にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『ねこ探偵vsマイケル・J・フォックス強盗団』

 俺はねこ探偵。ねこだけど探偵をしている。毎日、映画館の屋上に構えた事務所で、セブンスターを吸いながら依頼を待ってる。
 ねこに依頼を頼む馬鹿がいるのかって?
 意外とそんな馬鹿は多い。だから俺は毎日セブンスターを吸えているし、そこらへんのねこよりはいい食事をしている。
 昨日はさばの味噌煮だ。いい食事をしているだろう?
 俺がいつものように強情な女のねこのように固いパイプベッドでセブンスターを吸っていた時だった。ドアの開く音がする。ドアは立て付けが悪い。いくらそこらのねこよりいい生活をしていても、あのドアを直すほどの金はない。
 気むずかしそうな男が立っていた。顔が白く、細いフレームの眼鏡。身体のサイズにあったスーツ。どうやらオーダーメイドで作っているらしい。
 「どうしたんだい?依頼なら聞く。宗教と保健所なら遠慮してる」
 「依頼に来たんだ」
 じゃあ、座ってくれと、依頼人が座る椅子へ案内する。俺は依頼人には最大の敬意を払っている。だから椅子はふかふかのものを選んでいる。まず心の内を話して貰うには、小さなストレスから取り除かなきゃいけない。固い椅子じゃ、凝り固まった話は聞けないってもんだ。
 「で、依頼ってのは?」
 男が額の汗を少しぬぐって答える。
 「強盗団を捕まえて欲しいんだ」
 俺は、セブンスターを押しつぶして消す。
 「俺は探偵だ。警察じゃ無いぜ」
 「わかってる。でも、警察じゃ動いてくれないんだ」
 どうやらわけありのようだった。わけありのやつか、動物保護団体しか俺の元にはやってこない。
 「じゃあ、聞かせてくれ、どんな強盗団なんだ?」
 「・・・マイケル・J・フォックス
 「うん?」
 「マイケル・J・フォックス強盗団だ。」
 やれやれ、今日もろくでもない依頼みたいだ。


 僕ははる子さんが書いた小説の冒頭を読む。
 「どうだろ」
 はる子さんは僕に聞く。どうだろも、オープニングだけじゃなんともいえない。でも「とても面白い始まりだね」なんて言う。それは嘘じゃ無くて、ねこ探偵ってのも気になったし、マイケル・J・フォックス強盗団も気になっていたからだ。
 「あーよかった」と言って、はる子さんはコーヒーを飲み始める。よっぽど安心したのかはる子さんはごくごくとコーヒーを飲んだ。そのコーヒーは僕が数時間前に入れた奴で冷え切ってるけども、それでも飲む。

 「私、小説を書く」とはる子さんが言い出したのは昨日、はる子さんが僕の家に帰ってきた瞬間のことだった。
 はる子さんは僕の彼女で、1年くらいそれなりに長い時間を過ごしてきた。だからはる子さんのことをそれなりに知っているつもりだったけども、小説を書きたいなんて言ったのは初めてのことだったので、少しばかり面を食らった。
 どうして?と僕が聞くと、はる子さんは続ける。
 「今日も、会社でめっちゃ怒られてたんだけども、怒られている最中に突然、ねこ探偵なんて言葉が頭に浮かんで」と続ける。
 「ねこ探偵ってなに?」
 「わかんない。でも、多分ねこの探偵だと思う」
 「ねこなのに探偵なの」
 「ねこラーメンみたいな漫画もあったし、ねこが探偵ってのも大丈夫でしょ」なんて言う。
 「とにかく、私はねこ探偵って単語を思いついたってことはこの、アイデアが降りてきたってことで、私は降りてきたアイデアをうまく使わなきゃいけない気がしたんだよ」
 「ふーん」
 「わたし、ねこ探偵の話を書く」
 「小説?」
 「うん。絵、かけないし」
 「そっか」
 「だから、みやじくんは応援しててね」
 なんてはる子さんは言って、しばらく使ってなかったパソコンを引っ張り出して、それをスイッチオン。
 「ねこ探偵」なんて言葉を打ち込んでから、その後、ずっとうーんうーんと唸っていた。
 その日は、結局「ねこ探偵」って言葉より先には進めなかったみたいで、途中で寝落ちして、僕は「はる子さん、ベッドで寝なきゃ」と誘導しなきゃいけなかった。


 次の日、またかえって来るなり「マイケル・J・フォックス強盗団」って言った。「今日もめっちゃ怒られていたんだけども、その最中に、マイケル・J・フォックス強盗団ってのが頭に浮かんで!」と興奮気味に話す。
 そして、ご飯もそこそこにして、人が変わったようにぱちぱちと打ち始めて、気がついたらあの文章が生まれていた。

 「小説って書いたことあったの?」と聞く。
 「ない。初めて」
 「はじめてにしては、凄くよくかけてるんじゃない」
 「ふふふーありがとうー」とはる子さんは言う。
 多分、これまで沢山読んできたからだねー。さて、また書くぞーなんて言って、またパソコンに向かうが、今度はそこから先が全く進まないみたいだった。
 はる子さんは、途中立ち上がってあっちに行ったり、こっちに行ったりしたり、ヘッドフォンをつけて音楽を聞き始めたり、テレビを見始めたり、そして消してまたパソコンに向かったりしたけども、結局は何にもその日はかけなかった。
 で、また寝落ち。
 僕が誘導して、ベッドに寝かしつける。


 はる子さんは、小説なんて書いたことなかった。映画や音楽、本と文化的なものに触れてきてはいたけども、それも普通の人と同じようなものだったし、あくまでずっと受け手だった。僕も同じくずっと受け手の人間。
 いつもも、仕事からお互い帰ってきて、ご飯を食べて、あとはぼんやりしたり、趣味を消化したり、ほにゃららほにゃらら。
 そんなのだったから、何かを産み出すなんてことが生活にはなかった。でもはる子さんは突然、小説を書き始めた。何かあったのかななんて思うけども、でも、とりあえずは作者の分析よりも作品の続きが気になっていた。


 「今日は、お互い外食にしよう」なんて連絡が昼頃届いて、仕事終わった後、僕は松屋で飯を食べる。多分、そんな連絡が届いたのは作品に打ち込みたいからだろうなと推測する。
 だからご飯食べた後も、喫茶店に入って少しばかり時間を潰す。はる子さんができるだけ集中できる環境を作ってあげようと思った。すこしばかり時間を潰してから家に帰ると、案の定はる子さんはパソコンのの前でうんうんと唸っていた。
 「どう?」と聞くと「まあまあ」と返ってきて、少しの間無言があった後に「ちょっと読んでみて」と返ってきた。
 マイケル・J・フォックス強盗団の非道さが伝わるページだった。

 

 マイケル・J・フォックス強盗団は、マイケル・J・フォックスのマスクを被っては各地の銀行を荒らしまくっていた。彼らはデロリアンで銀行に乗り付けて、スケボーで侵入し、金を奪った後に、未来にタイムスリップという名目で銀行に火をつけて逃走した。
 そのせいで、何人もの人々が焼け死んだ。
 なるほどね。俺にどうしようってんだ。
 ねこに犯行を止めるのは不可能だぜ?


 なんてねこ探偵が悩んだあと、はる子さんも悩んでいた。
 「だいたい、ねこが強盗団を捕まえるなんて無茶なんだよー」とはる子さんは自分で書いたことに対して、自分で苦言を呈する。
 「強盗団結構酷いね。金を取った後に火もつけるんだね」と言うと「うん、それがマイケル・J・フォックス強盗団の特色だからね」とはる子さんは言う。
 「ひどいことをするんですよ」
 「へえ」
 「ねこ探偵なんて、勝てやしないよ」と言った後に、でも解決しないとなあとまた悩んでる。
 はる子さんは悩む、悩む、悩む。そして寝る。
 毎日、毎日よく考えるなあと思う。
 はる子さんは毎日仕事が大変だと言っているのに、家に帰ってからもこんなに悩んで大丈夫なのかなと思う。
 だから僕にできることと言えば、パソコンの前で寝落ちしているはる子さんを起こしてベッドに誘導することくらいだった。


 マイケル・J・フォックス強盗団の手口はどんどん残虐になっていった。
 強盗団は犯行現場にミキサーを持ち込んで、支店長の手を・・「あー読めない。痛い痛い」と僕は目を背ける。
 「えー読んでよ」
 「痛いのむりなんだよ」
 「頼みますよ後生だから」とはる子さんは言い慣れない言い回しで頼んでくる。
 はる子さんは家に帰って来るなり「今日も怒られていたんだけども、その最中に強盗団の手口を思いついたよ!」って言ってパソコンに向かい始めた。また食事もそこそこに書き始めた。
 そしてしばらくして、あがってきたのが「ミキサーで」って文章だった。
 「うーん。なんか、僕はねこ探偵の話が読みたい」って言う。
 「でも、思いつくのがマイケル・J・フォックス強盗団のことばっかりなんですよ」
 「なんでなんだろう」
 「私、ねこ探偵なんてどうでもいいくらい、強盗団の酷いことだったらどんどん思いつける」
 それを言ったらおしまいだろうって思うけども、はる子さんはパソコンに向かって今まで見たこと無い勢いで書き始める。

 ・人質の顔に布を被せて水攻めする強盗団
 ・人質の皮をはぐ強盗団
 ・人質のつめをあれこれする強盗団
 ・人質の首にナイフをあれこれする強盗団
 ・デロリアンで180キロ出して人質をあれこれする強盗団

 はる子さんは目をきらきらさせて僕に読ませてきたそれは、全てが全て殺害方法のディティールだった。でもそこに物語はなくて、物語は進んでいない。
 「これって、ねこ探偵、まだ事務所で話を聞いているだけだよね」と核心をついたことを僕が言う。
 「・・・うん」
 「これじゃマイケル・J・フォックス強盗団があちこちで虐殺しているのの記録だよ」
 「でも、これしかかけない。強盗団をねこが捕まえる方法なんてわかんないし、そもそも思いつくのがこういうことしか思いつけない」
 ちょっとずつはる子さんの言葉が強くなっていく。
 「毎日、毎日、怒られている時にアイデアが降ってくるけども、そんなことしか思いつけない。なんでだろう。なんでねこ探偵が活躍するアイデアは思いつけなくて、殺す方法しか思いつけないんだろう」
 なんてはる子さんは次第に涙声で話始める。
 うーん。
 僕はケトルでお湯をわかしてホットコーヒーを作る。
 とりあえず飲んで落ち着いたらと思うけども、なんかはる子さんは気が抜けたようになってる。泣きながら言う。「私、猫舌だから、今、これ受け取れない」そんなどうでもいいことも、泣きながらじゃないと言えない。僕はどうすることもできなくて立ち尽くす。そんな些細な気遣いも僕も出来なくなっていた。
 わんわんとはる子さんは泣いて、コーヒーは徐々に冷え切った。
 それから、しばらくしたあと、はる子さんは小説を書くことをやめてしまう。
 辞めてしまった後も、ねこ探偵を書いていようが書いてなかろうがはる子さんははる子さんで怒られ続ける。
 だからはる子さんは徐々にふさぎ込んで、そして気がついたら身体が思うように動かなくなってしまって、会社に行けなくなってしまった。


 はる子さんは「ごめんね」と本日何度目かわからないごめんねをベッドから言う。この光景もすでに数ヶ月経っていた。
 はる子さんは1日中家にこもるようになって、ぼんやりと日々を過ごしている。
 僕はなるべく仕事を早く終えるようにして、家にまっすぐ帰ってはる子さんのそばにいるようにする。
 でも、はる子さんは感覚が過剰になってるからかごめんねを繰り返すし、気がつけば僕の家はどんよりどんよりと重たい空気が常に流れている。
 そんな折に、僕も仕事でミスをしてしまって、大きく怒られてしまう。
 叱責する上司の声が頭を駆け巡る。はる子さんのこと、仕事のことが頭で増幅して、涙がこぼれそうになる。
 「助手のわとにゃんくん」
 というアイデアがそのとき突然浮かぶ。叱責の最中に、ねこの助手の姿が僕の頭にスパークする。
 あ、これだ。助手のわとにゃんくんだ。数ヶ月間書いてなかった小説を進める方法はこれだ。
 僕はこれだと思う。これをやるべきだと思う。だから半休を取る。怒られた直後に半休の申請をして、おいおいと言われるが、節々が痛えんだよ!とアピールをしてゲット。なんて思われたっていい。急いで帰る。急いで帰らなきゃ行けない日だ。
 家に帰るなり、僕ははる子さんに言う。
 「助手のわとにゃんくんを出すべきだよ!」
 「わとにゃんくん?」
 そりゃそうだ。そういう反応だ。
 でも、僕は説明する。ねこの助手わとにゃんくんのことを。
 そうするとはる子さんは徐々に笑顔になっていく。


 はる子さんと僕は数ヶ月触ってなかったパソコンを開く、スイッチオン。
 あの小説を開く。そしてマイケル・J・フォックス強盗団の非道さを消していく。
 その代わり、書き始めるのは強盗があった銀行に入るねこ探偵と助手のわとにゃんくんだ。現場検証を二人で行う。何をどうすればこの事件を解決できるのかなんてことをねこ探偵とねこ助手は行う
 はる子さんと僕は話し合う。
 数ヶ月ぶりにちゃんと話し合う。
 どうやったら解決するのかを話し合う。
 「マイケル・J・フォックス強盗団が押し入った銀行に二人は入っていく!」
 「で、二人は証拠を見つけていく!」
 僕たちはアイデアを思いつくたびに大きな声でそのことを伝える。次第に部屋の空気が変わっていく。そうだ。そうだ。そうだ。この部屋に元々流れていた空気が戻っていく。
 わとにゃんくんはは現場に落ちている破片を見つける。
 わとにゃんくんは聞く「ねこ探偵!もしかしてこれ!」
 「これは・・・あの建物の・・・!」
 「じゃあこれは!」
 「解決の糸口だ!」
 そしてマイケル・J・フォックス強盗団は些細な証拠から自分たちの正体がばれてしまう。
 でも、ねこ探偵がマイケル・J・フォックス強盗団に敵う訳がない。そこで、僕たちの手は止まる。でも、考え続ける。僕たちとねこ探偵達はマイケル・J・フォックス強盗団に勝たなきゃいけない。 「あ!」とはる子さんは叫ぶ。
 「でもねこ探偵は現場にはいかないの、探偵だから!でも捕まえてくれるのは!」
 「警察!」
 「それも、動物の警察だよ!ねこ探偵がいるなら、動物の警察がいたっていいじゃない!」
 「じゃあ捕まえてくれるのは」
 「わんわん刑事!!」
 「ゴーゴーゴーゴー!!!」とわんわん刑事(デカ)がマイケル・J・フォックス強盗団のアジトに突入する。壊されるドア。炸裂する閃光手榴弾。光と音が満ち、皆が動けなくなる中、わんわん刑事はその持ち前の嗅覚でマイケル・J・フォックス強盗団を1人ずつ確保していく。
 「確保ー!!!」
 マイケル・J・フォックス強盗団は捕まった。
 それを遠くから眺めるねこ探偵とわとにゃん助手。
 「事件はこれで解決」
 「でも、これでは終わらない」
 「で、最後は、いつも通り」
 「事務所で話すんだ!」


 そうやって出来上がった小説を僕とはる子さんは読む。
 つたなくて、おぼつかなくて、どうしようもない小説。
 でも、書き上げたはる子さんと僕は晴れ晴れとした顔をしている。
 「みやじくん」
 「うん?」
 「あいらーびゅー」
 なんてまたもや言い慣れない言い回しで言ってみせて僕は少し照れる。
 「はる子さん。コーヒー飲む?」
 はる子さんはうなずく。
 「あ、でも、私、」
 「わかってるよ」と言って冷蔵庫を開ける。


 「ねこ探偵。今日も無事解決しましたね」
 「いや、わとにゃんくんが証拠を見つけてくれたおかげだよ。君がいたからやっと事件は解決した」
 「いや、ねこ探偵、あなたが始めたからですよ」
 ねこ探偵はふっと笑ってセブンスターを吸い始める。
 わとにゃんくんが聞く「ねこ探偵。コーヒーはいかかがです?」
 「もらおう、あ、でも」
 「もちろん、アイスコーヒーですよね。」
 「ああ、猫舌はつらいよ」

 

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