にゃんこのいけにえ

映画と音楽と本を中心にいろいろと。

log:15 自我オフスイッチが切れてしまった。

数年間の接客バイトで覚えたことは、普段の自分をオフにして、一企業の一店舗の一末端店員という意識を持って働くことだった。

日々、大中小様々なクレームや要望が私の耳に飛び込む。改善できるのもあれば、まともに取り合うと気が狂いかねないドグラ・マグラかのようなクレームもある。
そんな中、対処として覚えたのが「自我オフスイッチ」だった。
「自我オフスイッチ」は読んで字のごとく、バイトをする中で邪魔になる20数年間培ってきた自我をオフにするスイッチだ。
物理的にあるわけではなく、俗にいう「気持ちを切り替える」というものだ。
この「自我オフスイッチ」を覚えてから少しばかりかバイトが楽になった。
数年間のバイトの中で得たのは「自我オフスイッチ」を自在に操れるようになったことだ。

「自我オフスイッチ」は多分社会に出たらもっと使わなければいけない。
自在に使い分けて、より耐えていかなければならないのだろうと、まだ内定ももらえていない一個人がそんなことを思っている。
それでも「自我オフスイッチ」の存在を知ることができた己の今、それは即ち無敵。どんな仕事でもかかってこんかい。俺が全て退治してやるよ。と思っていた。


しかしそんな「自我オフスイッチ」が突然効かなくなった。


接客業なので、挨拶をし、何度も頭を下げ、金を数える。
それはいつものようにできる。
なのに、今日ばかりは心の奥のほうで声がずっと聞こえる。
へい。その声はなんだい。と耳を傾けたのが最後だった。
ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ。
「これから人生どうなるんだろう。人生どうなるんだろう。やりたいこともできないまま。埋没してくだけなのかな。人生どうなるんだろう。人生どうなるんだろう」
ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ。

メキシコのマフィアのような手際の良さで陽気な店員の精神は虚無へと持っていかれて、気がつけば私の自我オフスイッチは切れてしまった。
そして鬱々しい感情が途端に溢れだした。


こんな不安、誰だってあるに違いない。誰だって悩んでるんだ。そうだ誰だって。誰だって。だから今は目の前のバイトに集中するんだ。
そう思いながらも流れ続ける鬱々しい感情の川をせき止めることが出来なかった。
それからはオンになった自我が全てを邪魔していった。


手のひらにもし物理的にこんなスイッチがあれば、もっと言えば鬱々しい感情にさえならなければもっと人生は楽しいのではないか。なんてサイバーパンク心療内科を足して2で割るようなことを考えるも事態は好転せず。

ずっと悩みがつきない。

つきないならば何か行動すればいいのに、それすら怖くて出来ていないのならば、あなたは結局何がしたいんだい。なんでこんなことを言ってるんだい。さあ言ってご覧よ!!

「なんでやろなー」

自我の奥で俺の中の巨大化した赤井英和がそう言った。

「真面目にやってきたからよ」
と呟いてみる。
くだらない。
ピンポーンと来店をしらせるチャイムがなり、私はいつものように大きな声で「イラッシャイマセー」と叫んだ。
どれだけ悩んでいても、覚えた接客はできるんだなと皮肉めいた顔を作ろうと思ったが、接客用のアルカイックスマイルが抜けない。
スイッチどうこう言っても染み付いているものは染み付いているものなんだな。そこにいいも悪いも感じなかったが、それはなんとなく思い知らされた。

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