうぺん・・・いたいぺん・・・」とペンギンは悲鳴をあげていた。 私がしばき回したあのペンギンではなかった。でも、多分仲間の1羽だろう。1羽?ペンギンの数え方は1羽でよかったよな。と思っていると、ごとりという音が聞こえて、ペンギンの1つの身体が二つに分裂している。踊り場にびちゃたたたと血しぶきが飛び散る。
 クマの着ぐるみはペンギンの身体をむさぼり食べていた。
 私はクマの着ぐるみに気がつかれないように、そっと移動した。
 踊り場がここにあるということは、どこか別の場所にも、階段があるはずだ。それだけを信じて移動を開始する。
 「げるぐうぐ。げるぐうぐ」
 背後からうなり声が聞こえる。まだまだ聞こえる。
 あのクマの着ぐるみは私を見つけたら、私を食べるだろうか。
 多分、食べられるんだろうな。
 だから、見つかってはいけないと強く思う。怖いけども、それほど怖くないと思ってしまっているのは、麻痺しているからか、それとも正義の人であると私が私をごまかしているからか。
 どうもわからない。
 この空間に来てからというものの、思考がうまくまとまらない。
 異常なことが連続すると、人の思考は温度が低下するようだった。 起こっている出来事に対して、妙に冷静な視点になってしまう。
 本当はもっと怖がるべきだったのだろうか。
 あのクマを見つけた時も、あの部屋に行ったときも、あのピエロを見つけたときも、あのペンギンをしばいていたときも、なんなら、あの路地裏に入ったときも。
 そういえば、首筋の嫌な感じはいつの間にかとれてしまった。
 多分だけども、異常が連続するとそれは日常になってしまうのかもしれない。そう思うと、私は意外と順応性が高いのかもしれない。
 そんなことをおもっているうちに、別の踊り場を見つけて、そこにはクマの着ぐるみも、ペンギンの姿もいない。うなり声も勿論聞こえない。
 だから降り進む。とんとんとんとん。
 降り進んでいくと、1階の共用スペースに出る。
 そこには膨大な数のポストがあって「へー、この世界にも郵便というものがあるのか」と思う。裏側の世界だろうと意外とインフラは整備されているのかもしれない。インフラが世界を作るならば、裏側の世界だろうと同じなのだろう。
 そして、共用部の出口から外へ出る。今のところ、あのクマ以外には誰にも出会って無くて、それはそれで不気味だ。
 外へ出ると、夕焼けが差し込む。
 団地に食べられてしまったのに、夕焼けが見えるというのは、何がなんだかわからないけども、紫色の夕焼けが私の視界に飛び込む。その夕焼けが目に入った瞬間、ぶわわわわわわわと言う音と、視界が昔の3D映画のように赤と青になる。
 あの夕焼けは直視したら、だめだ。脳がいかれてしまう。
 ぶっわわわわわわと言う音が頭に響く中、目が完全に痛くなる。
 わけがわからなくて、痛くなる。もう嫌だ。こんな場所。
 すると、とことことこ~と目の前を歩いて行くペンギンの後ろ姿が見える。
 あ、ペンギンだ。
 私は、走る。
 あのペンギンから話を聞こう。
 情報こそが全てだ。
 私はそのペンギンに向かって走っていって、ペンギンの後頭部にドロップキックをかました。f:id:gachahori:20180323103330j:image