即興小説
時間は15分
お題は『地獄の階段』
『ぬるぬるローション階段』
「じゃあ、ローションを流していきまーす」
ADの気の抜けた大声がスタジオに響き、お湯で伸ばされたローションが大階段を一段一段滑り落ちていく。
年末の大型特番バラエティの1コーナー「栄光を勝ち取れ!ヌルヌルローション大階段!!」のリハーサルは進んでいく。ローションで滑りやすくなった階段を駆け上がっていって頂上にあるボタンを押すことが出来たら勝ちというルールだが、そんなルールなんてどうだっていい。
視聴者やスタッフが見たいのは俺たちが必死にその階段を駆け上がろうとする様と足を滑らせて無残に転げ落ちる様だ。
ローションが階段の最下段まで行き渡る。
「ローション大丈夫っすか?」
ADの声にプロデューサーが最下段のローションを触って伸ばす。
「こんなんじゃだめ。もっと垂らして。もっとローションを。もっと滑らせて」
「はーうっす」
ADが更にローションを垂らしていく。
階段は何段あるのだろう。
階段の頂上にいるADまで50段以上は有る気がする。
俺はこの芸人という仕事が好きだった。頭で考えたネタで客が笑ってくれるのも、なんてことない日常を自分の話術で笑いに変えるのも。
でも、体を張るのは苦手だった。
偉大なレジェンド芸人達の体の貼り方に比べれば、俺のはまだまだカッコつけている部分があって、それが足かせになって全く笑いに繋がらなかった。
「もっと馬鹿になったほうがいい」
以前の収録でレジェンド芸人がシャワーでローションを落としながら俺に言ってくれた。
俺は不甲斐なさから涙を落とし、ローションも落とした。
今日の収録こそ結果を残さないといけない。
俺はこの階段の頂上からみんなが求めるような馬鹿らしく滑り落ちないといけない。
「じゃあ、斎藤降りてきてー」
プロデューサーがADの斎藤を呼ぶ。
「うっす」
ADの斎藤が気の抜けた大声で返事をした。
その次の瞬間「あわわわわあああああああああ」と絶叫が聞こえた。
ADの斎藤が階段を正座で滑り落ちていた。
あれには絶対にかなわない。
今日もだめだろうな。