にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

映画を語ることに気恥ずかしさについて。

映画を語ることの気恥ずかしさについて。

私は評論というものに触れてここまでだらしなく生きてきたせいか、映画を語る時はなにか評論めいたものをしなくてはいけないのではないか、といった強迫観念に囚われ続けていた。
ある角度から映画を切り込んで語らなければならないのではないか?
と言った強迫観念。脅迫妄想*1

しかし、思い返してみると私は映画を語れるほど映画を知っているのだろうか。
またある角度から切り込めるほど、私には切り込める武器を持っているのだろうか。
いや持ってないぞと。私にそんな武器も知識も持ってないぞと。
もっと言えばそうやって映画を語るとき、それは語っているのではなく映画やある存在を自分という小さな容器の中に押し込めているだけじゃないのか。
捉えきれないものを捉えきれる何かに変換しているだけじゃないのか。
そう考えてしまうと映画を語ることに対して恐怖のようなものが芽生えてしまって、なかなか映画の感想も書けなくなってしまったのだった。


そこで思い返してみた。そもそも、なんでこんなことをやろうと思ったんだってね。*2
自己顕示欲か?
それならば最低だ。映画という虎の威を借る狐じゃないか。*3
いや違う、もっと根源的なものを探ろう。
もっと初期の初期。なんで映画について思うことを書こうと思ったんだ。


それは面白いものを観た時に、誰かに伝えたいと思ったからだった。
誰かにこの映画面白いよ!と伝えたい。そんな気持ちが根源的な理由だったはずだ!そうだそうだそうだ!

例えばその映画が面白くなくても、友人に「あの辺が変だった!」とうきうきしながら話すような。
例えばその映画が理解できなくて友人に「ここがわからなかったけども…」と話すような。
例えばその映画がただただ単純に面白くて友人に「あのシーンでドーン!ってなったのが」と擬音だけで話すような。

そんな感想が書きたい。そんな風に何かを嬉々として伝えていくような感想が書けたらなと思います。

というわけでもっとラフに色々と書いてみようと思う次第でございました。

*1:脅迫妄想と言えば、川俣軍司。事件の詳細を知れば知るほど辛いものはあるけどもこの再現ドラマの動画は今年に入って何度観たことか。http://www.youtube.com/watch?v=KsJfbNZeWwI

*2:何故か矢沢感ある書き方だなって読み返して思った。俺はいいけどYAZAWAはどう思うかな!

*3:上手いこと言ったつもり。ドヤ顔。そういえばOH!ドヤ顔サミットが終わってしまっていたことを今知る。