にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

短編小説『マッドサイエンティストになれなかった』


私は昔から物語の中に出てくるマッドサイエンティストになりたかった。サイエンティストではない。マッドの方。狂った科学者の方。ノーベル賞とか間違っても受賞しない方。好奇心で世界を破壊しようとするような科学者に私はなりたかった。

 


小学校に馴染めなかった私の人生はハードモードでスタートした。誰とも喋ることもなく1日が過ぎていく。「二人一組になってー」なんて言われた日には死んだ方がましだった。
そんな時に出会ったのがマッドサイエンティストだった。家にあった映画のDVDにその人はいた。世界を終わらせようとする彼の姿は、なによりも輝いて見えた。


それからは授業が終わると家にまっすぐ帰っては、ランドセルを放り投げて、大好きな科学者が出てくる作品を見た。
私はマッドサイエンティストが出てきそうな作品を探しては見た。気に入ったやつは繰り返し繰り返しみた。輝いていた。世界中の人間を皆殺しにしたいという気持ちが私の心で光り輝いていた。


でも物語に出てくるマッドサイエンティストは正義の人間によって殺されるか、改心させられるのが常だった。
うんざり。
なんで、世界を破壊したいと思った人間が、その夢を叶える発明をしただけで殺されなければいけないのか。
そんな気持ちを持った人間がぽっと出の人間の説得に応じると思ってるのか。
わかってない。マッドサイエンティストの気持ちをわかっていない。全然わかってない!
私は物語の中で殺されるマッドサイエンティストのことを思っては何度も涙した。

ぼろぼろと泣いた。

死ぬのがかわいそうすぎて、映画は最後まで見なくなった。そうじゃないとマッドサイエンティストは死んでしまうのだ。


だから、私は究極のマッドサイエンティストになろうと思った。
正義の人間に計画を悟られずに発明を成功させて、そして世界を破滅させるマッドサイエンティスト
はじめてのマッドサイエンティストに私はなる。そうなるのだよ!

 


でも、私は理解も科学も苦手だった。マッドサイエンティストになりたかったのに科学が本当にダメだった。

悲しいくらいにダメだった。
唯一作ったのは捕まえたカエルとミニ四駆を合体させたカエル四駆だった。
生臭い匂いを放ち、死んだ目で前を見る伸びきったカエル四駆は、猛スピードでカーブに突っ込んで、曲がりきれずにコースを飛び出して、あとはぐちゃぐちゃ。
カエルの肉体の損傷により、カエル四駆は一度きりの発明になってしまった。


私はカエル四駆の墓を作って、もう2度とこんな失敗はしないようにしようと思った。
しかし、失敗を恐れるゆえに何もできなくなってしまった。

でも頭の中では色々と渦巻いているのだ。素晴らしいアイデアが。

世界を終わらせることができる発明が渦巻いているのに、私は恐れるゆえに手を動かすこともできない。

 


そのうち、そのアイデアは私のお決まりの現実逃避先になって、登下校中、授業中、食事中、入浴中、生存中全ての私の心を救ってくれた。

通信簿には「いつも上の空です」と書かれていた。

仕方ない。

心の中の方が楽しいもの。

心よりも面白くない世界が悪い。


席に座ってクラスをぼんやり見ている。

冬になって、休み時間になるとストーブに集まって「寒い寒い〜」と言って身体を暖めようとする奴らの笑顔を見ているとアイデアが思いつく。


あたたかーいと言って近づいてくる者に石油をぶっかけ火をつけてすべてを焼き尽くす石油ストーブ。

そんなに寒がってるんだったら、身体の芯まであったまればいい!


別の日、遅刻しかけて、教室に入ったらみんなの心底がっかりする顔が見えて誰かが「あと一人で学級閉鎖だったのにー」という声が聞こえてまたアイデアが思いつく。

あいつらは小さな手紙でやりとりしているので、その小さな手紙を媒介として広がっていく殺人ウィルス。

私には回ってこないので私だけが生き残る。みんなは死ぬ。

だって小さな手紙を回してるから。
で、誰もいなくなった教室に私は通うのだ。

「もうこんなにいなくなったら学級閉鎖だと思うのですが、みんなの分も勉強したいです!」あー決まった。

主演女優賞ものの、スピーチを決めた私が殺人ウィルスを作ったなんて誰も思わないだろう。ふふふ。

みんな苦しめ苦しめー。

誰とも話さないまま小学校を卒業する。

 

 

そして中学に入る。

中学校は別の三つの校区が集まると知って、それならなんとかなるのではないかと思った。
甘かった。

めちゃくちゃ甘かった。
私は気がついたらまた余り物になっていた。
だから、上の空にまたなる。ずっとずっと上の空になる。

 

中学に入ると自転車通学がありになった。私の家は校区の端も端なのでありがたい。
でも、ある日帰ろうとしたらサドルを抜かれていることに気がつく。
私はそれを見て、またいいアイデアが思いつく。

漕ぎ始めたら、筋組織が壊死するまで漕ぎ続けなければいけない自転車。

勝手に降りると死ぬ。

具体的にはタイヤのワイヤー部に首が挟まって死ぬ。

 どうやるかなんてわかんないけども、私は頭の中では最強の知能を持ったマッドサイエンティストなので、多分できる。
サドルを抜いたやつが自転車に乗った瞬間からスタートだ。

壊死するまで漕ぎ続けなければいけない。

大体の人は発狂して首を挟んで死ぬ。

残りの人は事故って死ぬ。

みんな死ぬ。

わーい!死んでしまえ!!

 

コンタクトに変えただけでパンダが産まれた時のようにちやほやされるクラスメイトを見ていいアイデアが思いつく。
装着した瞬間に酸に変わって目を焼き尽くすコンタクトレンズ
目は酸で溶けて空洞になってしまうのだ。

ぽっかり空いた目で、泣こうとするクラスメイトを思って健気な気持ちになる。
目がないから泣けないのに。

もうあなたの目は溶けてしまった。

どろどろに。ほらここに。

指差した先に液状化した眼球がある。

私はそれを思って笑顔になる。

 


でも、結局は頭の中だけだ。どれだけ考えても、頭の中だけだ。
科学を頑張ろうとした。でも、私のテストの点数はいつも低かった。あのいつもはしゃいでる人達の方が断然高かった。そりゃそうだ。私はいつも上の空で、みんなを殺すことばっかり考えてる。あの子達は現実世界に生きていて、私は空想の中で生きている。

 


そうこうしているうちに高校生になった。

 はしゃいでいた子よりも、コンタクトに変えたくらいでちやほやされた子よりも、頭の悪い高校で、私は入学式が終わった段階でこの学校にも合わないことを悟って、一人帰り道で泣く。田んぼのあぜ道を通ってる時に泣く。
鉄塔が私を見下ろしている。


私があのカエルの代わりに死ねばよかった。私の身体をミニ四駆にくくりつけて、コースからはみ出せばよかった。
私の身体をコースを飛び出して、宙を回って、地面に叩きつけられて、血をあちこちに吹き出して、腕や足が衝撃でもげて、死ぬ。
それからは私が死ぬ想像ばかりする。

 


授業中、私は2km先のビルに潜伏していたスナイパーに狙撃されて頭が弾け飛ぶ。脳みそがとなりの席の男子の顔に吹きかかる。
学校に侵入してきたテロリストの見せしめにあって撃ち殺される。私は頭から血をホースの水のように垂れ流しながら土下座の体制で死ぬ。
帰り道、音も無く近づいてきたプリウスに轢かれる。運転していたのがテンパりやすいおばさんだったので、何度も何度も念入りに轢かれて私の身体は子供に遊ばれたミミズのようになって死ぬ。
硫酸がたっぷんたっぷんに入ったプールに飛び込んで死ぬ。
剣道部の突きが喉を潰して呼吸ができなくなって死ぬ。
私だけエボラ出血熱になって隔離されて死ぬ。
脳に電極を刺されて筋肉をリモートコントロールされて何度も何度も「生まれてきてごめんなさい」と言わされてから、脳に過負荷をかけられて死ぬ。
目を焼かれる。
耳を潰される。
歯を折られる。
首を切られる。
心臓を潰される。
車に轢かれる。
馬に蹴られる。
銃で撃たれる。
爆弾で爆破される。
超能力で消される。
ワニに食べられる。
そして、誰からも見えない存在になる。

 


私は高校に入ってからなんども死ぬ。つらいと思ったら死ぬ。頭の中でなんども死ぬ。1日に数回は死ぬ。多いときは数十回。
死んで、死んで、死んで、私の心の奥には私の死体でいっぱいになっている。私はそれをブルドーザーで片付ける。
スペースが出来た私の心にまた死体が積み上がる。死んで死んで死んで、また死んで。片付けて、死んで、死んで、死んで。
気がつけば、私は私の死体の周りで生きている。

 


そんな私は高校2年の時、ついにクラスに行けなくなる。
そして私は保険室で1日の大半を過ごすようになる。

保健室登校を初めて早数ヶ月。私は保健室の一番奥のベットを陣取っている。カーテンはいつも閉めっぱなしにしている。
保健室にある本は大抵読んだ。特に「よくわかる!薬物依存!!」は私のお気に入りの一冊だった。未来ある若者が麻薬に手を出してどんどん駄目になる姿を繰り返し読んだ。
「もう麻薬はやりません」と誓った若者が、かつての仲間にそそのかされて麻薬に手を出してしまって、あっという間に麻薬依存にまたなって、挙げ句の果てに知らない一家を殺してしまう下りは何度読んでも悲しくなったし、何度も読んでしまう中毒性があった。うん、麻薬ダメ絶対だよ、本当。みんなもこれを読めばいいのに!と思うけども、みんながだれか私には浮かんでこない。


私は一日中、保健室にいる。

担任の先生が今日一日分のプリントを持ってくるので、教科書を見ながらなんとか解いたり、時間を作ってくれた先生と似たような生徒たちと一緒に授業じみたものを受ける。
でも、基本的には保険室からは動かない。ベッドから動かない。
たまに、クラスメイトがやってくるので、その雰囲気を察すると、私はベットに潜り込んで毛布をかぶって呼吸をなるべく殺していないふりをした。
保健室のさゆり先生はそんな私の姿になんも口を出さなかった。ベッドを数ヶ月占拠していても、何にも言わなかった。一応毎日挨拶はした。
「おはようございます」
「おはよう」
と会話はこれだけ。あとはお互いにノータッチ。

さゆり先生は何にも言わなかった。一日中、ほぼ一緒にいるけども、ほとんど何にも話さなかった。
さゆり先生は30代半ばで、保健室の先生なのに不健康そうな顔色と目の下のクマがとても印象的だった。
いつもめんどくさそうにしていた。でも誰かが怪我で入ってきてその治療をするときだけ楽しそうだった。
それ以外は本当にめんどくさそうにしていた。

 

 

「人生を楽にするためには!」と書かれた本をいつもの占拠しているベッドで読んでいた。
「心を軽くするには、気負いすぎないことです。」なんて書いてる。

そりゃそうだろう。

当たり前のことを書いてしたり顔で説教するじゃねえよ。
本を燃やしたくなるけども、学校の備品だし、昔聞いた「本を燃やす人間はいずれ人間も燃やすようになる」という言葉を思い出して日和る。

自分を殺しているうちに、他者への暴力が怖くて仕方ない。
やっぱり、こんな本をよりも麻薬依存になってしまった人達の方が何百倍も人生を好転させたかったことがわかる。
言葉で軽くなる心なんてそれまでなのだ。

言葉で軽くならないからより強いものを求めただけなのだ。

その末路が人生の破滅だとしても、私にとっての入り口は麻薬依存の方が今は親近感が湧いている。めっちゃ湧いてる。


毎日、保険室に通っている私の人生が変わるようなものがあれば、私は手を出してしまうだろう。魔法の薬。えいっ!あっひゃー!変わりましたーー!!人生変わりましたー!!

そんな薬があったらいいのに。
これまでの人生全てなかったことにできて、これからの人生全ていいことしかおきないような。
せめて、一日中私を取り囲んでいるこの憂鬱な気持ちをなんとか消し去りたいと願う。
やっぱり麻薬なのか。麻薬をやるしかないのか。


私がロサンゼルス在住ならば低所得者の家に行って「ワッツアップニガ」って拳をぶつけて挨拶したら、白い粉が出てきて、「こいつは上物だぜ〜」と取引するのに。
というかロサンゼルス在住ならば、いろんなことができそうだ。

とりあえず、私はタトゥーを入れよう。腕に血管のタトゥーとか、首に切り取り線のタトゥーとか入れてみたい。
そんなことしたら私の人生、私で回せそうな気がする。
でも、ロサンゼルス在住じゃないから麻薬も買えないし、タトゥーも入れられない。人生を変えられない。


だから私は物は試しにと地元の名前と麻薬の名前を組み合わせて検索してみる。けれど警察のマスコットキャラクターがウィンクさながら「麻薬ダメ絶対!」って叫んでるページしか引っかからなくて舌打ちをする。
なんだよ地元、ロサンゼルスになれよ。
といっても、バイトもしていないお金も全く持っていない私に麻薬が買えるわけない。そもそも買ってどうするの。本当に人生を終わらせる気なの?


でも終わらせちゃっていいのかな。
突然そんな思いが飛来する。
自殺か〜。
なんとなく痛いのは嫌だなって思っていたけども、それでも、いや!なんか頑張ればいけるような気がするぞ!と思う。意思の勝利だ!この勢いを私は殺してはならない。


ってことで私は早速、遺書を書く。A4ノートの1ページをちぎって書く。
書き始めるとすらすらすらーと意外と言葉が出てくる。


「先に死んでしまう私をお許しください」なんてfor家族な言葉もちゃんといれておく。

あとは世界に対する呪詛を書きまくった。

私の死はお前のせいだー!!と嫌な話のオチのような気分にさせたくて、より一人でも嫌な十字架を背負って生きていて欲しいので、呪詛を並べる。


とはいえ、明確になにかをされたわけじゃない。

いや、明確な悪意を向けてきたやつもいたな。でも、大多数はそんなことない。

わかってます。

でも、それでも呪詛を書く。お前たちも同罪だという気持ちで書く。

これは本当。

私は世界中から殴られ続けてきたような気分でいるもの、これくらい書いたっていい。死と等価交換だと考えればこれくらいの呪詛足りないくらいだ。

 

私はA4ノートの1ページ、その表裏にびっしり書いた遺書を、枕の上におく。

飛ばないように「人生を楽にするためには!」で押さえておく。

ふふふ。

今までこんなにラフに自殺に向かおうとする人がいただろうか。

「心を軽くするには気負わないことです」

おっけー!今から気負わずに自殺して心を楽にするよー!

 


カーテンを開けるとさゆり先生はどこかに行っていてだれもいない。都合が良い。私は保健室を抜け出して、屋上へ向かう。
学校の至る所から授業中の声が聞こえる。
英語教師の間延びした声。体育教師の怒鳴る声。授業中なのにはしゃいでる奴らの声。笑い声。笑い声。笑い声。

吐き気が私を襲う。おえっ。と本当になにかが出そうになる。声から逃げるために上に上に急いで向かう。


階段を上がり続けた先に、屋上へ向かう赤く錆びた重たい扉に行き着く。

ついにだ。

私は死んでしまうのだ!さよならみんな。死にます。

お前らのせいだ。
意気揚々とその扉を開けようとする。

しかし、鍵がかかっていて、私の意気揚々は鍵の引っかかった大袈裟すぎる衝撃音に変わってしまって失望する。
そりゃもう強く、強く。


よくよく考えれば屋上なんて出ることできないよな。

なんだよ、屋上から飛び降りる気だったんだぞ。

職員室から鍵でも借りてこようかな。
「屋上の鍵貸してください」
「はぁ?なんで」
「飛び降りたいので鍵を貸してください。本当お願いします。」


無理だろうな。
じゃあ、そこらへんの窓から飛び降りるかって思うけども、高いところにある窓には鉄格子が嵌めてあることに気がつく。

学校側が意外と配慮していることに気がついて、結局今は死ねないことに気がついてしまう。

私は屋上へ続く開かない扉の前でなんとなく座ってみる。

少しかわいそうな私になってみたかったので三角座りで座り直す。

それからえーんえーんと泣き真似をする。
すると本当に涙が溢れ出してちょっと焦ってしまう。
泣くつもりはなかったのに涙がどんどん出てくる。
うわっどうしようと思っていたら、「あ、いた」って声がして声のした方を向くとさゆり先生が立ってる。

手には私がA4ノートの1ページに書いたあの遺書を持ってる。


さゆり先生は私に近づく。こんな場所で泣いてるところを見られたら、凄くつらくてかわいそうな子に見られてしまう。

それはいやだ。
だからなんとか泣いてないふりをする。


私は自殺するなんて言ってさゆり先生をおちょくったんですよ。屋上が開かないことなんて百も承知でした。さゆり先生は私の手のひらで転がされていたんです。どうですか、怒りたくなってきませんか。怒ったらいいじゃないですか。ほらほら。


なんてことを本当は言いたいのに、私の口から出たのは「なんで来たんですかぁ〜!」とボロボロでヨレヨレの涙声だった。
ああ、もう、本当にいやだ。

死んでしまいたい。

この瞬間にこそ、死んでしまいたかった。

 

さゆり先生は階段を一段一段ゆっくりと登って来た。

まるで階段が薄い氷で出来ているように。

私が薄い氷上にいるように。
そうして、私の隣まで来ると、さゆり先生もぺたんと座った。


「ここ、冷たいね」


さゆり先生はそう言った。

私はまだぐすぐす泣いている。
私はまだ冗談ですよ。なんて言おうとしてる。でも、何にも冗談じゃなくて、何にも冗談にならないから言えない。

 


それからさゆり先生はずっと隣で座っている。お昼休みを告げるチャイムが鳴って、生徒たちが行き交う音がし始めても、さゆり先生と私だけの時間が流れているように、そっとその空間が保持されていた。


私はと言うとずっと泣いてばかりいた。

涙が止まらなくなって、目が涙で痛くなって、喉も渇いて痛くなっていたけども、それでも涙が止まんなかった。
チャイムの音がして午後の授業の開始を告げても、まだ私は俯いて泣いている。さゆり先生がいるなって感覚はするんだけども、本当にさゆり先生なのかわかんなってくる。 


「さゆり先生?いる?」
「いるよ」
「…手、握ってもいい?」

気がついたらそんなことを口走っている。

わけがわかんなくて戸惑ってる私にさゆり先生は「いいよ」 と言ってくれる。
だから私はさゆり先生の手を握る。

先生の手はとても冷たい。

そして指が細くて長い。

骨を掴んでいるような気さえする。

でも、とても気持ちよかった。
私はさゆり先生の手をぎゅーっと握る。
握っていたらもう抑えきれなくなって「うわああああああ」と大声で泣き叫んでしまった。

さゆり先生は何にも言わずに私の手をずっと握っていてくれた。

ずっと。

ずっと。

 



屋上へ続くドアのすりガラスから差し込む陽の光が朱色に変わってきても、まだ私たちはそこにいた。

私は取り留めもないことをずっと話した。

これまで誰かに聞いて欲しかったように。

小学校のこと。

中学校のこと。

高校のこと。

頭の中で沢山殺したこと

頭の中で沢山死んだこと。

それから。

 


「わたし、ほんとうは、マッドサイエンティストになりたかったんです」
「うん」
「世界を壊してしまえるような。でもぉ、頭悪いから。わたし、科学もできないし、嫌ってたあいつらよりも低い高校に入っちゃうし、もうなれない、わたしマッドサイエンティストになれない」
「なれるよ」
「無理ですよぉ!先生はすぐそうやっていうじゃないですかぁ!夢は叶うとかぁ!頑張れば必ずってぇ!嘘でしょそんなの!そういったら夢を叶えた人は頑張ってたんだから、頑張るのは無駄じゃないとか言い出すんですよ!違うんですよ!馬鹿だって話をしてるんです!私の頭が悪いから!無理なんですよぉ!うわああああ!!」とボロボロまた泣いちゃう。

ほんとうは今更マッドサイエンティストになるなんてそんなに大きな夢ではなかった。
すでに墓標になった夢だった。

でもその墓標は日に日に存在感を放って、私を追い詰めてきた。


「そもそもマッドサイエンティストってなんですか!収入源はなんなんですか!何で稼いでるんですか!特許でですか!?いやですよ!そんなマッドサイエンティスト!ちびちびと特許で食い扶持を稼ぐなんて!!もう!いやだ現実いやだ!なんの希望もないし!やだ!ほんとやだあああああ!!」と喉が痛くなるほど叫ぶ。

「そっか。だからここに来たのか」
さゆり先生は屋上へ続くドアを見つめながら言う。

そうして、すこし考えたような顔をして立ち上がった。


「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
数分後、戻ってきたさゆり先生の手には古めかしい鍵が握られている。

「屋上、行っちゃおっか」

 


重たい扉を開くと風が吹き込む。
夕陽が目に飛び込んでくる。薄暗い場所にずっといたから目が痛い。
目が徐々に明るさに慣れてくる。コンクリートの床。緑色のフェンス。

そしてその向こうに広がる街は夕焼け色に染まっている。

遠くを流れる川が光の反射でブロックノイズのように点滅している。
じゃあね〜と生徒たちの別れを告げる声と、野球部がボールを打つ音と吹奏楽部の演奏の音が同時に混ざって聞こえて、その隙間を女子バレー部のランニングの掛け声が埋める。
遠くの空に半透明の月が見える。

夕方の終わる気配が漂っている。


「もう1日、終わるね」

 さゆり先生が呟く。
1日が終わる。代わり映えのしない毎日が終わっていく。
「ちなみに、別に君を死なせるためにきたわけじゃないよ」
私は頷く。

わかっていた。

提案があった時、どきっとしたけども、死なせるわけにここに連れてくるわけじゃないってこと、頭の悪い私でもさすがにわかる。
「私も先生だからね。職業的に無理だし。あと目の前で自殺されたら後味も悪いし。でも、まあ、見せてもいいかなって思って」
「何を?」
「本当に大したことないこの景色を」
そういって、屋上から見える周囲の景色に私を誘導する。


校舎、部活、帰る生徒たち、はしゃぐ声、自転車のブレーキ音、車と国道と、田んぼ、ラブホテルの看板、住宅街、パチンコのネオンサイン、公民館、幼稚園、私の通っていた中学校、私の通っていた小学校、遠くの遠くに私の家。


私の視界は全部、全部、大嫌いなもので埋め尽くされてる。
周囲の景色を見つめて、見つめられているうちに私は不快感が胸にたまっていくのを感じた。
こんなのに見つめられて死ぬなんて嫌だ。
「生きてたらいいことがあるなんて言わないよ。先生も辛い事ばかりだし、楽しい事あんまないしね」


そういうことをさゆり先生はさらっと言った。悲しそうな言い方ではなく、当たり前のことのように。


「でも、だからと言って死を選ぶのは違うんだよね。まあ、なんとなくね。大人のエゴかもだけだも。それに最後に、そんだけ色々考えてるあなたの死に場所が、この場所ってのは、本当に退屈でかわいそうだと思って。こんな大したことない場所で死ぬのは。まあ死ぬのに大した場所があるかどうかって話になってくるけども」


向かい側の校舎、三階の教室で男女がキスしているのが見える。

私はなんとなく目を背ける。

背けた先、屋上の床のコンクリートにすこし凹んでいる場所があって、そこにすこし水がたまっている。
「もう一度、マッドサイエンティストになってみたら」
先生は私に問いかける。

なんて答えたらいいかまだわからない。
「…なれないですよ」
「うん、なれないよ。マッドサイエンティストにはね。でも、だからこそだよ。実際にはマッドサイエンティストになれないって言ってたけども、だからこそもう一度あなたが昔やってたように無邪気に頭の中でマッドサイエンティストになって、それで世界を破壊し尽くしたらいいじゃない」
「…いいんですか」
「うん。いいよ。私が見ててあげるから」
さゆり先生は少しだけ笑う。
私は頷く。
遠くの方でバレー部のふぁぃっおーって掛け声が聞こえた。

 


ある日、突然、世界中の携帯のsimカードが爆発した。スマホでゲーム中の人は両手が吹き飛んで両腕から血を吹き出す。ポケットに入れていた人は太ももが吹き飛んで、血を吹き出しながらけんけん歩きをする。通話中の人は頭が吹き飛んで、首から血を吹き出す。

みんながみんな、一斉に吹き飛ぶから世界中が一気に血に染まる。痛いよー痛いよーって世界中の人が世界各国の言葉で叫ぶ。


ある日、突然、世界中で巨大化した1000匹の猫が街を破壊する。爪研ぎの要領でビルをかりかりする。ビルは倒壊して人々は押しつぶされる。猫パンチで人々の身体はバラバラになる。この世界は猫のものになる。


ある日、私は嫌いな人間の頭にスパムの蓋をあけるピンをぶっさして、ペリペリペリと巻きあげて頭部を切り開く。脳の代わりにひよこを詰める。

ぴよぴよぴよぴよと鳴き声が聞こえる。

 

 

 こんな話を毎日さゆり先生にする。

さゆり先生は毎日私の話を聴いてくれる。私は前と同じように毎日、毎日、狂った方法で世界を壊すことを考える。そのうちに自分を殺すことをなんとなく徐々にやめていく。


まだ毎日、保健室にしかいけてない。クラスメイトが来ると相変わらずベッドに潜り込んで隠れている。
でも頭の中ではみんなを殺すことを考えてる。私の頭の中では私はマッドサイエンティストにまたなることが出来て、自由自在に殺している。

 


「私、空想の中で生きてるのが嫌で、マッドサイエンティストになるのやめたんです。でも、だめだった。結局は現実では生きれなかったんです」
「そういうものだよ」
さゆり先生はあの後からたまに屋上に連れて行ってくれる。私たちはたまに屋上に行って、ぼんやりと世界を見つめる。
「私、大丈夫かな、いや、大丈夫じゃないよね。保健室登校だし、毎日人殺すことしか、考えてないし」
「大丈夫だよ、私もそういうもんだったし」
「さゆり先生もそうだったの?」
「そうじゃないけどそうだったよ」
「なにそれ」
「まあ、現実で生きるのはしんどいよね」
「うん」
マッドサイエンティスト続いてるじゃん。なれないって言ってた割には続いてるよ」
「足りないのは学力だけなんですって。やりたいことはたくさんあるんですよ」
「いいなー。やりたいことたくさんあるっていいよ」
「でもやったら私、死刑になることばっかだよ」
「そのうち、死刑じゃないタイプのやりたいこと見つかるよ、それまでは頭の中で殺し続けたらいいじゃない」
「うん」
「そういえば、今日はまだ聞いてなかった。なんかあるの?」
「ありますよ。あれ、向こうの校舎で前キスをしていたカップルがいたんですけども、唇と唇を重ねると皮膚と皮膚が溶解してくっつくリップクリームをつくるんですよ」
「ふふふ」
「唇同士が繋がって、引き剥がせなくなったら、あいつらパニックになって散々愛してるとか言ってたのにすぐ気が狂ってお互いのことをなじり合うと思うんですよ!でも、口自体が繋がってるから、声もちゃんと出せなくて、直接身体同士を行き来するのか!余計に最悪ですね!」
「最悪だね、ふふふー」
さゆり先生が笑って私は少し嬉しくなる。

 


 まだ現実に生きれそうにない。生きているのも憂鬱で仕方ない。でも、頭の中で私は自由自在に飛び回ってる。
みんなを殺してる。
校舎を、部活を、帰る生徒たちを、はしゃぐ声を、自転車のブレーキ音を、車を、国道を、田んぼを、ラブホテルの看板を、住宅街を、パチンコのネオンサインを、公民館を、幼稚園を、私の通っていた中学校を、私の通っていた小学校を、私の家を、そして世界を。
 そしてこんな話を聞いてくれる人がいるのが嬉しい。

毎日、マッドサイエンティストな私はマッドサイエンティストな方法で世界を破壊する方法を考えて、さゆり先生に教える。
さゆり先生はマッドサイエンティストな私に説得をすることもないし、改心を求めることもない。


「今度、それをノートに書いたらいいよ。アイデア帳を作っておくのは大事だよ」
ということで、1ページだけちぎれたA4ノートを引っ張り出してそこにアイデアを書いている。

思いついたものが具現化するのが楽しくなる。文字と絵だけども。

それでも具現化だ。


遠くの夕陽が沈んでも空はまだ赤くて、でもそのうちに青くなって、夜に変わっていく。半透明だった月は明るく光る。
夜のうちに思いついたことをノートに書く。朝になったらまたさゆり先生に見せよう。そう思うと楽しくなってる私がいた。
そういえばもうすぐA4ノートが埋まってしまう。
私はこの世界が嫌いすぎてA4一冊くらいじゃ足りないのです。

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