にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

「お前は人として何かが足りない捜索隊」

電車の前の座席に神妙な顔をしたカップルが座っていた。女は一点をずっと観続けていて、男はその女に時折耳元でなにかをささやいていた。
そしてお互いの手を大事そうに握り合っていた。
そんな光景を『銃・病原菌・鉄』を読みながらちらちら見ていた。
というより、ちらちら見えた。
我々はどこから来てどこへ向かうのかな『銃・病原菌・鉄』が高尚すぎて頭に入らない分、目の前の神妙な顔つきのカップルの行動が入ってくる。
なぜそんな顔つきで電車に乗らなきゃいけなかったのか。なにがあったのか。なぜ女の方は一点を凝視しているのか。男は耳元で何を囁いているのか。
そして全体的にそのカップルに漂う主役感は一体なんなのだろうか。
一切わからないまま電車はある駅で一気に人が乗って、気がついたらそのカップルはいなくなっていた。


まともに彼女がいたことないですって話をすると、大抵の場合「お前は人として何かが足りない捜索隊」が作られて、僕はロズウェル事件の宇宙人のようにあちこちを解剖される。あれが足りてない。これが足りてない。あれをやってないから。これをやってないから。
最終的にその捜索隊は「もっと頑張れ」と僕にエールを送って、現実に送り出す。律儀にわかりましたと答えて現実に出てみてもどうすればいいのかわからない。


一年以上前のこと、人に誘われてクラブイベントに行ったらブレイク直前のアキラ100%が出演していた。
受けに受けたネタの後に「今日、一人で来てるってやつ、手を挙げて!」
と手を挙げた。
「おい男!一人で来てるって女性がこんなにいるんだから声かけておけって!俺にわーわー!言ってる場合じゃないから!」
と叫んでいた。
僕は手を叩いて笑って、誰にも声をかけずに帰った。

 


『オタクは彼女もできたことないから女性の服の相場もわかっていない』みたいなことがTwitter上で回っていて、それについて多くの人達がプライドで作った牛骨で殴り合っていて、阿鼻叫喚の大惨事になっていた。
僕も女性の服の相場なんてわからない。
この前にコム・デ・ギャルソンの服が可愛いと思って値段を調べて目が飛び出て顔が溶け落ちるほど驚いた。
身なりにお金をかけられる人って、外見としてなりたいようなモデルがあって、その目標に向かって自分を構築しようとしていて、それは物凄いことだなと思う。
いうなれば自分の視点なんて3人称には一切なれない、年がら年中POVな主観視点なわけで、鏡やスマホのインカメラがなければ自分の外見なんて見ることができない。
ということは脳内に既にモデリングしてある自分があって、そこになりたい目標を重ね合わせて、実際に行動に移し、鏡等でリアルタイム修正しているわけで。どっひゃー。
なので、そんな風に身なりを整えてる人はめちゃくちゃ凄いと思うのです。

でも、だからと言って身なりを整えていない人達をプライドで出来た牛骨で殴っていいわけではないし、なによりも彼女が出来たことないのを、光る弱点を見つけた勇者のように突き続けるのは良くないと思うのです。
逆もしかり。身なりにお金をかけている人をプライドの牛骨で叩くのはよくないし、そこから男女間論争になるのはもっとよくない気がする。

 

 

「あの子、今別れたばっかで弱ってるから、声をかけたら」
と以前言われた時に強烈に拒否反応が出てしまった。
それは人の心を弄んでるみたいで気味が悪いと思ったのだった。
それがありなら、人の弱みに付け込んで洗脳するのと何が変わらないんだろう。北九州一家殺人事件の犯人と縮小したサイズじゃないか。
でも、そんな僕も何も変わらない。たまに自分の弱さを見せびらかして、それで助けてもらおうとしている。つまりやっていることは何も変わらない。僕のどこかにも北九州一家殺人事件の犯人がいるはず。

 


時折、分からないことが多すぎて疲れてしまう。分からないことを分かるためにやっぱり本を読むべきなんだろうと思う。
我々はどこから来てどこへ向かうのか。
そのためにも『銃・病原菌・鉄』を早く読まなきゃいけない。上巻だけで一ヶ月以上かかってる。
色々思い悩む前に腰を据えて読書を出来る力をまずは手に入れなきゃいけないのかもしれない。はー。めんどくさい、めんどくさい。

 

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