にゃんこのいけにえ

両目洞窟人間さんが色々と書き殴ってるブログです。

短編小説『壁と咀嚼と晴れた日の雨』

『壁と咀嚼と晴れた日の雨』

 

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 私がその国の現地の言葉で「晴れた日の雨」という意味の名前を持つホテルに泊まっていたのは夏の日の4日間のことだった。
 その当時、私は仕事でその国のその地域に来ていた。仕事が終わるまでは4日間。
 と言っても、私の仕事なんてほぼ待つのが仕事で、4日間のほとんどのをそのホテルで過ごした。
 私の部屋は5階の角部屋だった。シーズン中のリゾートホテルなのに、その部屋だけ妙に安い部屋だった。
 ベランダからは海が眺めることができた。夜には近くのレストランに行き、私はシーフードパスタを食べた。波の音を聞きながら夜は寝た。
 仕事とはいえ、まるでリゾート地にバカンスに来たようで私はいい気分だった。
 しかし、気になることがあった。
 壁から音が聞こえることだ。震えるような低い音。
 最初は空調の音かと思った。しかし、どうやら違う。
 私は音の出所を探っていった。どうやら壁のようだ。
 隣の部屋かと思ったがここが角部屋だと思い出すといよいよ「音の正体」がわからないくなった。
 震えるような低い音は常に聞こえるわけではなかった。
 不定期に、だが、突然に。
 そしてその震えるような低い音に小さなノイズが混じることがあった。
 まるで小さな子どもがこっそり話しているようなノイズが。
 なるほど、安いわけだ。


 特に私に危害があるわけではなかったし、音がある方が気兼ねなく生活音を出せるので別に気にしてはいなかった。
 角部屋に止まったら変な音が聞こえた。お土産話としては十分すぎるほどだ。
 3日目の半ば、カラカラカラと回る小さな扇風機の風にあたりながら読みかけの本を読むのも飽きた私はホテルを散策し始めた。
 私は自販機で買った甘ったるいオレンジジュースを飲みながら、木陰のベンチに座っていた。
 遠くからプールではしゃぐ子どもたちの声が聞こえる。あいにく水着を持ってきていない私にはプールに入るという選択肢はなかった。
 そのときヴィクトルが通った。ヴィクトルはロシア出身のホテルマンだ。初日のフロントにいた男だった。
 私はヴィクトルに話しかけた。少し暇を潰したかったのだ。
 ヴィクトルという男は30代半ばであるようで、仕事をやりなれた人間特有の余裕が漂っていた。
 私はヴィクトルにこのホテルの感想を話し、ヴィクトルは笑顔で答えた。それから2,3とこのホテルについての話を交わした。
 そして私はあの壁から聞こえる音について話した。
 するとヴィクトルは神妙な顔になった。
 「お客様を怖がらせるつもりではありませんが、このホテルにはある話があります」
 退屈していた私はその話の導入に強く興味を引かれた。
 「聞かせてほしいな。なんなら血が流れる話でもかまわないよ」
 ヴィクトルはにやっと笑った。


 「1年前、私どもはあることに悩んでいました」
 「あることって?」
 「食べ物が無くなるという事件が多発したのです」
 ヴィクトルが言うには、貯蔵している食べ物が度々減っていたというのだ。
 ここはリゾート地だ。どんな奴が紛れていたっておかしくない。
 「でも、奇妙でした。食料を盗んでいる奴がいれば、カメラに写るはずなのです。でも」
 「でも?」
 「写っているのは小さなカゲだけだったのです。とても小さなカゲだけが」
 食料を盗む幽霊か、面白いじゃないか。
 「そして、それと同じ頃からある苦情が入るようになりました」
 「どんな苦情だ?」
 「壁から変な音がするというものです」
 ヴィクトルはにやりと笑った。
 「苦情は全て同じ5階の角部屋からでした」


 「幽霊だろうと、食料を盗まれているのに何もしないわけにはいきません。私どもは交代で食料貯蔵庫を見張ることにしました」
 ヴィクトルもその見張りの一員だったそうだ。
 交代で見張り始めて5日目の夜。ヴィクトルはちょうど当番だった。
 「深夜2時ぐらいですか。音が聞こえました」
 床の上をぺたぺたと何かが歩く音。音だけだがわかった。この足音は人間じゃない。
 「誰かいるのか?」とヴィクトルは大きな声をあげて、その音がする方向に懐中電灯を向ける。
 しかし、何もいない。
 ヴィクトルはほっとした。その瞬間、視界の奥の隅の方で、何かが動くのが見えた。
 カゲだ。
 あのカメラに写ったのと同じ小さなカゲだ。


 「見張りを始めてから、食料が盗まれることはなくなりました。あのカゲを見たというのも、私以外おりませんでした。それと同時期にあの角部屋の音の問題が深刻になっておりました」
 変な音が毎晩聞こえはじめた。
 低く震えるような音。
 「その部屋に泊まったお客様が私にまねてくれました。ぐるうる。ぐるうる。そう聞こえたそうです」
 その音は次第に大きくなっていった。あるときからその音にあるノイズが混じるようになったそうだ。
 「それって」
 「はい。小さな子どもが話しているようなノイズです」


 その音のことで、その部屋に客が通されることは減っていった。しかしホテルに繁忙期が近づいていた。毎年繁忙期は部屋がいくつあっても足りないほどだった。
 「だから仕方なく、我々はその部屋を解放したのです。しかし、まさかあんなことが起こってしまうとは」
 ヴィクトルは苦い顔をした。


 事件が起こったのはある夏の日だった。その日は見回りを始めて3週間目のことだった。
 深夜にあの角部屋から電話が鳴った。どうせいつもの音の苦情だろうと思った。でも違っていた。
 「警察を呼んで、じゃないと旦那が私と娘を殺すって」
 電話の向こうでは女の泣き声。そして、その要求の後、物が壊れる音と、叫び声が聞こえた。
 その男はアルコール中毒だった。アルコールを飲めば暴力を震う。そんな男の悪癖に家庭は崩壊寸前。しかし男は家庭を「復活」することを望んだ。男はアルコールを必死に絶った。
「もう俺はかつての俺じゃない」男は変わった自分と家族との旅行を希望した。その旅行を家族の復活にしたかったのだろう。
 でも、男はそんな日にアルコールを飲んでしまったそうだ。
 「どうして、自分から幸せを壊してしまうのかね」私はぬるくなったオレンジジュースを飲む。
 「さあ、わかりません。しかし警察がその部屋に集まったときにはもう、あの家族は完全に壊れ果てていました」
 ドアの向こうからは女と子どもの泣き叫ぶ声が聞こえた。
 「なんで、警察がいるんだよ!」と男の叫び声の後に何かを殴る音が聞こえ、女が泣き叫ぶ声が一層大きくなった。


 「それでどうなったんだ」
 「我々は男に要求を聞きました。男の要求はこうでした。家族旅行を続けさせてくれ」
 「無茶だ」
 「そうです。無茶でした。でも我々にはどうすることもできません。時間だけが過ぎていきました」
 5階の角部屋。ホテルの従業員と警察官。ドアを挟んで男と泣き叫ぶ女と子ども。
 何時間も硬直状態が続いた。
 「深夜2時頃でしょうか。私たちはある音を聞いたのです」
 「ある音」
 「はい。低く震えるような音です。それは私にはこんな風に聞こえました。ぐるうる。ぐるうる」
 「それから?」
 「みな、何の音か訝しんでいました。そして我々ホテルの従業員はついにその音を聞いたという顔をしていました。ドアの向こうから男が叫びました。おいなんだこの音は!って」
 ぐるうる。ぐるうる。
 ぐるうる。ぐるうる。
 「音は次第に大きくなっていきました。そして」


 木が割れるような音が聞こえた。
 そして男と家族の叫び声が聞こえた。「なんだこいつは!」と男が叫ぶ。ドアの向こう側からぐるうる、ぐるうると聞こえる。物が壊れる音がする。それからヴィクトルはある声も聞いたと言う。
 「だめだって!だめだって!」と叫ぶ声。
 「まるで、小さな子どもが叫んでいるようでした」
 立てこもっていた家族の子どもは10代半ばだった。
 あの家族に小さな子どもはいない。


 「あぎゃあああ」と男の叫び声がした。
 「いやあ!いやあ!」と泣き叫ぶ家族の声。
 「ぎぃぃぃ!ぎぃぃぃ!」男の悲痛な叫びが耳に突き刺さる。
 物が落ちる音。壊れる音。
 「だめだって!だめだって!!」小さな子どもの叫ぶ声
 警官隊は事態の急変にマスターキーでこの部屋を開けることを指示した。
 ドアにマスターキーを差し込む。ドアを開く。
 ドアから男の家族が飛び出す。表情は完全におびえきっている。しかしこの恐怖は「男」に向けられたものではないことはその場にいるもの全てがわかっていた。
 家族を逃がし、警官隊が部屋に入る。
 そこで警官隊は見る。


 「何を見たんだ?」
 「・・・ちぎれた男の右足です」
 「・・・それが、今、私が泊まっている部屋の床に落ちていたんだな」
 「さようでございます」
 「やれやれ。床に寝転ばなくてよかったよ」
 「クリーニングは念入りにしております」
 「だろうね。とてもきれいだったよ」


 警官隊はそれからあるものを発見する。
 「壁の下の方に穴が空いているのを発見したのです」
 その奥からあの小さな子どもの声が依然として聞こえる。
 「誰かいるのか?」
 「壁の中からの返事はこうでした。ぐるうる。ぐるうる」
 「それからどうしたんだ?」
 「壁を壊したのです」
 「壁を?」
 「はい」
 「・・・それでどうなったんだ?」
 「壁の中は驚くことに空洞の空間がありました。と言ってもそれほど大きな空間ではありません。大人が1人歩けるくらいの幅です。その空間には誰かが生活をしていた痕跡がありました。そしてその床に落ちているゴミには見覚えがありました。貯蔵庫から盗まれた食料の缶詰や袋のゴミでした。ずるずるずると移動音が響きます。その誰かの逃げる音です」
 「それで?」
 「警官隊はその壁の中を進んでいきました。音のする方にです。壁の中はそれほど広く無い空間ですからゆっくりと。でも、確実に音のする方に近づいていました。そして警官隊のライトがその音の出所を照らしました。赤く染まった歯。そしてちぎれた男の腕。ぐるうる。ぐるうる。そう、その正体は」


 「あ、ヴィクトルさん。ヴィクトルさん。」
 突然別の声が聞こえた。まるで小さな子どものような声だった。その声の方を向くと、二本足で歩くホテルマンの格好をしたねこが歩いてきた。うん?ねこ?
 「まち子さん。どうされましたか」ヴィクトルは平然とそのねこと会話をし始めた。
 「305号室のサイトーさんから苦情が入りました~」そのまち子と呼ばれたねこは困った顔をしている。
 「そうですか。ではまち子さん、仕事を交代しましょう。まち子さんはこの方の話相手になってあげてください」
 「え、ちょっと」と私が言う前にまち子と呼ばれたねこはうなずき、ヴィクトルはホテルへ戻っていった。
 まち子と呼ばれたねこは私の顔をじっと見ている。
 話相手になれと言われたものの、何を話したらいいかわかってないみたいだった。
 私もねこと話したことはないから困ってしまった。
 私は自分が持っているオレンジジュースのことが気にかかり、まち子に尋ねた。
 「なあ、このオレンジジュースを飲むかい?」
 「いえいえ!お客様のものを頂くなんてそんな!」と言いながらまち子の目は輝いていた。
 「いいよ。黙っておいてやるから」
 「いいんですか!」と喜ぶまち子に私はジュースを渡した。
 まち子は喜んで飲んでいた。
 まるで小さな子どものようだった。


 その後、私の元に電話が入った。仕事の時間を告げる電話だった。 私はまち子に「ヴィクトルに伝えておいてくれ。面白い話をありがとうって」と伝えた。
 まち子は「あっわかりました」と言う。
 私がその場を離れようとすると何かを言いたげな顔をまち子はしていた。
 「ジュースは全部飲んでいいよ」と伝えるとまち子は笑顔でお辞儀をした。


 今回も無事に仕事はうまくいった。スーツケースにガジェットを戻していく。「あんたの仕事、敵が多そうだな」と今回のステークホルダーであったM氏が私に言う。
 「その分、味方もおおいさ」と私は言う。
 「そういうもんかね」
 「そういうものだ」


 現地の言葉で「晴れた日の雨」という名前がついたホテルに戻ったのは日をまたいだあとだった。
 私は、部屋に戻ってスーツケースの中身を改めて整理して、シャワーを浴び、そしてベッドに潜った。
 眠っていると、妙な気配が耳から流れ込んできた。
 仕事柄、そういうものには敏感なのだ。
 私は枕の下に忍ばせてあった銃を握って起きて、その気配のする方に銃口を向ける。
 すると、そこにはワニがいた。
 そのワニは誰かを食べている途中だった。
 ワニの口から誰かの腕が垂れ下がっていて、その手には銃が握られていた。
 「あっ、起こしてしまってすいません」と小さな子どものような声が聞こえた。
 そちらに銃口を向けると、昼間のねこがいた。
 ねこはおびえたような顔をする。
 「違います。違いますー。この人が、あなたの寝込みを襲おうとしていたので、私たちが仕留めたんです」
 咀嚼音が聞こえる。くちゃら。くちゃら。
 私はベッドから出て、ワニの口から垂れ下がった「腕」を見下ろす。
 腕にかろうじて巻き付いていたシャツを引きはがすと見覚えのあるタトゥーが掘られていた。
 「どうかしました?」とまち子が言う。
 「懐かしい友人だよ」と私が言うと、まち子の顔面が引きつるのがわかった。
 「いや、皮肉だよ。ありがとう。命拾いしたよ」と私はお礼を言う。
 「それならよかったです」
 「いつも、こんなことやってるのかい?」私は聞く。
 「はい。ニーナとわたしでホテルを見回っているのです」
 「ニーナ?」
 「この子の名前ですよ」とまち子はワニを指さす。もうタトゥーが掘られていた場所もすっかり咀嚼されている。
 「そうか。大変な仕事だね」
 「いえいえ。お客様の方が大変な仕事です」
 私はまち子の自分の仕事を一番大変だと思わないようにしているその姿勢に好感を持った。
 「じゃあ、私はまた眠るとするよ。全然このまま食事を続けていいからね」
 「わかりました」
 「ニーナ、まち子。ありがとう。おやすみ」
 私は眠りに落ちた。その日は不思議なほどいい睡眠を取ることができた。
 翌朝。騒ぎはまるで無かったように部屋はきれいになっていた。
 床に寝転ぶ気にはならなかったが、寝転ぼうと思えば、寝転べるほどに。


 4日目になり、チェックアウトの時間が来た。
 私は、ホテルを出る前、フロントにいるヴィクトルに話しかけられた。
 「昨晩はご迷惑をおかけいたしました」
 「いや、君のところの警備員に助けて貰ったよ」
 「さようでございますか」
 「でも、なんで彼女たちを警備員に雇ったんだ?」
 ヴィクトルはいたずらっぽく微笑む。
 「なにぶん、彼女たちはいい仕事をするものでして」
 なるほどね。
 「私もいい仕事をする人たちのことは大好きだよ」
 私はお礼を言ってフロントを後にした。


 スーツケースを持って、外に出る。陽が身体にかかる。暖かい。
 プールから騒ぐ人々の声。遠くからは波の音。
 流れる風が身体を冷たくする。
 駐車場の木陰でねこのホテルマンがワニの背に乗って昼寝をしていた。まち子はとても穏やかな顔で眠りに落ちていた。
 ワニから声が聞こえた。
 ぐるうる。ぐるうる。

 それが私のその国の最後の思い出だ。

 

 

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『どてらねこのまち子さん』

第4話

 

どてらねこのまち子さん 第3話

どてらねこのまち子さん

第3話

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"1000 knives"

 

どてらを着た二本足で歩くねこのまち子さんとファミレスに行ってご飯を食べていたときのことだった。
「宮本さん、わたし、こんなもの拾ってしまったんです」
とまち子さんはテーブルの上に白いうさぎのぬいぐるみを置く。
つぶらな瞳に口がエックスになっている顔のうさぎ。
「まち子さん。私の名字は岸本です。で、これはなんですか」
「岸本さん。これ、お腹を見てください」
ぬいぐるみのお腹の部分を見るとお腹のあたりに赤いボタンがついている。そのボタンの下には「don't push」と刺繍が縫われてる。
「気になりますね」
私はレモンティーをかき混ぜながら言う。
押してはいけないと言われると押してしまいたくなるものなのだ。
「わたし、これがずっと気になって気になって・・・」とまち子さんは腕をくんで唸っている。
「ねえ、ねえ。岸本さん。押したらだめでしょうか?」
とまち子さんは困った顔をしながら聞いてくる。
「うーん。押すなって書いてありますからね」
「にゃにゃにゃにゃ・・・そうですよね・・・そうですよね・・・」
とまち子さんはうつむいてしまった。
それから、オレンジジュースを飲み干して、またぬいぐるみを見つめた。
ぬいぐるみは少し薄汚れている。新しくもないが古くもない。
「まち子さん、これはどこにあったんですか?」
「わたしの住んでるアパートの前にある公園のベンチにちょこんと置いてあったんです」
「ちょこんと」
「はい。ちょこんと」まち子さんは「ちょこんと」を手で表現する。「なるほどー」
「とりあえず、後で警察に持って行こうとは思うんですけども、このボタンが気になってしまって」
Don't push.
「あ、オレンジジュース取ってきますね」とまち子さんは、椅子を降りようとする。
「私が行ってきますよ。まち子さん、届かないでしょ」
まち子さんはとても小さいので、ドリンクバーに届かないのだ。
「あ、忘れていました。すいません。ありがとうございます」
「いえいえ」
まち子さんを残して、ドリンクバーに向かう。


ドリンクバーは混んでいた。どうやら、高校生が集まっているみたいだ。私が空のコップを持ってしばらく待っていると、ふと視界の端に白いねこが通り過ぎるのが見えた。
その方面に目を向けると、二本足で歩くねこがいた。まち子さんだ。場所からしてどうやらトイレから出てきたみたいだった。
でもどてらは着ていなかった。
普段、どんな時でもどてらを着ているので、脱いでいるのは初めて見た。


ドリンクバーでオレンジジュースを入れて、席に戻った。
「はい。オレンジジュースです」
「ありがとうございます」とまち子さんはお辞儀をした。そのまち子さんはどてらを着ていた。
「まち子さんって、お手洗いに行くときはどてらを脱ぐんですか?」
「にゃ?なんでですか?」と私をいぶかしがる顔をする。
「いや、さっき、お手洗いに行ってたときどてらを脱いでいたじゃないですか」
「え」
「お手洗いの時はどてら脱ぐんだなーって見てたんですけども」
「わたし、お手洗い行ってないです」
「え」
「ずっと、ここにいましたよ」
「え、でも、お手洗いからまち子さん出てきましたよ」
「似たねこじゃないですか」
「凄くまち子さんでしたよ。あのお手洗いから出てきたんですって」と指さしたお手洗いからまち子さんと同じ顔をしたねこが二本足で歩いて出てきた。
固まっている私たちには一瞥もくれず、そのまち子さんに似たねこはファミレスをぐるっと歩いて、そのまま外へ出て行った。
「今の」
「わたしにそっくりでしたね・・・」とまち子さんが恐れおののいていると、またお手洗いからまち子さんと同じ顔をしたねこが二本足で歩いて出てきて、ファミレスをぐるっと歩いて、そのまま外へ出て行った。
そして、また、また、また、また。
次々とまち子さんと同じ顔をしたねこが出てくる。
店員もそろそろ不審がる。客もなんだなんだとなっている。
「なんか次々と出てきますよ・・・」とまち子さんは完全におびえきっている。
かくいう私もおびえきっている。
「次々と出てきますね・・・なんか、知らないんですか・・・」
「知らないですよ・・・うにゃにゃにゃにゃ・・・」
次々と出てくる中で、私は法則性を見つける。
このファミレスでテーブルにある呼び出しボタンが押される度に、まち子さんと同じ顔のねこがお手洗いから出てくるみたいだった。
そして次々と出てくるのは高校生が呼び出しボタンをどんどん押しているからみたいだった。
私はそれをまち子さんに伝える。
「なるほどーそれで、わたしが次々と!」
とまち子さんは納得したけども、それからまた顔が曇って「でも、なんで・・・」となる。
そりゃそうだろう。
ファミレスの呼び出しボタンが押される度に自分の分身がお手洗いから出てくるのだ。こんなに不気味なことはない。
ぴんぽーん。と押されて、またまち子さんがお手洗いから出てきた。店員が私たちの席に来て「あの、知り合いの方ではないですよね」と聞いてきて、まち子さんは首を横にぶんぶんと振った。
それから、ぼんやり見ていると、まち子さんが「あ、もしかして」と言う。
「どうしたんですか」
「あの、わたし、さっき押しちゃったんですよ、このボタン」
とさっきの薄汚れたうさぎのぬいぐるみを見せる。
「え、いつ」
「あの、岸本さんがドリンクバーに行ってるときに」
「なんで、押しちゃったんですか」
「あの、好奇心に負けてしまったんです」
「あー」
「うにゃにゃにゃにゃにゃ・・・」
とまち子さんは頭を抱えた。
でもある考えがひらめく。
「でも、ということは、もう一度そのボタンを押したら、まち子さんが増えるの止まるんじゃないですか」
と私が言うと、まち子さんはそれだ!という顔になり、もうすぐさまボタンに指をかける。
「じゃあ、押します!」
とまち子さんがぽちとボタンを押すと、同時にどこかで店員を呼び出すピンポーンという音が鳴り響く。
しかし、トイレからまち子さんは出てこない。
「・・・出てこないですね」
「・・・そうみたいですね・・・」と言って、まちこさんはほっと胸をなで下ろす。
「怖かったあ・・・」とまち子さんが呟き、私も一段落ついたことに、安心してふと窓の外を見ると、何十、いや何百のまち子さんと同じ顔のねこがファミレスに近づいているのがわかる。
何百のまち子さんと同じ顔のねこはファミレスに一斉に入ってくる。来店を告げるベルが鳴りっぱなしだ。
すると、お手洗いから次々とまち子さんと同じ顔のねこが出てくる。どうやら来店を告げるベルと今度は連動してしまったみたいだ。
戻ってきた方のまち子さんと同じ顔のねこたちははトイレに向かおうとする。
しかし、次々とトイレから出てくるまち子さんと同じ顔のねこに行く手を阻まれる。
次々と押し寄せるまち子さん。鳴り止まない来店ベル。トイレからあふれかえるまち子さん。トイレに行こうするまち子さん。
今やファミレスはまち子さんだらけになっていた。
本物のまち子さんは顔面蒼白状態になっている。
「ど、ど、どうしましょう・・・」
「とりあえず、逃げ出しましょう」
と私たちはファミレスをなんとか後にしようとする。
しかし、その瞬間にまち子さんがぬいぐるみを床に落とす。
落とした瞬間にボタンが入ってしまう。
窓の外に見えるドアというドアからまち子さんがあふれ出すのが見えた。

 

この日、世界にまち子さんが溢れた。世界中の至る所でまち子さんが文字通り溢れたのだ。
溢れたまち子さんは世界のシステムをダウンさせた。経済も政治も宗教も、全てがその日一変したのだ。
この日を後世の人々は世界同時多発ねこと呼んだ。

 

 

2017年好きだったものの話。

2017年好きだったものの話。

 

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今年1番好きな眼鏡キャラこと「ひよっこ」の生天目澄子。

「なばため〜すみこですぅ〜」ってモノマネができるようになった2017年。

 

まずは好きだった演劇。
今年もロロに夢中になりっぱなしでした。

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残念ながら本公演の『BGM』は見る事が出来ませんでしたが(DVD発売が本当に嬉しい!)いつ高のvol4『いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した』と『父母姉僕弟君』は今後の人生でずっと忘れられないような作品だと思う。
『いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した』は3人の女子高生の無駄話の中から、その時間のかけがえのなさを浮かび上がらせるという(しかも3人はそのことに気がついていない!!)とても素敵な舞台でした。
『父母姉僕弟君』は4,000字にも及ぶ感想というか妄言を書いてしまったほどで。でもまだ書ききれてない気持ちになってます。
あと諸作品で言えば『デリバリーお姉さんNEO』も忘れたくない。

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三浦直之さん脚本回は「その場にいない」ものや人を想像力で立ち上げていくという話が多くて、それがこの今生きている世界や人生を変えるって話が泣いちゃう。
3話はもうめちゃくちゃ名作だったよな!
あの思い出の夏が立ち上がって、そして現実が変わっていくって泣いちゃうよな。
はやくブルーレイ出して欲しい。本当欲しい。

 


舞台だとシベリア少女鉄道の『たとえば君がそれを愛と呼べば、僕はまたひとつ罪を犯す』が凄まじかった。
70分フリに使ってあと30分で怒涛の回収、最後の1分でピタゴラスイッチをやって超強引にハッピーエンドでスタンディングオベーション
まじで人類が作り出したものとしてある種の到達点なんじゃないかって思った。
美術館、この脚本を保管して欲しい。まじで。

 

あと芝熊の『うかうかと終焉』も素晴らしい舞台でした。泣きはらしたなあ。

 

 

今年読んで最高だった本。

 

矢部嵩『魔女の子供はやってこない』
アンソニー・ドーア『すべての見えない光』
・ローラン・ビネ『HHhH』
長谷川町蔵『あたしたちの未来はきっと』
・岸雅彦『断片的なものの社会学
・アン・ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ』
・大童澄瞳『映像研には手を出すな!』
沙村広明波よ聞いてくれ

『映像研には手を出すな!』に衝撃を受けた一年でした。面白すぎて泣いたくらい。
今年は改めて読書の楽しさに目覚めた年でした。来年はもっともっと読みたい。

 

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今年1番聞いたアルバムはtofubeatsのFANTASY CLUBです。WHAT YOU GOTとTHIS CITYとBABYを繰り返し聴きました。
BABY〜。

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DE DE MOUSEの『dream you up』や岡崎体育の『XXL』がアルバムだと印象的です。
でもそれ以外は基本的にApple musicで聴きあさりまくっていました。
これって配信であっちゃこっちゃ聞いてアルバムが少なくなったのは、なんかよくないことをしているような気になります。
来年はもっと一枚一枚に向き合おうと思います。

 

 

 今年行ったライブは『ザ・プーチンズ(現 ザ・プー)』『perfume』『サカナクション』。どれも楽しかった。プーチンズめっちゃ楽しい。perfumeかしゆかを見た瞬間「ゆか様ー!ゆか様ー!!」言うてた。かしゆかがはちゃめちゃに好きみたいです。

 

 ミッシェル・ガン・エレファントの解散ライブのDVDを今になって買って何回も聞いたりしました。

 ブギーが好きで何度も聞きました。超かっこええ。ミッシェル・ガン・エレファントってかっこええと夏くらいはなってました。

 

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夏から休職することになってずっとぼんやりしていたけども、10月くらいから一つくらいは「自分の思い通りになる場所を持とう」と思ってこのブログを更新し続けました。
書いていると混乱している頭の中が整理できるような気がして、書き終わった後はすっきりして清涼感を感じたりできて、こういう感覚は人生であんまりなかったから、いいなあと思ったりだとか。
短編小説も書いてみたくなって、まだまだですけども書いています。
沢山見たり読んだりしたのに、まだ書けるのがこんなものかーと打ちのめされることも多いけども、書いてみたい。物語を書くのは難しいけども、でもたまに自分で書いていて救われるような気分になれるものがあって、物語ってええなと思っちゃう。もっともっと物語を書けたらなと思います。恥ずかしいけども。

 

友達に本当に助けられた一年でした。
僕はすぐに勝手にひとりきりな気持ちになってしまうけども、そんな時に友達が話しかけてくれて闇落ちしそうな自分を助けてくれて感謝しても仕切らんです。
来年は返せたらなと思う。どうやって返すかわかんないけども。

 

思えば遠くに来たもんだ。とこの間サービスエリアで休憩している時に感じた。物理的に移動したからかもしれないけども、サニーデイ・サービスを聞いていたからかもしれないけども、そんなことを思ってしまった。
全く思っても見なかった27歳になって、来年は28歳になるわけですけども、今後はどうなるんだろうなと思う。
無駄に怯えずに構えていたいな。
来年も好きなものを沢山探して生きていきたい。
来年も生活をやっていきたいです

 

 

では最後に独自のルートで手に入れたマッツ・ミケルセンのサインでお別れしましょう。

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よいお年を〜〜

2017年映画ベストの話

2017年映画ベスト12!

 

27歳男性の2017年見てよかったなーとなかった映画ベスト12でございます。プラス殿堂入り作品もあります。果たして何が1位なのか!そして殿堂入りとはなんなのか!!!誰も期待されていない中、27歳男性が壁に書きなぐったランキング!細工は流々、仕上げをご覧じろ!

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 こちらはランキングには入っていませんが好きな映画。

 

 

ではランキングです!!

 

殿堂入り ストレンジャーシングス2
1新感染 ファイナルエクスプレス
逆光の頃
3そうして私たちはプールに金魚を、
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーミックス
5ベイビードライバー
イーグルス・オブ・デス・メタル パリの友に捧ぐ
夜明け告げるルーのうた
8ぱん
パトリオットデイ
10亜人
11ハードコア
12ラ・ラ・ランド

 

 

ではここからは好きな理由をだらだら書いています。気がつけば9000字になったので、本当長くなってしまいました。総評だから仕方ないね。

 

 

12位
ラ・ラ・ランド

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めちゃくちゃ大好きなのにこの位置なのは、めっちゃ大好きだからです。めっちゃ好きすぎて、なんとなく遠い位置にいるような、そんな映画。冒頭の高速道路のシーンはMVだとかGAPのCMだとか、散々ディスられていましたが、それでも、やべえ音楽が鳴り響いて、やべえカメラワークで、みんながやべえ踊りをするなんてシーンを映画館で見たときの感動は忘れることができない。
その他も、パーティーへ向かうシーン、山頂でのダンスのシーン、そして何よりもラスト15分。忘れられない瞬間に満ちた映画でした。

 

 

11位
『ハードコア』

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全編FPS視点で一本の映画を作ってしまうという無謀な試みを実現してしまっただけではなく、めちゃくそ面白い映画にしてしまったのがもう凄いですよね。「FPSゲームを移し替えただけ」というディスもあるけども、それに対してはこの映画こそなぜみんな「実写化」をしたがるのかという回答になっているよと言いたい。
つまりは実写化するときに生じる興奮と生々しさこそみんな見たいのではということで。
FPSゲーム上で散々作られてきたやばい映像も、それを生身の人間がやり始めた瞬間に、付随する生々しさが、同じような映像でもまた別の興奮を産んでいるように思うのです。
スクエアプッシャーが打ち込みで作った音楽をショバリーダーワンで生演奏した時に感じるやばみというのでしょうか。
なんかごちゃごちゃしてきましたね。
僕が見たときは客が3人退出するというハードコアっぷりもよかったです。
うーん、やっぱ好きだなハードコア。
あと監督のイリア・ナイシュラーが本業はバンドのボーカルってこともみんな思い出しておいた方がいい。なんだこの人、才人すぎませんか。

 


10位
亜人

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めちゃくそおもしろくなったですかこの映画。原作は読んでないんですけども、冒頭早速捕まっていて研究のために拷問を受けている主人公の姿から始まるという超速スピードで物語が進むのも超楽しい。
そりゃぼんやりしたところも結構あるのです。でもしっかりしているところのシーンがめっちゃ面白すぎて、もうそれだけで最高っすわー。わー。
原作は読んだことなかったけども、殺しても死なないという設定からのアクションが本当に面白い。「死なない」からこそ、いつまでアクションシーンが続くかわからなくて、「いつになったら決着がつくんだ?」って引き延ばされ続ける展開のドライブ感がもの凄くてめちゃくちゃ興奮した。
あと邦画でこんないい銃撃戦を見ることができるとは・・・と嬉しくなった。対SAT戦めちゃくちゃ最高すぎるでしょ。1人でSATを壊滅させるって荒唐無稽なシーンを成立させる圧倒的な動き!もういい~このシーンいい~。
深夜にやってたドラマ「コードネームミラージュ」でもかっこいい銃撃戦やってましたが、ああいう本格戦術ものっぽい動きのものを邦画で見ると嬉しくなりますね。昔、SPECで出てきた銃撃戦が本当に酷くて・・・というのはやめておきましょう。はい。
綾野剛の怪演っぷりが最高でした。歌いながら自転車を漕ぐシーン、「ミスタースポック転送だ~」からの「やあ、来ちゃった」のシーンは特に最高でした。
やっぱ面白い映画だったなーと思うのです。
あと、大学時代の先輩が1シーン出演していて、それを見たとき泣いちゃいました。
そのあとその先輩と見る機会があったのですが、先輩が出てるシーンになるとその先輩がスクリーンを指さして小声で「あれ・・・俺・・・」って言ったのめっちゃ笑った。おわった後に「出てましたね」「出てたねー」って言ったのもめっちゃ笑った。

 


9位
パトリオットデイ』

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ボストンの爆弾テロの映画化・・・ってもう犯人が捕まったってわかってるし~な気持ちで見たら、まあ、面白いんだよ、終わりが見えてるのにもの凄い緊張感がある映画なんですよ。
冒頭から「なぜ今この人にフォーカスが当たっているんだろう?」と疑問に思う登場人物の紹介から、徐々にその人たちがテロ事件に関わっていくパズル的な面白さと運命の残酷さ。
中盤の住宅街での銃撃戦の圧倒的緊張感(銃弾1発1発が明確な殺意を持って襲いかかってくる恐怖!)
そしてラストの展開に「勇気」を持って生きていくってなんじゃろなと感動したのでした。
今年は勇気を持って自らの人生を生きていくって着地の映画に弱かった気がします。

 

 

8位
『ぱん。』

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MOOSIC LABという音楽と映画の融合という企画映画の中の一本で、15分という短編だったのですがとんでもなく面白い映画だったのです。監督は阪元裕吾さんと辻凪子さん。
ぱん屋でアルバイトをしている女子高生の「日常もの」なのかなと思っていたら1分くらいで「あ、これやべえやつだわ」ってなり、「もっとやべえやつだ」となり最終的に「映画ってこんなことをしていいんだ!」とあまりにめちゃくちゃな展開に俺は本当に勇気づけられたのです。
低予算映画だけども要所要所にちゃんと決め絵があってそれが本当にかっこいい。特に東寺が爆発するカットとか笑いながら「すっげー!」ってなったものね。まだ学生さんだったらしく、これを実現するセンスと技術に27歳男性は酷く嫉妬したのでした。
あと1カ所、普通にやばすぎるスタントがあって「おいおいおいおいまじかよ!!!!」ってなった。
阪元監督はバイオレンス映画を多く作っているようなので、見る機会があれば是非とも見たい。べー。とハングマンズノットとスロータージャップをどこかのサイトで配信してほしい。金なら積む。
辻凪子さんは普段役者をやっているようなので活動を追ってみたいと思った。辻凪子さん舞台挨拶でこんなにとがった映画を作っているのに「さっきトリガールを見てきたのですが、本当に面白いのでおすすめです!」って言っていて凄く好感が持てた。
とにかくとんでもない才能に触れてしまった興奮と想像力にリミットをかけず物語を遠くまで飛ばすというフリーキーさとでそれを実現する技術力に感服してしまった映画でした。

 


7位
夜明け告げるルーのうた

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アニメって元はただ絵が動いているだけなので「音」は流れないわけなんですけども、その分アニメで「音」が表現されたら高揚感が半端ねえってことはここ10年くらいのアニメの中で演奏シーンを表現するのが増えてきたことからもわかるのですが、この映画はそういうタイプのアニメだとまじ極上な部類だったわけですよ。オープニングの宅録シーンから元は「音」が流れないアニメでめちゃくちゃ「音」が鳴っていて、その「音」を組み合わせて「音楽」を作っていく高揚感!
オープニングタイトルが出るシーンでは「あびゃびゃびゃ」と楽しすぎて涙が出てしまう始末。
何より終盤ではとにかくすげえことが起こっている状況に、めちゃくちゃエモく流れる「歌うたいのバラッド」に俺の感受性はぎゅんぎゅんぎゅーんとなり最高じゃ!最高じゃ!!!となったわけでした。何にも言ってねえなこの文章。
整合性よりも、感受性と半端ねえ技術力で作られたアニメ映画なので整合性を優先する場合は嫌いになるかもしれない。
でも、俺は「夜は短し歩けよ乙女」よりは断然こちらです。
あと「ポニョ」すぎる状況設定なのに見ている間「ポニョ」を一切感じさせないの凄すぎませんか?
湯浅監督の作り込みが凄すぎて宮崎駿を感じさせないのどうかしてるでしょ。あっひゃー。
父さんが持っていた録音テープにレディオヘッドのOKコンピューターが入っていたのも書いておきたい。もうあの瞬間俺の心の中に鳴り響くairbagのイントロ。全ての音楽好きに送る最高の映画。

 

 

6位
イーグルス・オブ・デスメタル パリの友に捧ぐ』

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これはNetflixで見ることができるドキュメンタリー映画。元はHBOで放送されたドキュメンタリーです。監督はコリン・ハンクス。トム・ハンクスの息子です!
あのパリで起こった同時多発テロで被害にあったイーグルス・オブ・デスメタルのライブ会場。
そのイーグルス・オブ・デスメタルの結成からパリへ向かうまでの物語、そして「あの日」のこと、そして「あの日」を乗り越えるためにもう一度パリで行われた「パリの友に捧ぐ」ためのライブのドキュメンタリー映画なのです。
最初30分語られるイーグルス・オブ・デスメタル結成の楽しさったら!さえない学生だったジェス・ヒューズと後にクイーンズ・オブ・ザ・ストーンエイジを結成するジョシュ・オムとの出会いが青春映画のようにきらきらしているのだ!
それからジェス・ヒューズとジョシュ・オムがバンドを結成する流れもいい。
ジョシュ・オムがジェスの作った曲について「あいつが作った50曲のうちよかった曲は何曲だったと思う?60曲さ」
ふ~~~~~!!!
基本的にジョシュ・オムがかっこよすぎるんですわな。

しかしテロのことになると、本当に胸が詰まる。ただただ音楽を楽しみにしてきた人々がなぜこんな目に遭わなきゃいけないんだろうかと。政治や宗教やら関係ないのが音楽じゃねえのかい!と27歳男性憤る。

不条理な暴力に人生を破壊されたものたち。
しかし、イーグルス・オブ・デスメタルはもう一度パリでライブをすることを誓う。
パリにいる傷ついたファンのために、あの日亡くなってしまったファンのために!
でも、自身も傷ついている。ライブをするのも怖い。ファンのために歌えるかもわからない。
この映画はある日ヒーローのなる運命を背負わされてしまった男の物語になっていくのです。
しかし心が折れそうになったジェスの心を救うのは親友であるジョシュ・オムだったのです。
「お前は力強い拳になれ。俺が腕になって目一杯遠くで飛ばしてやる」と。

その後のパリのライブのかっこよさたるや。まさしくパリの友に捧ぐには最高のライブなのです!(ライブ映像が収録されたDVDやCDが発売されているので興味がある方、完全版はそちらで)

そのライブを終えたあとのジョシュ・オムの言葉を素晴らしい。
その言葉にジョシュ・オムのこのバンドへの思いが詰まっていてぐっときました。
今年一番のヒーロー映画は何か?と聞かれたら私はこれを推したいです。変則的ですが、それでも私には一番のヒーロー映画でした。

 

 

5位
『ベイビードライバー』

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音楽と映像が合わさったらめっちゃ気持ちいいやんけ!!!
というミシェル・ゴンドリーのミュージックビデオのような心地よさが全編続きまくるというそれだけで異様な映画。
その上、歌詞と台詞のリンク、歌詞を画面上に落書きとして表示する、歌詞が展開を示唆するやらととにかく作り込みがどうかしていることになっている。
なので、一見だけだと5位なのですが、この映画は噛めば噛むほどたまらねえ映画になるのではと思っています。
一回しか見ること出来なかったし、体調悪い時だったからなあ・・・
個人的に犯罪映画としての着地にしびれてしまいました。
外見はすげえ大人なんだけども、内面はめちゃくちゃオタクという俺が理想とする大人みたいな映画でした。
うー、またみたい。

 


4位
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーミックス

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もうMr.Blue skyが流れるオープニングで大号泣。大好きな曲に合わせて踊るグルートに半端ねえ多幸感を味わった観客の皆様と俺は手をつなぎたい。
奇しくも「スターウォーズエピソード8 最後のジェダイ」でも血縁関係だけで話がおわることを否定することをしていましたが、それに比べてもこちらの作品はスマートでばかばかしくて、なによりも熱い。(ちなみに最後のジェダイは好きな作品です!)
「家族」とは?ということをここまで手を変え品をかえ描かれると泣いてしまう!
父とは子どもにとって初めてのヒーローであることを教えてくれるヒーロー映画ってもうすてきじゃないですか。
「さぞかしメリーポピンズっていい男なんだろうな!」って台詞や「俺の父さんはデビッド・ハッセルホフだ」って台詞に涙がぎゅるぎゅるに絞られたし、最後の窓の向こうに見る景色を見て叫ぶクラグリン(演じるのはジェームズ・ガン監督の実の弟のシェーン・ガン!!)に「あ~~~~!」と泣いてしまいました。俺もあのときはクラグリンと同じ気持ちだった。
最後に流れるのがfather&sonというもう優しい曲に「ジェームズ・ガン、さてはお前根は優しい奴だな」と思ってしまったのです。
そしてそんな余韻をぶちこわすようにエンドクレジットで馬鹿ディスコ(このためにわざわざ作った曲!!!)を流すのもいい。
愛すべき馬鹿たちの優しい物語というこのシリーズが本当に大好きです。


3位
『そうして私たちはプールに金魚を、』

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今年一番の衝撃作でした。
監督はCMプランナーであった長久允(ながひさまこと)さん。2012年に埼玉県狭山市で起こった女子中学生が学校のプールに400匹の金魚を放流したという事件を長久監督が自身の有給を消化しながら映画化!
撮影場所も実際に狭山市、そして周辺の人物にも徹底的に取材を行った上で作成したそう。しかし実際に事件を起こした4人には取材はあえてせずに。
「なぜ少女4人は事件を起こしたか?」を徹底的に立ち上げようとする。証言では「プールに金魚が泳ぐのを見たかったから」と言っていたのも「本当にそうかな?」と冷や水をぶっかける。
なぜ4人はプールに金魚を放ったのか?
事件までの日常が山ほどの映像テクニックで描かれる。
地方都市、国道沿いの日常。ショッピングモールとカラオケ。ボウリング。学校。家族。夕方。アイス。ラザニア。ユーチューバー。LINE。
「プールに金魚が泳ぐのを見たかったから」というのは本当であり、そしてそうではないことがわかる。
長久監督が描こうとしたのは「証言」出来なかった部分の映画化だ。少女4人が言葉にできなかった動機や理由の映画化だ。
大人になればいろいろ諦めて何にもなれなかった自分の人生が「そこそこ幸せ」だと割り切ることができるかもしれない。
でも子どもたちに「割り切れ」と言うのは酷なことだ。
その「何もなさ」に直面しているときの閉塞感やこの国道沿いから一生出ることができないと突きつけられている絶望感を「この後、そんなこともだんだん楽になるから」ってのは精神的な安楽死なんじゃないだろうか。
だからこそ少女4人は抗おうとするのだ。その地方都市で、プールに金魚を放ったら何か変わるのかもしれないと思って。
だからこそラスト、狭いカラオケルームで元同級生のアイドルがカバーした17歳を歌いながら泣いてしまう。「私は今、生きている」と。この場所で生きていることを突きつけられてしまったから。

映画評論家のおすぎは「ゴーストワールド」を見たときの言葉を引用したい。
「地方に住んでいて、学校とクラスメイトに馴染めなくて、そのせいで自意識が強くて、そのくせに美貌と才能が伴わない女の子は、とりあえず都会へ出て世界の広さを身体で感じて、自分が「その他大勢」に降格することによる安心感(自分は普通。もう回りを必要以上に意識してアイデンティティを保つ必要は無いんだ)を獲得しろ!田舎で死ぬよりはマシだ!」

僕も「この地方都市で一生がおわってしまうのか?」と絶望したので、この映画には心が揺さぶられました。
願わくば金魚を放流したその4人が強く生きていることを。

長久監督は新作を撮っているそうなのでとにかく楽しみです。

 


第2位
逆光の頃

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この映画を僕は2位に選びましたが、多分多くの人には刺さらない気がします。でも僕には2位です。そしてそんな風に刺さって刺さって仕方ない人がこの世には沢山居ると信じたい。
舞台は京都。そして内容は模試をサボって友人のバンドのライブを見に行ったり、その演奏している曲がニューオーダーのセレモニーだったり、おわった後にビールを飲んだりふぁー!ツボじゃツボじゃ!!
次の話は夏休みの高校で英単語を覚えているうちに寝てしまって、夜になってしまい、向かいに来た幼なじみの女の子と夜の校舎を守衛さんに見つからないように移動するってふぁー!ツボじゃツボじゃ!!
最後の話は雨降る中ヤンキーと喧嘩するってふぁー!!ツボじゃ!ツボじゃ!!!!
というわけでツボをつかれまくりで、もうどうにかなりそうな映画が「逆光の頃」だったのです。
監督は同じくツボをつきまくりな映画だった「ももいろそらを」や「ぼんとリンちゃん」の小林啓一監督。
前二作が全編喋り通しの作品だったのに対して台詞量も格段に減って静かな作品。その一方で、一つ一つの台詞の切れ味が増している。前が圧倒的な弾薬で穴ぼこにしてくる作品だとしたら、今回は一発一発確実に急所を貫いてくる感じ。どっちが好みというか、もう小林啓一監督作品が好きなので「どっちもしゅき・・・」となっちゃう。
音楽も前2作と同じく流れない。一方で際立つのが風鈴の音。そしてエンドクレジットのニューオーダーのセレモニーのカバー(監督が原作を読んだときに、この音楽が合うと思って映画化した際は流したいと思っていたとのこと)
主演は高杉真宙さん。幼なじみを演じるのは葵わかなさん。二人の瑞々しさが素敵!!
見終わった後、ふらふらさまよってしまったくらい好きな映画でした。
刺さる人は少ないと思うのですが、それでも人に勧めていきたいし、刺さる人はもう一生忘れられないような映画になると思うのです。

 


第1位
『新感染 ファイナルエクスプレス』

 

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2017年とにかく最高に面白かった映画は何ですか?と聞かれたら迷わずこれ!って言います。
もう最初から最後まで、本当に最後の1秒まで面白いという凄まじすぎる作品。
韓国初の本格的なゾンビ映画とのことだけども、1発目にこれを出されたら後発やりずらいだろうなって思うほどの1作にして完璧な作品。
何より面白かったのはゾンビ映画としての面白さにプラス乗り物パニックの要素が加わっているところ。
列車という閉鎖状況をフルに使ったアクションの連続が最高すぎる。特に一番最高なのはゾンビがいる3両先まで行け!というハードすぎる状況のやつ。
もう絶対無理やんって思うのですが、これを勇気と知恵で乗り切っていくのがもう最高。
そのその乗り物でしかできないパニック映画を見ているなー!と思えるシーンがあると本当に幸せ最高ありがとうまじで。
そして乗客たちの思惑で事態が転がっていくのがとにかく面白い。
いわゆるかき回すトゥーミーさん(byタマフルの「乗り物パニック解説回の三宅隆太監督)のバス会社の常務のヨンソクさんを中心とした「自分勝手な人々」の姿に、観客の我々はいらだちを覚えてしまうわけです。
その自分勝手な人々、特に「常務」という肩書きのものを配置し、それにより若者たちが犠牲になるという姿は「セウォル号事件」のメタファーとも言われています。
だからこそ響くのはそんな状況下でも他人を思いやる人々の姿です。主人公ソグの娘のスアンが妊娠中のソンギョンを思いやる姿。ソンギョンの夫のサンファの姿が胸に響きます。
誰だって自分がかわいいし、俺だってそんな状況下になったら自分勝手になるに違いない。だからこそ。物語の中でも他人のために動いた人々のことは覚えておきたい。
ソンギョンに、高校生に、運転手に、ホームレスに、そしてソグ。他人のために勇気を震ったものたちのその行動は命をつないでいく。最後の最後、命を救ったものはもうそこにいない大事な人を思うための歌であったことを思うと「人生とは何か?」という問いに「人生とは他者だ」と『永い言い訳』のあの言葉を思い出してしまうのです。
10年前の自分に、10年後の2017年には「新感染」というくそ面白い映画があるから10年は頑張って生きろ!と言いたくなるような大傑作。圧倒的な面白さであったので2017年の1位にさせて頂きました。

 

 

殿堂入り
ストレンジャーシングス2』

 

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海外ドラマはもはや「映画や!」と言われてますが「ストレンジャーシングス2」はその作りも見ているときの高揚感もそして後味もみんなが大好きな「アメリカ映画」のそれで、今年一番満足感がある「映画」は「ストレンジャーシングス2」でした。
いまや山ほど続編があるけども、みんな大好きな「続編映画」はここにあるぞ!と言いたい。
大傑作の1から1年でこんな素晴らしい作品ができたというスピード感にも脱帽。
とにかくもう2017年最高のポップカルチャー。未見の方は本当にぜひ。

 


というわけで長々と2017年のトップ12を書きました。
どうしてもラ・ラ・ランドから始めたかったのでトップ12。
映画館で見ることができたのは20本でした。
今年は夏に体調を崩してしまってから、映画館に全く行けなくなってしまって、見逃した映画も山ほどあって悔しい。
でも自分にとっての2017年はこういうものでした。
今年見ることが出来なかったものはまたどこかで出会えたらいいなと思います。
来年も面白い映画を見ることができたらなと思います。

短編小説『未来人、ニュータウンへ』


 3年付き合っていた彼女のちよちゃんに別れを告げようと思って、冬の日の朝、ドトールに呼び出して「話があって」と切り出そうとしたら、神妙な顔をしたちよちゃんが「実は言わないといけないことがあって」と切り出してきたので、先制攻撃にうろたえつつ、こいつは浮気してましたってやつか~と身構えていたら「私、実は未来人で・・・」って。
こんなときどんな顔したらいいか、俺わからない。


 「いやいやいやいや」とコーヒーをかき混ぜながら、冗談ならやめとけよと思うけど「信じてもらえないのはわかるけども、未来人なのは本当で。」とちよちゃんは頑な。
 そしてそれを言ってるちよちゃんの顔はとても嘘をついている顔ではない。3年付き合っていたからわかる。
 だから余計に頭がこんがらがってしまって「未来人ねえ~」と単語を繰り返すことしかできない。
 未来人ってことは、未来から来たってこと?え、何のために。というか、そしたらなんで俺と付き合ったの?え、こういうのってこの時代に痕跡とか残したらだめなんじゃないの?
 いろんな疑問が頭に浮かびまくるのは映画の見過ぎだろうか。現実は大丈夫だったりするんだろうか。そもそも何から聞いたらいいんだろうか。俺はちよちゃんに別れ話をすることなんてもはやどうでもよくなっている。
 「えーと、ちなみにいつくらいの未来?」
 まずはどの程度『未来』なのか探ろうと思う。
 「それが・・・言えなくて・・・」
 「え、なんか、言ったらこの時代に干渉しちゃうとかそういう理由?」
 と聞くと、ちよちゃんはこくりとうなずくだけ。
 「えー・・・じゃあ、俺と付き合ってたのとかって、めちゃくちゃ時代に干渉しまくりだったんじゃ・・・?」
 と言うと、ちよちゃんはめちゃくちゃ困った顔になって「そうなんだよー」って嘆く。
 付き合っちゃだめじゃん。なにしてんだよ、ちよちゃん。
 ちよちゃんの説明によると、ある事情でこの時代に来たそうで、本当はすぐに帰るつもりだったらしいんだけども、「西村くんに会ってしまったから・・・」と俺に出会ってしまったせいで帰れなくなってしまったとファムファタールな理由を俺に語るのだった。
 じゃあ、俺のせいじゃないか。

 

 ちよちゃんに出会った時、俺は一目惚れしてしまったのだ。
 一目惚れなんて存在するなんて思って無くて、あるとしてもお米の名前くらいだろって思ってたけども、それは突如やってきた。
 ある春の昼下がりに、人通りが激しすぎる都会の駅の出入り口に降り立った時。
 わたわたとしている女の子がそこにいた。背が小さくて、地味な格好をしていて、大きな目でしきりにあちこちを見渡して、正直挙動不審で。
 それがちよちゃんで、その姿を見て、俺はあっけなく恋に落ちた。
 挙動不審にわたわたとしているちよちゃんの姿にいてもたってもいられなくなって、声をかけてしまった。
 普段ならそんなこと絶対にやらないのだけども、そのときは不思議なことが出来てしまった。やらなきゃいけないと思ってしまったのだ。
 俺が話しかけたらちよちゃんは完全におびえきっていて「違う、違う、怪しい人ではない」と信じさせるのに3分かかり、「何か行きたいところがあるのですか」と聞いたら「あ、いう。え、お」とパニクって話どころではないちよちゃんから用事を聞き出すのに15分かかり、それが今居る場所とは全く関係なかったからそこに連れて行くのに2時間かかった。


 ちよちゃんを目的地に送り届けた時にはもう夕方だった。
 「ありがとうございました」と笑うちよちゃんの姿にまたもや心を打たれてしまった俺は気がついたら「また会えますか」なんて聞いて、ちよちゃんは困ったような顔をしてうんってうなずいた。
 それからは毎日毎日楽しくて、やっとまた会えた日は本当に最高で、ちよちゃんといる時間が1秒1秒本当たまらなくいとおしく思えて、ちよちゃんの表情一つ一つがたまんなくて、表情筋がちょっと動く様子ですら見逃したくなくて、じっと見て「なんか、ついてますか?」なんてありきたりなことをいうちよちゃんが愛おしくて、めっちゃ大好きってなってたのだった。


 そんな気持ちになってたのに3年経って、俺は環境の変化やら、最近のちよちゃんが妙に冷たいことやらで、なんかもうこの関係は無理なのかもと思っていて、別れることにしてみようと思って、今日を迎えたのに、「未来人です」って。なんだこれ。
「え、これを俺に言ったってことは、もう帰らなきゃいけないとか?」
と聞くと、ちよちゃんはうなずいて「あー」とため息をもらしてしまった。
「どうやって、帰るの?」
「それが、信じてもらえないけども」と帰る手段を話し始める。
 1時間半移動したところにあるニュータウンに行く。そこに時空のつながりが弱い地点があるらしい。
「そこで、この機械を作動させなきゃいけなくて」
とちよちゃんは小さな青い箱を取り出す。
 ちよちゃんがその青い箱を開くと、箱の中からアンテナが伸びてくる。そのアンテナの真ん中あたりに、レンズがついている。ちよちゃんによれば、レンズをのぞき込みながら、青い箱についているダイヤルを回すらしい。
「ラジオのチューニングを合わせるみたい」と俺は言う。
ちよちゃんは困ったように笑う。俺はその歯並びの悪い口が好きだったことを思い出す。


 何を言えばいいかわからないまま、俺はちよちゃんを駅まで送っていく。
 ちよちゃんはごめんねと何度も言ったりするけども、よく考えれば、俺は今日元々別れ話をしようとしていたのだ。願ったり叶ったりじゃないか。すんなり別れることができてよかったじゃないか。
 でも、馬鹿みたいに後悔している。
 もう1日くらい居たらいいじゃない?って言うけども「今日が最終日」って言って嘆いている。
 ここ数ヶ月は「帰らなきゃ行けない日」つまり終わりが見えてきてとても辛かったこと。
 それが態度に出てしまって申し訳なかったことを俺に言う。
 それを聞いて、さらに自分が馬鹿に思えて、ちよちゃんが乗る電車に飛び込んで死んでしまいたい衝動に襲われる。
 でも、それをしてしまったら、だめだ。ちよちゃんが戻れなくなってしまう。
 ちよちゃんをこの時代に縛り付けているのは間違いなく俺なのだ。

 俺は何を言えばいいかわからない。だから「この時代ものって持って帰ったりできるの?」って聞くけども「あんまりだめで」って言われたりする。そうだよな。そうだよなと納得する。
 ちよちゃんには浮き世離れ感があってとても好きだったんだけどもそれってこの時代生まれじゃなかったからか。
 どこに行っても楽しそうにして、どんな食べ物も初めて食べたような顔をして、どんな映画も、どんな音楽も、新鮮な顔で楽しんで、どんなイベントも食い入るように見つめていたちよちゃん。
駅に着く。
ニュータウンに向かう電車なんてそんなに待たなくてもやってくる。

「3年間。ありがとうー」とちよちゃんは笑顔で言う。「まさか、3年もいるなんて思わなかったなー。また」と言って口ごもる。
「また、なんてないよね」と俺は言う。
「そうだね。・・・未来に帰っちゃったら、本当、結構未来だから、またってないと思う」
「そうかー」
「・・・忘れちゃっていいからね」とちよちゃんはあっけらかんに言う。
「ちよちゃんのこと?」
「うん。未来に行っちゃうし」
「忘れないようにするって」
「もう死んだと思ってくれていいから」
「でも、未来には生きてるわけだし」
「遠い未来なんて、死後の世界みたいなもんだよ」
「・・・そうかー」遠い未来なんて死後の世界。
「じゃあ、死後の世界に行ってくる」とちよちゃんは改札に向かう。俺は手を振る。それしかできない。
 ちよちゃんはまたごめんねと言ってから「本当3年間、ありがとうー!」って叫んで、改札の向こうに行ってしまって、それからあっという間に姿が見えなくなって、電車が来て、その電車はニュータウンに向かって消えていった。


 ちよちゃんが消えてしまってから、俺はどうしたらいいかわかんなくて、駅の近くにあったベンチに座ってぼんやりする。
俺は何をしたらよかったんだ。
 ちよちゃんに何を言えばよかったんだ。
 俺はそもそも、今日別れるつもりでいて、でもその別れたいと思った最近のちよちゃんの行動は、もうすぐ帰るからの心配であって、じゃあその気持ちをくみ取れなかった俺ってなんだよ、くそ野郎かよって思って。
 でもこれじゃ自己憐憫に浸るだけだ。
「忘れてもいいからねー」なんて言うから、忘れちゃうぞ!と意気込んでみる。
その次の瞬間にそれは馬鹿みたいだと思う。
ちよちゃんの3年は「忘れていいからね」だの「死んだと思って」だので消え去ってしまうような強度の弱いものなんかじゃないはずだ。


 だから、帰り道に俺はノートとペンを買う。
 そこに思い出を書き綴る。でも、どれもありきたりな言葉にしかならない。
 初めて会ったことも2回目のデートのことも花火大会のこともご飯を食べたことも喧嘩したことも仲直りしたこともありきたりな言葉でしか書けない。
 それでもノート一冊は埋まる。
 だからもう一冊ノートを買う。
 そこに言葉を書く。
 ノートになんか書いたって、ちよちゃんに伝わるわけないけども、もし、未来までこのノートが残っていたら、そのときにちよちゃんが読めばいいと思って、恥ずかしいことを書く。

 

 

 ちよちゃんが未来にかえって1ヶ月経ちました。
 毎日ちよちゃんとの3年間を思い出しています。
 ちよちゃんは未来に帰ってしまいましたが、俺は3年間に閉じ込められてしまったようです。
 ちよちゃんと花火大会に行った日のことを覚えていますでしょうか。あの日、人は山ほど居て、べったりするような湿気で、嫌になるくらい汗が出て。でもちよちゃんは楽しそうに出店を見ていました。
 あの日、ちよちゃんは「りんごあめ」を買いました。
 りんごあめは赤茶色で、めちゃくちゃ堅くて、ちよちゃんはかみ砕くのに苦労していました。
 その堅いりんごあめをかみ砕いて、中身を食べ始めたとき、ちよちゃんは馬鹿みたいに笑って「美味しいー」って言って凄くかわいかったなと思いました。
 花火が上がり始めて、でも俺らが居る場所じゃ全然見えなくて、移動し続けたら、ビルの隙間から6割くらいがやっと見える場所を見つけて、そこで花火を見ましたね。
 そんな6割くらいの花火なのに、ちよちゃんは凄く楽しそうにしていました。
 俺の人生で一番楽しかった花火大会はあの日でした。


全部がそうです。
俺にとっての人生で一番楽しかった日は、全てあの3年間でした。
あれから、ちよちゃんと行った場所にもう一度訪れてみました。
でも、どの場所も、全然面白くなかった。どの時間も、全然楽しくなかった。どのご飯も、全然美味しくなかった。
ちよちゃんにもう一度会えないかと思って、初めて会った駅に行きました。相変わらず人は沢山多くて、俺もあのときのちよちゃんと同じようにわたわたしました。でも、ちよちゃんはいなかった。当たり前だけども。
 その日は、その場所で1日がおわりました。馬鹿みたいだけども、 ずっといました。もう馬鹿になっているのかもしれないです。

 


俺は書く。書く。書く。ノートを言葉で埋める。
溢れる気持ちをノートに書いていく。

 


 ちよちゃん。死後の世界と言っていた未来はどうですか。未来で楽しくやっているでしょうか。多分、ちよちゃんのことなので楽しくやっていると思います。
 俺は楽しくやれるかどうかわかりません。
 それどころか、今は忘れてしまうのが怖いです。
 だからこうやって、ノートに思い出を書き続けています。
 ちよちゃんとのことを書き続けています。そうしたら、残る気がして、あの3年間は嘘じゃ無かったような気がして、もっといえば未来に届くかもしれないって思えて。
 ちよちゃんのことが好きでした。
ちよちゃんの歩く速度が好きでした。
あんまり水が飲めないちよちゃんが好きでした。
うつむいて歩いてばかりのちよちゃんがすきでした。
好きな音楽がかかると肩を大きくうごかしてリズムをとるちよちゃんのことが好きでした。

でもこうやって、細部を書けば書くほど、ちよちゃんから遠のいていく気がします。俺が好きだったちよちゃんは本当にいたのか。わからなくなるときもあります。

 

 

2冊目のノートも半分埋まる。ボールペンのインクも切れる。
それでも書く。ちよちゃんのことを残していく。

 

 

俺、本当はあの日に別れ話をするつもりでした。俺は、俺で勝手に、終わり時だなんて思っていたんです。本当に馬鹿でした。本当に
俺はちよちゃんのことが好きでした。
未来から来てくれてありがとうございました。
ちよちゃん。未来に届いていますか。
届いていますか。
この言葉は届いていますか。
あの3年間は消えてしまったんですか。
あの3年間って時間は一切消えてしまったんですか。
俺の今のこの思いもきえてしまったんですか。
未来には何も残っていないんですか。
そうだとしたらとても怖いです。
こんなにこの気持ちは抱えきれないのに消えてしまうのは一瞬だなんて。
ちよちゃん。
ちよちゃん。

 


2冊目のノートも言葉で埋まってしまう。
俺は呆然とする。
2冊も、ちよちゃんのことを書いたけども、このノートが未来に残っていくことはないことも知っている。
俺のちよちゃんへの気持ちは2冊のノートになった。
でも、このままじゃ落書きだ。時間の速度に負けてしまう。
俺はなんとかちよちゃんに言えなかった言葉を未来に残そうと思う。そのために、俺は物語を書こうとする。
ちよちゃんへの気持ちを物語に変えるのだ。
イデアは山ほどある。何しろノート2冊分もあるのだ。

 


それから俺は書く。物語を書く。ちよちゃんへの気持ちをなんとか物語に変換しようとする。
最初は物語にすらならない。見よう見まねで書いてみたものは不格好なキメラのようなものしか生まれない。
それを読み直して、へこんでしまう。
でも、また書き始める。
何度も、何度も書く。
短編を書く。ちよちゃんとの思い出を元にした短編を書く。
短い話を書く度に自信がつく。
思い出は物語に変わっていく。
でも、未来に残るような強度を持った物語にはならない。
時間の速度に耐えられるものを俺は作らないといけない。
だから、また書く。
今度は長編にチャレンジする。
全く歯が立たない。
言葉をいくら費やしても、それはだらだらと続くだけで、物語にはならない。
心が折れそうになる。何度も諦めようと思う。
でも、書こうとする。
ちよちゃんの思い出も忘れそうになる。
そのたびに2冊のノートを読み返す。
付き合っていた期間よりも、別れてからの時間の方が長くなる。
俺は驚異的な速度で未来に向かう。
でも、ちよちゃんがいる未来には行くことができない。
そして産み出す作品が未来に残る強度のものかもわからない。
それでも書く。
書いてみる。

 

 

あれから何十年も経った。
俺が生きている間、未来に行くタイムマシンは作られそうにもない。なので、まだ書いている。
タイムマシンの代わりに俺は物語を延々と書いている。
書き始めた時よりも、俺の書いている物語は強度を増しただろうか。俺の書いた物語は未来に残るだろうか。
書いても書いてもそれはわからなかった。

 


俺は書いているうちに知り合った女性と付き合うことになって、気がつけば夫婦になって、家族が出来て、子どもは大人になって、孫が生まれそうになっている。
もう、ちよちゃんのことを思い出すのも困難になっている。
おぼろげなちよちゃんのことをそれでも物語に変換しようとする。
「死後の世界だと思っていいからね」
もう、ちよちゃんは本当に死後の世界に行ってしまったようだ。
俺の物語は死後の世界に届くだろうか。
俺が実際に死んでしまった後でも、死後の世界に届くだろうか。
祈るように物語を書く。
必死に、つなげるように。

 

 

「西村先生。新刊を机の上に置いておきましたからね」
と編集者が俺に言う。
 ベッドの上で寝たきりになった俺は返事するのもしんどくて手を振ることでしか返事ができない。
「西村先生。本当に素晴らしい本だと思いました。あとは私たちが必死に売りますので」と編集者は俺に言う。
何も出来なくなるほど老いてしまう前になんとか書きあげた本。


でもどうでもいい。
俺はもうこの先、何も産み出すことができない。
物語を産み出すことができない。
俺は老いすぎてしまった。もう、あとは死ぬだけだ。
もう、家族も俺がいなくなった後の準備をしている。
まあ、書き続けただけの人生にしちゃいい終わり方だ。
俺は机の上の本を目にやる。青い箱が表紙の本。
自分で言うのもなんだが、これまでの中じゃ一番物語の強度が強い本が書けたはずだ。
でもこの本は未来に残ってくれるだろうか。未来に残るほど強度は強いのだろうか

 


部屋に誰か入ってくる音で目が覚める。部屋は暗い。まだ夜中みたいだ。
家族の誰かが入ってきたのだろうか?それか編集者か?こんな時間に?
人影は音を立てないように動いている。でも、どこか挙動不審気味だ。見覚えのある動き。
その人影は、机の上にある本を手に取った。そしてじっと見ている。何をしているんだ?
それからその人影は俺に近づいてくる。
そして俺に向かって言葉を発する。

「西村くん」
「ありがとう」
聞き慣れた声だった。

 


 俺ははっと目が覚める。部屋が白く光っていて日がもう上っていることに気がつく。
 昔付き合っていた女の子の夢を見てしまうなんて。
 もう死にかけのじじいなのに、未だに10代のような夢をみるなんて。
 恥ずかしくてどうかなりそうだ。
 せめて、このことを書けたらと思う。言葉に変えてしまいたい。
 じじいの夢の中に、昔好きだった女の子がやってきたなんて。
 物語にしても、官能小説ぐらいしか許されなさそうだ。
 俺は机の上に目をやる。
 するとあの新刊の本は無くなっていて、代わりに信じられないくらい古びた本が置いてある。
 でも、表紙に見覚えがある。
 青い箱が描かれた表紙。
 あの新刊が古本に変わっている。
 俺はそれを見て、涙が止まらなくなる。
 あれは夢じゃなかったんだ。
 ちよちゃん。
「おい。ちよちゃん。この時代のものは未来に持っていったらだめなんじゃなかったのかよ」
窓から風が吹きこむ。
古本からカビの匂いがする。

 

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