にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

おててのしわとしわを重ねただけで幸せになりたい

休職期間が長くなりそうって、いつまでなのって、来年の春までってなって、うわ、来年の春か先じゃんって思うけども、実際はそんな先でもなく秋も冬もあっという間に過ぎてしまって春になってしまうのだろう。

 

僕は今、新幹線に乗っている。実家に戻る。久しぶりに戻る。バックトゥ実家。実家で療養。三週間ばかり療養。ずっとあっちにいないのはなんだかんだで父親とうまくいってないからです。ふふふー。

 

休職になってから関東と関西をいったりきたり。

体調も良くなったり悪くなったり。

突如、突如であるが、腹の底からやる気が出てうおー外に出たい!となって自転車漕いで隣町まで行って隣町でチャーハンを食べたりする日もあった。

でもその翌日はとてつもなくしんどかった。めちゃくちゃしんどかった。まぶたが開かなかった。まぶたの上に重りがついていて「ちょっと開けれないっすね」あ、そうっすね。OK、余裕、未来は俺らの手の中。つっことでその翌日は一日寝たりした。

 

昔、ザ・イエローモンキーはプライマル。って曲で「花柄の気持ちも1日のうちでたった6秒」なんて歌ったりしましたが、素晴らしいパンチラインだと思う。花柄の気持ちが6秒もない日もある。そんな時はひたすらに辛く、何にもできない。

 

映画を見ていたら、昔好きだった女性に似ている人が出てきてその瞬間に映画を止めた。

ひどいことを言った記憶が瞬時に思い出された。

私はとても酷い人間なのだ。

いい人ですなんて言ってるけども結局はただ臆病なだけで、無害を演じてるだけで中身はただのクズでドロドロに溶けた腐った液体が渦巻いている。

そんな腐った液体をばしゃばしゃとかけるようなことを私はしてしまったのだ。

死んだら地獄行きなのだ。

 

でも、延々と拷問をするという地獄はなんとなく明るい気がする。

多分鬱々とした気持ちでは地獄なんてできないと思う。

スリップノットが爆音で流れているなか、「お前は針山地獄!」とシャウトされて針山に投げられる。

現世で鬱々としているよりはなんぼかましさなんぼかね。

 

人生でうまくいかなかった瞬間のことを最近は思い出す。

そもそも、うまくいっていた試しなんて殆どない。2017年は一回あったくらいだ。友人の結婚式でライブをやったくらいだ。それはとても素晴らしい瞬間だった。その一回があればいいのかもしれないけども、渦巻いている鬱々を帳消しにはできない。

 

多分そういうものだとすれば、この鬱々とした感情が一生消えないとしたら、何かいいことがあっても消えないとしたら、私はどうやって希望を見出せばいいのだろう。

ただ漫然と生きてる日々が続く。

どんなふうに折り合いをつければいいのだろう。

折り合いのつけかたがわからない。

これのために生きよう、あれのために生きようなんてのがないから、ただただぼんやりしている。でも死にたくはないなとは思っている。

 

この先の人生、一発逆転、全ては伏線でした〜〜!!うわーー!辛かったことも全て伏線だったんだ!!辛い時期があってよかったーー!!なんてことはない気がする。

辛い時期は辛い時期であって、いい時はただいい時である。

この時期が伏線になることなんて多分ない。

あったとしても、こんなものが伏線だなんて認めたくない。

 

僕だって、人生ってやつを積み上げたかったのだ。

一つ一つ、崩れないように組み上げて、積み上げたかったのだ。

でも、積み上げるのにはなにもかも下手すぎた。

一事が万事下手くそなのだ。

 

人のことなんて気にしなくてもいいよ。って言われても、大体の不調は他人から持ってこられて、その不調はずっとずっと体内で胎動し続ける。

そんなこんなで体内の不調移民は国を作り上げるほどになってる。

多分それはもはや私のアイデンティティーだ。

 

鬱々とした状態の27歳男性はみっともない。見た目がいい感じの男性ならともかく、血の流れた豚のような見た目をした27歳男性が鬱々として、なんの売りになろうか。否、断じて、否。

 

だから、早く戻らないといけない。

私はひょうきんなことが好きだ。

だから精神が安定してひょうきんなことを言いつづけたい。

でも、人と話していると、思わず病的なことばっかり言いすぎて、もうこの精神に染み付いたシミのようなものは取れないかもしれないとも思っている。

 

ただただ幸せになりたいと思う。

穏やかな気持ちで眠れて、なんの苦痛もなくて、なんの不安もなくて、自分に対して不信感もなくて。そんな風に幸せになりたい。

 

f:id:gachahori:20171013145331j:image