にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

ふて寝する27歳男性は未来に目を向けている。

「褒められたかったんじゃないですか?」とカウンセラーに言われてハッとしてしまった。それから今感じてる悩みが全部そこに起因しているのだと気がついてそのあっさりさと馬鹿馬鹿しさに嫌になってしまった。

 

 

 先日、1回目のカウンセリングがあった。少しでもこれからの人生をよくしていきたい27歳男性としてはなにかを掴むために、そして自分というのを捉え直すためにカウンセリングに行ったのであった。

 

 しかし、カウンセリングが始まると私はどんどん思いもよらぬことを言ってしまって、もうぐちゃぐちゃの内面がどんどん出てしまった。

 そうしているうちに冒頭の発言になるのだ。

 涙が溢れそうになったがぐっとこらえて「そうですね」としか言えなかった。

 

 

 褒められてこなかったわけではないのに、なんでこんな気持ちが強いのだろうか。

 何をそんなに渇望しているんだろうか。って思ったけども渇望してるってことは乾ききっているんだろうよ。そこは否定しなくてもいいところだよ私よ。

 

 

 たまに作ったもの等を褒められたりするんだけども、それはなぜか自分のことのように思えなくて。なんか分離しているような気がする。

 色々な成功体験があったはずなのに、それも自分のことのように思えなくて、やっぱり分離している。

 

 この分離感は一体なんなのだろうかと思う。

 

 

 自己肯定感を司る部分が機能不全に陥っていて、その代わりの自己否定をする機能はガンガン動作しまくってるような。

 なんつうか、なんつうかだよなー。

 

 

 なんとなく虚無感がほにゃらかと漂っていて、それが無くなったらいいなと思うけども、当分はそんなこともないのかな。

 とりあえず人生を回せ回せ回せー!と自分に言い聞かせてみる。回せるかわかんないけども、言い聞かせるのはいいことだろう。多分。

 

 

 会社に出す書類を6畳の部屋で無くしてしまって泣きそうになった。

 いつもそうだ。大事なものを無くしてしまう。そういう病気でございと言われたらそうなんだけども、それでもどうすればいいかわけがわからなくなってふて寝をしてしまった。

 今回のふて寝をする27歳男性、はっきりいって惨敗。

 と選挙の後の麻原彰晃のコメントを引用したところで結局書類は見つかってないし、ただただ無力感が溜まる一方でございます。

 

 

 タマフルを聴いていたら日常の中に気持ち良さを作っていくことが大事って話が上がっていたのでこれは実践していきたいってことで明日したいこと。

 ・会社に提出する書類の作成と発送

 ・メンタルクリニックに提出する書類の作成と発送

 ・HHhHの続きを読む。

 

 というようなto doリストだ。

こういう風に可視化をすれば出来る出来てないがわかってよいのではなかろうか。えっへん。と人類が遙か前に気がついていることに今更気がついた私はそのことには目も向けず、遙か先の未来を見通す。

全ては日常のために。

日常こそが全て。生活こそが全て。

 

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