にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

短編小説『旧地下鉄線路内の水上マーケット』

 元々はここは地下鉄のと呼ばれる場所だったらしい。
 でも、今ではここは水上マーケットになっている。
 地上から降り注ぐ、雨水や雪解け水はこの地下鉄の線路をひたひたにしている。
 そして、ひたひたになり、水路になった線路の上を何百という船が行き来する。
 「安いよー。安いよー」
 「ラーメンどうですかー」
 「アクセサリー。ほら、バイオコードアクセサリーだよー」

 「2148年度のカレンダー売ってますよ〜」
 私たち載せた人工筋肉で出来た船がゆっくりと平泳ぎしながら運んでいく。何千の声がノイズになって耳に飛び込んでいく。川の色は緑色。色とりどりのレインコート。天井からはずっと雨が降り続けている。ひたひたひたひた。ざわざわざわ。

 

 私が蔵くんに今日は休日なので、どっかいく?って聞いたら久しぶりに水上マーケットにでも行ってみようという話になった。
 蔵くん曰く「食べてみたい料理があるのだ」とのこと。「魚が食べたい。本物の」
 それにはそそられなかった。私はあんまり料理には興味が無い。
 蔵くんが嫌がる人工パンも私は大好きだ。
 人工パンに人工イチゴジャム、人工卵の目玉焼きさえあれば、私の休日の朝は完成する。でも、どれも蔵くんはお気に召さない。
 「昔の人は、ちゃんと小麦でできたパンに、自然にできたイチゴ、そして動物から生まれた卵を食べていたんだ」とのこと。
 だから、どうしてもたまには本物の動物が食べたくなるのだと。
 それが人間本来の姿だから、なんてことを人工イチゴジャムをべったり塗った人工パンを食べながら私に提案した。

 

 「あれ。見てみてよ」と白色のレインコートを着た蔵くんが私に話しかけて、指さした先には電話ボックスを船の代わりにした紫色のレインコートを着たスキンヘッドの男がぷかぷか浮かんでいる。

 雨漏りが酷くて、みんなレインコートを着ている。色とりどりのレインコート。今年のはやりの色は黄色。私はもちろん黄色を着ている。木を模したボタンがかわいい。木なんて、生まれてこの方見たこと無いけども、とてもかわいいものだったんだろうな。
 紫のレインコートを着たスキンヘッドの男の手には大きな中華鍋が握られていて、ぱちぱちぱちぱちと音が聞こえてくる。
 「なんか、揚げてる?」と私が
 「あっ!!あれ!」と蔵くんがとても興奮して指さすと、スキンヘッドの男は赤色の小さな魚を中華鍋に投入した。昔あった中華という国で作られた鍋。その鍋はとても大きくて黒くて深々している。
 「金魚をあげてるよ!うわー!すごいな!初めて見たよ!あー!食べたいなー!!」と蔵くんは楽しそうにしている。
 でも、私はそうでもないから、ふーんとから返事をして、流れる川を見ていた。
 等間隔に立ち並ぶ、蛍光灯がみっちり船で詰まった川を照らす。
 濁った水は近づくと変な匂いがする。でも、それ以上にこの水上マーケットの匂いが混ざって、最終的に私の鼻にたどり着く頃にはいつもと同じくオイルの匂いと、人工筋肉の乳酸の匂い。
 船の隙間の川底に片目の無いフランス人形が流れていく。フランス人形だと気がついたのは私が古本を読みあさっていたからだ。昔あった国の一つ。その国の女の子を模した人形は緑色の川を流れていく。ごんごんごんと船と船と船にぶつかる。
 私たちの船にフランス人形が近づいてきたので、私はその人形を掴んだ。穴ぼこになった片目から、緑色の水が流れ出る。その水もオイルの匂いがした。


 「金魚三匹買っていい?」と安物の人工牛の人工右目がじっと虚空を見つめる人工牛革の財布を取り出しながら蔵くんは私に尋ねる。どう言っても、買いたいし、食べたいのだ。
 私は「今日だけだからね」とおきまりのことを言う。
 蔵くんはお礼の言葉もそこそこに、それよりも大きな声で、金魚揚げのスキンヘッドのおじさんに話しかける。
 「三つ!三つね!」

 


 「いいよ、私はいらない」
 とさっきから拒否しているけども、蔵くんは私に食べさせようとしている。嫌じゃ無いけども、食べたいわけでもない。
 「美味しいよ。ああ、いいなー。昔の人たちはこれを簡単に食べれたんだろ。本当うらやましい。いいなー」
 と二つの金魚を食べて満足げな蔵くんをぼんやり見つめながら、人工筋肉に命じて、もう少し先まで進ませる。
 船と船の間をすり抜けながら、私たちの船は進んでいく。
 何でも売っている。この水上マーケットでは何でも売っている。
 売っていないものは自分自身とさえ言われるほど、何でも売っている。
 食器、楽器、武器、兵器、食べ物、乗り物。
 命も奪えるものから、作れる物まで。何でも。かんでも。
 でも、そんな怪しげなものが欲しいわけじゃ無い。蔵くんは人工物じゃないものが食べたいだけで、私は蔵くんの喜んでる顔が見たいのと、なんとなく、来たかっただけだ。


 人工筋肉が進んでいった先に、開けた空間がある。
 滝だ。
 まだ緑になっていない水がじょばじょばじょばあと流れてくる開けた場所。それの水が勢いよく流れている場所に出た。滝になっているからか船も少ない。人工筋肉船は水の勢いに飲み込まれないように器用に身体を動かす。
 その開けた場所は昔は何かの場所だったみたいに整理されている。椅子。タイル張り。装飾。でも今じゃ雪解け水と雨水の滝でその整理されている場所に立ち入ることはできない。
 「多分、ここ、駅だよ。むかしの地下鉄の駅」
 蔵くんがそう話す。何か駅を示すものを見つけたらしいけども、朽ち果てているそれが、私にはどう何がつながるかなんてわからない。
 「へー。じゃあ、ここから生活が始まったんだ」
 「うん。そうだね」
 「ここがなかったら、私たちも今は生きてないのかー」
 「うん。そうだよ。この駅様々だね」
 と私たちは話す。
 水がじょばじょばじょばあと流れ出しているものをよく見ると、階段になっていることに気がつく。ということはあの先には地上があるのかもしれない。
 「久しく、地上出てないねー」
 「前の旧奈良旅行以来行ってないね」
 「今度は新熱海に行こうよ」
 「何があるの」
 「人工温泉と人工女将」
 「だから人工物は嫌いだって」
 蔵くんは人工女将のすごさをしらない。荒れ果てた旧熱海から、自身にプログラミングされていた旅館の切り盛りを必死に守って150年かけて熱海を再建した人工女将のすごさを知らない。
 でも、そのすごさを教えることはしない。
 私たちはお互いのわからないことがあって、わからない好きなものがあって、わからない嫌いなものもあって、とにかくわからないだろうなと思う物がある。
 蔵くんには人工女将が。私には金魚がわからないのだ。


 「あっ」と気がつく。滝の近くで、老人が傘をさしながら古本屋船を開いていることに。人工筋肉に命じて、船を進ませる。
 「あやのさんさ、本買ってあげるよ」と蔵くんは言ってくれる。
 「え、本当」
 「うん、本当」
 じゃあ~と船の上にある本をじっくり眺める。今時、紙の本なんて誰もよまないから本当に安値だ。
 するといい本が見つかる。
 「じゃあこれ」と私は店主の傘をさしている老人に頼む。
 しわくちゃでよれよれでかすれた表紙にはロシアの地下鉄。と書かれた本。
 「なんで、それにしたの」
 「ふふふ、出会いだよ出会い。ここでこの本と、私が出会ったわけだよ」と私は蔵くんに言う。
 「あー、俺の金魚みたいなもんか」と手の袋に入った揚がった金魚を意識しながら蔵くんは言う。
 そう、多分そう。


 私たちは小一時間の水上クルージングを終えて、人工筋肉船を返して、地下27階の我が家まで戻っていく。
 人工パンと、人工イチゴジャムと、人工卵のある家へ。
 私は部屋の隅っこで青白い光の下でロシアの地下鉄を読んで、蔵くんはぼんやり引き込んだ有線ラジオ放送を聞いている。
 その真ん中のテーブルの上に乾かした、片目の無いフランス人形をちょこんと置いて。
 片目が空洞なのがかわいそうだから、ガーゼで眼帯を作ってあげる。
 ロシアの地下鉄の本を読む私と片目の無いフランス人形と有線を聞きながら最後の金魚を食べる蔵くん。
 ただなんかいいなと思う空気が漂って、その空気が残ったまま、休日の日は過ぎていった。 

 f:id:gachahori:20180220132151j:image